本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (250ページ) / ISBN・EAN: 9784006003104
みんなの感想まとめ
音楽の歴史を通じて人類と音楽の関わりを探る本作は、日本の音楽史を中心に、同時代の中国や西洋の音楽も交えながら描かれています。読者は、音楽の発展が各文明においてどのように独自性を持ちながらも共通点がある...
感想・レビュー・書評
-
本著において、重要と思われるのは二つある。一つは、飛鳥時代終盤、奈良時代初期の大宝律令(三蔵法師の弟子の道昭の死とほぼ同じ時)のころの、音楽の輸入と明治期の音楽輸入の比較。
もう一つは、音楽史のリズム論についての部分だ。
先に音楽史のリズム論について述べれば、あるときには、音楽は、時間間隔に関心が向けられている時代には単旋律音楽または和声音楽が栄え、したがって感情に訴えかける音楽が優勢になり、反対に、空間感覚に注意が払われる時代には対位法音楽が主流を占めるために、理性に訴える音楽が優位に立つという。前者では主観主義が、後者では客観主義が支配的である、とも説明されている。
空間感=ポリフォニー=自由リズム=客観的=悟性
と
時間感=ホモフォニー=規則的リズム=主観的=感情
の間をいったりきたりする。
610年のころは、グレゴリアン・チャントで、時間感のほう。910年のころは、オルガヌムで空間感のほう。1210年のころは、ミンネゼンガーで、時間感のほう。1510年は、空間感で、ポリフォニー、マイスタージンガー。1810年は時間感で古典派。といった風にだ。
(245~246頁)
西洋音楽史の時代区分について、モザー「音楽辞典」によれば、単旋律の音楽が1150年ごろまで、そこから中世の多声楽が1350年まで、そこから1550年まではルネサンス音楽で、定旋律時代。(ホモフォニー<和声音楽の様式>からポリフォニー<対位法音楽の様式>への移行あり)1550年から1750年はバロック音楽で、フーガの時代。(ホモフォニーからポリフォニーへの移行あり)1750年から1950年は古典派=ロマン派音楽でソナタの時代(ホモフォニーからポリフォニーへの移行あり)。600年間に、三回反復している。ある音楽の時代ができあがると、必ずホモフォニーからポリフォニーの移行があって、別の時代になるという法則があるのだろうか。
さて、日本による「輸入」について、書いていく。
P77より81まで。
すでに弥生時代より朝鮮半島の三国と交流は盛んであり、古墳時代の四五三年、允恭天皇の葬儀に際し、新羅王が多数の楽人を派遣。欧米のオーケストラと合唱団が来日して、レクイエムを演奏したといったところだ。最初の外国からの音楽演奏記録だ。
次に、五五四年、百済から四人の楽人が交代のため来日している。
その次に、六一二年、百済の楽人味摩之が、江南地方の呉の伎楽を学んで来日。桜井に住んで少年たちに教えた。外国人の教育の事始めとなる。六八三年には、日本の舞踏と朝鮮三国の楽を上演。奏楽に関する最初の記録である。すでにかなり以前からの慣習であったろう。
大宝律令にて、雅楽寮と称する国立の音楽舞踏学校が発足。和楽、唐楽、三韓楽、伎楽の四科に分かれる。250年継続する。この雅楽寮と1879年に設置された音楽取調掛と比較する。雅楽寮における和楽は、約一世紀を経た弘仁年間に、大歌所が設置されるとその所管に移され、雅楽寮はもっぱら外来音楽の伝習所になった。一方、現代の雅楽寮である東京音楽学校=東京芸術大学においては、第二次大戦直後の学制改革時に際し、邦楽科を廃止し、その代わりに邦楽研究所を設置してそこに邦楽科の内容を移管しようとする動きがあり、それは反対運動で沙汰止みとなったが、在来音楽よりは外来音楽を重視して、その伝習に徹せしめようとした考えは、九世紀初頭と二十世紀中葉という大いなる時の隔たりにもかかわらず、共通している。(P80)
また、分科の立て方については、往時は唐楽・三韓楽と国別で、国の音楽家が招かれて師となったが、現在も作曲科や器楽科や声楽科といった区分にはなっているものの、そこから分科したところをみると、ドイツ楽・イタリア楽・フランス楽を講じており、外国音楽を中心にその忠実な移植に専念する点では、昔も今も変わりはない。
また、時代の要求する音楽の変化に応じて、制度と内容に絶えず手直しが行われる点も似ている。
雅楽寮でみると、731年には渡羅楽が最大の学科。736年に伝来した林邑楽が、809年には雅楽寮の教科目に加わった。これより前の749年には、東大寺で渤海楽が唐楽、伎楽とともに上演されるなど、8世紀を通じて東洋のあらゆる国の音楽が首都を中心に行われていた。
【外からの音楽に強い関心を抱くのは昔も今も変わらぬ日本人の特性であろう】
海外の音楽が本当であり、日本の音楽は隅に追いやるといったことは、日本建国時から変わらぬものであり、音楽とナショナリズムは、不思議にねじれていると思える。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784006003104 -
音楽史と言うと難しいかと思ったけれど、地球のあちこちに文明が発生しそれぞれに発展してきた中での音楽を見るのは面白かった。大局的には似ているところがあり、個々の文明的には個性的なところも有ると言うのは人類史にも言えることかもしれない。今の世界に溢れている音楽たちの前歴のようなものが垣間見えたかな
-
音楽史の教科書みたいな本だった。特に日本音楽の楽器がどこから来たかなど詳述されているが、日本音楽史と西欧音楽史を同時的に記述し、比較しようというグローバルな視点も持つ。
高度に専門化してしまったクラシック〜現代音楽の良さとは別に、民衆の、土着の音楽への愛情こもったまなざしも感じられ、共感した。
ただしあくまで教科書的な本なので、日本作曲界の重鎮として突っ込んだ議論は展開されないまま終わってしまったことに、不満が残る。 -
ホントに駆け足で音楽の歴史をたどった。
日本の音楽がやはり江戸初期でピークを迎えていたのを知ってがっかり。その後は西欧のように進展することはなかった。
ルネッサンスからバロック、古典派、ロマン派への系譜は日本には臨めなかった。それが残念。
現代音楽にも西洋音楽を否定するものが現われたとしても、やはり、西欧音楽も今から100年前がピークを迎えそれ以降は、それ以上の高揚はないのでしょう。
この本が好きな人におすすめの本
著者プロフィール
柴田南雄の作品
本棚登録 :
感想 :
