反逆罪 近代国家成立の裏面史 (岩波新書 2040)

  • 岩波書店 (2024年11月22日発売)
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本 ・本 (266ページ) / ISBN・EAN: 9784004320401

作品紹介・あらすじ

首吊りや斬首、内臓抉りに四つ裂き……国家は反逆者を残忍極まりない仕方で殺し続けてきた。その恐怖と悲惨さに彩られた歴史は、支配権力が神聖不可侵性を獲得していく物語でもあった。聖性と裏切りをめぐる西洋近代の血塗られた経験を読み解き、現代を生きる私たちが直視すべき国家の本質を描き出す。

感想・レビュー・書評

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  • 反逆罪概念の二つの源流:ローマ型とゲルマン型
    ローマ型: 至高の支配権力(マジェスタス)が有する神聖不可侵性を侵害する行為と定義されます。「至高の支配権力が加え持つ神聖不可侵性を蹂躙すること」(70頁)。これは、国家や皇帝といった抽象的な権力に対する裏切りを意味します。
    ゲルマン型: 封建的な主従関係における信義の裏切りを指します。「主従関係を不当に解消する行為だけを意味した」(80頁)。当初は個人的な忠誠関係に根ざした概念でした。
    中世における反逆罪の変容と世俗権力の台頭
    中世においては、キリスト教的な異端の概念と結びつき、反逆行為は神への背反としても捉えられました。
    世俗権力の台頭とともに、国王に対する反逆が主要な関心事となり、ローマ法のマジェスタス概念が再評価され、ゲルマン的な主従関係の変質を促しました。
    エドワード一世の時代には、反乱は反逆罪の一種とみなされ、国王に対する個人的な忠誠義務が強調されました。
    テューダー朝における反逆罪の拡張
    ヘンリー八世の宗教改革を契機に、国王の地位や権威に対する侵害も反逆罪とみなされるようになり、反逆罪の適用範囲が大幅に拡大しました。「国王の身体だけでなく国王の地位や権力、威信に対しても危害を加えるものとして反逆行為を理解した点である」(146頁)。
    言葉による反逆(Treasons Act)が制定され、国王の権威を否定する言動も処罰の対象となりました。これは、単なる行為だけでなく、思想や言論までをも統制しようとする権力の意図を示しています。
    ステュアート朝における反逆罪の転換と国民国家の萌芽
    清教徒革命(イングランド内戦)とチャールズ一世の処刑は、反逆罪の概念を根底から揺るがす出来事でした。議会派は、国王個人に対する反逆ではなく、「コモンウェルス(国民国家)」に対する危害を反逆罪と再定義しようと試みました。「反逆罪を、国王個人に対してではなく、政治共同体に危害を与える行為として再定義したということである」(179頁)。
    トーマス・ホッブズは、自然法に基づいて反逆罪を再構成し、主権者に対する背反は自然権に対する侵害であると論じました。
    名誉革命後、反逆罪はブリテン国家に対する犯罪として明確化され、国民意識の形成と結びついていきました。
    18世紀の反逆罪と国民形成
    グレートブリテン王国の成立とともに、反逆罪法はブリティッシュ・アイデンティティの形成に寄与しました。しかし、アメリカ独立戦争においては、植民地側の抵抗を反逆として捉える本国政府に対し、植民地側は自由や基本政体への反逆であると反論するなど、反逆罪の概念をめぐる対立が激化しました。
    フランス革命期には、「国民反逆罪(lèse-nation)」という新たな概念が登場し、主権が国王から国民へと移行したことを示唆しました。「国王がマジェスタスの担い手である限り、国王は反逆罪の犠牲者ではあっても、国王が反逆罪を犯すことは定義上ありえない。しかし、国王ではなく国民がマジェスタスを占有する」(207頁)。
    現代における反逆罪の変容と残存
    現代においては、国家に対する国民の忠誠心が絶対的なものではなくなった一方で、テロリズムや国家の安全保障を脅かす行為に対して、反逆罪に類似する概念が依然として存在します。
    かつての絶対的な支配者としての国王に代わり、「国民」や「国家」といった非人格的な存在が忠誠の対象となり、その「マジェスタス」を侵害する行為が現代的な反逆罪として捉えられています。
    特筆すべき論点:

    反逆罪のメタファー: 著者は、反逆罪の概念が、異端、不倫、貨幣偽造など、様々な「裏切り」行為を理解するためのメタファーとして用いられてきた点を指摘しています。「反逆罪という『裏切り』を意味する言葉は、様々な文脈で比喩的に用いられてきた」(14頁)。
    反逆罪裁判が、権力者の意図を示す舞台となり、民衆の関心を集めることで、国民意識の形成に影響を与えた側面を強調しています。「反逆罪裁判は支配者だけでなく、印刷メディアを介して広い読者層の興味を惹く対象となった」(155頁)。
    主権概念の変遷: 反逆罪の歴史は、主権の所在が国王個人から国家、そして国民へと移行していく過程と深く結びついていることを示しています。

  • 本書は2000年以上に渡る反逆罪の歴史を概観する.類書はないとのこと(外国でも2022年が初).そんなわけでこれを新書でやるの!?と同時に,新書で読めるなんてありがたいことだと思わざるをえないそんな本だった.

    老婆心ながら,どうして今になって反逆罪を取り上げるのか,についての筆者の意図を頭に入れておくと面白く読み進められると思うので,あとがきから引用しておこう.

    「反逆罪は一見したところ現代自由主義世界にとって過去の遺物にすぎないかもしれないが,実のところ,反逆罪のメタファーを通じた政治的レトリックで命脈を保っている〔「国賊」「反日」など(引用者補足)〕.政治的に敵対する人々を反逆罪に問おうとする熱情は,本書の論述から明らかなように情け容赦のない残忍なものであるが,それは今日もなお少なからぬ人々の心に息づいているのである.そうした政治的感情の歴史的由来についていくばくかでも明らかにできたのであれば,本書の目的は達せられたことになろう」.

    政治思想史の観点から愛国心を研究している著者ならではの内容といえる.とても勉強になった.

  • 第1章 反逆罪の起源
     1 二つの原型
     2 中世キリスト教と反逆罪

    第2章 中世末期の反逆罪
     1 世俗権力の台頭
     2 一三五二年の反逆罪法
     3 薔薇戦争の時代

    第3章 反逆罪の拡張
     1 言葉による反逆罪
     2 エリザベス一世の宗教政策
     3 フランス絶対主義の時代

    第4章 反逆罪の転回
     1 スチュアート朝時代
     2 反逆罪のメタファー
     3 コモンウェルスに対する反逆罪
     4 一七世紀後半の英仏における新展開

    第5章 反逆罪と国民形成
     1 グレート・ブリテン王国の成立
     2 アメリカ独立戦争
     3 反逆罪への批判
     4 フランス革命

    終 章 反逆罪と現代
     1 反逆罪と近代国家
     2 反逆罪と近現代日本

     あとがき
     参考文献

  • 326.21||Sh

  • 東2法経図・6F開架:B1/4-3/2040/K

  • 女子栄養大学図書館OPAC▼https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000073018

  • 【請求記号:322 シ】

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著者プロフィール

1967年神奈川県横浜市生まれ。ニュージーランド・オタゴ大学教授。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。シェフィールド大学大学院歴史学博士課程修了(Ph.D)。ケンブリッジ大学クレア・ホール・リサーチフェロー、英国学士院中世テキスト編集委員会専属研究員等を歴任。専門は政治思想史。著書にOckham and Political Discourse in the Late Middle Ages(Cambridge University Press)、『ヨーロッパ政治思想の誕生』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞)、『言論抑圧』(中公新書)、『愛国の構造』(岩波書店)、『日本国民のための愛国の教科書』(百万年書房)、『従順さのどこがいけないのか』(ちくまプリマ―新書)等がある。

「2022年 『愛国の起源』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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