心理療法序説 (岩波現代文庫 〈心理療法〉コレクション 4)

著者 : 河合隼雄
制作 : 河合 俊雄 
  • 岩波書店 (2009年11月13日発売)
4.07
  • (5)
  • (6)
  • (2)
  • (1)
  • (0)
  • 本棚登録 :89
  • レビュー :1
  • Amazon.co.jp ・本 (303ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006002237

心理療法序説 (岩波現代文庫 〈心理療法〉コレクション 4)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 心理療法とは一体?というテーマで考察されている。まずは、心理療法のモデルから始まり、意識・無意識のとらえ方、技法とは?、さらに実際の心理療法にまで著者は言及している。とはいえ、「心理療法」を定義すること自体がおそらくは不可能なのであろう。なぜなら、そのひとごとの心理療法が存在するからであり、あるべき姿も、クライエントと治療者の組み合わせごとによって変わりゆくからである。とはいえ、そのように、「答えはない」と言ってぼかしてしまうと、「なんでもあり」となる危険性がある。だから、絶対的にこうあるべきとは言えないが、「こうあればいいだろう」、という形を本著では提示されている、わけである。

    それは、簡明に言えば、「治療者とクライエントは対等にある。それは文字通りの意味であり、だから、治してやっている、という意識は持ってはいけないし、基本姿勢としては、非支持的であるのがよい。とはいえ、それに縛られて硬直化してはいけない、よって、臨機応変にあるべし。だが、臨機応変に対応できるためには、相応の訓練が必要である」といった具合である。

    河合はだから、「多神教的であるべきだ」と述べている。それは、日本人の得意分野ではないか?と思われる方もいるだろうが、そこで慢心してはいけない。確かに、日本人は多神教を取り入れる素地は持っている。だが、それは、河合曰く、我々が文化的、社会的に、「中空構造」という特質を持っているから、である、としている。真ん中が空だから、あれこれを取り入れられる、そして、それらを混在させられうる。しかし、ここでの問題点としては、その中空部分=中心となりがちだということである。これは、自我と、自己にも対応する。西洋には、絶対神がいる。それが確たる存在として、中央にいるから、「中心統合型」と言える、そして、それが自我の絶対化にも対応してくる。逆に、我々は自己という広い包含性を持ちうるが、その包含性が中心的に統合しようと働き始めれば、我々の視野が狭まるのは言うまでもない。

    さて、つまるところ、心理療法とは何であるか?それは定義できないとも述べたが、しかし、自分なりの心理療法に迫ることはできるだろう。そこには、ロジャースの自己実現や、ユングの個性化、というものが挙げられるだろう。

    人の中には、「自分を自分足らしめる」ことができなければ、うまく生きれない人がいる。そういう人たちが互いに出会うことによって、互いに自分を自分足らしめようとする出会いの場のようなものであろうか?だから、心理療法家も、クライエントも、両方とも、「生きることが不器用な人間」なのである。両者がお互いに影響を及ぼしあって、自らの個性を実現させていく過程というのが心理療法の場なのであり、だからそれは治療とは少し異なってくる。だが、治療という側面をなくしてしまっては、心理臨床が暇つぶしとして扱われてしまうし、実際に、治療的効果を得る人も多くいるわけなので、実践的見地から、治療という側面を消せない、といった形だろうか。ただ、河合はあれこれいさめすぎてる気がする。あれはいけない、これはいけない、を繰り返しすぎている、というところが問題点だろうか?

全1件中 1 - 1件を表示

河合隼雄の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
村上 春樹
エーリッヒ・フロ...
有効な右矢印 無効な右矢印

心理療法序説 (岩波現代文庫 〈心理療法〉コレクション 4)はこんな本です

心理療法序説 (岩波現代文庫 〈心理療法〉コレクション 4)を本棚に登録しているひと

ツイートする