ケアの倫理 フェミニズムの政治思想 (岩波新書 新赤版 2001)
- 岩波書店 (2024年1月23日発売)
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感想 : 68件
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Amazon.co.jp ・本 (342ページ) / ISBN・EAN: 9784004320012
作品紹介・あらすじ
身体性に結び付けられた「女らしさ」ゆえにケアを担わされてきた女性たちは、自身の経験を語る言葉を奪われ、言葉を発したとしても傾聴に値しないお喋りとして扱われてきた。男性の論理で構築された社会のなかで、女性たちが自らの言葉で、自らの経験から編み出したフェミニズムの政治思想、ケアの倫理を第一人者が詳説する。
みんなの感想まとめ
女性たちの経験と声を中心に据えたこの作品は、ケアの倫理とフェミニズムの政治思想を深く探求しています。著者は、女性がケアを担うことが「自発的な選択」とされる危険性を明らかにし、法的平等の背後に潜む家父長...
感想・レビュー・書評
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うーん。とても難しかった。
結局問題が大き過ぎて、どうしたらよいのかわからない。
ただ、「人が善く生きるには、ケアで満たされなければならない。」はその通りだなと思う。
じゃあ、誰がケアするのか。
今までは、家父長制と資本制の結託により女性が無償でそのケア業務を一手に担ってきたが、今は多くの女性が有償労働に参加する。
子どもを生んだ後も、女性が稼ぎ続けることは、将来への安心にもつながるし、自立感も得られる。子育てに専念してお金を稼げないと、パートナーに稼ぎを依存する二次依存が発生するからだ。
ケアする人は、ケアするだけで大変だから、二次依存が発生するのもしょうがないとも言っている。
昔は稼ぎが一本でもなんとかなるだろうと思えたが、今はそう思えない。わざわざ自分から稼げる力を投げ出して子育てに専念するのも勇気がいる。
でも、それはそれで子育てに専念しなくて良いのかとの、葛藤もある。
それぐらいケア労働とは合理的ではないし、効率的なものでもないからだ。単純に子どもの成長を見守ることは大変だけれど楽しい、というのもある。
反対に、バリバリ働ける人というのは、陰でケアをしてくれる人がいるからであり、そのつながりで経済活動ができている。
つまり、
「ケアなしでは経済は成り立たない。」
「ケアと経済は切り離すことができない。」
「ケア労働は経済の一部であるどころか、狭い市場経済をむしろ支える、広範囲で多くの人びとによって担われている経済活動であると。」
だから、ケアの倫理から政治を見直す必要があるよねと。もう政治の話なので、政治・経済学部の人にも読んでほしい、、。
これからの社会を担う人を育む、労る、寄り沿うケア労働は、愛の労働という括りだけではなく経済活動なんだという言葉はなんだか嬉しかった。
そうだよねと、
母が「人を育てることは何より大事なことだ」と言っていたことを時々思い出すように、嬉しかった。
「何が正しいかを問うか」ではなく、
「どう応えるべきかを問うか」
「人はケアされないことによって傷つく。」
新しい人たち、赤ちゃんや子どものケアがやはり最優先と思ってしまう。
本最後に、コロナ禍についても触れている。
コロナ始まりの、高齢の政治家さえ未だマスクをしていない時期に、子どもへの一斉休校が要請されたことが、まさに政治がケアを安直にみている良い例だとの憤りにも触れていて、そこもなんだか忘れていた困惑、憤りを掬い取ってくれていて嬉しかった。
ちなみに、わたしはフェミニズムの意味さえしっかりと理解していなかったが、男性嫌悪、女性支持ではなく、すべての人間にとって、うんたらかんたらの話。
あまりそこはタイトルに引っかからずにいろんな人に読まれてほしいなとは思う。
でも、難しかった、、、。 -
読書会のために読んだ。
読書会用だからメモしながら丹念に読んだのもあるが、新書なのにとても時間がかかった。フェミニズムの歴史を知っている前提で盛り込まれており、リズムも悪いので非常に読みにくかった。
しかし、ほとんど知らなかったフェミニズムの歴史や功績を知ることができたこと、そして、女性がケアを担うことが「自発的に選んだ」となってしまう恐ろしさ。つまり、法的には平等で制度的には整っているのだから「あなたが選んだのよ」となるのであることを初めて認識しできた。法的な問題ではなく家父長制を含む社会構造の問題であるのを知ることができたのは大きな一歩である。 -
このところ利他とかケアとかというキーワードを書名に掲げる本をこの本棚に登録しています。積み上がる一方ですがなんとなく読んだりもしています。同じようにジェンダーとかフェミニズムとかについての読書もそろりそろりとしています。ということで「ケアの倫理ーフェミニズムの政治思想」このビッグワードがクロスする、なんかでっかいタイトルに惹かれこの新書に取り組みました。なかなかキツかったです。キツイけれど読むの止められませんでした。止められないけど受け取りきれませんでした。頭ではそうですが、なんとなくお腹の辺りがゾクゾクする感覚を得ました。読み進めるにつれ利他とかケアとかジャンダーとかフェミニズムとか…今まで気にしていた言葉がプラスティックワードのようにしかわかっていなかったような恥ずかしさを感じました。ここにあるのは女性たちがいかに自分たちの存在を社会に位置付けるために挙げつづけ来た声の歴史です。それを1982年のキャロル・ギリガン『もうひとつの声でー心理学の理論とケアの倫理』という本からスタートさせます。そこには「ケアの倫理」と「正義の倫理」の対立軸をどう乗り越えていくのか、具体的には中絶問題への向き合いなど壮絶なフェミニズムの戦いなのでありました。それはリベラルな正義論への批判でもあるのです。(実はここんところが一番エモいところです。)資本主義の収奪の資源としての女性という仕組みを超えて、民主主義を生き返られるのはケア化することだというジョアン・C・トロントのメッセージまで至る論考のバトンリレーが超ダイナミック。そこにはコロナ禍体験や世界紛争を踏まえての主張があります。と、いうことでトロントの『ケアリング・デモクラシー』を「読みたい」で登録しておきました。(いつになるかわからないけど…)それにしても今、やっている選挙のポスター掲示板の選択肢のない感じが悲しいです。「この世界で、できるかぎり善く生きるために、この世界を維持し、継続させ、そして修復する」ケアから始める民主主義、誰に投票すればいいのだろう…
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従来の、社会とか政治とか正義とかについての諸々の言説を、まとめてひっくり返してしまうような、強い衝撃を受けた
従来の言説が、家父長制の中で、男性性が都合の悪いことに蓋をして、都合がいいところだけで理論を組み立てたものなのだと言うことがはっきりと分かった
さて、これからあとはどうしたらいいのかな -
昨今色んなところで「ケア」というワードが飛び交っていて、「ケア」の1単語に雑多なアレコレが詰め込まれ過ぎている感じがして、違和感を抱いている。結局ケアって何なのか、ケアに注目することで何を主張したいのかがよく分からず混乱していた。
同じく岩波新書の『ケアの物語』『ケアと編集』を先に読んだが、フェミニズム等から出てきたケアの話と、医療の臨床等から出てきたケアの話が、自分の中でうまく繋がらなかった。
そこに本書を読んで、先に読むべきはこっちだったと後悔した。それくらい素晴らしい本。フェミニズム文脈からのケアの主題化にフォーカスし、ギリガンの提起からの系譜を順を追って解説し、主張の内容、意義、これまでの議論を丁寧に説明してくれる。
ケアを語る上では必読。 -
家事労働の価値を高めたいと常々思っているので、その期待に応える本だった。
ケアする側とケアされる側のニーズをつかむことが大事だと思った。男女の違いを尊重し、助け合うことが大切だと思う。
人に喜ばれることを互いに自然に分かち合える、より良い社会を形づくっていきたいと思った。 -
自己責任論や普遍的(とされてきた)な正義が称揚される昨今においてケアの倫理を学ぶ意義は大きいと感じた。
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本書は,政治思想史の専門家による「ケアの倫理のフェミニズム政治思想史研究」(あとがき)となる.
まずは本書を新書で出版したことに驚きだ.本文だけで320頁超,しかもページ余白の狭さとフォントの小ささからして本来は新書のボリュームではない.ここまでくると逆にそうまでして新書でやりたかった思いや願いがあったにちがいないと思えてくる.岩波新書は将基面貴巳『反逆罪』に続いていい意味でどうかしている.
では内容について.まず筆者の理解によれば,著者はフェミニズムがいかなる政治構想を構築できるかを自らの研究課題としており,その際特にケアの倫理に注目している方だ.
これまで主として男性が構築してきた政治構想とは異なるものを,政治から排除されケア労働を押し付けられてきた女性だからこそ紡ぎ出せたケアの倫理から描けるのでは,というのが著者の基本的なスタンスと理解している.
著者もあとがきで断っている通り,本書は上記の観点から構成したケアの倫理の軌跡である.著者が第一人者なので類書はない.
個人的には,ギリガンがいかに男性によって構築された従来の発達心理の理論と格闘したのかを,『もうひとつの声で』以降の文献も踏まえて,あらためて読み直してみせる前半が特に読み応えがあった(難しかった).筆者のようにギリガンの理解が「ケアvs正義」で止まっている方には勉強になるはずだ.
後半も,ケアする/される者たちでつながる"わたしたち"が印象的だった.今いる人は遍くケアを受けてきた存在である,ということを出発点とする民主主義論.可能性を感じる. -
現時点で「ケアの倫理」を学ぶために最もまとまった書籍、ただ読みこなすためには、ある程度の基礎知識と粘り強さが必要である。「ケアの倫理」を読み解くためには、現在の社会を理解するための基礎たきな考え、マルクス、フロイト、そしてフェミニズムの歴史、そしてロールズの正義論、これは押さえておくべき基礎理論である。「ケアの倫理」が示す民主主義的な態度は、主流とは異なる「もうひとつの声」に耳を傾けること、それが今後の私たちの未来を照らす声になるし、そのこと自身でケアを問い直すことが新しい社会を作っていくことにつながる。新自由主義に基礎付けられた現状を続けるのか、「ケアの倫理」に基づいた社会を構築するのか、今、現在、社会は大きな分岐点にある。
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出版社(岩波)
https://www.iwanami.co.jp/book/b638601.html
目次、概要、著者
岡野八代×三浦まり対談「フェミニズムで政治を変える」(20240209)
https://online.maruzenjunkudo.co.jp/products/j70019-240209
竹端 寛による感想「脆弱性の平等」(20240219)
https://surume.org/2024/02/7575.html
藤田結子による書評(20240316「朝日新聞」)
https://digital.asahi.com/articles/DA3S15888177.html
著者インタビューによる紹介記事(20240324「毎日新聞」)
「「政治の中心にケアを」 岡野八代さんが問うリベラルの不正義」
https://mainichi.jp/articles/20240322/k00/00m/040/158000c
将基面貴巳による書評「抵抗の思想としての「ケアの倫理」を展開 フェミニズム政治思想の最新到達点へ誘う書」(20240329「週刊エコノミスト Online」)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20240409/se1/00m/020/015000c -
これ、最終章でむちゃくちゃ大事なこといってる。
筆致も冴えて、切り込みも鋭い。
本当に今だから切実に求められている視点を提示している。
唯一疑問なのは、300ページ超の論考がなんで「新書」?
この構成なら上製本でいいのでは?
新書なら、第五章の内容を中心に200ページ+αで読ませる方がより多くの読者に届いたのかなと。
フェミニズムの文脈で展開されてきた「ケア」に関する議論を丁寧に追うのはよくわかった。
でも最終章に辿り着かないまま投げてしまった読者がいなかったがいちばんの心配。
とても大切な提言なので、より多くの人に届いてほしい。 -
audible 2025年の1冊め
新年の1冊目に相応しい。とはいえ、音声だけでは、印象的な部分を聞き取れた、に過ぎず、紙の本をきちんと、と感じた。
誰も否定できない、本当にそう!ということを語るために、これほどまでに詳細な論理立てが必要なのかと、辛くなるくらい。
是非もっと、メディアでも取り上げられ、扱われて欲しい。
社会を変えるために。 -
いつまで狭い視野で見たいものだけ見てるんだ。現実を直視しろ、と強く訴えられたと感じる。
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育児、教育、医療、障碍者福祉、介護など、今の日本はどのケアの現場も強烈な人手不足。
将来的にも解消されていく見込みもない。
膨らんでいく焦りや恐れに対する何らかの処方箋はないものかと本書を読んでみる。
もちろん、ケアの「倫理」なので、今すぐにできる何かを説くものではないとはわかっているが。
ケアをめぐって明らかになる、人間社会の在り方、政治の在り方を考える。
それが「ケアの倫理」ということのようだ。
ギリガンの『もう一つの声で』が、この分野の原典であり、重要な著作だとのことで、著者はこの本が書かれ、受容されていく経緯を丁寧に跡付ける。
たしかに、歴史的にはフェミニストたちが問題として立ち上げ、論じるべき問題として精緻化したことは間違いない。
が、正直に言えば、読みながら少しいらいらしてしまった。
どちらかといえば、彼女たちが切り開いた議論の現時点が早く知りたかったからだ。
だから、より興味が持てたのは5章以降だった。
ケアの倫理が目指す社会は、ケアを担う人が労働生産性が低いという理由で排除されない社会。
相互依存に積極的に価値を認める意識を広める。
ケアを担う人のケアを誰かが担う、ケアの関係が連鎖するように社会制度を設計する。
そうすることで、ケアを受ける人がケアを担う人との力関係の中で暴力にさらされる可能性は低くなる――。
ケアを性的なつながりのあるカップルを中心とした人間関係に限定する必要さえない、という、マーサ・ファインマンの議論にも目を披かれる思いがした。 -
成熟した人間が体得するとされる「普遍的な」正義論が、ケアを受けることを当然視し、なおかつその価値を貶めてきた者たちの視座から構築されたのだとしたら?
新型コロナウイルス禍を経て、ケアの重要性を実感したわたしたちは、「もうひとつの」正義論に向かわないといけない。全編を読み通し理解するには、かなり骨が折れる本ではあるが、実に現代的な、アクチュアルな本であることは間違いない。 -
フェミニズムを深く研究し、広め、そして社会運動に参加する著者だからこそ、男性の理論で構築された社会のなかで、女性たちが自らの声で語り、自らの経験から編み出したフェミニズムの政治思想、ケアの倫理を重層的に論説する。ケアの倫理とは、女性たちの多くが家庭生活にまつわる営み、すなわちケアを一手に引き受けさせられてきた社会・政治状況を批判することから生まれた、人間、社会、そして政治についての考え方、判断の在り方である。第1章から第4章までは、アメリカ合衆国が中心となるが、第二次世界大戦後のフェミニズム運動と、その経験から生まれたフェミニズム思想・理論のなかでいかに、ケアの倫理という新しい道徳が編み出されてきたかを多面的・複眼で検証する。第5章の「誰も取り残されない社会へ」では、「ケアする民主主義-自己責任論との対決」「ケアする平和論-安全保障論との対決」「気候正義とケア-生産中心主義と対決」など、社会・政治活動に関する行動提起を指し示す。終章では、コロナ・パンデミック後のケアに満ちた民主主義社会の在り方を提起する。全体を通じて、重厚な研究書であるが故に、挫けそうになる気持ちになりながら、読了後の充実感は半端ない。
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「脆弱性への注目こそが、ケアの倫理を社会構想へと導いていく」245頁。ここ数年コロナ禍、災害、紛争で、ケアの脆弱性を見てきており、誰もが傷つくことなく、誰かに過度な負担を強いることのない配慮とそのしくみづくりに関心と責任を持つことをあらためて意識させる本でした。
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東2法経図・6F開架:B1/4-3/2001/K
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著者プロフィール
岡野八代の作品

https://wan.or.jp/article/show/11200