「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用 (岩波現代文庫)

制作 : 田崎 晴明  大野 克嗣  堀 茂樹 
  • 岩波書店
3.75
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レビュー : 14
  • Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006002619

作品紹介・あらすじ

科学をめぐるポストモダンの「言説」の一部が「当世流行馬鹿噺」に過ぎないことを示し、欧米で激論をよんだ告発の書。名立たる知識人の著述に見られる科学用語の明白な濫用の数々。人文系と社会科学にとって本当の敵は誰なのか?著者らが目指すのは"サイエンス・ウォーズ"ではなく、科学と人文の間の真の対話である。

感想・レビュー・書評

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  • 線形とか虚数とかカオスとか連続性とか、ポストモダンの人たち数学とか量子力学とかわかってねーの、だっせー。

    とかいうのがこの本の主旨ではなくて。

    ・自分でもよくわかってないような言葉や概念を使って、より難しくして説明したいことって何?何の中身もない、スカスカの当たり前なことしか言ってないじゃないか。専門用語と日常の用法で混乱してるだけでしょ。難しくて曖昧にすればかっこいいとかやめなよ。

    ・科学は批評対象のテクストじゃないよ。科学の理論は世界を解き明かすけど、それが世界を作り上げたわけじゃないし(理論ができる前から世界はあるんだし)、経験を積み上げて生き残ったり修正したりして「正しい」としてきたものなんだよ。何かを客観的に「正しい」としてるからって攻撃するなよ。そういうテクストとしての批評では科学の理論が変わることはないんだから意味ないよ。

    ・自然科学の理論や方法論の現実的、経験的な部分を無視して、枠組みだけ持ってきて社会科学を当てはめて客観的にしようとしても科学的とは言えないよ。それでうまくいかなかったからって自然科学を叩くのやめなよ。

    ・科学に軍事主義とか性差別主義とかあるにしても、科学そのものを批判することはないよ。

    ・「真実」と違うことを信じている人がいるからといって、なんでもかんでも正しいことにしてたら、性差別も人種差別も極端な民族主義や経済学の流派も「正しい」ことになるよ。左派の知識人なら支配的な言説から神秘を剥ぎ取れよ。自分で神秘を付け加えるなよ。

    5点目はまさに、先日の橋下さんの慰安婦発言と東さんの反応のことだと思うし、在特会が言う在日特権の偏見やアフリカの女性器切除への貞操の幻想に対抗するのも、歴史と国際関係や宗教と医学への合理的で科学的なやり方だと思う。

  • 【自分のための読書メモ】
     「ポストモダン」・「ポスト構造主義」。
     学部生(今は懐かしい90年代後半)時代、よく教授の先生より英文学の学びが変わってきたとお聞きした。英文科においてシェークスピアを読まずして卒業することはあり得ない時代から、批評理論を知らずに英文科を卒業することはあり得ない時代になったということだった。英文学が印象批評から分析的な批評に変化していく流れ(ということ)だった。
     だから、まずは何も知らない学部生の僕は、テリー・イーグルトンを手に取った。『文学とは何か』(岩波書店)。そしてその途中で、もっとわかりやすい『文学部唯野教授』を経由して、なんとか読み切った。
     その読書の先には、ボードリヤールや、ドゥールーズ、ガダリなんて名前を覚え、ちくま文庫なんかで手に入れては、いつかこれが読めるようになりたいと思っていた。けれど、何回もトライしても、翻訳でさえ原典は難しい。だから、何冊も、入門書と概説書を買って“あこがれ”のポストモダンを外枠から包括的に理解しようと試みた。けどその中心を自信をもって理解することはできず、頓挫し続けた。
     そこで懐かしの『知の欺瞞』が出たのが、2000年。学部3年の頃だった。面白いよという言葉を聞きながら、まだ批評理論を理解したい僕は、読まずに原典を理解したかった。こだわりたかった。
     そしてそれから12年。偶然立ち寄った書店で文庫版になったこの本を見つける。迷わず手に取った。
     ここからは読後感。まずは複雑な気持ち。というのは、ここで著者が批判しているのは、ラカンから始まる有名な著者の科学的な情報の乱用。「あぁ自分がわからなかったのもしょうがないんだ」という安ど感が強い。
     と同時に、筆者が批判しているのは、科学的な情報の乱用であり、筆者のすべての論に対するものではないということをきちんと理解しておくなら、それ以外に筆者が数学的科学的理論からアナロジー的に感じた直感はやはり理解してみたいという気持ち。
     そう、理論の時代に青春を過ごした世代にとっては、複雑な気持ちになる一冊なのです。

  • 原題:Fashionable Nonsense: Postmodern Intellectuals' Abuse of Science (1998)
    著者:Alan D. Sokal
    著者:Jean Bricmont
    訳者:田崎 晴明
    訳者:大野 克嗣
    訳者:堀 茂樹

    【メモ】
    ・訳者の田崎さんによるページ。
    http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fn/


    【目次】
    日本語版への序文 [iii-xxiii]
    翻訳について [xxv-xxvii]
    目次 [xxix-xxx]

    1 はじめに 001
      この本で何を示すつもりか 006
      それはそうだ、しかし…… 010
      この本の構成について 025

    2 ラカン 027
      「精神分析のトポロジー」 028
      虚数 038
      数理論理学 042
      結論 056

    3 クリステヴァ 059

    4 第一の間奏――科学哲学における認識的相対主義 077
      独我論と極端な懐疑主義 081
      実践としての科学 085
      危機にある認識論 092
      理論の決定不全性のテーゼ 106
      クーンとパラダイムの通約不可能性 109
      ファイヤアーベント――「なんでもかまわない」 119
      科学社会学の「ストロング・プログラム」 130
      ブルーノ・ラトゥールと方法の規則 140
      実際的な影響 149

    5 イリガライ 159
      流体力学 165
      数学と論理 175

    6 ラトゥール 185
      後日談 195

    7 第二の間奏――カオスと「ポストモダン科学」 199
      カオスと「ポストモダン科学」 199

    8 ボードリヤール 218

    9 ドゥルーズとガタリ 229

    10 ヴィリリオ 253

    11 ゲーデルの定理と集合論――濫用のいくつかの例 262

    12 エピローグ 270
      「二つの文化」の本物の対話に向けて 272
      どうしてこんなことになったのか 281
      政治的要素 292
      なぜ問題なのか? 304
      次は何か 310

    参考文献 [81-106]
    付録B パロディーへのいくつかの注記 [70-79]
    付録A 境界を侵犯すること――量子重力の変形解釈学に向けて [9-69]
    索引 [1-7]

  • ソーカル事件を知って本書に興味をもったものの,なぜかポストモダンにさっぱり興味がなかったこともあり先延ばしていた.最近になってふと思い出したので,意を決して注文してGW中に読了.

    日本語版への序文で期待感が上がり,ラカンの文章に頭が痛くなってきたものの読み方を変えたので,クリステヴァは笑い飛ばせた.第一の間奏には相当梃子摺らされたがどうにか読み終え,後はゲラゲラ笑いつつ読み進められた.これで本書は★5つに決まりだな…と思っていたら,最後のエピソードでズッコケた.と言っても,前半は本書の総括なので違和感はない.問題は後半で,なんで唐突に政治の左右が出てくるのか?私にとってアホかそうでないかの分類は重要だが,アホをわざわざ左右に分類するのは意味を見出せない.ポストモダンとやらも単にアホなのであって,政治的要素で本書を締めるのはどんなものだろうか?

    以上より,最後の最後で★4つに下げてしまったが,流石に厳しすぎるのでふとしたキッカケで★5つに変えるかもしれない.私にとって再読は必須だろう.オススメ.

  • 我々、獣医学生は勉強が得意である。解剖学を、細菌学を、薬理学を落としていようとも、残念な事に後輩が同級生になってしまっていても、そもそも、そのような専門教育を受けられる権利を持つことが勉強が平均的なヒトよりも遥かに得意で、受験戦争を潜りぬけた証なのである。勉強ができるのは結構だが、それは同時に衒学という病を引き起こしがちである。会話に情報伝達の多くを依存する人間にとってこれは大病である。この本はフランス現代思想に於けるある事件について書かれてあるが、領域にかかわらず専門家となる人々は一度は読んでおいたほうが良いと思う。

    生命環境科学域 2年生

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784006002619

  • [ 内容 ]
    科学をめぐるポストモダンの「言説」の一部が「当世流行馬鹿噺」に過ぎないことを示し、欧米で激論をよんだ告発の書。
    名立たる知識人の著述に見られる科学用語の明白な濫用の数々。
    人文系と社会科学にとって本当の敵は誰なのか?
    著者らが目指すのは“サイエンス・ウォーズ”ではなく、科学と人文の間の真の対話である。

    [ 目次 ]
    1 はじめに
    2 ラカン
    3 クリステヴァ
    4 第一の間奏―科学哲学における認識的相対主義
    5 イリガライ
    6 ラトゥール
    7 第二の間奏―カオスと「ポストモダン科学」
    8 ボードリヤール
    9 ドゥルーズとガタリ
    10 ヴィリリオ
    11 ゲーデルの定理と集合論―濫用のいくつかの例
    12 エピローグ

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • デタラメなパロディ論文がカルスタ雑誌に採用された事で、ポストモダン哲学に対する痛烈な批判となったソーカル事件。その反響を受け、現代思想の哲学者たちが科学用語をいかに誤用しているかを明らかにしたのが本作。間奏の認識論的相対主義に対する批判も含め、一貫しているのは知に対する誠実さなんだと思う。インパクトの強さもあり同書は読まれる事無く語られる事も多いのだが、やはりそれはソーカルの趣旨に反する行為なのだろう。しかし60年代フランスって何であんなに小難しいんだろうね。後半ソーカルさんも投げやり気味なのが笑える。

  • 本書で展開される批判に同意するとともに、そうした自身の感想というものの幾分かは、やはり哲学や社会科学の門外から、必要十分な訓練を経ない状態/良くも悪くもコオプタシオンを経ない状態で安易に足をつっこんで、その界に固有の歴史が成したところの概念の使用に(至当にも)困惑させられ挫折させられた、そういう経験から出ているのではないか、とも感じる。
    またP.ブルデューやJ.ブーヴレスが彼らの著作のなかで「ソーカル事件」について触れているものを読むと、この「事件」の社会科学界での意義についてより多くを知りたいと感じる。

  • 古典的名著。難解窮まる衒学的な文章が実際に意味不明でした!と解き明かしていくのいかにも小気味が良い。
     ただ攻撃する著者をあれこれ変えてはいるが、基本的にやっていることは同じなので次第に飽きる。あとはポストモダニズムや真理相対主義の最悪の一面をことさらにあげつらっているのではないか、という疑念が。

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