昭和の政党 (岩波現代文庫)

著者 :
  • 岩波書店
4.22
  • (5)
  • (1)
  • (3)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 29
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (454ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006001889

作品紹介・あらすじ

政友会、民政党の二大政党が牽引した戦前の政党政治はなぜ凋落し、戦争に抗うことができなかったのか。本書は選挙と金、党勢拡張、政党不信など民衆と政党が関わる諸問題にも着目しながら、テロが頻発し戦争への道を転げ落ちていく激動期における戦前政党の実像を解明する。戦前政党の可能性と限界とは何だったのか。政治家個人をいきいきと描き出しながら戦前政党の崩壊史を通観する力作。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 戦前における政党に国家に対する責任を持たせようとするのは難しい話で、そもそも政党の構成員にその自覚が薄い。
    地方の普通選挙を通して選ばれることを前提にすれば当然今よりも利益誘導を関心事としている。
    省庁や組織の利益に自覚はあれど、国家単位で思考をめぐらすことのできる官僚や軍部のイニシアチブが大きいかたちで国家の運営がなされていた。
    そう考えると斎藤隆夫は特殊な存在だったことがよくわかると思う。
    ひるがえって現在の政党政治は…と必ず本書を読む我々に問題意識を持って現実に立ち返らせてくれる。

  • ■非常な好著力作。現在の政党政治に失望している我々に対して、近い過去に同様の好例があったことを教えてくれてる。しかし、それは前向きのものではなく、政党政治とはあくまでもその他の政体と比べ、消去法的に「マシな」政体でしかないという諦めに近い感想を持つに至る。
    敗戦へのプロセスは単純に軍を中心に語られがちだが、政党を中心に見ていくことで癌はまさにここから発せられていることが良くわかる。
    今時代に政党に代わるものとして軍の台頭はないと思うが、政党政治を否定する存在が現れ、結果日本を滅亡混迷に陥れた前例同様にならないことを祈るしかない。

    ・田中義一内閣において行われた、第一回普選選挙で当選した衆議院議員の約一割は在郷軍人議員であった。
    ・明治憲法体制下における法律成立数の内訳は、政府提出が九割以上で、議員提出は一割にも満たない。
    ・田中内閣の鉄道大臣だった小川平吉は右翼体質が際立っており、左翼嫌いから、世の反対を押し切って、全国の鉄道の駅名の標示板を左書きから右書きへ改めた。
    ・立憲政友会の歴代総裁六人中、四人を暗殺によって失っている。
    ・政権与党にとっての大きな金櫃は人目のつかない植民地で、与党人事で固めることで収入源を確保していた。
    ・政友会は右翼団体との癒着ぶりが激しかった。政党の領袖が右翼団体の巨頭でもあった。
    ・満州事変が勃発した際に、政友会総裁犬養毅は、溥儀を担いで満州を独立させるしかないという森恪の説得に対し、「愈々始めた以上は、徹底的にやるほか仕方がない」と明言したという。
    ・朝日新聞は、満州事変に際し事変支持と軍部への協力姿勢を強めていたが、軍部の政治介入へは批判的な伝統を持ち、ファッショ的な政治潮流には警戒的な論調を崩さないでいた。
    ・日中戦争後、予算における軍事費の割合は七割近くにも及んだ。
    ・1932年の文官分限令の改正により、官吏の身分保障が確立された結果、政党政治の党争と党利党略に反発して政党の勢力失墜を狙う「新官僚」が内務省の中枢に位置するようになった。
    ・1938年には政党解消の動きが盛んになり、その動きを助長すべく右翼団体へ近衛首相からも金が流れていた。
    ・戦争末期、小磯内閣においても戦争終結の主体的な動きは見られず、それどころか旧政党人達は猟官運動に明け暮れていた。
    ・戦争終結直後、東久邇首相在任時に新党運動が開始されたが、一部議会人には政治責任を感じ辞職願を出す者もいたが、残りの大多数は責任問題は打ち捨てて、新党運動に飛びついていた。

  • 元々昭和の歴史シリーズで書かれた本であるがゆえに、番号による章立てはされていない。章ごとに分かれてはいるが、数字はふられていない。

    全体を読んだ感想としては、大正期~昭和初期の政党は民政党と政友会であるが、今の自民党と民主党に大いに似ているようにも思う。もちろん官僚や田舎の町村が政民両党に分かれていがみ合ったりはしないが、政局をしたり、その時のネタを使って政権に揺さぶりをかけたり、意味もなく(?)解散総選挙を要求したりと、今とあまり変わらないようにも思う。もっとも、昔は内閣は閣僚の任免権を握っていなかったこともあろうが、大観としては似ていないこともないように考える。もちろん文民統制があるから、軍部が暴走したりはしないだろうけども。
    また日本無産党や社会大衆党などの革新勢力が、イデオロギー対立に振り回されて、政民両党に比べて極めて少数党であったことも似ている。
    斎藤隆夫氏のような代議士は、現代において生まれないであろうか。

    また最近、田母神俊雄論文騒動や海保の動画流出など、日本は安全保障の領域で、文民の統制を受けないで勝手な行動を取る人間が増えているように思う。考えすぎかもしれないが、なんだか大正期の5・15事件や2・26事件に相通じるものがあるように思う。もちろん人は死んでないが、文民統制を外れた軍人・職員の行動であることに変わりはない。

    昭和史に限らず、日本の歴史教育はぶつ切りであるが、このような完全に政治の視点から近現代史を見るのも非常に面白い。この本には対米開戦や敗戦は、軽く触れているに過ぎないし、原爆投下についてはまったく触れられていない。主に議会と内閣の関係が主眼であるが故だろう。このような歴史の本も、かなり面白い。

  • 労作。戦前の共産党の極左的性格については、戦前の政党政治がなぜ・いかに没落したかという本書のテーマからしても、もっと突っ込んだ考察がほしかったが。

全4件中 1 - 4件を表示

粟屋憲太郎の作品

ツイートする