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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784005006458
感想・レビュー・書評
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除夜の鐘うるさいとかいう人は日本出て行って欲しい。年中行事ってその国の文化の地層みたいだし、その国の文化を五感で体験出来るのがいいよね。私日本が好きすぎて、日本の年中行事を教えてもらえる室礼教室とか行きたい。
『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書 645)』 山下柚実 #ブクログ #読書 #KindleUnlimited
https://booklog.jp/item/1/4005006450
コオロギは食べ物ではなくて、声を聴く虫だから、食べろって言われても困惑するよ。おじいちゃんがコオロギ飼ってて、虫の音が美しかったな。特にマツムシ、ウマオイ、コオロギの音が好き。
『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書 645)』 山下柚実 #ブクログ #読書 #KindleUnlimited
https://booklog.jp/item/1/4005006450
吉野山のヤマザクラは、ソメイヨシノみたいに見せるために強調して作られた桜では無い所が好き。
山下 柚実
(やました ゆみ、1962年6月26日[1] - )は、日本のノンフィクション作家、五感生活研究所代表。東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1994年『ショーン』で第1回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞する。エイズ問題、五感などをテーマに取材・執筆。元環境省「感覚環境のまちづくり」検討委員、江戸川区景観審議会委員、放送大学非常勤講師を務めた。
「白い半紙を前に、正座をして墨を磨る。 墨を硯の上で静かに回転させながら、呼吸を整える。 だんだんに落ち着いてくる心持ち。ぷうん、とあたりに漂い始める独特の香り。 甘いような、ちょっと腐ったような、個性的な 墨の匂い。 一月二日は、年の最初に筆をおろす「書き初め」の日。 一年をいったいどんな年にしたいのか。自分の願いや目標をじっくりと考え、文字に願いをこめて、筆で表現する日です。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「この日の朝に七草粥を食べると、その年は病気にかからず寿命ものびる、といわれます。若菜を食べることによって、生命力を身体に注入する呪術的意味合いが深いとされますが、迷信ではなく、医学的にも効能があることがわかりました。 一月の味覚の代表、「七草粥」の素材は「春の七草」。せり、なずな(ペンペン草)、ごぎょう(ハハコ草)、はこべら(ハコベ)、ほとけのざ(コオニタビラコ)、すずな(かぶ)、すずしろ(大根)。その効能を調べてみました。せりの効能/健胃、食欲増進、解熱、利尿、去痰などなずなの効能/止血・消炎・鎮痛・利尿・解熱などごぎょう(ハハコ草)の効能/せき止め、 桃腺炎の予防、利尿などはこべらの効能/利尿、歯痛、消炎などほとけのざ(コオニタビラコ)の効能/健胃・食欲増進などすずな(かぶ)の効能/消化促進・解毒・せき止めなどすずしろ(大根)の効能/消化促進・せき止め・利尿など」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「一方、新潟県には門松や書き初めなどを燃やして灰を溶かしたものを、互いに顔に塗り合う儀礼が残っています。不思議なことに、この行事を中止したところ火事や山崩れなどが起こったため、以後は欠かさず続けられているそうです。また、奈良県の橿原市では、男児に墨をつけて豊作を願う「すすつけ祭り」も行われます。真っ黒い顔をして泣きやまない子どもたちの顔をニュースで見かけたことがあります。一説によれば、鬼が墨・黒色を嫌うというところから、「魔除け」の意味をこめているのではないか、とのことです。 「顔や体に墨を塗り合って無病息災を願う」というユニークな様式は、今でもあちこちで延々と続けられています。炎を囲んだり墨を体になすりつけられる体験は、とても五感的。参加した親子は、きっとその時の感触が一生忘れられないでしょう。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「節分(またはせちぶん)は、立春・立夏・立秋・立冬という各季節の始まりの前日のこと。「季節を分ける」から「節分」です。 江戸時代には、主に立春の前日(二月三、四日)のことを指すようになりました。 新しい季節を迎える節目は、陰陽のバランスが崩れて疫病や鬼などが跳梁跋 する、危ない時期でもあります。その節分に、邪気を払う「鬼は外! 福は内!」という声が響き渡ります。 私は昔から伝わる節分を一目見ようと、京都を訪ねました。「節分といえば吉田神社」と言われるほど有名な年中行事なのですが、東京生まれの私はまだ体験したことがなかったのです。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「節分会」という年中行事の深い意味は、自分を超えた大きな力、圧倒的な恐怖を知ることにある 大声で泣き叫ぶ子どもたちの声を聞きながら、私はそう感じたのでした。 そのうちに、人の倍ある四つの眼の仮面をかぶった方相氏が現れました。大暴れしている赤、青、黄の三匹の鬼を、追い払います。鳥居を通って逃げる鬼たち。鳥居にむかって桃の弓で葦の矢が放たれ、邪気が払われます。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「おそらく「鬼」とは、目に見えないで災厄を起こす祟りや邪気などの穢れの象徴。鬼門から入ってきて都に住む人々に襲いかかってくる災厄に、昔の人々は精一杯、対処をしようとしたのでしょう。その痕跡が、吉田神社の「節分」という形となって、はっきりと残っているのではないでしょうか。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「昔の中国では三月の巳の日は、川で禊ぎをし、汚れや邪気をお払いする日だったそうです。それが日本へと入ってきて、紙や土で作られた形代・人形に息を吹きかけ、自分の病や穢れを移しとる、という儀式の形が生まれました。次第に、ひな人形へと変化していったのだと言われます。 ですから、おひな様とは、そもそも子どもたちに災難や病苦が降りかからないよう厄を払うための、身代わりなのです。五段飾りや女官に笛太鼓など立派な飾りものになったのは、後世のこと。 ひな祭りの「邪気を払うイベント」という意味は今も継承されています。お菓子や料理を見れば、「厄除け」の意味がこめられていることがわかります。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「春がやってきて、幻想的な花の風景に会えると思うと、つい、そわそわしてしまう人も多いのではないでしょうか。 墨堤(隅田川の両岸)に上野、千鳥ヶ淵に井の頭公園。東京ではどのお花見スポットも、ソメイヨシノのピンク色の花で埋め尽くされます。 びっしりと群がるようにして咲く花たち。一斉に散っていくはかなさ。桜の幹の深い黒と、ピンク色の花のコントラストがまた、美しい。 「花見」に対して、私はそんなイメージを持っていました。東京生まれ東京育ちの私にとって、桜といえばソメイヨシノなのです。 その一方で、以前からちょっと気になっている桜がありました。それは、奈良県の「吉野山の桜」。 「吉野山の桜」は、歌舞伎の「義経千本桜」や古い屛風絵など繰り返し登場し、たくさんの歌にも詠まれてきた、有名な花なのです。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「ある年、四月の花の時期に吉野を訪ねるチャンスがめぐってきました。本物を自分の目で見るのは初めて。私はドキドキしながら現地に向かいました。 新鮮な驚きでした。これまで見てきた花見の風景とはまったく違う景色が、そこに広がっていたからです。 吉野山は急峻ではなく、丸みを帯びた優しい曲線が幾重にも重なりあっています。その山肌に、ヤマザクラの群れが見えます(口絵参照)。ヤマザクラの花はふわりとして、まるで柔らかな雲のよう。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「桜の群れの一つ「下千本」は、四月上旬頃に満開を迎え、その後、「中千本」「上千本」「奥千本」と、いわば桜前線が吉野山を上っていく。一気に咲き、一気に散る東京の桜とはずいぶん違います。場所によって開花にずれがあり、ソメイヨシノほど一時期に集中して咲くわけではないのです。 「散ってしまうから早くお花見しなければ」と、せわしない気分にならなくて済む。咲いている時期が長いので、こちらの都合にあわせて自由な気持ちで花を楽しむことができる。そんな吉野山の花見の朗らかさ、軽やかさが、まず気に入りました。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「それに対して、ヤマザクラの花はそれほど密集して咲きません。すっきりと淡泊です。花と葉とが一緒に出る点も違います。一言で言えば、自然で素朴なたたずまい。ヤマザクラの新葉は赤みを帯び、花の白と赤い葉とのコントラストは独特の爽やかさ、風情を持っていました。葉は赤や茶だけでなく薄い緑色もあり、その表情は多様です。満開のヤマザクラのすぐ横に、まったく花の開いていないヤマザクラがあったりします。 「見せる」ために花を強調して作られた、ソメイヨシノという人工的な園芸品種と、日本の野生種で自然のままに咲くヤマザクラの違いでしょうか。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「 私はその「変化朝顔」を、墨田区の向島百花園で二〇種類も見ることができました。花の色・模様・葉っぱが、遺伝的な変異によって変化した、実に個性的な「変化朝顔」たち。 朝顔作りをめぐって、これだけ凝りに凝るとはその情熱たるや、驚きです。今でいえば、「朝顔オタク」。時間もお金も、そして心の余裕もあった証でしょう。 その後、明治維新でしばらく朝顔遊びは衰えましたが、大阪で再び朝顔の会が復活し、三度目の流行を迎えたそうです。 東京・入谷の朝顔が有名になったのは、土質が朝顔を育てることに適していたため。最初は十数軒の植木屋が朝顔作りを始め、明治の頃は数百種が並んだそうですが、都市化の波に飲み込まれ、廃業する植木屋が増え、一九一三(大正二)年の「植松」廃業を最後にいったん入谷の朝顔は姿を消しました。しかし一九四八(昭和二三)年、下谷観光連盟と地元有志が協力し、台東区が後援して、再び入谷の地に「朝顔市」がたつようになり、現在は大にぎわい。何度目の流行でしょうか。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「鐘の音の響き。高野槇の手触り。本当に父の霊がこの世に戻ってきた、という感覚。五感体験を通して初めて、お盆の本当の意味がわかったように思えました。それはとても新鮮で大切な機会となりました。 音が身体を揺さぶり、冥土の入口で呪術にも思えることを自分の体で体験し、私には祖先があり、他の多くの人とつながっているということ、それを軽視して自分の力だけで生きている気になってはいけない、ということも感じました。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「季節をめぐる年中行事は、そこに暮らしてきた無数の人々の、深い深い経験とつながっているのです。人々がその場所に刻みこんできた、記憶ともつながっています。それは、腹を抱えて大笑いするような楽しげな経験だけではない。苦い涙、切ない思い、わりきれない別れ 人々の、散乱するいくつもの感情が、地層のように堆積しています。 それが土地とつながった年中行事の深さであり、私たちが惹きつけられる理由でもある。 川面に揺れる灯を眺めながら、そんなことを感じました。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「 冬至は一年で一番、太陽高度が低く、昼間が短い日です。 つい、「これから冬だ、いやだなあ」と思いがちですが、ちょっと発想を転換させましょう。この日を境に太陽が高くなり、日の当たる時間も徐々に長くなっていく。だから、この日を「太陽の誕生日」と呼ぶ人もいるのです。厳しい寒さに耐えるための希望とパワーがふつふつと湧いてくる日でもあるのです。 この日、全国各地の銭湯は「柚子湯」に様変わり。 「柚」の黄色い実が大きなお風呂の中をぷ ーかぷかと浮いている様子を見、あの爽やかな柑橘系の香りを嗅ぐと、「冬」を全身で受け止める勇気が湧いてきませんか? 柚子湯。 昔から「邪気を払うみそぎ」の意味があり、この湯につかれば「無病息災」で暮らせる、と信じられてきました。柚に含まれるビタミンや保湿成分は、風邪の予防、皮膚保護のはたらきもあり、シトラール、リモネンは血行促進、新陳代謝促進を助けるそうです。その香りはリラクゼーションに最高。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「若い人たちは、「不思議」「神秘」が大好き。こうしたブームは、何を示しているのでしょうか。 「これまではとかく主体性とか個人主義とか、いわば自分の内側にばかり人々の関心は向いてきました。しかし今、自分を決定しているものは自分以外のところにある、そんな発想が芽生えているのではないか。自己中心的なものの考え方から、自然とか環境、周囲によって作られている自分、という視点が生まれてきているのではないか。そんな感性と、陰陽師ブームとが、どこかでつながっている気がします」。そんなお話を小松和彦国際日本文化研究センター教授からお聞きしたことがあります。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「四季の変化をしなやかに感じとり、外界とやりとりしながら生きてきた人々の感性が、生活文化と溶け合い、ぎゅっと凝縮した結晶体。それが「年中行事」というイベントなのではないかと思い至りました。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
「年中行事は長い歴史と生活文化の結晶体ですので、時の経過と時代の変化の中で、たくさんの解釈が生まれたり、形や意味を変えている部分もあるでしょう。」
—『年中行事を五感で味わう (岩波ジュニア新書)』山下 柚実著
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