大人になるっておもしろい? (岩波ジュニア新書 801)

  • 岩波書店 (2015年4月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784005008018

感想・レビュー・書評

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  • 買ったまま、いわゆる積読状態でしたが
    ひょいと 手に取って
    読み進めていくと
    いゃあ 面白いこと 面白いこと
    結局 最後まで
    読まされてしまいました

    随分前に 読んだままになっていた
    清水さんの快著「日常を散策する」Ⅰ~Ⅲ
    を 再読、再再読したくなりました。

    それと 同時に
    ゲド戦記が清水眞砂子さんによって
    訳されていることに
    感謝の念を再び
    思いました。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      kaze229さん
      清水眞砂子は猫にとって、信頼する書き手の一人。もっと色々発信して貰いたいです。。。
      kaze229さん
      清水眞砂子は猫にとって、信頼する書き手の一人。もっと色々発信して貰いたいです。。。
      2023/09/06
  • 作者は温かく包み込んでくれるような包容力があるなと思った。読んでいてとても心が温まった。
    また、人に秘密にしていることも良いということや、1人でいることも良いと教えてくれた本でもあり、これから大人になっていく人には為になる本だと思う。

  • 怒る、議論する、自己開示しないという選択をもっと堂々としていいし我慢してはいけない。しめんどくさくなっていた大事な部分をさくっと切り込んでくれる

    大人にも刺さる。引用されている本も豊富で飽きない。

  • 子ども達が必要以上に迷うとすれば、そんな社会を作った大人の責任。アベ君みたいな大人になっては駄目、、、
    (「自分の未来は,自分でしか決められない」と書いてはあるけど)

    岩波書店のPR
    自分を信じきれず,個性や〝らしさ〟を探しながらも一方で人と違わないことに心を砕く若者たち.大人になる直前のとまどいや悩みは尽きず,未来に希望を思い描くのも難しい.そんな10代に魂をゆさぶる数々の物語を通して,悩むこと,傷つくことを恐れず,もっと伸びやかに自由に生きようと呼びかける,青春の羅針盤となる一冊.巻末には,ブック+αのリストも付す.
    https://www.iwanami.co.jp/book/b223839.html

  • 清水真砂子さんの本は全て読んだので、特に目新しさはなかった。
    昔にくらべると随分丸くはなったものの、その切れ味の鋭さは変わらない。
    この本で紹介された本も、結構読んでいて、知らず知らず清水真砂子的思考が自分のものとなり、好みが似てきたのかもしれない。だとしたらやっぱり清水真砂子さんすごい。
    個人的には岩瀬成子の評価が高いのが嬉しい。岩瀬成子は出来不出来の波はあるが、いいものは本当に素晴らしいので、もっと読まれてほしい。
    岩波ジュニア新書だから中高生向けだろうけど、読んで楽しめるのは大人の女性で、児童文学に関心のある人という気はする。

  • これまでいくつも清水真砂子の文章を読んできた。その度に自分の頑ななものの見方が変わってきた。今回はKさんへの書簡という形式をとりながら、違和感と向き合い、さらにその先へ進んでいく。人間が本来個として持っている強靭さ、ワイルドネスに目覚めていく。四十代のわたしもまだまだだなあ、と感じいった、「鋭さ」が健在でした。

  • 感動した、大人こそ読む本。ホントに実践できてる大人こそ、本物かと。また、実践できてる人は少ないんじゃないかな

  • おとなになるっておもしろいよ!と胸を張って言えるような世の中になっていってほしいね。と思う。

  • 968

    清水真砂子
    1941年、朝鮮半島に生まれる。児童文学者・翻訳家。青山学院女子短期大学名誉教授。主な著作に、『子どもの本のまなざし』(日本児童文学者協会賞受賞)、訳書にU・K・ル=グウィン『ゲド戦記』全6巻

    ただ、私が気がかりなのは、黙っていたいのに、無理をしてでも、しゃべらなくてはいけないと考える人が一〇代の人々の中にますます増えているように見えること、 内容はどうであれ、しゃべるという行為そのものを価値と考える人々が多くなっているように思われることで、こういう状況のもとでは他者の声に耳を傾けたり(小さな声はなおさら)、自分自身の内なる声に耳を澄ますことはむつかしくなってきているのではないかということです。

    そうです。生きてごらん、と言ってくれているのです。宇宙は、世界は。人々が遠い昔から生み出してきたたくさんの絵も、音楽も、物語も。そこに自信なんていりません。そんなのは、あったって吹けば飛ぶようなものです。世界を信頼して自らをゆだねればいい。自分で自分を評価する必要もないし、外からの評価に一喜一憂する必要もない。繰り返しになりますが、自分をまるごと受け容れ、丁寧に、省エネしない で、つまりは手を抜かずに、生きてやる、それしかないように思います。そのとき 「自信」は何の意味もなくなるに違いありません。

    子どもの育ちのこと、さらには人間の「能力」について、岡本夏木氏が語っていたことばを思い出したのです。岡本氏は『幼児期』(岩波新書)という本の中で「能力主義」にふれ、「ヒトリデデキル」こと、さらには「ヒトリデハヤクデキルコト」という能力主義の一大スロー ガンが持つ危険を指摘し、「「できないこと」こそが人間を結びつける原動力」なのに、と言っているのです。その「原動力」の一角に、質問するということは、もしかすると、位置づけられるかもしれません。 全くのところ、道を尋ねることから始まって、私は質問することで、これまでどれ だけ他人とつながり、新しい世界への扉を開けてもらったか、しれません。中学・ 高校・大学時代、私は超がつくほど無口でしたが、授業のときは質問しました。NHKの朝ドラ「花子とアン」(二〇一四年四月〜九月放映)の中で生徒だった村岡花子が先生に質問するのを見ていて、ああ、私もこうだった、とよく思いました。四〇年ほど前の小さな出来事も、どうしてか、繰り返し思い出します。

    私の友人に、いたるところですばらしい人間の物語を聞き取る人がいます。彼は自分分からしゃべる人ではなく、どちらかというと静かな人ですが、他人の話を聴く耳を 持っている。その聴く耳が、質問しなくても相手の話をうながしているように思われ ます。そうです。あのシンガーの『お話を運んだ馬』(マーゴット・ツェマック絵/ 工藤幸雄訳/岩波少年文庫)に登場するレブ・ツェブルンのように。では、その聴く耳はどうしたら持てるのか。一言でいえば、他者への愛と尊敬かなと思います。相手を大切に思い、こちらには踏み込めない厖大な世界があると知ること。そのとき始めて私たちはそっとその人のドアをたたき、かすかな音にも必死に耳を傾けるのではないでしょうか。

    今日はこの手紙を結ぶにあたって、関連してもう一つ言っておきたいことがあります。それは、あえて「こわい」人に会いにいってほしいとい うことです。あなたに畏怖を抱かせる人と会う機会を可能なかぎり持つように努めてほしいということです。社会的地位は関係ありません。金持ちか否か、有名か無名かも関係ありません。親切な人、優しい人に私たちは容易になびくものですが、そこで足を止めたきりにしないで、こわい人、きびしい人、とっつきにくい人、わかりにくい人に思い切って近付いていってごらんなさい。これがあなたに言っておきたいことです。身の丈にあったものにばかり安住しないで、たとえ不安でも、どうしても惹かれるならば、あるいは惹かれなくても必要とあらば、飛び込んでいってほしい。だっ て、これも憶えているでしょう? そうあなたには――そして誰にもー傷つく権利 があるのですもの。大丈夫です。 居心地のいいところにだけ身をおくのは、およしなさいって言いたいのです。固いもの、自分をはね返してくれるごつごつしたものに思い切ってぶつかっていってごらんなさい。あなたをして途方に暮れさせるもの、立ち往生させるものに立ち向かって いってごらんなさい。必要なら日本を飛び出してみるのもいい。でも、国内にいたって、いえ、たとえば中学校の同じクラスの中にだって、そういう人はいてくれるかもしれません。そうなのです。私の夫は中学二年の教室でのある日の出来事を六〇年近 くたった今も、あざやかに思い出すといいます。彼のクラスにはきわめてめずらしい、読み方によっては、からかうのに恰好の苗字の生徒がいて、何かというといわゆる悪ガキから大声ではやしたてられていたといいます。しばらくはその生徒も相手にせず、聞き流していました。けれどついにその日、少年は反撃に出て、言ったそうです。

    ごく最近になって、私は精神科医の中井久夫氏が一〇代の人たちに向かって、「一目をおく同級生を宝とせよ」と語りかけていることを知りました。ああ、これは本当だと夫と話しています。

    自らの精神の自立なくして、他者と本当の意味でつながることはできないし、他者の内面を侵さずにいることもできないと考えるからです。それにしても今や退屈を埋めるもの、退屈を奪うものは、巷に溢れています。幼い子どもにおもちゃを与えすぎると創造性が育たなくなるとよく言われますが、大人たちもまた次々と生産される"おもちゃ"の洪水の中で、自ら考えることを放棄し始めているようにも見受けられます。

    前にもちょっと書きましたが、私たちの多くは小さいときから、一人で何でもできることこそ大事な、疑いようのない価値だという思い込みの中で育ってきました。学校の確たるものさしは、その時代時代の大人たちがつくる社会が要求してくることが、そこにいる子どもにできるか、できないか、でした。できる子はいい子とされ、 できない子はだめな子とされました。それ以外にたくさんのものさしがあるなんて、 子どもの私は知りませんでした。後になって思い返せば、本当はそのときそのときの支配的な価値観からはずれたところをだって子どもはちゃんと生きているし、一〇代のときだって二〇歳を過ぎたって、あたりまえのように、そうした瞬間瞬間を生きてきたのに。ただ、そうはさせまいとする圧力は強く、気が付けば、私たちはいつのまにか、自らその圧力の一部になってしまっていたりするのですね。そして、動かない 人、何かをしない人だけでなく、動こうにも動けない人まで追い詰めてしまってい る。人としてゆたかに賢く生きることのなんとむつかしいことかと思いますが、でも 一方で、よく見れば、人はとうに思いのほかゆたかに賢く生きていることに気付かさ れ、楽しくなってもきます。

    では、その大変な子ども時代をどうやって生き延びたのか。先日も近しい友人とそれぞれの子ども時代を語らっていて、ふたりの口から同時に出たのが「本があってくれてよかった」でした。もちろん本のかわりに音楽がくる人もあれば、美術がくる人もあり、昆虫採集がくる人もあれば、何かスポーツがくる人もありましょう。本を読むなどということは、もはやごく少数の人々の行為になっているかもしれません。 今のインターネットの時代に、本などいちいち開かなくても手に入れたい情報はすぐに出てくるというのに。でも、本って情報を得るためだけのもの?本をこう詠った(たぶん)若い娘さんがいます。

  • テーマ:大人になることとは?

  • 子供向けの本だと思っていたが、子供の可能性を引き出す接し方や考え方が書かれていている。なるほどと言う気づきもあり、オススメの本。

  • 背ラベル:159.7-シ

  • いやぁ
    いい本だった...

    学ぶことが多すぎて、とてもまとめられませんが

    誤魔化さなくていい
    褒められようとしなくていい
    分かったふりをしなくていい
    馴れ合わなくていい

    自分自身に正直に生きることの大切さを伝えようとする著者の態度はとても誠実で
    数少ない〝本当のこと〟を言ってくれる大人だと思います。

    大人の自分にもグサッと来る言葉が非常に多く
    自分も「かわいい」という言葉で子どもを無意識に閉じ込めていたのかと反省しました。


    大人が子どもにしてあげられることは
    本当はそんなに多くないんでしょうね。


    表題は、現代の大人達への問いかけのようにも感じました。

    「大人になるっておもしろい?」と
    子どもに聞かれたら、自分は何と答えるだろう...

    でも、こうして自分をガツンと壊してくれるような本に何冊も出会えたこと。
    これは自分にとって、子どもの頃ハマっていたゲームやマンガよりも遥かに大きな喜びであることは間違いなく
    今後もそんな出会いが待っているかと思うと

    「大人になるって、捨てたもんじゃないかもよ...」と
    ポツリと言えかな...w


    大人たちの生きる態度を
    子どもたちは見ているんでしょうね。

    その割に大人たちは
    一方的に子ども達にあれこれ求め過ぎているかもしれません。

    子どもたちに求める前に
    大人たちこそ、ちゃんと自分の人生と向き合っているのか。

    〝分かったふりをしない〟というのは
    本当にグサッとくる言葉です。

  • 2020.8

    今の社会でなんとなく違和感があるままそうなってしまっていることをひとつひとつ考えさせる。たとえば「かわいい」、争いを避けるコトナカレの空気、ひとりでいること、自信を持つこと、自己表現、コンプライアンスなど。世間でマイナスに取られがちなことは本当にそうなのか。こうやって考えるといかに外の目はあいまいでひねくれていて上っ面かがわかる。自分で感じること、考えることをしましょうと。そうだそうだ。ひよらない。自分を誤魔化さない。自分をはぐらかさない。自分を律する。思春期や大人の入り口にいる人、子どもと関わる大人は読んでみるといいと思う。

  • 建前として言いにくい内容に、ズバリと切り込んでいて驚くぐらいだった。

  • 感情の表現の大切さとか言葉の重さをきちんと捉えることとか考えさせられることたくさん。ちょっとせいて読んじゃったかな。もっと味わって読むべき本だったろう。

  • 思春期に読みたかったけれど、それでも今、出逢えてよかったと思う本。何箇所かポロポロと涙がこぼれてしまいました。これは手元に置いて、何度も読み返したい本。

  • 若い人達に読んで欲しい。著者の言葉に対する鋭い感性にハッとさせられる事多数。例えば‘可愛い’という言葉は日常で良く使う便利な言葉だが、その中身について考えるなど。
    高校教諭として、また、大学で幼児教育に携わる学生達とのやりとりを例に、怒ること、議論すること、話さないこと、親に反発することなどをタブーとせず、一つ一つ丁寧に考える中で、自分らしく生きるヒントを探せそうです。

  • 表紙の題名を見た時にどんなことが書かれているか気になって選びました。大学生はほぼ大人だけど、大人ってどんなものなのか悩みや不安があった時に読んでみたいと思いました。

    請求記号:159/Sh49

  • 子どもの頃か、今よりもっと若い頃にこの本に出会えていたら、違う生き方ができていたかもしれない、と思った。
    でも、その頃出会えていても、うまく大切なことを感じ取れなかったかもしれない。
    きっと今が最善のタイミングだったんだろうと思う。

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著者プロフィール

1941年、北朝鮮に生まれる。児童文学者・翻訳家。2010年3月まで青山学院女子短期大学専任教員。主な訳書に、アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』全6巻(岩波書店)など。最近の著書に、『あいまいさを引きうけて』『不器用な日々』『本の虫ではないのだけれど』(かもがわ出版)、『大人になるっておもしろい?』(岩波ジュニア新書)、『そして、ねずみ女房は星を見た』(テン・ブックス)、『青春の終わった日――ひとつの自伝』(洋泉社)など。

「2019年 『子どもの本のもつ力』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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