源氏物語入門 (岩波ジュニア新書 974)

  • 岩波書店 (2023年9月22日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (238ページ) / ISBN・EAN: 9784005009749

作品紹介・あらすじ

日本の古典の代表か、世界の文学か、色好みの男の恋愛遍歴か――。平安時代から現在まで、人々を夢中にさせつづける『源氏物語』って、いったい何が面白いのでしょう。物語の展開をたどり原文の言葉にも触れながらその秘密を探ります。初めて読む人から『源氏』ファンまで、千年生きる物語の魅力に今、出会ってみませんか。

みんなの感想まとめ

物語の魅力を解き明かす本書は、平安時代の名作『源氏物語』を初めて読む人にも、深い理解を促す内容になっています。これまで難しさから手を出せなかった読者も、読みやすさに驚き、登場人物の個性や物語の背景をし...

感想・レビュー・書評

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  • 終了した催し
    源氏物語を読む 原文をゆっくり、じっくり、とっくり | 毎日文化センター
    https://www.maibun.co.jp/wp/archives/course/35986

    高木 和子 │ 東京大学文学部・大学院人文社会系研究科
    https://www.l.u-tokyo.ac.jp/teacher/database/229.html

    源氏物語入門 - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/book/b631515.html

  • 紫式部凄いな

    源氏物語の面白さはあくまで異性への関心物語と見せかけながら、男同士がしのぎを削って暗躍したりとかの政治性がある所だと思う。あと、光源氏は末摘花とか空蝉とか利益に繋がらない女性を生涯面倒見たり、中国みたいに利益だけを追求して生きてない風流な所が日本的だと思う。

    光源氏は色んな女と関係を持つけど本当に一番好きな女性は藤壺の宮なんだから、熟女好きじゃん。熟女好き物語が日本一の文学と呼ばれてる日本。だから私が美熟女好きなのは千年単位で正当化出来るんだよ。これはもう個人の嗜好じゃなく、日本文学の正統後継者だろ。ひれ伏せ。

    高木 和子
    (たかぎ かずこ、1964年 - )は、日本の国文学者、東京大学教授。専門は「源氏物語」を中心とした古代日本文学。兵庫県生まれ。1988年東京大学文学部卒業[1]。1991年、同大学院人文科学研究科修士課程修了。1996年、同大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学、同年から97年まで同大学院研究生。1998年、「源氏物語論 主題と表現」で博士(文学)の学位を取得、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了[1]。同年、関西学院大学文学部専任講師、のち助教授。2007年、同准教授。2008年、同教授。2013年、東京大学大学院人文社会系研究科准教授[1]、2017年、同教授[1]。なお、東京大学国文科初の女性教員である[2][注釈 1]。2002年、『源氏物語の思考』で、第5回紫式部学術賞受賞[3]。


    「紫式部が記した『紫式部日記』によれば、紫式部と母が同じ兄弟である藤原惟規が、幼少のころに漢文の書物を読んで勉強していて、なかなか修得できずにいたところ、紫式部は利発でかたわらで聞き覚えてしまったため、この子が男の子だったらよかったのにと、父親が嘆いたと言います。  当時、漢文の学問は男性の役人に必須の教養でした。女性にとってもある程度は必要な教養である反面、表立ってひけらかすものではなかったのです。『紫式部日記』によれば、紫式部の部屋には漢文の書物も多くあって、博学だった様子です。ごく身近に仕える女房、すなわち侍女たちは「奥さまは、女だてらに漢文の書物なんか読んでいるからお幸せになれないのよ」と陰口を言っていると、自嘲的に書かれています。しかしその教養の高さを評価され、時の著名な権力者、藤原道長の娘の彰子に仕えて、漢文の書物を読み聞かせて教えてもいますから、女性の教養がただただ批判されたわけでもなかったはずです。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著


    「 藤原宣孝のことは、紫式部に少し先んじて活躍していた清少納言の『枕草子』「あはれなるもの」の段に記されています。御嶽詣、つまり吉野の金峯山に詣でる際に、派手な装束で息子の隆光とともに出かけたと言いますから、豪放磊落な人柄だったのでしょうか。筑前(現在の福岡県)・山城(京都府)の国司を歴任、政治や学問に通じていたようで、紫式部の教養深さに心惹かれたのでしょう。長保元(九九九)年かその翌年ごろ、女の子、のちの大弐三位と呼ばれる藤原賢子が生まれます。しかし宣孝は長保三(一〇〇一)年には他界、紫式部は未亡人になってしまいます。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「彰子は一条天皇の最上位の妻である中宮です。もともとの中宮であった、藤原道隆の娘である定子の一族が道隆の没後に凋落した後に、彰子は入内して新たに中宮となりました。これにともない、定子は皇后となりますが、まもなく亡くなってしまいます。やがて『源氏物語』の最初の数巻あたりが評判になったため、藤原道長が援助して物語制作を続けさせたと考えられています。『紫式部日記』には、当時は貴重だった墨や筆などが道長から提供されたとあります。  道長は、娘の彰子周辺の文化的な水準を高めて魅力的にみせることで、一条天皇の関心を惹き、多くの皇妃たちを凌駕して彰子が寵愛されることを目論んだのでしょう。ことに一条天皇がかつて寵愛した藤原定子周辺の教養の高さを意識し、とりわけ定子に仕える清少納言が書いた『枕草子』への対抗意識もあったと思われます。『源氏物語』や『紫式部日記』の制作は、こうした背景のもとに推し進められたと考えられましょう。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「当時の物語の作者名は、多くの場合にはわかりません。『竹取物語』も『伊勢物語』も作者は不明です。特に男性が作者の場合、物語の制作とは表立って名前を出すほどの所業でもなく、政治の中枢からやや外れた役人たちの憂さ晴らしでした。もちろん印刷技術なども普及していませんから、一つの写本を筆で写し書き続けていく中で次第に姿を変えていった、すなわち、複数の人物が制作に関与できる環境にあったという事情もあります。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「 では『源氏物語』の創作は、紫式部のまったくの独創だったのでしょうか。十世紀後半に編纂された『三宝絵』という仏教説話集には、平安時代中期には、物語は森の草よりも、浜の砂よりも多くあったとあります。当時の物語を今日の漫画に喩える人もいるほどで、時には絵とともに楽しまれました。今日のように著作権があるわけでもないので、すでにあった優れた物語のよい部分を随所に取り入れながら、『源氏物語』は少しずつ、独自の世界を形作ったのではないでしょうか。その意味では当初から、そもそも物語とは共同体の産物として結晶したものなのです。  『源氏物語』の制作は一〇〇〇年前後から十数年かかったとも思われますが、いつ今日見る形に整ったかはわかりません。ことに主人公の光源氏が亡くなった後の物語については、一部は紫式部以外の作者がいたと疑われることも多いのです。のちの時代、たとえば鎌倉時代中期、十三世紀後半に成立した、様々な物語の中の歌を集めた『風葉和歌集』には、今日の『源氏物語』の中には登場しない人物の名前や歌が載っています。〈源氏物語〉と称した物語の全容が今日見る姿になったのは、かなり下った時代である可能性も、否定できないでしょう。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「 「日本紀」とは六国史、すなわち『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』の総称で、国家が編纂した正式な歴史書のことです。紫式部の漢文の教養は、女性としてはやや突出したレベルでしたから、きまりが悪かったのでしょう。しかし、紫式部は『源氏物語』の執筆を通して名声を博し、時の最高権力者である道長に召し出されて、一条天皇の中宮だった彰子に漢文を教えることまでした人です。人々は当然賞讃していたはずです。  紫式部は、思慮深く内向的な性格だとしばしば評されます。『紫式部日記』を見れば、後宮での生活を通して高貴な人々の内面の苦しみや悲しみを知り、それを物語創作の糧とした、優れた批評眼を持つ、理知的で内省的な書き手の人物像がうかがえます。表立って漢文の才能をひけらかすことなく、やや控えめに謙遜して振る舞い続けたのでしょう。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「しかし、その内奥に、強烈な自負がなかったはずはありません。漢文の教養が女にふさわしくないという自己批評は、自虐と謙遜を通して世評から自らを守る演技ではなかったでしょうか。自身の才能とその評価に、ひそやかに、したたかな自負を抱いていたのではないでしょうか。書かれた文章の背後にある、字義通りとは言えない書き手の気持ちに想像を馳せてみたくなるところです。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「当時の上流貴族は、物語を「女房」、つまり侍女に音読させて楽しみました。また筆で写し書かれましたから、大量生産はできません。ですから読書は黙読だけでなく、写し書き、音読しては周囲の皆で聞く形で行われました。国宝「源氏物語絵巻」東屋巻でも、女房の一人が物語を音読し、浮舟という女君が冊子の物語絵を見て、ほかの女房が耳を傾ける場面があります。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「さて一条天皇は『源氏物語』の音読を聞きながら、紫式部の漢学の才能をほめたたえます。「日本紀」とは六国史、『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』という六つの国史のことです。「まことに才あるべし」の「才」とは漢文の教養のこと。帝の言葉が「べけれ」「べし」と紫式部の漢文の学才について「に違いない」と強いながらも推量であるのに対し、左衛門の内侍は「才がある」と言い切っている、このあたりは筆者の印象操作かもしれません。しかしおそらく左衛門の内侍は、紫式部の才能や名声を羨望し、妬んでいたのでしょう。「言ひ散らす」という、言いふらして回ったという語感には、ひそかな悪意を感じた様子が察せられます。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「光源氏といえば、さしずめモテる男性の代名詞といった印象ですね。『源氏物語』は、光源氏がたくさんの女性たちと浮名を流す、恋のエピソードが華やかに繰り広げられる物語として、世間に知られています。中には夫や婚約者のいる女性たちもいます。  ではなぜこんな、一言でいえばまことに不道徳な物語が、日本を代表する古典文学とされているのでしょうか。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「物語の中で光源氏と関わる女性はたくさんいますが、その中で光源氏が切実に恋しく想う相手はただ一人、父の帝の寵愛する后「藤壺の宮」です。つまり継母への恋であり、同時に帝の妻への恋ですから、なかなか深刻な状況ですね。しかも光源氏は藤壺と密通して、不義の子が生まれます。その子は世間的には父の帝の子供として育てられますから、今日的な価値観からすれば、たしかに不道徳ですよね。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「父の桐壺帝の没後、兄の「朱雀帝」が寵愛する朧月夜と密会を重ねた光源氏は、その関係が発覚して都に居られなくなり、遠く須磨(現在の兵庫県)にまで下ります。さらに明石(兵庫県)では、元の播磨国守の娘「明石の君」との間に娘をもうけます。やがて光源氏は都に復帰し、朱雀帝は譲位して、不義の子が帝位につきます。「冷泉帝」と呼ばれる人ですが、実母の藤壺の没後、自らの出生の秘密を知った冷泉帝は、世間には内密にしたまま、光源氏を父として重んじます。これによって光源氏はこの世の栄華をほしいままにし、退位した帝の位、太上天皇に准ずる位に処遇されるのです。  ところが光源氏は晩年、兄の朱雀院の最も大切にする娘で、紫の上と同じく藤壺の姪の「女三宮」を妻として迎えることになります。光源氏は幼稚な女三宮に興味を覚えず、一方で、太政大臣(元の頭中将)の息子である「柏木」は、女三宮に憧れて密通してしまいます。女三宮は柏木との不義の子を出産して間もなく出家、柏木は光源氏に睨まれて、病気になって亡くなります。光源氏は、晩年には妻を寝取られて不義の子「薫」を我が子として育てるという、自身の若き日の罪の報いを受けるのです。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「このように華やかな光源氏の女性遍歴ですが、実はその一つ一つが一面では光源氏の出世や栄華を成り立たせるきっかけになる点で、案外政治的です。光源氏が藤壺との関係によって帝の父となったのはその最たるものですが、それだけではありません。右大臣の娘の朧月夜は光源氏とは結婚にはいたりませんが、光源氏との関係が噂になったことがやはり瑕となり、期待されていた朱雀帝の正式な皇妃としては入内できなくなります。これは右大臣の家の繁栄を目指す戦略に水を差すものでした。その意味で、朧月夜との関係は、光源氏の勢力拡充に寄与しています。光源氏晩年の女三宮との関係も、単なる藤壺の姪への関心だけではなく、やはり次代の帝の重要な姉妹である内親王を求める意図があったのでしょう。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「あくまで異性への関心の物語に見せながら、その内実に一種の政治性をも孕むところに、この物語の単純でない重層的な面白さがあるのでしょう。その一方で光源氏は、身分が低かったり没落したりしていて、目先はまったく政治的な利益につながらない末摘花、花散里、空蟬といった女性たちのことも終生面倒を見ています。欲得だけが先に立つ、ギラギラした印象とは程遠いものです。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「さらにこの物語には一定の倫理観も見受けられます。たとえば、長く信頼してきた人間関係を裏切るのはよくないことだ、といった価値観です。光源氏が須磨に下る前後の物語では、落ち目の光源氏を見限って、現在有力な側に靡く人々もいる一方、あくまで光源氏に忠誠を尽くす人々もいます。そして光源氏の政権復帰後は、心変わりせずに誠実だった人々が報われるという具合に、やや勧善懲悪風です。ただ裏切る側の人々にも、物語はわりあい寛容な理解を示した語り方をしている点では、簡単な善悪の二項対立の図式に収まらない奥深さがあります。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「光源氏が、父の桐壺帝の寵愛する藤壺に憧れるのは、幼いころに亡くした母の面影に似ているからだと物語は説明します。だからなのか、読者は光源氏が不道徳だと感じるよりは、むしろ母の桐壺更衣を死に追いやった弘徽殿女御の側を敵役だと感じてしまいます。  本来ならば、第一皇子の母である弘徽殿女御が重く処遇されて当然だったはずで、弘徽殿女御の方が常識的だと言えますから、ずいぶん割の悪い役どころです。どれほどやむにやまれぬ状況だったにせよ、光源氏の情熱に負けて密通し、不義の子を産み、夫の桐壺帝の子と偽って育てる藤壺の方が、したたかな悪女だとも言えます。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「しかし多くの読者は、そうした感覚でこの物語を読みません。それは、まずは物語の語りが、光源氏に寄り添う形だからでしょう。読者は自然と光源氏に加勢する側に誘導されてしまいます。さらにそこに、物の深い情緒がわかるか否か、物語中の表現で言えば「ものの心」がわかる人かどうか、つまり一般的には不埒であっても、優美で風流な事柄を評価しようとする価値観のもとに、光源氏や藤壺の側がむしろ正当化されてしまうのです。  藤壺をはじめとする女性たちは、光源氏と歌のやり取りを通して心を交わします。人がなんらかの感情の昂ぶりを覚えた時──喜びが感極まり、悲しみに打ちひしがれ、別れを痛切に惜しみ、亡き人を追憶し……、そうした感動の頂点でこそ歌は詠まれるのでした。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「つまり歌を詠んで、人と人が心の深いところでつながることこそが大切だと、この物語は考えているのでしょう。だから敵役の弘徽殿女御や、愛のない正妻の葵の上は、歌を詠みません。上流貴族が実際に生きる中では、歌を詠まずに過ごせませんから、弘徽殿女御や葵の上が本当に歌を詠まなかったわけではなく、物語があえて書かなかっただけです。歌を詠む人物か否かは、風流であるか否かを判断するわかりやすい指標となっています。  私たちは歳を重ねるにつれ、ありきたりの日常の中で感動を段々に失っていきます。だからこそ、物語はあくまで虚構の世界の出来事として、歌を詠まずにはいられない、感極まる場面をあえて創造するのではないでしょうか。いささか不埒にも見える密通や、タブーに満ちた恋などが、あえて物語中に人工的に作り出されたことで、私たちは現実の人生では体験しきれない極限状況を、〈読者〉という安全な場所に甘んじながら、高みの見物ができるのです。今とは大きく異なる環境にあった平安時代の読者たちにとっても、それは同じだったことでしょう。  この物語は、感動を分かち合い、風流を理解できる人々をこそ、読者として期待し、そして慈しんでいるのです。裏返せば、人がいかに自制しても、常に倫理的に常識的に生きられるわけではないという、不都合な真実を伝えていることにもなります。だからこそ千年を超えて、読み継がれてきたのではないでしょうか。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「当時の多くの物語が「昔、 ~ありけり」と始まるのが典型だったのに対して、『源氏物語』は「いづれの御時にか」という特徴的な表現で始まります。『伊勢集』には「いづれの御時にかありけむ」で始まる写本もあって、必ずしも『源氏物語』の独創とは言えませんが。何代か遡れば実在していたかのような現実と虚構の微妙なあわいから、この物語は始まるのです。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「酒席の後、光源氏は女たちが自分の噂をするのを耳にし、寝静まった女たちの寝所に忍び入ります。突然身近に迫る光源氏に空蟬はひどく動揺して抵抗しますが、光源氏は侍女に翌朝迎えに来るようにと言って遠ざけます。光源氏は「まめだちて」と真面目な様子を取り繕って、言葉巧みに口説くものの、空蟬はあくまで応じません。「いとたぐひなき」と、光源氏が立派過ぎて自分とは釣り合わないと感じるので、「すくよかに心づきなし」、毅然とし過ぎて情緒がわからない、嫌な女だと思われてもよいから、「つれなく」、そっけない態度を演じていたのです。しかしついには「あながちなる御心ばへ」、光源氏の強引さに屈するほかなく、女はひたすら泣きます。  空蟬はその実、光源氏に内心強く心惹かれていたのでした。これが父の邸に住んで、自分がまだ結婚する前の身の上なら、光源氏の稀な訪れを待つこともできたのにと、心ひそかに夢想します。中流貴族の後妻という身の上から、光源氏との決定的な隔たりを感じるところなど、あるいは紫式部自身の人生がいくらか投影されているのかもしれません。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「光源氏は幼くして亡くした母である桐壺更衣によく似た女性、藤壺に心惹かれます。藤壺は桐壺更衣が亡くなった後、それによく似た人として桐壺帝の後宮に招かれました。先帝の娘である女宮ですから、桐壺更衣より格段に身分の高い女性でした。  藤壺と光源氏を近づけたのは、実は桐壺帝です。桐壺帝は、幼くして母を亡くした光源氏をかわいがってほしいと、桐壺更衣を敵対視していた弘徽殿女御の御簾、つまり、すだれの内にまで連れていきます。当時の貴族の邸では、高貴な女性は御簾の奥にいて男性には姿を見せず、父親や母親が同じ兄弟か夫くらいしか、中には入れなかったのです。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「光源氏が成人式に相当する儀礼である元服をして、葵の上と結婚した後は、御簾の内には入れなくなります。「琴笛の音に聞こえ通ひ、ほのかなる御声を慰めにて」と、琴の音に笛の音を合わせ、わずかに聞こえる藤壺の声に慰められるのでした。藤壺も憎からず思っていたのでしょう。しかし、しょせんは父帝の妻で、初めから実るはずのない恋でした。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「光源氏が成人式に相当する儀礼である元服をして、葵の上と結婚した後は、御簾の内には入れなくなります。「琴笛の音に聞こえ通ひ、ほのかなる御声を慰めにて」と、琴の音に笛の音を合わせ、わずかに聞こえる藤壺の声に慰められるのでした。藤壺も憎からず思っていたのでしょう。しかし、しょせんは父帝の妻で、初めから実るはずのない恋でした。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著


    「 さて光源氏は、わらわ病、マラリアのような病の治療に都の北の方、北山に出かけた折に、藤壺によく似た少女を垣間見ます。光源氏はこの少女が憧れの藤壺の姪と知って、歌を贈り、少女を手元に引き取りたいと親代わりの尼君に申し入れます。この若紫は母を亡くし、別の女性を正妻とする父の兵部卿宮とは疎遠で、母方の祖母の尼君に育てられていたのです。うちの孫はまだ手紙が書けないと、孫の幼さを理由に尼君は光源氏を拒みます。  この若紫巻 5で、光源氏はとうとう憧れの藤壺と密会してしまうのです。北山の垣間見が晩春、山あいで遅咲きの桜が盛りの三月下旬で、続く藤壺との密通は「あやにくなる短夜」、あいにくの短い夜、とありますから、夏のことで四月以降のことです。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著


    「夢見心地に舞い上がる光源氏と対照的に、藤壺は困惑します。「あさましかりしを思し出づるだに、世とともの御もの思ひなるを」、驚きあきれたあの折を思い出すだけでも、生きている間じゅうの物思いなのに、とあります。「あさましかりし」の「し」は、過去の助動詞「き」が接続したもので、光源氏の侵入が初めてではなく、少なくとも二度目だと感じさせます。古代の神話では、一度の関係で神の子が生まれるというのが一種の物語のパターンですから、光源氏と藤壺の関係をそのような古代的な話の型になぞらえて語ろうとして、最初の折を、あえてぼかしたのかもしれません。  光源氏はただ藤壺とのかけがえのない時間に溺れ、夏の夜の短さを嘆くばかりです。一方、藤壺はどうにもならない罪におののき、世間の噂になることを恐れていました。藤壺が懐妊したことを耳にしたころ、光源氏はただならぬ夢を見ます。不審に思って我が子ではないかと便りを重ねますが、藤壺は応じません。  その一方、北山で出会った尼君は間もなく病が重くなり、光源氏に孫娘を頼むと遺言して亡くなります。光源氏は、少女が父親の兵部卿宮に引き取られる前に、満たされることのない藤壺の代わりに手元に引き取り、妹のようにかわいがって暮らします。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「このように、満たされない藤壺との関係の身代わりといった性格の強い紫の上は、当初はのびのびとした少女らしいあどけなさで光源氏を魅了します。ですが、若紫巻の二つ後ろの巻である紅葉賀巻 7あたりでは、女性たちのもとに通う光源氏の外出を引き留めたりして、次第に大人の女性のような振る舞いをするようになります。正妻の葵の上のもとでは、光源氏が自身の邸である二条院にお気に入りの女性を囲っているとも噂され始めます。とはいえ実は、光源氏と男女の関係になったのは、葵の上が亡くなった後なのでした。  その後も光源氏が折に触れて、紫の上が藤壺に似ていることを確かめる場面が出てきます。たとえば賢木巻 10では、父の桐壺院が崩御した後に、光源氏はやはり藤壺への想いに駆られて言い寄ります。しかし遠ざけられて、仕方なく「塗籠」、邸の中にある納戸などにされる部屋に籠って隠れていました。そこで藤壺を覗き見て紫の上を思い出し、髪の様子や顔立ちの美しさまで瓜二つだと改めて確かめます。藤壺につれなくされた光源氏が、自然に紫の上のもとに戻って、心の空白を埋める流れを自然に感じさせる物語の作りなのです。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「ですが光源氏は、新たな妻の女三宮に魅力を感じられませんでした。歳の割にも未熟で世間知らずな宮は、すでに四十歳を超えて、当時で言えば老齢に差しかかった光源氏には、物足りないだけでした。にもかかわらず女三宮との結婚によって、これまで光源氏と紫の上が築き上げた夫婦関係にひびが入ってしまい、このあたりの皮肉な経緯は実に見事です。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「 『源氏物語』って、ただただ恋愛の話ばっかりでつまんない、なんて思っていませんか?  どうしてどうして、友情と闘争、上司と部下の信頼など、いろんなドラマがあります。案外、男同士がしのぎを削って争ったり、暗躍したりする物語だったりもするんですよ。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「平安時代の物語には、一人の男に妻が二人いる話は少なくありません。『伊勢物語』二三段の「筒井筒」の話などがこの典型です。幼いころ、井戸のかたわらで遊んで仲睦まじかった男女が大人になって結婚します。時を経て、男は別の新たな女に通うようになりますが、元の妻の風流な歌に夫が感動して元の鞘に収まるといった話です。この話自体、やや戯画化した形で『大和物語』一四九段にも見られるほか、同じ『大和物語』一五七段、一五八段なども、二人妻の話です。いずれも前妻と後妻が夫の愛情を競う話ですが、結果的には前妻が夫との関係を取り戻すのがお約束事です。しかしこれが当時の実態だとは到底思えず、むしろ前妻との復活愛が難しかったから生じた一種の夢、あるいは漠とした倫理観のようなものを示した夫婦の理想の形ではなかったかと思われます。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「すでにお話ししたように、光源氏は北山で垣間見た少女に憧れの人、藤壺の面影を感じ取ります。唯一の庇護者である祖母を亡くして孤児同然になった少女を、光源氏は二条院に引き取ります。やがて葵の上の没後、理想的に成長したこの少女、紫の上と契りを結んだのでした。  さて、光源氏は晩年、紫の上はすべてに秀でて理想的な女性だが、唯一の欠点は嫉妬の癖だと評しています。その紫の上が最初に嫉妬した相手は明石の君、光源氏が一時不遇で都を離れ、明石の地で暮らしたころに、かの地で知り合った女性です。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「 「恋」とは古代のことばとしては、眼の前にいない相手を慕わしく思うこと。手に入らないから求める、親に反対されるからかえって夢中になる……、そんなものですね。古代の社会ならば、身分違いだから憧れる、妨げられるから執着する、といった具合でしょうか。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「光源氏の恋のなかでも、右大臣の娘、朧月夜とのいきさつは、一段と魅力的で精彩を放つ話です。花宴巻 8、宮中の紫宸殿で催された桜の花の宴の後に、光源氏は藤壺に忍び入る隙がないかと様子をうかがっていると、藤壺は守りが堅くて入れず、一方、弘徽殿には忍び込めたのでした。すると、「朧月夜に似るものぞなき」と口ずさんでやってくる女性がいます。「照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき(照りもしないし曇りきってしまうわけでもない春の夜の、朧月夜にまさる素晴らしいものはない)」(大江千里)という歌の一節を、女性らしい表現に言い換えたものです。光源氏はふと袖を捉え、そのまま抱きしめます。女は動揺して人を呼びますが、「まろは、皆人にゆるされたれば、召し寄せたりとも、なんでふことかあらん」、自分は何をしても誰も止められないから人を呼んでも無駄だよと、そのまま関係を持ってしまいます。弘徽殿女御の妹だろうけれど、六人姉妹のうちの誰だったのだろう、と光源氏が女の素姓を知りたがっていた折も折、右大臣家で藤の宴に招かれました。過日取り交わした扇を証拠に再会したのは、東宮(のちの朱雀帝)の妃になることが予定された六の君、「朧月夜」でした。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    「女性の貞淑についての当時の意識は、『伊勢物語』なども参考になるかもしれません。『伊勢物語』には元の夫と別れた女の物語が、いくつも見られます。新しい男のもとに出ていく女(二一段)、三年帰宅しない夫の縁を諦めて別の男と関わる女(二四段)、情愛の薄い夫よりも誠実な男を選んで家を出ていく女(六〇段)などです。しかし、二四段の女は悲劇的な死を迎え、六〇段の女は元の夫と再会して出家するなど、女たちの心変わりに物語は実に冷ややかです。複数の男と関わる女たちのやむを得ない事情を語りながらも、やはり女性には貞節を求めるふうなのです。複数の女と関わりながら生きる男を風流とすることとは対照的です。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

    高木和子『源氏物語入門』岩波ジュニア新書 読了。
    いままで読んだ源氏物語の入門書のなかで一番読みやすく、それでいて内容も深いのでおすすめ。個人的には岩波ジュニアとちくまプリマは良書が多い印象がある。これからも頑張ってほしい。

    高木和子先生「源氏物語入門」(岩波ジュニア新書)読了。
    高木先生の文章やっぱり好きだわー。源氏物語の受容と研究の流れがまとめられていてとてもわかりやすかった。寂聴源氏も、来年再読せねば。今年の源氏物語アカデミーは行けないけれど、テキストだけ発送してもらえることになったので楽しみ。

    「光源氏はとうとうある雪の日の朝、末摘花の容貌を目の当たりにしてしまいます。逢瀬の夜の暗い部屋で感じた違和感をまざまざと確かめるのです。想像を超えて座高が高く、おでこが広く、鼻は象のように長くて、その先が少し赤いといった様子を見て、ひそかにベニバナの花になぞらえて「末摘花」とあだ名をつけてしまうのでした。  しかし光源氏は、末摘花の残念な容貌を知った後に、かえって最後まで面倒を見ようと決意します。女性として魅力を感じず、その後は関係を持つことはなかったようですが、なればこそ見捨てず最後まで面倒を見ようと決意したという、思えば実に奇特な話です。」

    —『源氏物語入門 (岩波ジュニア新書)』高木 和子著

  • これまで何度も源氏物語にチャレンジしてきたけど、なかなか難しくて完走したことはなく。これも簡単ではないのだけど、かなり読みやすくて、あ、この人物ってこんな感じだったのねとだいぶ理解できました。

  • ジュニア向けだからだと思うけど、とても分りやすくて、入門書としてうってつけ。最後のあたりでいろんな版の「源氏物語」が紹介されいるけれど、『あさきゆめみし』しか読んだことがないので、いずれどれかチャレンジしてみたいな。

  • 良い本だと思います。
    梗概的な書き方だけでなく、最後には源氏物語がどのように受け止められたかまで書かれています。
    部分的にも古文で読んでみたいなぁと思う、のは一時的な感傷でしょうか。
    夏休みに読み始めて、宇治十帖の前までは一気に読めていたのですが、夏休みが終わったら、これまた一気に滞って、やっと読み終えました。

  • 宇治十帖まで触れてるのは珍しいなーという印象がある。光源氏はまだいいところもあるけど、ほんとに柏木のこと好きになれない! こいつ平安時代の倫理でもダメ男じゃない!? 落ち葉の君がかわいそうすぎる…
    空蝉然り桐壺然り女三宮然り、密通した女は出家するというのは言われてみれば確かに〜!だったな。

    ところどころ、「〇〇が△△にならないのは物語の都合上」みたいな説明が入るので紫式部も執筆構成に悩んでたんだなあと急に身近に感じてしまった。

  • 私は面白く読めました。でもある程度物語、登場人物を知っていないと厳しいかな?巻末に関係図や登場人物の説明と年表はありますが、物語の順序ではなく前後するので。切り口はとても良く参考になりました。平安時代の女性の不遇みたいなものをすごく感じます。

  • 解説はすごくわかりやすいが、物語の時系列順になっていないところがあるのと、やはり源氏物語の概要を知らないと理解しにくい。

  • 私は有名な古典文学とか読んでみたいな、と思っていましたが、古文はほとんど読めません。しかしこの本は今の言葉で解説がメインだったので、これなら読めるんじゃないか、と思って選びました。

    以前学校で、源氏物語は主人公の光源氏が浮気しまくる話だ、というのは少し聞いたことがありましたが、どんなところが面白いのか分かりませんでした。しかしこの本を読んで、なぜこれほど有名になっているのか少し理解できるようになりました。

    この本は章ごとに「活躍する男たち」「危険な恋とその顛末」「密通する女の気持ち」というタイトルがついていて、色々な視点で見れるからこそ深みが理解できるのかなと思います。

    この本を通して全体の内容もある程度分かったので、次は現代語訳の源氏物語に挑戦してみたいです。

  • ジュニア新書なので小中高生にとわかりやすくかいつまんだストーリー解説、あとはこういう時代背景を知っておくと物語がより深まるという知識など。ダイジェスト版というかんじだった。

  •  大河の「光る君」を見ながらTwitterを眺め、いろいろな背景を知りながらドラマを楽しんでるのですが、源氏物語にしぼって知りたいなと思った時に、非常にわかりやすい本でした。
    時代や文化背景を織り交ぜつつ、文語の引用は最低限に、著者の解釈も交えつつ、絶妙な塩梅の読みやすさ。
    とはいえ、源氏物語初見だと楽しむには厳しいので、やはりここは、あさきゆめみしを通読後、再読しつつページをめくるというのが、一般人には一番楽しめるのではとおもう。

  • 概要をコンパクトにまとめてあり、読みやすかった。

  • 別に源氏物語に特別興味があったわけでもなく手に取りましたが、さすがは岩波ジュニア新書、入門に最適な内容に仕上がっています。
    一度読んだだけではなかなか人の名前は覚えられませんが、源氏物語の何が面白いのかがよく分かります。

    源氏物語が二部構成で、『幻(まぼろし)』巻までは光源氏の、それ以降は光源氏没後の薫と匂宮の話になっているということすら知りませんでした。DEATH NOTEのLが死んだあとの物語を思い出しました。

    古典をただ楽しむ心を身につけるという意味で、こういうのを夏休みの宿題で読ませる、というのはどうでしょうか。

    しかしこういうのは少し下品に読まないと人物を覚えられない気がしたので、下品にまとめます。

    【藤壺】先帝の娘の高貴な女性。14歳のとき入内、5歳年下の光源氏(9)に慕われる。求愛されて拒み続けていたが、23歳のとき夜這いしてきた光源氏(18)と密通、のちの冷泉帝を懐妊。

    【葵の上】左大臣の娘。16歳のとき、4歳年下の光源氏(12)が元服の際に結婚。妻としてあまり愛されなかったが、10年後、26歳頃に夕霧を出産する。生霊により死ぬ。

    【空蝉】20歳頃(年齢不詳)、中流階級の人妻であったにもかかわらず、光源氏(17)に夜這いされる。その後も光源氏に狙われるが、衣一枚を脱ぎ捨てて逃げる。ブスだが小柄で気品ある。

    【軒端荻(のきばのおぎ)】空蝉の義理の娘だが、年齢は16歳くらい(年齢不詳)。空蝉が光源氏(17)から逃げた際、同じ部屋に寝ていたために間違えて夜這いされる。グラマラスな美人。

    【夕顔】19歳のとき、元夫(頭中将)の友人である光源氏(17)と関係を持つ。おっとりふわふわして可愛らしい。物の怪で死ぬ。

    【六条御息所】大臣の娘で教養と気品を持つ美しい女性。7歳年下の光源氏と恋仲に。30歳、光源氏(23)のとき、生霊となって葵の上を呪い殺す。

    【紫の上】藤壺の姪。藤壺と生き写しで、容姿・内面ともに理想的な女性。嫉妬深い。光源氏の8(〜10)歳程度年下。幼いときに光源氏に引き取られ、14歳頃、光源氏(22)と結ばれる。

    【朧月夜】右大臣の娘で、六人姉妹の末っ子、弘徽殿女御の妹。16歳頃、宴の夜に光源氏(20)に忍び込まれて関係を持つ。東宮(朱雀帝)の妻となったあとも密会が続き、5年後にバレる。高貴だが奔放な女性。

    【明石の君】紫の上の一つ年下で、身分は低い。18歳頃、明石に流された光源氏(27)と会い、20歳頃に明石の姫君を出産。

    【明石の姫君】光源氏と明石の君の娘。養女として20歳くらい年上の紫の上に育てられる。

    【玉鬘】夕顔と頭中将の娘。優れた美貌を持つ。母の夕顔の死を知らないまま育ち、21歳のころ光源氏(35)に引き取られ、体の関係を迫られる。

    【源典侍(げんのないしのすけ)】60近いババア。

    【末摘花】常陸宮の娘だが、今後の生活に不安。18〜19歳のとき、光源氏(18)と関係を結ぶ。ブスだがすごく一途。光源氏の二条東院に引き取られる。

    【花散里】生活に不安。年齢は光源氏(25)と同じくらい。ブスだが一途で、穏やかで家庭的。夕霧や玉鬘の親代わりをし、光源氏の妻の中では紫の上に次ぐ地位になる。

    【近江の君】頭中将の隠し子だと名乗り出た、田舎者。

    【朝顔の姫君】親王の娘で高貴な女性。世間の目を憚り、少し年下の光源氏(32)の求愛を拒む。紫の上が最も脅威を感じた女性。

    【女三宮】朱雀院の娘で、紫の上と同じく藤壺の姪。紫の上とはいとこの関係。15歳頃、いとこの夫である光源氏(40)の妻になる。世間知らずで主体性が無いが、天真爛漫。

    (光源氏と関係を持った女性、年齢順)
    (+38)源典侍
    (+7)六条御息所
    (+5)藤壺中宮
    (+4)葵の上(妻)
    (+3?)空蝉、軒端荻
    (+2)夕顔
    (+1?)末摘花(妻)
    (+0?)花散里(妻)
    (-4)朧月夜
    (-8)紫の上(妻)
    (-9)明石の君(妻)
    (-25)女三宮(妻)

  • 【本学OPACへのリンク☟】
    https://opac123.tsuda.ac.jp/opac/volume/705813

  • 源氏物語について、研究を重ねた作者が作品の概要を俯瞰しつつ解説した入門本。
    基本的に現代語訳された上で中身の解説が為されているため、初心者でも受け入れやすく興味深く読むことが出来た。
    作者・紫式部の意識や当時の異文化に触れつつも、いつの世も変わらない男女関係について確認している。直前に牛車についての本を読んでいたため、平安時代の貴族意識などもあまり突っかからず読むことが出来た。
    源氏物語は登場人物がとても多く分かりにくいという印象が強かったものの、今作で時系列を追ってそれぞれの関係性に触れたため、案外と個性が目立ちわかりやすい人物像となっているのだなと思った。男女関係が主題だと思っていたのだが、政治的謀略を巡らせる男貴族や、男に振り回され続けて遂に自立の道を選ぶ女なども出てくるのが印象的。
    ただ、相変わらず光源氏の印象は若干悪い。いくら高尚に語られていても、一夫一婦制の現代においては、何人もの女に目移りし、挙句の果ては情愛を捨てる光源氏の姿は、どうしても悪く映ってしまうのではないだろうか。そこら辺も含めて現代との文化差を感じた。

  • ある程度知識があって初めて理解でき、楽しめる内容。
    ジュニア新書というには難しすぎるような気がする。入門というのは研究入門のことかな?

  • 女子栄養大学図書館OPAC▼https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000067283

  • 未読の源氏物語を少しでも理解できるようにと
    ジュニア新書に手を出してみました。
    ただ、さすがに未読の人間には厳しいものがあり。
    『あさきゆめみし』からとりあえず入ろうかな…。

    源氏物語が出来た歴史的な背景や、どのような扱いを歴史的にされてきたか、という点は改めて勉強になる。

  • 岐阜聖徳学園大学図書館OPACへ→
    http://carin.shotoku.ac.jp/scripts/mgwms32.dll?MGWLPN=CARIN&wlapp=CARIN&WEBOPAC=LINK&ID=BB00648054

    日本の古典の代表か、世界の文学か、色好みの男の恋愛遍歴か――。平安時代から現在まで、人々を夢中にさせつづける『源氏物語』って、いったい何が面白いのでしょう。物語の展開をたどり原文の言葉にも触れながらその秘密を探ります。初めて読む人から『源氏』ファンまで、千年生きる物語の魅力に今、出会ってみませんか。
    (出版社HPより)

  •  今年のNHK大河ドラマ「光る君へ」を観る前にまず理解を深める必要のあった『源氏物語』。まずは入門書からと思い読んだ『源氏物語入門』。千年読み継がれてきたその魅力を平易に解説している。好色・多情で一面では不誠実にしか見えない光源氏だが、権力者が一夫一妻に生きないことで救われる女性がいたという当時の現実、決定的な身分差を前提にして光源氏をめぐり意識し合う女性たち。現代と大きく異なる当時の制度や慣習と、時代を超えて共通する人間心理を解き明かし、長く人々を魅了してきたその秘密に迫る。

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著者プロフィール

東京大学大学院教授

「2025年 『伊勢物語事典』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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