チョムスキー (岩波現代文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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本棚登録 : 59
レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006000356

作品紹介・あらすじ

生成文法は言語学の革命だったのか-チョムスキーの言語学と彼のラディカルな政治批判の関連を論じ、思想としての言語理論の問題を根底から問う。チョムスキー理論とはなにか、その思想的背景はなにかに、はじめて明快に答え、論争をよぶ問題の書。

感想・レビュー・書評

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  • チョムスキーの「革命」と言われた”生成文法”は、実のところ単に古めかしい言語学の焼き直しに過ぎないのではないか、多様な言語に目配りして進んできた言語学の歴史をないがしろにするものなのではないか、といったような疑問を著者はこの本の中で真摯に追求している。確かにチョムスキーの本を読んで、ソースが英語だけでいいのか?! と思ったことは一度ならずある。「革命」ではなく単に「復古」なのではないか、というのも忘れられてはならない視点なのではないか。

  • いまとなってはミスリードだったか。

  • チョムスキーの理論に直接は賛同しない著者が,ここまでわかりやすくチョムスキーの言語理論を語ってくれるところが面白い.

  • 岩波書店「20世紀思想家文庫」の一冊を文庫化したもの。社会言語学者である著者が、チョムスキーの生成文法理論が持つ「反革命」的な意義を、思想史的な観点から論じている。

    20世紀にアメリカで隆盛したブルームフィールドの行動主義的な言語学は、言語学から「心」や「意識」を排除し、記述主義の立場を取った。チョムスキーは、言語学から「目に見えないもの」を排除する行動主義や経験主義の立場を批判し、深層構造という「目に見えないもの」を言語学の中に取り戻したのである。チョムスキーは、こうした「目に見えないもの」を言語学の中に再導入するに当たって、ポール・ロワイヤル文法やデカルト哲学、フンボルトの言語思想などを参照する。

    著者は、ロマン主義的なフンボルトの言語思想を継承したヴァイスゲルバーが、同じくフンボルトの立場を旗印に掲げるチョムスキーの理論に触れたときの戸惑いについて触れている。ヴァイスゲルバーによれば、人間はありのままの外界に向き合っているのではなく、母語の作るシステムである「世界像」(Weltbild)を介して外界に接している。これに対してチョムスキーは、諸言語の間に現れる相違は表層のレヴェルに位置づけられる現象にすぎず、深層においては共通だと主張する。その上で、フンボルトの語る言語の創造的性格を、深層からの変形・生成というみずからの発想に結びつけたのである。

    著者は、チョムスキーの考える普遍文法が、経験を越えたア・プリオリな普遍性を持っていると言い、しかもその普遍性が生物主義的に理解されていることが問題だとしている。こうした意味において、チョムスキーの生成文法理論は、言語の社会的な背景を排除する「反革命」的な性格を帯びていると著者は断じる。

    チョムスキーのフンボルト理解を論じた箇所はおもしろく読めた。ただ、イデオロギー批判が先立っていて、思想史的解読というには分析の網目が粗すぎるように思う。

  • ノーム・チョムスキーの何がそんなに凄いのかということを知りたくて、手に取った本。
    著者は比較的、チョムスキーに対し批判的な部分もあって、冷静に書いていると思う。
    チョムスキー以前の近代言語学、ソシュールや構造主義言語学等に対する、「革命的な」チョムスキーのポジションというものが、だいたいわかった。
    しかし深層構造を重視し、脳内の器質として言語能力そのものを閉じ込めてしまうと、もはや脳科学や、それに連結した認知心理学以外に、言語学として発展していく余地は無くなってしまうのはないかという気がする。
    すべての人類に言語能力がDNAとして刻印され、潜在的な文法が人類共通のものとして普遍的に存在する、という発想は実にユング的なファンタジーだ。
    しかしチョムスキーの理論が、結局言語学にいかなる充実をもたらしたのかと思っても、この本ではわからなかった。というより、チョムスキー一派で言語学自体が終わってしまうのではないかと、素人ながら不安になる。どうも、この理論には先が見えない。
    チョムスキーの深層構造という考えでは、言語の歴史的な変化の具合や、他文化・他言語間の多様性などどうでもよくなってしまうし、彼が深層構造の文法の基礎単位と考える命題の形に、たとえば、主語を必要とせず主語をあえて探すべきでない場合すらある「日本語」はうまく当てはまらないのではないだろうか?
    まあ、そういった疑問はもっとチョムスキーを読めば解決されるのかもしれないが、この本を読む限り、チョムスキーはなんとなく小泉純一郎ふうに芝居がかったポピュリズム/こけおどし/反動的権威行使主義といったイメージに見えてしまう。

  • 古本屋で半額の500円で買った本。もとは83年に出版された本で、英語だけが英語だけがと言っているが、今の時代はアジアの言語こそが生成文法の主役となっているそうだ。ゼミの先生は「半分は当たっていない」と言っていたが、どの部分のことだろう。とにかく、同じ生成文法批判でも、町田健よりは読みごたえがあって充実感があるが、言語学や生成文法を知らない人は読めないと思う。(07/05/27)

  • 読んだけど、頭の中には何も残っていない。。泣。んん、もちょっと言語学勉強して読み返します・・・

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著者プロフィール

一橋大学名誉教授

「2021年 『ことばは国家を超える』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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