昭和天皇・マッカーサー会見 (岩波現代文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006001933

感想・レビュー・書評

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  • 昭和天皇・マッカーサー会見において言われている通説である、「全責任は私にある、私自身はどうなってもいい」という発言は、日米合作のファンタジーであったという内容。

    最近、今上天皇の生前退位への気持ちが明らかになり、「象徴天皇」とはなにかというのに関心をもつのと連動して、日本国の元首として即位し、戦中には「現人神」になり、戦後は「人間宣言」をして象徴天皇となった昭和天皇に関心があったのだが、昭和天皇がどんなことをしたかというのが意外な事実ばかり十分知ることになった。

    天皇は象徴であると定めた新憲法が施行された後も、昭和天皇はかなり能動的に内閣を飛び越えた「天皇外交」を米国に対して行っていた。在日基地の無制限使用を認めた旧安保条約は、共産主義を天皇制の危機と感じた天皇の意志と米国の思惑が合致して決まった。

    歴史にもしは無いとはいうけれど、もし基地を外交カードとして使用し、米国と対等な安保条約を結ぼうとしていた吉田茂元首相の方針が通っていたら、日米関係は今頃どうなっていただろうかと考えてしまった。

  • この本を読んで、安倍首相の言う「戦後レジームからの脱却」とは、日本がどういう状態になることを目指しているのか、ますます分からなくなった。私が抱いていた昭和天皇像ががらっと変わってしまったことによって、戦後史の捉え方も変わってしまった。憲法や安保の問題、靖国問題についても。
    資料をどう読むかによっても変わってくるところはあるのだろうから、疑問を持ちながら読まなければとは思うけれども、近代史・現代史をもっと学ばなければ、子どもたちにも学ぶことの重要性を伝えなければ、と思う。

  • 昭和天皇とマッカーサーの会談を、マッカーサー回想録の通りだと思い込んでいたが大間違い、ファンタジーであった。
    昭和天皇が立憲君主の枠をはみ出したのが 2・26 とポツダム宣言受諾だけというのも実情から外れているだけでなく、現行憲法施行後もそれは続いていた、むしろ積極的に行われていたというのが、筆者の主張である。筆者が言うように、戦後二重外交が行われていたというのが、実態を表しているように思える。

  • <要約>
     安保体制とは、昭和天皇が望んだことであり、憲法第九条と米軍の日本駐留によって、共産主義勢力による天皇制打倒に備えることをその目的としていた。

    <抜粋>
    p.v
    昭和天皇が新憲法によって「象徴天皇」になって以降も、安全保障問題といった「高度に政治的な問題」にかかわっていた

    pp.ix-x
    世界が冷戦対決の時代を迎える前後から昭和天皇は、内外の共産主義が天皇制の打倒をめざして直接・間接に日本を侵略してくるのではないか、という危機感に苛まれていたのである。
    こうした差し迫る脅威に直面した昭和天皇にあっては、非武装を規定した憲法九条によっても、機能を失った国際連合によっても日本を守ることは不可能である以上、天皇制の防衛は米軍という「外国軍」に依拠する以外にない、という結論に至った[...]。
    かくして、米軍駐留に基づいた安全保障体制の構築は、いかなる政治勢力や政治家にとってよりも、昭和天皇にとって文字通り至上の課題となった。[...]つまりは、安保体制こそ戦後日本の新たな「国体」となった

    p.19
    東京裁判をひかえてマッカーサーは様々のパイプ、メディアを駆使して、戦争は軍閥と国民の意志であった、それに抗したならば天皇自身の立場が危うかったであろう、という"演出効果"満点のイメージを「天皇発言」という形で内外に広め、それによって天皇めんその正当化を印象づけようとしたのではないか

    pp.20-21
    キーナンとしても自ら調査したところ天皇が平和主義者であることが明らかになったので、「最後はマッカーサー元帥が定める所であるが、私としては天皇を無罪にしたい。貴君もそのように努力してほしい」と、田中(※隆吉)に"支援"を要請した

    p.21
    キーナンの話に接した田中は、「この時ほど私は感激した事はなかった。私は死を賭して、天皇を無罪にするため、軍部の行動について、知る限りの真実を証言しようと決心したのである」と、証言台に立つ"崇高なる任務"に燃えたった

    p.23
    極東諮問委員会の代表団や『ライフ』誌、NHKなど"表舞台"においては、自分は戦争に反対であったが軍閥や国民の意思に抗することはできなかったとの「天皇発言」が活用され、だからこそ天皇に戦争責任はなく免訴されるのが至当である、とのアピールが展開された。他方"裏舞台"においては、戦争が自らの命令によって行われた以上は全責任を負うとの「天皇発言」がキーナンや田中隆吉に"内々"に伝えられることによって、天皇を絶対に出廷させてはならないという両者の決意と覚悟が固められ、"法廷闘争"において見事な成果がもたらされたのである。

    pp.46-47
    当時マッカーサーの周辺は、辞職説、病気説、帰国説などが乱れ飛ぶ状況にあったのである。要するに会見に臨んだ天皇の立場がきわめてきびしいものであったのである。[...]外からの一切の干渉を排し、国内での"絶対権力"を維持しつつ自らの占領遂行の基盤を固めていくうえで、「政治的道具」としての天皇の重要性が改めて強く認識されざるを得なかったのである。とすれば、この会見の歴史的な意義は、天皇によるマッカーサーの「占領権力」への全面協力とマッカーサーによる天皇の「権威」の利用という、両者の波長が見事に一致し、相互確認が交わされたところに求められるべきであろう。

    pp.52-53
    会談では冒頭から新憲法、とりわけ第九条をめぐって議論が交わされた。天皇はまず、「日本ガ完全二軍備ヲ撤廃スル以上、ソノ安全保障ハ国連二期待セネバナリマセヌ」と切り出した上で、しかし「国連ガ極東委員会ノ如キモノデアルコトハ困ルト思ヒマス」と、四大国が拒否権をもっている極東委員会をひき合いに出して、事実上は国連二期待できない旨を強調し、マッカーサーの意見を求めた。
    これに対し、第九条の挿入に熱意をかけたマッカーサーは、破壊力の飛躍的な増大によって今後の戦争には勝者も敗者もないであろうこと等を指摘した上で、「日本ガ完全二軍備ヲ持タナイコト自身ガ日本ノ為ニハ最大ノ安全保障デアツテ、コレコソ日本ノ生キル唯一ノ道デアル」と改めて"第九条の精神"を天皇に説いたのである。さらに国連についても、現状はともかく「将来ノ見込トシテハ国連ハ益々強固ニナツテ行クモノト思フ」と、天皇とは異なる評価を展開した。
     しかし天皇は、第九条にも国連にもおよそ期待をかけていないかのように、「日本ノ安全保障ヲ図ル為ニハ、アングロサクソンノ代表者デアル米国ガ其ノイニシアチブヲ執ルコトヲ要スルノデアリマシテ、此ノ為元帥ノ御支援ヲ期待シテ居リマス」と、米軍による日本防衛の保障を求めた。そこでマッカーサーは、「米国ノ根本観念ハ日本ノ安全保障ヲ確保スルコトデアル。此ノ点ニツイテハ十分安心アリタイ」と答え、具体的な軍事戦略上の問題に議論をすすめた[...]天皇は、事実上第九条に代わる日本の安全保障のあり方、つまりは米軍による防衛の保障をマッカーサーに求めた訳であった。

    p.54
    アメリカに占領してもらふのが沖縄の安全を保つ上から一番よからうと仰有つたと思う

    p.106
    「象徴天皇」という新たな憲法上の地位に"制約"を感じることもなく、ひたすら信念に基づいて「政治的行為」に勤しんでいるようである。

    p.126
    新憲法下において「象徴天皇」でありつつ「己が好む所」に従って「政治的行為」に勤しんだ天皇の言動は、むしろ戦前以来の行動パターンにおいて"一貫性"を持っていた

    pp.141-142
    天皇制はマッカーサーによる憲法の"押し付け"によって存続することができた

  • 映画「終戦のエンペラー」で、マッカーサーと会見した昭和天皇が「責任はすべて私にある」旨伝えて、マッカーサーが感激したというストーリーが出てくるが、その種本は「マッカーサー回想録」、藤田尚徳の「侍従長の回想」あたりだろう。しかし、当時の通訳の奥村勝蔵のまとめた手記では、そのような事実は出てこず、著者は疑問を呈している。
     11回あるマッカーサーとの会見では、むしろ共産主義の脅威や、米軍駐留の希望、そして天皇制の維持といった要素が天皇の心を占めていたのが分かる。松井明メモなど最近分かった史料を読み解きながら、史実に迫る努力には納得させられる部分も多い。多少、自画自賛的な記述が多いのが気になるが、それを補って余り有る好著だった。
     

  • これ名著だ。

    昭和天皇が国体・皇室を守るためや共産主義に
    どれだけ恐怖していたかなどの帝王として
    生まれたが故の超高度な(かつ超私的??)
    政治判断が理解できる。

    ここまでアメリカにかけていたとは。

    誤解なく言うとさすが常に政治を組下の
    権力者に総覧させていた家柄だけあるなー。

    このすべてが国民に安寧をもたらすためであると
    信じてる。

  • 著者が膨大な日米双方の史料を精緻に分析することにより明らかになった昭和天皇の実像は、これまで国民が抱き続けてきた、立憲君主制をひたすらに守ろうとした平和主義者とはまったくと言って良い程にかけ離れたものであった。この著作はもっと日本国民に知らしむべきものである。特に沖縄県民の人々はこれを読んでどのような感想をもたれるであろうか。著者の『安保条約の成立-吉田外交と天皇外交』と白井聡著『永続敗戦論』も併せて読むと、戦後から最近までの主な外交問題がはっきりしてくる。

  •  一般に、天皇は二二六事件と終戦の聖断以外は、政治的に振る舞うことはなかったとされているが、それがそうでなかったことを、戦後における天皇とマッカーサーとの9次にわたる会談(それはなかなか公開されなかったのだが)を通し、大きくかかわっていたことを明らかにしたもの。それは天皇を通じて日本を統治しようとしたマッカーサーにとっても都合がよかったわけで、天皇は戦後日本が共産化するのを恐れ、また平和憲法をもったがために国土防衛に不安を感じ、沖縄には長くアメリカ軍にいてほしいとまで希望を出しているのである。また、内閣総理大臣に内奏を何度もさせたりしているのは、天皇としての責任感から出ているのかもしれないが、憲法の精神に大きく背く。戦後何年かの日本は、天皇と内閣との二重統治の状態にあったと言えるのである。本書は孫崎享さんの本で知った。最近読んだ中ではずしんとくる本であった。

  • 【以下は本書の主張】
    ・『マッカーサー回想記』には事実誤認があり、史実としてみる昨今の向きには警戒が必要。たとえば、マッカーサーは天皇が筆頭に記された戦犯リストを英ソが提出したと述べているが、そんなものはない。
    ・天皇の側近たちは、悪くなったら皆東条が悪いので、すべての責任を東条にしょっかぶせるのが良いと思ったよう。
    ・天皇の免訴に向けて最も重要な役割を果たしたのが松平康昌
    ・昭和天皇は、自分は戦争に反対であったが国民や軍閥の意志には逆らえないという弁解と、自らが全責任を負うという相反することを述べているが、マッカーサーは極東委員会やメディアに対しては前者を強調して天皇の戦争責任を回避させようとし、裏では後者が関係者に知らされて天皇を出廷させないべく尽力せしむるという効果を果たした。
    ・マッカーサーは憲法第9条による国連による日本の安全保障を志向していたが、昭和天皇は米軍の駐留による安全を欲していた。
    ・昭和天皇は、憲法に規定された立憲君主としての責任を果たすというよりは、天皇自身の事態の認識のレベルに応じて介入を決めている。
    ・昭和天皇は、天皇制の存続には共産主義が敵対であることを認識し、米軍駐留を強く望んだ。とくに三種の神器を守ることに戦時中から気を遣っていた。
    ・昭和天皇は安保を強く望んだことから、米軍駐留に否定的な吉田や、吉田よりもっと否定的だった白洲次郎を警戒していた。白洲もまた天皇制存続に否定的だった。
    ・『木戸幸一日記』によると、御前会議前日の11月30日に、高松宮が海軍の厭戦気分を伝えたので海軍大臣らから事情を聴いた昭和天皇が、予定の通り(開戦)進めるように東条に伝えるようにと命じた。
    ・満州事変のときは、満州は田舎であるからあまり気にしなかった、と昭和天皇は独白している。
    ・昭和天皇は内乱への恐怖を抱いていた、というのが有力な説。戦前から高松宮に立場を襲われるのではないかと危惧していた。

  • どうも我田引水的になるところが気になるが、自分の持っている疑問であるところの、終戦の聖断をさせたといわれる「三種の神器を守らなければいけないからさすがに伊勢神宮が危うくなってきたから戦争を終わらせなければ」という昭和天皇の感覚に疑問を呈しているところはよかった。
    東条英機を切って、アメリカのシナリオにのって、権限を逸脱してまで米軍駐留を自ら所望して守りたかったのは自分の地位ですらなく三種の神器に象徴される「国体」だ。
    よくわからない。国体ってなんだ?歴史としての伝統?日本の独立性?
    もし三種の神器が侵されて天皇制が廃されたとしたら、その後の日本とはなんなんだろう。日本であり続けるような気もするが。

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著者プロフィール

1945年生まれ。京都大学法学部卒。元関西学院大学法学部教授。専攻 外交史。著書『日本占領管理体制の成立――比較占領史序説』(岩波書店 1992)『安保条約の成立――吉田外交と天皇外交』(岩波新書 1996)『安保条約の論理――その生成と展開』(編著、柏書房 1999)『集団的自衛権とは何か』(岩波新書 2007)『昭和天皇・マッカーサー会見』(岩波現代文庫 2008)『「尖閣問題」とは何か』(岩波現代文庫 2012)『集団的自衛権と安全保障』(共著、岩波新書 2014)『昭和天皇の戦後日本――〈憲法・安保体制〉にいたる道』(岩波書店 2015)『沖縄 憲法なき戦後』(共著、みすず書房 2018)他。

「2018年 『沖縄 憲法なき戦後』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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