自我の起原 愛とエゴイズムの動物社会学 (岩波現代文庫 学術205)
- 岩波書店 (2008年11月14日発売)
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感想 : 21件
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Amazon.co.jp ・本 (200ページ) / ISBN・EAN: 9784006002053
みんなの感想まとめ
自我の起原を探求する本書は、ダーウィンの進化論や利己的な遺伝子を軸に、細胞や遺伝子、動物の進化、さらには文学や宗教にまで広がる深いテーマを扱っています。知識がなくても、著者が紹介する論点や関連する作品...
感想・レビュー・書評
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”ダーウィンの進化論”や
”利己的な遺伝子”を軸に、
細胞・遺伝子、動物の進化、宗教から宮沢賢治まで引き合いに出して
自我の起原を探って行きます。
知識ゼロですが、紹介されている本や作者の論点を説明してくれているので
作者の用意してくれた船で最後まで楽しむことができました。
「生物はどのように生まれ、自我が生まれるまでに至ったのだろう」という入り口に丁度良かったです。
これを基点に参考本も手にとって理解を深めようと思うきっかけになりました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
見田宗介「宮澤賢治」から真木悠介「自我の起源」へ。期待わくわくのつながり読書ですが、こちらの勝手な思い込みを裏切るような新しい世界でした。このジャンプは見田ブランドと真木ブランドの違いか?文学から哲学と科学の融合した世界へ。たぶんもう一度、読まなくてならないかも…でもどちらも宮澤賢治が生み出したワールドであることは感じ取れました。
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遺伝子の概説から、動物行動学的なものを経て、
人間にいたる自我への道行きをたどる。
まったく誠実にして、奇をてらうことのない論だと思う。
そして何段階にもわたる自我そのものであろう割れ目をのぞかせられる。
自由であるがゆえに「私」はここにいる。
拒否しようもなく、制限されようもない自由の原型。 -
かなりおもしろかった。
社会学を動物から始めた本で、真木悠介の全体では序論にあたる(?)
宮沢賢治にも少し手を伸ばしていて、全編読み応えあり。 -
巷では生成AIの話題が盛り上がり、AGIで人間の感性や創造性さえも開発しようと世界中の国や企業が鎬を削っている。
そうした時に、真木悠介の名にひかれ書店でこの本を手にした。AIやテクノロジーとはまったく違う人文・哲学系の内容と思い読み出したが、予想に反して今最もホットなAGIが対象とする人間の脳のことが書かれている。
1993年に社会学者真木悠介(見田宗介)が書いた人間の自我や愛・共生のことを「動物社会学」でアプローチし解明しようとする論文である。
初めて知る事実や理論が刺激的で興味を惹かれるが
全体を振り返ると「はて、何を言おうとしているのか」という感じである。門外漢は進化論や細胞学などに疎くスッキリした全体理解には今一歩だ。
巻末の解説で大澤真幸が鮮やかにまとめている。
①社会生物学の達成水準
②利己的な遺伝子に立脚する社会生物学の含意に反して動物個体は利己的でなく利他的
③生物個体は漂白する生成子(遺伝子)の乗り物
④多細胞の個体も共生系
個体が誕生してはじめて性とか死の意味がでてくる
⑤個体が主体化される機序
エージェント的な主体性の獲得(個体システム内部での生成子の淘汰、多細胞化、免疫系の発達、脳神経系の発達)、遺伝子の目的とは独立の固有の目的を持つテレオノミー的主体性、それは脳の発達による学習能力やシュミレーション能力を前提に群居性・社会性で獲得される
⑦動物個体は生成子からの派生物が生成子の論理の直接の規定から自立したものであった
個体が個体を超えたものを派生させ自立する
と本文を章毎に簡潔に要約し、この論文の意味と価値を評価し著者の学問的立ち位置や構想・思考の経緯も説明している、流石に優秀なゼミ生である。
宮台真司や小熊英二も彼のゼミ生だった。
先に読んだ利根川進と立花隆の『精神と物質』の内容に重なるところがある。その部分も抜書きすると。
立花の「遺伝子によって生命現象の大枠が決められているとすると基本的に生命の神秘なんてものはないということになりますか」という問いに利根川は「神秘ということは要するに理解できないということでしょう。生物というのはもともと地球上にあったものではなくて無生物からできたものですよね。無生物からできたものであれば物理及び化学の方法論で解明できるものです。要するに生物は非常に複雑な機械にすぎないと思いますね」と答えている。
「人間の精神現象というのは重さも形もない物質としての実体がないんだから物質レベルで説明をつける意義があまりないと思いますが」に対して「こういう性状を持たないもの例えば電気とか磁気も現代物理学の対象になっています。ぼくは脳の中で起こっている現象を自然科学の方法論で研究することによって人間の行動や精神活動を説明するのに有効な法則を導き出すことが出来ると確信しています」と言う。
「教育学という学問分野‥‥現象的な経験値の集大成にすぎず処方に限界がある‥‥人文科学というのはだいたい現象そのものに興味を持っているのであって必ずしもその原理的探究に関心があるわけじゃないですからね。いずれああいう学問はみんな結局は脳の研究に向かうと思います。逆にいうと脳の生物学が進んで認識、思考、記憶、行動、性格形成等の原理が科学的にわかってくればああいう学問の内容は大いに変わると思います。それがどうなっているかよくわからないから現象を現象のまま扱う学問が発達してきた」
「すると21世紀には人文科学が解体してブレイン・サイエンスのもとに統合されてしまうことになりますか、文学とか哲学はどうなりますか」に対する答えは
「哲学に関していえば‥‥ブレイン・サイエンスの成果は哲学が扱う世界観や人間観にさらに大きな影響を与えると思います」
「精神現象も含めてあらゆる生命現象が根本的には物質的基盤の上に立っている、そして物質的生命現象というのは基本的にはDNAに記された設計図通り動いていくのだということになると精神現象も決定論的現象だといことになります」と言う。
「我々の自我というものが実はDNAのマニフェステーション(自己表現)にすぎないんだと考えることも出来る」「同じ人間というスピーシズに属する個体同士で同じ認識メカニズムのブレインを持ちそれによって同じコンセプトを持ち合っているから世界はこういうものだと同意しあっているだけ、人間のブレインがあるから世界はここにある、そういう意味で唯心論なんです」、利根川は自分は唯心論者だという。
1993年の真木悠介、‘90年の利根川進の話である。
その後30年以上、脳に関する研究は進み、
テクノロジーの進化も加速度を増している。
シンギュラリティも現実的だ。
あらゆる意味で、近い将来世界はどんな社会になるのか興味深々である。 -
これが社会学なのか!という驚き。
タイトルを見ても、内容を少し読んでみても、生物学の本としか思えない。
それが、極めて重要な社会学の課題を明らかにし、その課題の持つ隘路を生物学の知見によって突破してみせる。
社会学的な課題とは何か?
<愛とエゴイズム>の課題だ。
この課題設定だけでも驚きではないか。
<愛とエゴイズム>。
それは、哲学的、文学的課題ではないのか。
それを、本書は、社会学として、生物学の知見を使って解明してしまう。
「これが社会学か、これは生物学の本ではないか、社会学はここまで広い領域をカバーして良いのか」という新鮮な驚きを与えてくれるのだ。
見田宗介=真木悠介の構想した、壮大な社会学体系の根幹部分を成す傑作論文。
壮大な社会学体系の基本モチーフは、青年の誰もが持つ素朴な問題意識に根ざしている。それは、人類に普遍的な問いでもある。
ひとつは<死とニヒリズムの問題>もう一つは<愛とエゴイズムの問題>だ。
前者については、本書に先立って発表された「時間の比較社会学」(1979)で解決を与えてみせた。
残された後者の課題、課題が<愛とエゴイズム>の問題の解答を求めたのが、この「自我の起源」なのだ。
1993年の論文だが、現在でも全く色褪せていない。
作者は、本書の執筆に10年掛けて取り組んだと語っている。
依拠し、対決するのはドーキンズの「利己的な遺伝子」のパラダイムだ。
そのパラダイムに依拠する限り、主体は「遺伝子」にあり、生物がエゴイスティックなのは、「利己的な遺伝子」のせいにされ、生物自身には自由も何も存在しないことになってしまう。
その、生物学の確たるパラダイムを打ち破るのは、生物学でなくてはならない。
「利己的な遺伝子」パラダイムを内側から食い破るもの、それが「生物は本来共生体」であるという生物学の知見だ。
生物は本来的に自己を超える契機を植え付けられているという現代生物学の到達地点が、自我の可能性を切り開き、「遺伝子の専制」を破り、ひいては、 独我論を超克する。
その論の進め方がスリリングで感動的だ。
利己性(エゴイズム)は実は生物に本源的なものではないことを、生物学の知見のみで証明してみせるのだ。
生物は共生を基本とし、利他的行動を埋め込まれて生きていること。
自己を滅却してまでも、他者のために生きることが生物の根幹にあること。
—それを鮮やかに示したのだ。
社会学はこんなことまで出来るのだ、と感動と勇気を与えてくれる。 -
「人間的自我」がどこから発生し、どのように発展してきたかを考察する著作。著者は日本の高名な社会学者である見田宗介。
テーマに惹かれて読んだが、面白かった。
表現は難解な部分が多くて決して読みやすい本ではないが、ロジックの展開は分かりやすくて鮮やか。
構成としては、まず生物社会学の基礎的な達成水準を確認し、個体と生成子(遺伝子)の作用と特徴を説明する。そこから個体が主体化される機序が解説される。
この個体が主体化していくプロセスについての分析が非常に斬新で、ベースはドーキンスの『利己的遺伝子論』へのアンチテーゼがある。つまり「遺伝子」が自らの増殖を目的として個体をその「生存機械」として見做しているのは事実だが、動物個体は遺伝子とは独立したそれ固有の目的を持っているという。
この固有の目的は「テレオノミー的主体性」と呼ばれ、この獲得を可能にするのは哺乳類に見られる高度に発達した群居性・社会性である。
他個体を個体として認識することが、選択的な攻撃性の抑制、およびユニークさの発達に繋がるわけである。
また個体は自立性・自律性を獲得してきたが、完全に閉じているわけではない。なお外部の生成子に対して開かれていて、互いに影響を及ぼしている。
主論の他にも示唆的なメッセージが多くあり、有益な一冊かと思う。
とはいえ、ハミルトンの「包括的適応」理論やローレンツ、トリヴァースといった動物行動学の内容を理解していることが前提で主張が進行するため、その事前知識はあった方が良いかと思う。 -
自我という現象を紐解くのに、こういう壮大かつ精密な掘り進め方があるんだな。生物一般における人間の遺伝子の運び屋としての側面と、自我を持ちさらにエゴを相対視できる自律的な側面を描写するアウトラインを軸に、宗教、性を軸に人間の自由のあり方を掘り進める。
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マーグリスらの理論が明らかにしたのは、真核細胞は異種の生命の共生態として誕生したということであった。ここに進化の派生的自立態として〈個体〉というシステムが成立する。個体はまず「エージェント」的主体として派生するが、進化の高度化はついに個体を「テレオノミー」的に主体化するに至る。それでもなお、個体の共生系としてのありかたは失われていない。本論の表現では、個体は「自己裂開的な構造」を充填された「都市的」存在であり、真木はそこにエゴイズムの克服と我々の個としての自由の鍵を見るようだ。
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時間の比較社会学より読みやすかった。
個体の中の細胞と同じように、地球の中の自分、宇宙の中の地球…、と考えると自分の存在がちっぽけに思えていろいろ楽になれた。利己的になるのも利他的になるのも遺伝子のせい、そして人間は遺伝子の乗り物だと客観的にみるとなんとなく楽になれると思った。 -
貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784006002053 -
「自我の起原 愛とエゴイズムの動物社会学」真木悠介
哲学書。特になし。
第4回さいたま読書会課題図書。
棚-zul
読了。 -
最高に面白かった。買って手元に置いておきたい。
2章と6章がとても好き。
人間って利己的な生き物なの?とか、最近ごちゃごちゃ考えていたことに、生物学的な観点から一つの答えをくれる本。
何を考えるにも知識がないと、同じところをぐるぐる回るばかりでそこから抜け出すことはできないなと実感しました。 -
すごくおもしろかった。われわれが当然のものとして受け取っている「自己」というものを、生物学的「個体」として追究してゆく論述が、非常にエキサイティングで、示唆に満ちている。
要再読。 -
未読
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読み助2008年12月14日(日)を参照のこと。http://yomisuke.tea-nifty.com/yomisuke/2008/12/post-d11a.html
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