哲学の起源 (岩波現代文庫)

  • 岩波書店 (2020年1月18日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784006004132

作品紹介・あらすじ

デモクラシーの理想とされるアテネの直接民主制は,実は自由ゆえに平等であった古代イオニアのイソノミア(無支配)再建の企てであった.イオニアの自然哲学をイソノミアの記憶を保持するものとして読み解き,アテネ中心のデモクラシー神話を解体する.『世界史の構造』を経て,社会構成体の歴史の起源を刷新する野心的試み.

みんなの感想まとめ

本書は、アテネの直接民主制が古代イオニアのイソノミア(無支配)を再建する試みであることを探求しています。著者は、イオニアの自然哲学を社会哲学として位置づけ、従来のデモクラシー神話を解体し、社会構成体の...

感想・レビュー・書評

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  • 本書と問題関心が共有される『世界史の構造』は、社会構成体の歴史を「交換様式」から見る企てであった。
    互酬的=相互扶助的関係(交換様式A)を高次元で回復しようとする交換様式Dについて、著者は思索する。これまでそれは普遍宗教の形で現れてきた。しかし、それは祭司・神官の支配に帰してしまい、宗教は国家に回収されてしまう。それ以外に現れた事例を、著者はイオニアの政治と思想に見出し、その意味合いを本書で論じていく。

    キーワードは、イソノミア(無支配)である。それは理念であると同時に、著者によれば、イオニアで実現したものであり、植民者たちがそれまでの氏族・部族的な伝統を一度切断し、それまでの拘束や特権を放棄して、新たな盟約共同体を創設したことから可能だったとされる(24頁)。

    イオニアというと、タレスに始まる自然哲学と習ってきたが、著書は、同時に「社会哲学」として読まれるべきであると主張する。そして、ソクラテスについても、プラトンのスコープから見るのではなく、イオニア的なイソノミアからの読み換えを図る。

    これまでの常識的通念を覆す論理展開にワクワクさせられる。

  • 久しぶりに柄谷行人読んだけど、これけっこう面白かったし意外と説得力あった。昔はもっと小林秀雄みたいに独善的なところがあったけど、だいぶ丁寧な語り口になっている。

  • 哲学の起源
    (和書)2012年11月27日 19:54
    柄谷 行人 岩波書店 2012年11月17日


    かなり良い本です。

    自分もプラトンのように間違いを犯していたことを考えさせられる。ソクラテスを哲人王に模したように僕は柄谷行人を哲人王のようにしようと考えていたことがある。柄谷行人を哲人王にすればいいと考えていたのだ。別にずっと考えていたわけではない。どこかの学校の学長にでもなればそこで学ぶのは面白いだろうと考えていたのだ。

    そういったことは今回の作品で見事に批判されている。そういう意味で僕自身にとって非常にインパクトを持った作品だった。

    イオニアのイソノミア・無支配。

    哲人王の支配も支配の一形態にすぎない。

    『新潮』連載時に図書館と本屋で立ち読みした。その後、図書館でバックナンバーを大人借りして読んでみた。今回、楽しみにしていた単行本を予約して購入し今日読み終わった。何回も読みたいので買って良かったと思う。

  • 東2法経図・6F開架:B1/8-1/413/K

  • 民主制の難しさ 正しさとは

  • もう少しえ終わるが、素人でもわかるように平易な文章がよい。

  • 1. 本書への歩み
    本書を含む柄谷行人の関連著作は以下の順番で上梓されている。
     「世界共和国へ」2006年
     「世界史の構造」2010年
     「世界史の構造を読む」2011年
     「哲学の起源」2012年
     「帝国の構造」2014年

    その中で最も重要な著作が「世界史の構造」だ。
    そして、本書は、「世界史の構造」の主張を補強する目的で作られた。

    「世界史の構造」で柄谷行人が提唱したのは、世界史をマルクスのように「生産様式」として見るのではなく、「交換様式」として見るべきだと言うことだった。
    そうすることで何が見えてくるのか?
    世界史の動きが、より明確な像を以て見えてくることに加えて、来るべき、目指すべき社会構成体の姿が見えてくるのだ。

    2. 「世界史の構造」
    本書の位置付けを明確にするためには、柄谷の主著である「世界史の構造」を理解することが必須だ。

    柄谷が「世界史の構造」で、「交換様式」と言う観点から自信を持って導出した社会構成体は、以下の四つだ。
     交換様式A 互酬 <ミニ世界>
     交換様式B 掠奪と再分配 <世界=帝国>
     交換様式C 商品交換 <世界=経済(近代世界
     システム)>
     交換様式D <世界共和国> 交換様式Aの高次的
     回帰
    しかし、これらの社会構成体が単独で成立すると考えることは誤りだ。
    四つの社会構成体は、常に他の社会構成体と関係を持ちながら共時的に存在しているのだ。
    それは社会構成体が「世界システム」として存在していることを意味している。
    ただ、その中でドミナントな社会構成体が存在することで、特定の時代の世界史の構造は決定される、と考えるのだ。
    だから、現代は、交換様式C(世界=経済)が最高潮に達した社会構成体として位置付けることが出来る。

    四つの構成体の中には、未だ存在していない社会構成体がひとつある。
    それが交換様式Dだ。
    交換様式Dのモデルとなっているのは、カントが構想した「世界共和国」だ。
    「世界共和国」の存在可能性については、「世界史の構造」に先立って、柄谷は岩波新書「世界共和国へ」で論じている。
    そして、「世界史の構造」で改めて、世界史を俯瞰しながら、交換様式Dについて論じたのだ。

    本書を読む前に、まず「世界史の構造」を読むこと。
    これは必須条件だ。
    さもなくば、本書の意図を十分に掴むことは出来ない。

    3. 「哲学の起源」の位置付け
    「世界史の構造」で柄谷は、マルクスが来るべき理想の社会を共産主義社会として構想したように、いまだ存在していない可能性の社会構成体を、交換様式Dとして、具体的には世界共和国へとして提示してみせた。
    しかし、未だかつて存在したことのない社会構成体が現実化し得るかどうかには、当然、重大な不確定性が付き纏う。
    その不確定性を取り除くのが、柄谷の次なる課題となる。
    そのために「世界史の構造」の次に柄谷が取り組んだのが本書、「哲学の起源」なのだ。

    4. 「哲学の起源」の内容
    本書に副題をつけるとしたら、「交換様式Dの可能性を求めて」と言うのが相応しいだろう。
    本書は交換様式Dの可能性を古代ギリシア哲学に追い求めたものなのだ。
    それも、ソクラテス、プラトンが活躍したアテネにではない。
    更に遡って、哲学の起源を、交換様式Dの起源を求めようというのだ。

    カントは理念を統制的理念と構成的理念に分けている。
    何だそれは?と思うかもしれない。
    統制的理念、構成的理念というと難しそうだが、企業が掲げる企業理念が統制的理念に相当し、具体的行動計画が構成的理念に相当すると考えて間違いない。
    企業理念は、企業が達成しようとする理想のようなものだ。
    柄谷の設定する交換様式Dたる世界共和国は、カントと言う統制的理念なのだ。
    それは永遠に達成して出来ない高い目標なのだが、その理念自体が現実批判となり、現実を変革する原動力となる。
    企業が、永遠に追い求める高い志を示した企業理念を大切にするのはそのためだ。
    企業は永続するためには変わらなくてはならない。
    業態は変わろうとも企業が存続する理由は、企業理念を持ち続けて、それを追求し続けているからだ。
    だが、その高邁な理念も、荒唐無稽なものであっては効果があるない。
    達成できないかもしれないが、その理念の達成に邁進し得る、そんな統制的理念として、柄谷は交換様式Dを設定している。
    だが、交換様式Dが荒唐無稽なものではなく、実現可能性を持ったものであることを指し示す必要がある。

    交換様式Dを短期的に実現した例は存在する。
    それが普遍宗教の登場だ。
    したがって、普遍宗教の理解が交換様式Dの可能性を示唆することになる。
    現代世界の大宗教である、キリスト教、イスラム教は一神教を信仰する普遍宗教だ。
    だから、一神教の普遍宗教は宗教のスタンダードのように思われるかもしれない。
    しかし、驚くべきことに、それは極めて特殊な宗教なのだ。

    それでは、その世界史上初めての特殊な宗教は何なのだろうか?
    それはユダヤ教だ。
    普遍宗教の定義は何なのか?
    これこそ社会学を大成したマックス•ウェーバーの功績だが、合理化の進展による脱呪術化がなされているかどうかだ。
    普遍宗教は神強制(神頼みは神を使役して、神にご利益を強制しているのだ!)を脱呪術化して、神奉仕(お願いなど通用しない絶対神に祈ることだ)となったことで初めて成立する。
    それは世界史的大事件だった。
    ユダヤ人は古代から現代に至るまで徹底的に悲惨な民族だ。
    古代ユダヤ人はバビロニアに国を滅ぼされ、国民は奴隷として異国に連れて行かれた。
    バビロン捕囚だ。
    普通であれば、国も国民も守護してくれない神など捨て去るところだ。
    他の民は皆そうしてきた。
    戦争に勝たしてくれる神は信仰し、勝たしてくれない神は廃棄される。
    「神よ、我々に勝利を!勝利の暁には大いなる捧げ物を捧げよう!」
    これこそ、神を強制すること、神強制だ。
    日本人の初詣など神強制の最たるものだ。
    国を失い、神殿も破壊され、奴隷として異国に連れ去られたユダヤ人は、それでも神を捨てなかった。ユダヤ人は敗北と悲惨な運命の責任を神にではなく、ユダヤ人にあるとしたのだ。
    柄谷は、これを、ユダヤ人は神強制と言う神との互報酬原理を断念したのだ、と言う。
    これが普遍宗教の誕生を告げる、神強制から神奉仕への大転換に当たる。
    そして、バビロン捕囚という、共同体からも、国家からも離脱した自由平等な個人が生まれたことで、その神との盟約が交換様式Aの高次元の回復である交換様式Dをもたらした、と述べる。
    来るべき交換様式Dは、普遍宗教の中に、短期的とは言え、実現されていたと言うのだ。

    普遍宗教が生まれた頃、ギリシアの植民都市だったイオニアに哲学が生まれた。
    柄谷はそれこそデモクラシーの起源であるとする。
    あれ、デモクラシーの起源はアテネではなかったのか?と誰もが思うだろう。
    アテネの哲学は、今や存在しなくなったイオニア哲学のリバイバルを企てたもので、オリジナルではあり得ないと言う。
    そして、相反する自由と平等の両立に成功したイオニアのイソノミア=無支配思想に交換様式Dの実現可能性を見出すのだ。

    では、なぜイオニアには交換様式Dの原型とも言うべき社会が存在し得たのか?
    そこに、来るべき交換様式D実現のヒントがあるのではないか?
    イオニアで貨幣経済が進展したにも関わらず、階級分化、支配被支配関係が成立せず、無支配イソノミアが維持できた最大の理由は、商業交易を中心とした遊動性を維持していたがためだ。
    交換様式Dを実現するためには遊動性が必須条件なのだ。
    アテネのデモクラシーは現代の自由民主主義のモデルではあっても、それを乗り越える鍵はイオニアのイソノミアにこそある。
    イオニアのイソノミアの原理は階級闘争によって確立されたものではない。
    氏族制度から自由になった植民と移動によってもたらされたものなのだ。
    遊動性=自由は平等をもたらすが、それを維持するために、遊動性を可能とする空間の拡張が必要になると言う矛盾をはらむ。
    イソノミアはひとつの統治形態ではなく、革命の過程で組織された自由の新しい公的空間なのだ。

    何故、将来の社会構想を確実なものとするために、哲学に、それも哲学の起源に向かわなくてはならないのか?
    柄谷はギリシア哲学、それもギリシア哲学の源流ともいうべき古代イオニアの哲学にまで遡っていく。
    柄谷がそこで発見したのは「無支配」を実現した社会だった。
    それこそ、交換様式Dがかつて存在した証、将来も存在し得る証ではないか!

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著者プロフィール

1941年兵庫県生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学大学院英文学修士課程修了。法政大学教授、近畿大学教授、コロンビア大学客員教授を歴任。1991年から2002年まで季刊誌『批評空間』を編集。著書に『ニュー・アソシエーショニスト宣言』(作品社 2021)、『世界史の構造』(岩波現代文庫 2015)、『トランスクリティーク』(岩波現代文庫 2010)他多数。

「2022年 『談 no.123』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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