マリー・キュリーが考えたこと (岩波ジュニア新書)

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著者 : 高木仁三郎
  • 岩波書店 (1992年2月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784005002016

マリー・キュリーが考えたこと (岩波ジュニア新書)の感想・レビュー・書評

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  • マリー・キュリー(キュリー夫人)といえば、女性初のノーベル賞受賞者にして、初めて二つのノーベル賞を受賞した人で、パリ大学で初めての女性の教授。
    「初」とか「女性初」をいっぱい持ってる偉人中の偉人。偉人界のレジェンド。
    で、この本の前半はまあ普通の偉人伝。わたしなんかが読んでも、やっぱりキュリー夫人は偉いなあ、ってなもんですよ。

    しかし。

    この本で注目すべきは後半。
    なんとマリー・キュリーと作者の対話形式で原爆、チェルノブイリ、環境破壊などについての作者の意見が展開されていく。
    あまりにも意外な進め方なので、話の内容よりも、形式の方に驚かされて、話の中身にすうっと入っていけない。
    そういや幸福を売り物にしている新興宗教で口寄せ芸を得意とする教祖さんがいたなあなどと思っているうちに読了。

    うん、なんかすごいよ。
    主張そのものは同意する点は多いのだが、なんともいやはや。

    まあ★2つかな。怪書としては★4つ。

  • 憧れの人。

  • (2007.06.04読了)(2006.07.15購入)
    原子力発電の廃止を唱えて活動していた高木さんの書いた本です。
    キュリー夫人と原子力はどう結びつくのかと考えてしまったのですが、キュリー夫人がノーベル賞をもらったラジウムは、強力な放射線を出し続ける物質だったんですね。
    原子番号の大きな原子は、十分に安定ではなく、崩壊することでより安定な原子に落ち着こうとする。このときに放出されるエネルギーが、放射線というものである。(79頁)
    ラジウムの発見が「核」の世界を開くことになったわけです。
    マリー・キュリーの小さいときの名前は、マリア・スクロドフスカです。ポーランドの人です。当時のポーランドは、ロシアの支配下にありました。
    1891年11月、24歳目前のマリアは、パリの北駅に降り立ちました。ソルボンヌ大学で学ぶためでした。
    猛烈な勉強の結果、1893年の物理学学士試験を首席でパスした。
    1894年、マリアは、ピエール・キュリーと出会った。このときピエールは35歳。
    1895年7月26日、マリアとピエールは結婚した。ピエール・キュリーは、パリ生まれのフランス人です。
    ピエールは、パリの市立物理化学校の教授であった。マリーはここで一緒に研究しながら教員資格をとった。
    1903年11月、アンリ・ベクレル、ピエール・キュリー、マリー・キュリーの3人にノーベル物理学賞が授与された。放射能と放射性元素の研究に対するものです。
    ピエール・キュリーとマリー・キュリーは、ラジウムの研究で、多量の放射線を浴びることになり、健康を害していた。このときにはまだ、放射能の危険性は知られていなかった。
    マリー・キュリーは、1911年にラジウムの発見・研究によって、ノーベル化学賞を受賞した。ノーベル賞を2度受賞していたんですね。
    1934年7月4日、マリーは、死去。66歳。
    1935年、マリーの娘、イレーヌがノーベル化学賞を受賞している。

    現代科学は、研究成果が人間社会に与える影響を考慮しながら進めないといけないはずなのですが、影響の善し悪しを判断できる人が誰もいないように思えます。
    そうなると、研究者自身が自己責任でやらざるを得ず、悪い影響が出たときは、処罰を受けるということになるのでしょう。

    著者 高木 仁三郎
    1938年 群馬県生まれ
    1961年 東京大学理学部化学科卒業
    1975年 原子力資料情報室設立に参加
    1987年 原子力資料情報室代表(98年まで)
    2000年10月8日 逝去
    専攻は原子核化学(理学博士)
    (2007年6月19日・記)

    ☆関連図書(既読)
    「原子力神話からの解放」高木仁三郎著、光文社、2000.08.30
    「原発事故はなぜくりかえすのか」高木仁三郎著、岩波新書、2000.12.20

    (「BOOK」データベースより)amazon
    みなさんはラジウムの発見でノーベル賞を受賞したマリー・キュリーを知っていますか。祖国ポーランドを出てパリに学び、20世紀の核の扉を開いたかげには、最悪の困難にも挑む強い意志がありました。夫ピエールや娘たちへのこまやかな愛情にもふれて生涯をたどり、その業績が今日いかに生きつづけるかを語ります。

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