明治精神の構造 (岩波現代文庫)

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006002596

作品紹介・あらすじ

明治精神のバックボーンとは何か。福沢諭吉、植木枝盛、中江兆民、徳富蘇峰、陸羯南、内村鑑三、そして幸徳秋水ら初期社会主義者たちの思想構造を時代状況とのかかわりで解明するとともに、明治という時代を貫く思想の流れを明らかにしようとする本書は、思想史になじみの薄い読者にも分かりやすい怡好の近代日本思想史入門である。

感想・レビュー・書評

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  • 松本三之介は東大法学部の日本政治思想史講座における丸山真男の後継者である。丸山は「超国家主義の論理と心理」のようなポレミックな論考から「日本政治思想史研究」のようなアカデミックな研究に後年活動の重点をシフトしたかに見えるが、本質においてその思想的営為は「論理と心理」以来の問題意識、即ちウルトラ・ナショナリズムと健全なナショナリズムを分かつものは何か、そして後者をいかに日本に根付かせるかを巡るものであったように思われる。本書にも師丸山のこの問題意識は受け継がれている。

    本書で松本が示そうとしたのは、ナショナリズムはデモクラシーに支えられてこそ健全であり、そのヒントは明治精神の中にあるということだろう。デモクラシーには国家権力から個人の自由や権利を擁護することに関心を持つリベラル・デモクラシーと、国家の担い手としての国民の政治参加と連帯の形成に関心を持つナショナル・デモクラシーがある。国家の独立が最大のテーマであった明治において、デモクラシーはまずナショナル・デモクラシーとして産声をあげた。これは下からの主体的な国民の形成運動であり健全なナショナリズムの萌芽と言えるが、日露戦争に勝利し、国家の独立という目標を達成した後、人々の関心が公的な領域から私的な領域へシフトするに伴って、リベラル・デモクラシーが次第に優位をしめるようになった。こうした流れの中で国家意識の希薄化に危機感を持った権力が、リベラル・デモクラシーを抑圧する一方で、排外主義と結びつく形で上から国民意識を動員していったのがナショナリズムの病理形態としてのウルトラ・ナショナリズムであると。

    思想史研究としては優れた成果である。松本が言うように、思想が作る思想と社会によって作られる思想の双方にバランスよく目配せした見事な interectual history と言ってもいい。だが現代的関心からすればその意義は極めて限定的と言わざるを得ない。敢えて言えば師丸山に潜むエリート主義の陥穽がそのまま受け継がれている。明治のナショナル・デモクラシーが健全であったと言っても、その担い手はあくまで知識人である。権力であれ反権力であれ一部のエリートであることに変わりはない。こうした明治の社会と大正期以降に出現した大衆社会の決定的な断絶を見過ごすわけにはいかない。問われるべきは、大衆社会においてそもそも健全なナショナリズムというものが可能かということではないか。吉本隆明が批判したように大衆の現実を見ようとしなかった丸山にそのような問いは無意味なのかも知れない。だが少なくともそれは知識人が主導した明治のナショナリズムの延長線上にないことは確かであろう。

    丸山真男やその後継者達の仕事を振り返る時、知識人と大衆が乖離し(オルテガや西部邁は知識人こそ大衆であると言ったわけだがそれは置く)、思想というものが社会にしめる地位が大きく変容する中で、思想史が文化史の一領域として以上に実践的な意義を持ち得るかという根本的な問題を考えざるを得ない。それは法や政治を学ぶ法学部の科目に思想史が必要なのかという切実な問題でもある。

  • 福沢諭吉、植木枝盛、中江兆民、徳富蘇峰、陸羯南、内村鑑三、幸徳秋水といった明治時代の思想家たちについて、わかりやすく解説している本です。

    著書は「はしがき」で、おそらく鹿野政直や色川大吉らの議論を念頭に置いてのことかと思われますが、本書で民衆の思想を取り入れなかったことについて言及しています。それによると、民衆の思想は「状況」とのかかわりのなかで思想史を論じるばあいに必要となるのであり、思想圏における相互の関係を論じるばあいには民衆の思想を積極的にとり入れることはかならずしも不可欠とはいえないのではないかと論じています。わたくし自身は、民衆史のように具体的な事実を綿密に調べあげる議論はいささかとっつきにくいように感じてしまうので、本書のスタイルは親しみやすく感じられました。

    明治政治思想史の入門書として、オーソドックスな構成ですが、優れた内容の本だと思います。

  • 懇親会の効用を説いた中江兆民の話はおもしろかった。
    著名な思想家を明治という軸に沿って、ざっと見渡している感じがした。
    国家手記、進取の精神、武士的精神とどれもなるほどと思わせてくれる思想的底流。

  • 明治精神のバックボーンを「国家主義」「進取の精神」「武士的精神」の3つとし、その基本視座から明治のもろもろの思想の特徴を解き明かしていく。近代日本の精神を根本的に規定し、今なお日本に影響を及ぼし続ける「明治」という時代にいかなる思想潮流があったのかを知ることができる。

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著者プロフィール

1926年茨城県に生まれる。1948年東京大学法学部卒業。現在,東京大学名誉教授。
著書
『天皇制国家と政治思想』(1969年,未來社)
『国学政治思想の研究』(1972年,未來社)
『近代日本の知的状況』(1974年,中央公論社)
『近世日本の思想像 歴史的考察』(1984年,研文出版)
『明治精神の構造』(1993年,岩波現代文庫、岩波書店)
『明治思想における伝統と近代』(1996年,東京大学出版会)
『吉野作造』(2008年,東京大学出版会)
『近代日本の中国認識 徳川期儒学から東亜協同体論まで』(2011年,以文社)
『「利己」と他者のはざまで 近代日本における社会進化思想』(2017年、以文社)など、多数。

「2018年 『増補 明治思想史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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