死の民俗学―日本人の死生観と葬送儀礼 (岩波現代文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (279ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006000820

作品紹介・あらすじ

古来日本人は「死」をどのように受け止めてきたのか。本書では、日本人の遺骨崇拝の源流を探り、死と葬送の儀礼、なかでも天皇の死をめぐる儀礼の構造の分析から、日本人の死の観念の特色を受かび上がらせる。そして天皇の生理的な死と社会的な死の差の考察から、王権とその継承の視角にも新たな光をあてる。

感想・レビュー・書評

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  • 想定していた内容とは違ったが、大変興味深い内容だった。

    特に、天皇のもがり期間に関する記述は、今まで知らなかった内容ばかりで面白いものだった。
    親族が亡くなったばかりの時点で読んだので、骨に関する記述にも頷けるところがあり、総じて面白かったと思う。

  • 所在:紀三井寺館1F 請求記号:Browsing
    和医大OPAC→http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=21189

    人は死をどのように受けとめてきたか―

    日本人の死生観について民俗学的にアプローチした、興味深い一冊。
    生命倫理について考える上で、医学的側面とはまた違った、新たな視座を拓いてくれるかもしれません。

    (※これは図書館で借りて読んだあと、興味深いので自分でも買ったのでした。久しぶりにページを繰ってみると、中原中也や万葉集ほか、文学作品からの「死」にまつわる引用にも胸を衝かれます。

    鏡なす わが見し君を。あばの野の花橘の珠に、拾ひつ

    万葉集から引かれた一首)

    (スタッフN)

  • 死の民俗学 山折哲雄著 2002年4月16日 岩波書店

    「民俗学」と銘打ってはいるものの、本書はいわゆるフォークロアとは色合いを異にしている。
    「あとがき」に山折氏自身は、「日本人における死生観【三字傍点】と葬送儀礼【四字傍点】という二つのテーマ」について書かれた論文を収めたと仰っている。
    書き下ろしではなく、諸処に収められた論文を集めて一冊となした場合によくあるように、ところどころ重複する表現が見られるが、この「死生観と葬送儀礼」というテーマに貫かれているので散漫な印象はない。

    興味深いのは、古代においては一代一宮が基本であったのに、藤原宮以降、数代に渡って宮城を使用するようになったことと、葬送儀礼が密接に結びついていることである。
    古代において、天皇が崩御するとその遺体は宮城内に建てられた殯宮に安置され、長い期間をかけて白骨化するにまかされる。いわゆる「風葬」である。その最後の段階に至って火葬が行われ、急速に白骨とされる場合もある。
    こうして殯が開け、埋葬が行われるのである。

    この殯は言い換えれば遺体の腐敗を見届けることであり、その期間中、宮城内はその死臭と穢れに満ちているのだ。
    そこに殯の期間の短縮を図る女帝が現れた。
    元明天皇である。彼女は自分の死後、遺体を火葬にすること、そして「語気をつよめて、葬儀と服喪を簡潔にすべきこと」(P215)を言い残した。
    それに従って殯は僅か七日間に短縮された。
    天武天皇の殯が実質2年以上、葬儀の簡素を訴えた持統天皇のそれが約1年、文武天皇が約5ヶ月であったことを考えると、異様なほどの短さである。
    そして、元明の後を継いだ元正は藤原京から平城京へと都を移す。
    藤原京は、かつて天皇一代につき一宮であった長年の慣習を打ち破り3代に渡って使用された都であったが、その宮城は死の匂いに満ちていた。遷都から僅か16年の間に天武の日継ぎの皇子草壁、さらに天皇文武の若すぎる死を迎え、この都は常に不吉な死穢につきまとわれていたのである。

    元明は、恒常的に使用される壮大な規模であることを前提とした都を新たに構え、日本は新しい時代へと移り変わってゆくのだ。
    そこでは殯は極限まで短縮され、死穢の少ない清らかな都と成り得たのだ。

    さて、今日(平成24年6月14日)、三笠宮寛仁さまの斂葬の儀が執り行われた。寛仁さまの薨去は今月6日であったから、その殯は七日間であった。
    ふと思うのだが、この七日間というのに特別な意味があったのだろうか。
    というのも、さきの元明の殯が七日間、元正もまた七日間であったからだ。もっとも、次の聖武の殯が十七日間であったから、殯期間は七日間でないといけないというものではなかったようだが。
    しかしそれでも、当時の人々の時間感覚として、下一桁が七というのに何か特別なものがあったのではないかという仮説はなりたたないだろうか。

    最後に、この「七日間」について、山折氏は「一週間」という表現をとっておられる。

      元明の殯はわずか一週間にとどめられ、火葬をへて埋葬されることになった。(P215)

    他にも随所に「一週間」という言葉が見られるのだが、この「一週間」という時間単位は明治時代になって日本に輸入されたものであって、古代の時間単位に用いるのはいかがなものだろうかと、重箱の隅をつつきつつこのレビューを終えよう。

  • 多分、挫折。

  • 役立つとふんでamazonで購入。未読。

  • 古来日本人は死をどのようにとらえてきたか

    埋葬儀礼、遺骨崇拝等を通じて日本人の死の観念に迫る

    2002年4月16日 第一刷発行

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著者プロフィール

山折哲雄 1931年生まれ。宗教学者。東北大学文学部印度哲学科卒業。同大学文学部助教授、国立歴史民俗博物館教授、国際日本文化研究センター教授、同センター所長などを歴任。著書に『空海の企て』『愛欲の精神史』『「始末」ということ』など多数。

「2017年 『死者と先祖の話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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