漢字ハカセ,研究者になる (岩波ジュニア新書 950)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (204ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784005009503

作品紹介・あらすじ

「漢字博士」として、辞書の編さんや国の漢字政策などに関わってきた著者。様々な当て字を得意になって書いていた小学校時代。秋桜をコスモスと読むのが許せなかった中学時代。進路に悩んだ高校時代。地名漢字を調べに出かけた現地調査など、漢字にまつわるエピソードを交えながら、漢字の魅力や研究者への道のりを語ります

感想・レビュー・書評

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  • 小さいときから漢字は好きではなかった。
    たとえば近畿地方の「畿」。糸の上の部分とか田とかを1つの文字になぜ詰め込まなければならないのか、もっと簡単にできないのかと思っていた。大学で中国語の履修をしたとき簡体字がうらやましくて、私も「言(ごん)べん」を手書きするとき7画で書くのが邪魔くさくて簡体字のように略して書いたものだ。一方で、日本人は漢字を簡略化したカタカナやひらがなを発明しており、漢字の簡略化には歴史上でも実績があるのだから、現代でも漢字を日本人なりに簡略化した第三の「かな」の発明は可能なのではとも思ったりした。

    いや、こう書くと、私がただ単に漢字の画数を減らすべきだと主張しているように見えてしまう。そうでなくて私が言いたいのは、ほぼ無制限に広がっている漢字使用法の“交通整理”だ。でもその思いとはうらはらに、私の漢字への疑問は社会人になってパソコンなどを文章作成で日常的に使うようになってから、つまりJIS文字コードによる第一水準、第二水準等への振り分けが適用されてから最大化した。
    ――なぜ「近」や「遠」は点が1つのしんにょう(之繞)なのに「辻」は点が2つなのか?
    なぜ、横棒がななめになった「芦」が上位の水準で、書き文字で一般的な「草かんむりに戸(横棒が真横)」の字が環境依存文字なのか?
    なぜ人名では士(下の横棒が短い)に口の「吉」と同じくらいの頻度で、土に口という下の横棒のほうが長い字が使われているのか?2つは別の文字なのか?また、はしごだかと言われる「高」の字や、立つさきと言われる「崎」の字が標準文字と並んで存在する意味はあるのか?私はただ単に昔の手書き時代の戸籍係が人名に使う漢字を深く考えずに自分の癖のままに戸籍に記載した結果、誤用された文字が一般化してしまい今に至ると思っているが。
    以上から、私は「漢字ハカセ」にこれらの疑問をすっきりと整理してほしいと、この本を読む前には考えていた。

    だが著者のアプローチ方法は、そういうものとは異なっていた。著者は漢字の複雑かつ多岐な利用実態に日本人が積み上げてきた多彩な歴史的背景を見いだし、興味をふくらませ、混然とした状態の使用法を著者独自の視点から体系化しようとした、というほうが正しいと言える。つまり、私が誤用ではとして挙げた使用法も含めて漢字の使用実態を正確に把握したうえで、取捨選択して一定の合理性が見いだせれば受容すべきというスタンスだ。
    もちろんその受容へのプロセスは簡単ではない。この本では著者が中学生のころの漢字との趣味的な付き合いから始まって、一生涯付き合っていく仕事として漢字を受け入れ、カタカナの「ハカセ」から名実ともに「博士」へと歩む道のりが、中高生向きにやさしい文体で書かれている。その中でも著者が関心をもった「国字」についての記載は特に興味深い。

    国字とは、中国由来ではない、日本で作られた漢字だ。国字一覧表はネットで簡単に見ることができる。私が出会った人で苆野さんという方がいた。「苆」ってどう読むの?「きり」?調べると「すさ」と読む国字だと知った。ちなみに著者の名字の「笹」も国字だ。これらの竹かんむりの国字といい、蛯や鰯などの生き物を表す国字といい、花鳥風月を表す文字が目に付くのは日本ならではかもしれない。

    もう1つ、本書の内容で私が興味をもったのが、著者が中学生くらいのときに「当て字」の使われ方を町じゅうから探していたというくだり。ちょうどそのころYMOが台頭してトンプーという曲名に「東風」を、ライディーンには「雷電」を当てたりしているのや、暴走族がその名称に難読漢字を当てているのにも興味を示してノートに書きためていたらしい。その暴走族というので私も思い出したことがある。何年も前だが、工事中のフェンスに黒ペンキみたいなもので「神怒閥斗」と書かれていたのを見た。「シンドバット」と読むのだろうけれど、当時は「うまい!」と感心(?)した。ぜひ著者の当て字コレクションに加えてほしい。

    以上、レビューという性質からやや逸脱した私の趣味満載の文章になってしまったが、これで興味がわいた人は、この本も十分楽しめるはず。

  • 漢字に取りつかれ、子どものころに漢字ハカセと呼ばれていた著者が博士になる過程が書かれています。
    地道で気の遠くなるようなサンプルの収集に研究することの大変さと、当て字や地名、常用漢字表の在り方について知ることができます。

    岩波ジュニア新書なので、小学校高学年から高校生向きの本です。中・高の受験問題になりそうな内容です。
    論文に取り組んだ時の詳細も書かれているので、論文ってどう取り組んだらいいのか、と悩んでいる大学生も読んで欲しい1冊です。

    811

  • 【請求記号:811 サ】

  • 〇新書で「学校生活」を読む⑦

    笹原宏之『漢字ハカセ、研究者になる』(岩波ジュニア新書、2022年)

    ・分 野:「学校生活」×「人生を読む」
    ・目 次:
     はじめに
     1.蛸と鮹――マンガのタコと辞典のタコ
     2.秋桜と書いてコスモス――こんな当て字は許せない
     3.〓、囍、靏――全一三巻『大漢和辞典』にもない漢字
     4.脣から唇、膚から肌へ――当用漢字から常用漢字へ
     5.早慶は〓〓――大学生活で出会った漢字
     6.〓――俗字や国字は、何かしっくりくる
     7.腺、濹の追跡――個人文字の広がり
     8.妛、腥――幽霊文字、人名用漢字と向き合う
     9.粁、蛯――博士論文と北海道の蛯天丼
     10.麺、混む――時代とともに「常用漢字」も変わる
     おわりに

    ・総 評
     本書は、漢字の魅力に取りつかれた少年が「漢字学者」として研究者の道を歩むまでの半生を語った本です。著者は早稲田大学の教授で、漢字――特に「国字」研究の第一人者として知られています。
     小学生時代に漢字を“好き”になった著者は、多くの漢字を覚えている「漢字ハカセ」から、やがて漢字を“研究”する「漢字学者」になります。本書では、自分の“好き”を仕事にするために必要なスキルや考え方を紹介しています。この本を読んで面白いなと思った点を、以下の3点にまとめます。

    【POINT①】漢字人生のスタートは「タコ」だった?
     著者が漢字に興味を持ったキッカケは、小学校時代に、たまたま友人が「蛸」という字を黒板に書いたことでした。少し前にマンガで「鮹」という字を見ていた著者は違和感を覚え、家の漢和辞典で調べると、どちらでもいいことを知ったのです。こんな「たわいもないこと」が「人生を決定づけた漢和辞典との運命的な出会い」となり、そこから「漢字博士」への道が始まることになります。こうした経験から、著者は「何が人生や世の中に役に立つのかは、最初の時点ではほぼわからないもの」であり、だからこそ「好き嫌いせず何にでも関心をもつようにするのがよい」と指摘しています。

    【POINT②】漢字を「研究」するということ
     中学校時代までの著者は、珍しい漢字の「収集と分類整理」に没頭していましたが、高校生になると、漢字を「研究」するという意識を持ち始めます。即ち、漢字を研究対象として「観察したり実験したり関連事項などを調査したりし、そこにかくされた事実を考察、分析によって解明する」ことを目指したのです。さらに大学では、指導教授から研究における“だから”の重要性――具体的な事例から法則性・一般性を導き出す視点――を教わります。こうした学びを経て、著者は漢字そのものより、その漢字を「人々はどのように使ってきたのか」という点に関心を持つようになったと指摘しています。

    【POINT③】エビ=海老or鰕or螧or蛯 ?
     漢字の研究について、著者は「一つの用例は点に過ぎませんが、二つあれば線が引けます。三つになれば面が素描できます」と述べています。例えば、国字(和製漢字)である「蛯」に関して、著者は奈良時代以前の用例も踏まえながら、古くから日本で使われていた「海老」と中国から伝わった「鰕」の字が合わさって「螧」という文字が生まれ、そこから江戸時代に「蛯」という字が派生したことを明らかにしました。このように、多くの用例を収集して分析・考察することで、そこから「時代差、地域差、集団差・個人差」を明らかにすることができると指摘しています。

     自分の“好き”を研究する場合、単なる「収集と分類整理」から一歩踏み出し、それらの事例を分析・考察することで、世に知られていない「かくされた事実」を明らかにすることが必要です。本書では、著者がこれまでに行ってきた研究を振り返りながら、実際にどのような視点で分析・考察を進めてきたのかを紹介してくれています。研究者という仕事に興味がある人には、是非、手に取ってほしい一冊です。
    (1269字)

  • はじめに

    1 蛸と鮹──マンガのタコと辞典のタコ
    人生最初に書いた漢字が、「誤字」!/漢字が苦手な小学生/人と違うところに興味が向かう/「笹」は国字/漢和辞典との出会い/漢字博士として/漢字博士の日々
      コラム 漢字のはじまりと古代の漢字/当用漢字と常用漢字──なぜ漢字は勝手に使えないのか?/国字とは?/漢和辞典を使ってみよう

    2 秋桜と書いてコスモス──こんな当て字は許せない
    漢字の「観察」/数々の「当て字」/「当て字」集めに熱中/辞典の世界を飛び出して/授業中の漢字/地理歴史クラブでもやっぱり漢字/許せなかった、山口百恵の「秋桜」/当て字の、気づき
      コラム おもしろい当て字とその由来

    3 〓、囍、靏──全一三巻『大漢和辞典』にもない漢字
    『大漢和辞典』がほしい!/『大漢和辞典』を探せ/ついに購入!/『大漢和辞典』に対する「なぜ?」/白い手袋の少年/桃源郷発見/広がる興味と、もどかしさ/検定試験よりも……/漢字と経験/当て字にがっかり/書店や図書館に足しげく通う

    4 脣から唇、膚から肌へ──当用漢字から常用漢字へ
    始まった高校生活/やっと勉強に集中/まさかのビリギャル超え?/異体字に関心/国字に注目/国語学(日本語学)に出会う/古代中国だけでは/『小学雑記稿』を書く/「常用漢字表」の公布/学校の漢字/漢字を数える/何でも習ってみよう/将来についての悩み/家庭の激変/受験勉強

    5 早慶は〓〓?──大学生活で出会った漢字
    夢の大学一年生/構内と図書館で/習い事と図書館通い/サークル活動で学んだこと/大学二年生に/今につながる外国語の勉強/中国の漢字/国語学の洗礼
      コラム めずらしい姓名

    6 〓──俗字や国字は、何かしっくりくる
    大学三年生に/中心を外す/大学四年、中文から日文へ/ひたすら資料を読む日々/不安とたたかった大学院への進学
     コラム 田国男の周圏論
     
    7 腺、濹の追跡──個人文字の広がり
    初めてのワープロ/昭和の終わり/修士論文を提出/学会デビュー/学会誌への投稿/国字「腺」「濹」の追跡/視野の広げ方

    8 妛、腥──幽霊文字、人名用漢字と向き合う
    タイミングの大切さ/女子大学に就職/女子大学での日々/野外で地名を調べる/「KYON2」という表記/パソコン導入とデータ消滅の失敗/国立国語研究所への転職/研究所での仕事/JIS漢字(経済産業省の所管)の調査/幽霊文字の正体を暴く/JISの記号/研究所での意外な仕事/テレビと大学/子の名に付けられる漢字/意味よりイメージ?
      コラム 姓名判断

    9 粁、蛯──博士論文と北海道の蛯天丼
    母校に戻る/教授としての日々/「左馬」の記憶/ついに博士論文の提出へ/博士になってみて/国字「蛯」を調べ、時代差、地域差、集団差を見出す/最初の出版は新書/博士論文の出版/初めての受賞

    10 麺、混む──時代とともに「常用漢字」も変わる
    文字政策の力と怖さ/道が「こむ」?/当て字/テレビ・ラジオ番組/変化を続ける仕事/人の幸せのために

    おわりに

  • 面白かった。ジュニア新書だけど、大人にも。

  • 筆者の自伝的研究紹介の本。途中から見坊豪紀氏に似ているなあと思ったら、筆者が尊敬していて交流があったことも書かれていた。数日前に読んだ三省堂国語辞典と明解国語辞典の話とシンクロした。時々こういうことが起きるから面白い。
    岩波ジュニア新書からの刊行であり、中学生や高校生にもおすすめである。

  • 漢字のトリビア中心の本かと思ったら、想像以上にタイトル通りの本だった。
    漢字ハカセと呼ばれた少年が本当に研究者となるまでが描かれている。
    小学生のとき漢字に目覚め、中学生のときには研究を始めていて、それが本当に「研究」と言えるレベルのものなので仰天する。
    天才肌というよりは、学究タイプ。研究対象にとことんこだわって調べ尽くし、そこから答えを導き出す。研究者以外の人生がこの方にあるだろうか?と思うし、本当に研究者になれるのかわからない中学生の段階でこれほどのめり込む息子を持った親御さんは正直言って心配だったのではないかとすら思う。
    その真面目さ、正直さは文章から濃厚に伝わってきた。中学生のとき書いた自分のノートの誤字までそのまま活字にしてあり、普通なら直して書くのに(だって誰も気づかないよ!)。書いてあったら、間違いであろうと手を加えない研究者魂。
    そんな真面目な笹原さんだけに、好きだった夏目雅子が伊集院静と結婚したとき、「すらすらと薔薇という字を書いたから(好きになった)」と言っているのを聞いて、「自分も書けるのに!」と大変悔しい思いをしたというところは笑ってしまった。
    そんな笹原さんではあるがご結婚もされてご子息もいらっしゃるとのこと。どんな女性にどうやってアタックしたのか非常に気になるが、それは書かれていなかったのが残念だった。(主題から逸れるので仕方ないが…。)

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著者プロフィール

早稲田大学社会科学総合学術院教授
1993年早稲田大学文学研究科博士後期課程単位取得退学、博士(文学)。
専門は日本語学(文字・表記)、社会言語学(文字論)、漢字学。

「2022年 『漢字系文字の世界 字体と造字法』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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