ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書 新赤版 2003)

  • 岩波書店 (2024年1月23日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (264ページ) / ISBN・EAN: 9784004320036

作品紹介・あらすじ

世界暦と黙示的文学が終末意識を突き動かすとき、ヨーロッパの歴史は大きく躍動した。古代末期に源流をもつ地中海=ヨーロッパの歴史を、人びとを駆動し「近代」をも産み落とした〈力〉の真相とともに探究する。「世界」を拡大し、統合した〈力〉とは何か。ナショナリズムと国民国家を超えた、汎ヨーロッパ世界展望の旅。

みんなの感想まとめ

人々の意識や思想を基に、ヨーロッパの歴史を深く探究する作品です。著者は、歴史の重要な出来事をただ列挙するのではなく、当時の人々がどのように感じ、どのような意識を持っていたのかを掘り下げています。特に「...

感想・レビュー・書評

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  • ヨーロッパ史を事件ではなく、意識や思想を基に拡大と統合の歴史を辿っていく。イエ経済から救済の摂理に進化したオイコノミヤや地中海経済から脱落し独自の経済を創造して主役に躍り出た西北ヨーロッパ(フランク)などを通して、少し難解な解説が繰り返される。
    特に白眉だったのはヨーロッパに根強く蔓延る週末観念。「紀元千年の恐怖」による世界の終わりが人々の意識に刷り込まれていて、自然災害、イスラム勢との戦い、レコンキスタ、大航海など人々の行動に影響を与えていた。

  • 243P

    amare noscentis est「学べば好きになる」 byアウグスティヌス

    大月 康弘
    (おおつき やすひろ、1962年 - )は、日本の歴史学者・経済学者。専門は、東ローマ帝国史・ヨーロッパ経済史。一橋大学大学院経済学研究科教授。国立大学法人一橋大学理事・副学長。日経・経済図書文化賞、地中海学会ヘレンド賞受賞。栃木県立足利高等学校卒業。東ローマ史学者の渡辺金一に師事するため一橋大学経済学部に入学し[1]、1985年に卒業。1987年、一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1990年一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。在学中は、渡辺金一、山田欣吾、阿部謹也の三教授に師事。2005年一橋大学より博士(経済学)の学位を取得。1990年一橋大学経済学部助手、1991年成城大学経済学部専任講師、1994年同助教授、1996年一橋大学経済学部助教授。パリ第一大学客員研究員を経て、2006年から一橋大学大学院経済学研究科教授。2015年から17年同経済学研究科長・経済学部長。2018年国立大学法人一橋大学学長補佐(図書館担当)、一橋大学附属図書館長、 一橋大学社会科学古典資料センター センター長[2]。2020年国立大学法人一橋大学理事・副学長(総務、人事、研究、社会連携、広報担当)[3][4]。東京大学教養学部、一橋大学小平分校、成城大学経済学部、慶應義塾大学文学部、共立女子大学国際文化学部、東京大学文学部、北海道大学文学部、大阪大学文学部、東北大学文学部等で非常勤講師、また、慶應義塾大学言語文化研究所兼任所員、国際日本文化研究センター共同研究員、早稲田大学ヨーロッパ中世・ルネサンス研究所招聘研究員。EUインスティテュート東京コンソーシアム執行委員長、EUSI Tokyo所長。西洋中世学会常任委員、社会経済史学会常任理事等を務めた。2005年より一橋大学柔道部部長[5]。1997年に第2回地中海学会ヘレンド賞受賞、2006年に『帝国と慈善 ビザンツ』で第49回日経・経済図書文化賞を受賞[6][7]。


    「ここで当時の自然災害に関する状況について瞥見しておこう。  まず話題にすべきは、五世紀末から六世紀初頭にかけての東地中海地域で頻発していた旱魃と大地震だろう。五世紀末つまりアナスタシオス一世の治世(四九一―五一八年)からのこととして、メソポタミア地域で旱魃が頻発するなか、大地震がしばしば起こっていた。五〇七年に書かれた『柱頭行者ヨシュアの年代記』というシリア語による年代記がある。その書き出しは印象的で、以下のように伝えていた。」

    —『ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書)』大月 康弘著


    「現在のヨーロッパ諸国は、一八世紀の後半以来「国民国家」となり、また「近代社会」化した国家である。それ以前の長い「中世」においては、それとは違う仕組みの国家と社会があったとされ、また後述するように、社会類型としても近代とは異なる社会と国家が確かに営まれていたと思われる。ヨーロッパの歴史のなかで国家と社会が転成していった様相を展望することは、容易なことではないが、学ぶべきヨーロッパ史の本質といってよい、と私には思えるのである。  本書では、第五章で「近代社会」の相貌についてスケッチしたいと思っている。そうすることで、ヨーロッパ史の転換についての本書の理解を示し、転換(近代化)後に形成された「近代的なヨーロッパ史」像の特徴を指摘したいと考えている。その前に、長い「中世」つまり古層のヨーロッパについての見通しを得ておくのがよいだろう。」

    —『ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書)』大月 康弘著

    「もっとも、中世国家、中世社会という近代の用語法で語られる内実は、歴史現実において決して画一的なものではなかったことは論を俟たない。地域偏差を伴って社会の個性が展開していたのであるが、本章では、各地域に通底するヨーロッパ的な人と人との結びつきのあり方に関心を寄せながら、まずは「世界」についての認識がどういうものだったのかを、一〇世紀の皇帝が編纂させたギリシア語史料の紹介を通じて共有していただくのがよいかと思う。」

    —『ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書)』大月 康弘著

    「ヨーロッパ史にかぎらず、およそ歴史を学ぶ意義は、出来事の重要性の意味連関を理解することにある。また、その出来事の発生した背後にある因果連関を解明することにある。しかし、教科書が語る「事実」をめぐる因果関係の理解には、認識主体の主観的バイアスがかかっている可能性を疑うこともまた必要である。例えば、「ローマ帝国の崩壊」という事件には、前述のように「古代の没落」論が潜んでいた。ところが、当時の人びとのなかに「古代ローマ」が崩壊した、あるいは消滅した、という意識はなかった。そもそも「古代人」と私たちが呼ぶ人びとが、自らを古代人と称した事例は、当然ながら、ない。つまり「古代の没落」という歴史事実は、当事者の意識とは別のところで、他者による外部からの視線で語られている可能性に思いを致さなければならない。」

    —『ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書)』大月 康弘著

    「イタリア・ルネサンスと呼ばれる文化現象がある。地中海交易で栄えた海洋都市、特にフィレンツェを中心に、ギリシア語、ラテン語で書かれた古典作品への関心が昂まり、あらゆる事象に対する好奇心が生まれ、万物をめぐる知を探求する姿勢が深まった時代だった。あらゆる事象への探求心、あらゆる事柄について原因と結果の因果関係を思考する態度など、新しいタイプの知識人たちを生んだ。  ラテン語で scio「私は知る」ということば(動詞)がある。原形は scireであり、現在分詞形 sciensは「知る人」という意味にもなる。名詞としては scientīaがある。現代西洋語に見られるサイエンス scienceの原形といってよい。イタリア都市の学者たちは、あらゆる事象、あらゆるモノ、万巻の書物への探求を推し進めた。」

    —『ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書)』大月 康弘著

    「その結果として集積された知の総体、また知的探求の方法態度が、その後のヨーロッパ文化の基礎となっていく。人間の身体に関する知識から、天空(宇宙)に関する情報まで。食材となる植物から農事まで。魔術から機械まで。観察や実験から得られる知見から推論される合理的ともいえる認識まで。天変地異や自然現象から地理情報まで。そして、彼らの今が世界の歴史のどこに位置づけられるのかを見定めようと計算する人 computorが、ギリシア・ラテンの古典を総ざらいした。「科学的人文主義」といわれる時代が一五世紀に幕を開けたのだった。  この文化活動は、東地中海地域との交流・交易を通じてもたらされるギリシア語文献へのアクセスが容易であった環境が育んだ現象といってよい。五世紀以降、ほとんど唯一の古典ギリシア語文献の保存場所となっていたコンスタンティノープル。ベッサリオンのように、一五世紀前半より東方からイタリアに亡命するギリシア人も少なくなかったのである。」

    —『ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書)』大月 康弘著

    「E Uの歩みを知る二一世紀の現在、本書をここまで読み進めてくださった読者の方々は、そもそもヨーロッパ世界は一体のなかにあったのだな、との感慨をもたれたのではないだろうか。再び統合されつつあるヨーロッパ。その範囲は広い。  ヨーロッパといえば、イギリス、フランス、ドイツ、と三つの国を挙げる人は多い。これにイタリアを加え、ある人はスペインを含めたいと思うことだろう。私であれば、すでに第 3章で述べたように、東欧、ギリシア、トルコ、またキプロスなども当然ながらキリスト教世界としての基層を共有する「ヨーロッパ」だ、としたいところである。」

    —『ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書)』大月 康弘著

    「ヨーロッパが、言語や国民性の違いを乗り越え、経済統合をしてすでに三〇年が過ぎた。現代ヨーロッパの動向が歴史学や政治学、法学、経済学に与える影響については、論を俟たない。歴史学に限定して考えても、二〇世紀後半以降に進展したこの歴史の新局面が、「ヨーロッパ史」研究に与える影響は、これからヨーロッパばかりでなく各国の歴史学界においてさまざまな反応と研究成果を生むにちがいない。  国民国家を創りあげた時代の人びともそうだったが、本来のヨーロッパ世界の広がりを的確に認識して知的活動の枠組みを切り拓いた人たちも、また歴史が産み落とした存在といえるのかもしれない。ヨーロッパの文化活動には、そうした時代ごとの社会や経済の状況に応じた変化の相貌を、表層ばかりでなく深層にまで分け入って的確に認識し、時代に潜む矛盾をも見事に言語化しながら、未来を切り拓く力がある。そのような思考者たち(哲学者や歴史家、文学者、作家、芸術家、等々)を生んできたのが、ヨーロッパの歴史だったといってよいのだろう。」

    —『ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書)』大月 康弘著

    「経済学部で「経済発展のメカニズム」や「資本主義社会の構造」などについて学びながら、その舞台となったヨーロッパ社会そのものに惹かれ、しかし近代ヨーロッパとは一見無関係な過去社会に惹かれて研究を始めました。そのビザンツ国家にも独自の社会経済構造があり、人びとの暮らしが営まれていることを知り、ますます興味を深めていったものです(まさにアウグスティヌスがいう「学べば好きになる」 amare noscentis estでした)。にもかかわらず、この社会に対しては当時、停滞した社会、衰退する帝国、分解しゆく国家、等々、いささか無慈悲な評価が与えられていたものでした。」

    —『ヨーロッパ史 拡大と統合の力学 (岩波新書)』大月 康弘著

  • 題名から想像していた内容と大きく違いました。国別の歴史を俯瞰したヨーロッパの地域史だと思っていましたが、まさにもっと「大きな」歴史でした。何が起こったか?ではなくその時代の人間はどう感じていたか?で語るヨーロッパ史です。なぜ、ヨーロッパという意識が生まれたか?を解き明かそうとする著者のスタンスが感動的です。本書で何度も使われるキーワード「伏流水」という歴史的遺物や国別の歴史には現れない時代の潜在意識を掘り下げていきます。今もウクライナの戦争においても間見えるヨーロッパの究極形態としてのEUの西ヨーロッパ中心の視点ではなく、著者は専門のビザンツ帝国という視座から汎ヨーロッパという視野を拡げていきます。ヨーロッパ史の「重要な出来事」、476年ローマ帝国の崩壊、800年カール大帝の戴冠、962年オットー一世の戴冠と神聖ローマ帝国の誕生、15世紀〜16世紀のイタリアルネサンス、1492年レコンキスタの完成、新大陸発見、1789年フランス革命など教科書に載っている有名な出来事の裏に潜む「伏流水」としての時間意識、とりわけ世界暦6000年という終末への怯えが歴史を駆動していたという指摘に新鮮さを感じました。まさにキリスト教あってのヨーロッパなのだ、と思いました。きっと今、起こっていることもこの流れで意味を理解する日が来るのでしょう。自分にとっての永遠の積読「地中海」、読みたくなりました。

  • 2024年12月27日、イスタンブールへ向かい機上にて、コンスタンティノープルやビザンツ史について学びを深めるために読んだ。
    本書で大月先生は、国民国家史ではなく、汎ヨーロッパ史として、ヨーロッパ社会の歴史を規定的に動かしてきた文化的伏流水について展望する。これは、本書でも引用される増田四郎先生の「事件」や「出来事」に関心を集中させることなく、人物や出来事の舞台となった社会の構造(プラットフォーム)にまで掘り下げて検討することの重要性を説いた歴史学の流れを継承するものである。
    余談ではあるが、今回、後半の章では、近代ヨーロッパの文化的素地や人間関係観について増田先生の中世都市論を再び引いているが、2024年の一橋世界史で増田先生の書籍が引用されたことは、なんとも色々と邪推してしまう。
    ちなみに、私の祖父は増田四郎ゼミの出身であり、私自身も同じく歴史学の阪西先生のゼミであった。そんな世界史における広い視座、社会経済を通底する観念への飽くなき探求という歴史観、学問観には、私もどっぷり浸かっており、なんともこの考え方については、日ごろのビジネスの世界においてもなんとか活用したいと努めるものである。

    本書で印象的であったのは、古代~中世における人々の時間意識、もっと言えば長らく信じられてきた終末論である。
    今にしてみると全く想像がつかないことであるが、我々が慣れ親しんでいる西暦というものは、勿論古代よりずっと使われてきたものではない。西暦400年~500年の人々は、世界暦(世界創造暦)を使っていた。これは、私たちが知る西暦1年を世界暦における5509年とする年代の考え方であり、これは人間の1000年は神の目には1日に映り、1週間である7000年を全体とする観念である。なお、キリストは神における6日目の半ばに生まれたと認識されており、また、主(神)が眠りにつく6日目の番がくる前に人類に半日のための猶予を与えるとされている。そして、聖書に書かれた「最後の帝国」は、その力が後退すると、反(アンチ)キリストが登場するとされている。そして、この世界暦におけるまさに6000年目が西暦491年であり、当時の人々はまさに反(アンチ)キリストが登場するという終末への恐れの中で、ペスト禍やササン朝ペルシャとの攻防、大地震を捉えていた。そして、ユスティニアヌス大帝時代に、「最後の時」に向かって「善き人」であろうと現世で善行を積む行為(例えば、教会への寄進、聖堂・修道院の建設等)が増大していったのもこの時期である。ユスティニアヌス大帝は就任直後より、こうした人々の寄進を財政基盤とし、貧民救済等を行い、社会経済的な再配分機能を担う政策を担ってきた。まさに、帝権として、<神の恩寵>としての<慈善>を担保してきたのである。大月先生は「人々が観念を共有することで、現実も生み出される」とし、こうした時間意識に基づく切迫感というものを伝えている。また、この世界暦が7000年目を迎えるのは、まさに1491年であり、その翌年にコロンブスはアメリカ大陸を「発見」している。この15世紀末のレコンキスタや新大陸の「発見」も例外なくこの世界暦の中での出来事であり、もっとも、想像の範囲と断ったうえではあるが、中南米でヨーロッパ人が邂逅した現地人が、その生活様式や習俗の異質性から、アンチキリストとみなされ、言葉通り非人道的な行為を行ったと考えることもできないかとしている。


    そしてもう一つ印象的であるのは、当時の人の世界観、敷衍すると空間意識である。
    ビザンツ帝国の皇帝は、まさに世界暦の切迫感の中で、生きていた。そして、帝国の統治は「天上の唯一存在する全能の神に相当した地上の唯一の全能の皇帝が世界を統治する」「皇帝の臣民であるローマ人は天上の帝国の秩序の模倣たる、キリスト教化されたローマの法秩序に守られ、その保障する平和のもとで、文化の名に値する唯一の生活を送る」とされている。
    また、「帝国」秩序の外に置かれた民族は野蛮人とされ、今でこそ「帝国」内にはいないものの、神がその救済計画に織り込んでいるとされている。そうした中で、帝国外にいる諸地域の市民族に対して、皇帝を家父長として、諸民族らを「子供」「兄弟」「友人」とする擬制的親族秩序を結んだと考えられていた。そして、こうした関係性を取り結ぶ儀礼は、帝都の真ん中にある宮殿と現存するハギヤソフィア聖堂で行われた。宮殿や聖堂は、まさにこの皇帝の権威を表象する重要な装置であった。実のところ、ちょうど2024年12月31日の朝に、このハギヤソフィア聖堂に行ってきたが、その姿は大月先生が叙述するような「聖なる神の宿り場としてのイメージを体現」する荘厳な佇まいとしていた。
    また、帝国の中での諸民族の共生と共存という視点も非常に示唆に富む。国民国家的な観念につかり切った私たちでは想像が難しいが、このような儀礼を経れば、帝国内の諸民族は自由に活躍することができた。まさにハギヤソフィア聖堂もアルメニア人の建築家であるアンテミオスとイシドロスによって手掛けられた。そして、こうした諸民族の共生・共存の伝統はオスマン帝国でも継承され、同じくイスタンブールで、ハギヤソフィア聖堂の目の前にたたずむスルタンアフメットモスクも、アルバニア人だったセデフカル・メフメトの傑作である。
    興味深いのは、オスマン帝国のトップであり、15世紀に帝都に入城したメフメト2世もまた、「ルーム・カエサル」と名乗り、330年以来の「帝国」の首都であり、帝権の座所であったコンスタンティノープルの正式な継承者であることを内外に示した。
    オスマン帝国もまた、こうした帝国内での諸民族の共生・共存を様々なメリトクラシーの仕組みや規律から成立させてきたが、こうしたビザンツ帝国の伝統を継承する形で、コンスタンティノープルを拠点都市、モスクへ作り替えたことは、面白い。

    本書は、イスタンブールへ行くための副読本として手の取ったが、歴史的建造物が作られた背景や当時の人々の時間的・空間的意識を知る、とても面白い本であった。

  •  副題から大戦後の現代史を予想していたが、実際は6〜18世紀。包括的な歴史というより著者が着目する思想や歴史が主で、自分には馴染みがなかった。
     その中で関心を持ったのは、ヨーロッパ世界とは何か、との点。中世まではビザンツ帝国が体現する「キリスト教ローマ帝国」であり、その範図外の諸部族もビザンツ帝国との関係性の中で自らを位置づけていたと著者は指摘。アジアの「中華」とも共通するのではないか。今日、西欧の方がより「ヨーロッパ的」だと思いがちなので意外だった。
     では、コンスタンティノープル陥落後は「核」がなくなったわけで、以降は「ヨーロッパ」とはいかに意識されてきた又はこなかったのだろうか。

  • タイトルからは雄大なヨーロッパ通史を想像するが、実際としてはビザンツ帝国やローマ帝国など帝国論に近い。
    しかし、当時の人々のアイデンティティなどに思いをはせる見方は面白い。

  • 話が結構面倒なので先に最後の章を読んでおいた方が楽かもしれない。2度読んだけど、行き先がわかっていたらもうちょっと読みやすかったかなあと。

  • 増田『ヨーロッパとは何か』 岩波新書 あだ836こ
    ×渡辺『中世ローマ帝国』 岩波新書

  • 【配架場所、貸出状況はこちらから確認できます】
    https://libipu.iwate-pu.ac.jp/opac/volume/571905

  • 【本学OPACへのリンク☟】
    https://opac123.tsuda.ac.jp/opac/volume/710461

  • 東2法経図・6F開架:B1/4-3/2003/K

  • 配架場所・貸出状況はこちらからご確認ください。
    https://www.cku.ac.jp/CARIN/CARINOPACLINK.HTM?AL=01426329

  • 【請求記号:230 オ】

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著者プロフィール

現在 一橋大学大学院経済学研究科教授
著書 『帝国と慈善 ビザンツ』(創文社、2005年)他

「2024年 『市場経済の世界史 見えざる手をこえて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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