治療文化論―精神医学的再構築の試み (岩波現代文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006000523

作品紹介・あらすじ

何を病気とし、誰を治療者とし、何をもって治療とするのか。普遍症候群/文化依存症候群の構図に個人症候群の概念を導入し、精神病理と文化を多角的に考察する。治療の仕方、患者‐治療者関係をはじめ無数のことがないまぜになっている「治療文化」から精神医療を根源的に問い直し、人間理解への新たな視点を開く画期的論考。

感想・レビュー・書評

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  • 2015.9.26市立図書館

  • 所在:紀三井寺館1F 請求記号:Browsing
    和医大OPAC→http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=21203

    『ヴァレリー詩集』の翻訳も手がけるなど、文筆家としても知られる中井久夫先生。
    本書は、たくさんある著作の中でも特異な存在感を放つ一冊です。

    ちょっと読んでみるだけでも、すぐれた内容、その専門性はさておいて(?)、文章の美しさに、くらっときてしまう部分さえあります。たとえば…
    「「愛する」という行為は、もっとも妄想との境界が不鮮明である。あるいはないのかもしれず、この辺はまじめに考えてもはかない。」

    また「精神科医の有徴性」について、斎藤茂吉の短歌「としわかき狂人守りのかなしみは通草(あけび)の花の散らふかなしみ」を引いて語るなど、この本に書かれたことの背後にある、著者の教養の深さに感じ入るばかり。

    紹介される病者のエピソードもすべて興味深く、「「妖精の病」と神話産生機能」の章では、妖精と対話する少女の治療の様子が語られますが、著者の治療者としての、と言うより人間としての姿勢に感銘をおぼえ、このくだりだけでも読む価値があるのでは、とさえ思えました。
    「妖精話を聞いているうちに私は、彼女の孤独がひどく身に沁みて身体が冷え冷えしてきた。しかし、不快では決してなかった。恐怖でなく、彼女の「夜の世界」の冷えがくるぶしまでは私をも浸したのであろう。」

    精神病とは何か、精神科医とは何か…難しいけれどはっとするような論考が展開され、病気や、医師、医療に対する既成概念が揺さぶられるような読書体験でした。

    将来、医者になろうという学生さんたちには、単位も国試も大事だとはわかるけれども、こういう本もぜひ読んでほしいと思います。
    今の試験の点数には結びつかないだろうけれども、将来医者になったとき、自分と自分の患者を助けるのは、ネットからのピンポイントの情報収集ではなく、読書によってこそ獲得できる、多彩な視点ではないか…そのように感じるからです。

    【併読のススメ】
    『現代日本文学全集48 / 齋藤茂吉集』
    和医大OPAC http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=13321

    神谷美恵子『本、そして人』
    中井久夫による解説「神谷美恵子さんの「人と読書」をめぐって」が付されている。神谷美恵子は中井久夫と同じく、文学的な素養を有する精神科医。彼女の本を併読することで、見えてくるもの、開かれてくる世界があるかと思う。

    和医大OPAC http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=40292

  • 精神科医、中井久夫氏による「文化精神医学」という精神医学の一分野に関する論考です。あとがきにて著者は「教科書」ではないと断っていますが、他のエッセイとは異なる網羅的な記述となっており、わたしのような門外漢にとってはあたかも文化精神医学の「教科書」のようにも読めます。

    本書のタイトルにもある「治療文化」という概念については、P.114にて、多数の問いかけのかたちで説明されています。通読前に、ここを一読されると論点整理がしやすいかと思われます。

    実際に精神医療の臨床に立ち会っている方々に多くの影響を与えてきた本ということであり、いろいろな「ネタ」が転がっていました。論点が多岐にわたるため簡潔にレビューするのは難しいのですが、大きな枠組みとして、(1)普遍症候群、(2)文化依存症候群、(3)個人症候群という3つの概念が提示されています(本概念は精神疾患に対するそれぞれひとつのアスペクト、見方であり疾患の区別ではない)

    (3)個人症候群、は著者が提唱するものであり、本書の第6章において詳述されます。一方で、(1)普遍症候群という見方には批判的な論調です。特に普遍症候群における治療、SMOP(Standardized branch-of-modern medicine-oriented psychiatry)を不十分なものとみています。「医者は患者の弁護士である。医者は患者以外の何ものをも弁護してはならない(P.166)」というフロイトの言葉を体現するように生きてきた著者ならではの説得力があります。

    例えば適応障害やうつ病を患われた方であれば、現在主流の診断基準、DSMをご存知かと思います。わたしはDSMは著者の批判する「普遍症候群」から生まれたひとつの典型的発想にように思われます。このような「基準」がどのようにして、何を目的としてできてきたのか、といったことがある程度掴めてきました。

    ただし、著者のエッセイの数々に比べると、「生きるヒント」を与えてくれる箇所は少ないようにも思います。わたしにとって、本当に困っている時期の支えになってくれる本ではありませんが、知的刺激には溢れた名著です。

  • 中井久夫が1983年に書いた、精神分析についての新しい視角を提示した一冊。

    普遍症候群——文化依存症候群——個人症候群という三つの類型が複層的に現れたものとして精神障害を捉え、あらゆる臨床的事例や先行研究をちりばめつつ考察を進めていく。必ずしも論文形式ではなく、しかしただの書き下ろしというわけでもないスタイルで書かれている。

    アラカルト的な構成でもあるので、いろんな読み方があり得るとはあとがきにもある。一点ばかり、他の人があまり注目していないであろう点を挙げれば、普遍症候群対個人症候群を医学的認識について相似させている。前者はコッホの三原則的「定義方式」と、後者は臨床経験を蓄積し、共通点と相違点を見出しつつ個別事例に対応していく通時的クラスター分析方式とでもいうべき方法とである。これは医学全般に当てはめうる医療的発想であり、特に精神障害が普遍的な病因と治療という定石に当てはまるものではないということは重要な点である。

    今日の精神医学がどのような次元にあるのかは知らないが、東京のみならず日本中が熱病にかかっているような今日にあっては、われわれ個々人をどのように捉えるべきかという示唆まで含んでいるような、広いパースペクティブを持った本である。

  • 個人的にあまり面白くなかった。著者の言う「文化精神医学」が学問的に追究されているわけでもなく、なんだか輪郭がつかめなかった。

  • おもしろかったです!
    ちょうどよく頭を使う本でした!

  • 示唆に富む論考が、著者である「私」の存在をところどころに、だが控えめに介在させながら展開されていく。
    ・新興宗教開祖と奈良盆地の地理空間的文化記号論的アプローチ
    ・インドネシアの精神医療を紹介した医療人類学的フィールドワーク
    ・「健常者」の類型
    ・普遍−文化−個人の関係性 等々

  • 中井久夫はパンクである。つまり、まっとうな精神科医である。彼が「しっくりくる」という精神科医像は、ひとつにはシャーマン、もうひとつにはセックスワーカーと重なるという。シャーマン予備軍はある種の精神的障碍者であり、現役シャーマンにスカウトされて次期シャーマン候補になるという供給システムが成立している。これはAAなどのセルフ・ヘルプ・グループの働きに似ている。一方、セックスワーカーとの類似点は、社会が否認したい存在でありながらなくてはならない存在であり、自己陶酔(快楽に身をゆだねること)ははっきり有害であり、客や患者とは一過性の関係を持つにすぎない点である。

  • 著者の中井久夫は、精神医学の世界ではかなりの大物(らしい)。ネットで探してみると、著作リストの長さにびっくりします。
    そんな予備知識はともかく、すげぇなぁと思ったのは、著者の守備範囲の広さ。

    心理学、精神医学に関する分野はもとより、文学、哲学、地理学、文化人類学にまで及ぶバックグラウンドから、文化依存的症候群(例えば、日本の狐憑き)にアプローチを仕掛けていきます。

    このアプローチが、果たしてどういう位置づけがされるべきものかは、門外漢の私にはちんぷんかんぷんですが、文化と精神疾患の関係をはじめ、精神科医のあり方、天理教の開祖中山ミキをケースとした個人症候群の分析、治療者と患者の関係等、へぇ〜と思うことが多かったです。

    なにより、文章が独特でありつつも美しいので、音に流されているだけでも心地よくなります。
    内容がわかる、わからないはともかく、自分の文章の調律用にいい一冊かと。

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著者プロフィール

1934年奈良県生まれ。京都大学医学部卒業。神戸大学名誉教授。精神科医。文化功労者(2013年度)。

「2018年 『中井久夫集 7――災害と日本人 7』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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