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Amazon.co.jp ・本 (312ページ) / ISBN・EAN: 9784006004637
作品紹介・あらすじ
近代大阪の発展は朝鮮からの労働者ぬきには考えられない。暮しの中で朝鮮人と出会った日本人の外国人認識はどのように形成されてきたのだろうか――大阪における朝鮮人の歴史を辿りながら、より普遍的、より世界的な問いへの接近を試みた「地域からの世界史」。その後の研究に大きな影響を与えた著作の待望の文庫化。
みんなの感想まとめ
近代大阪における朝鮮人の歴史を深く掘り下げた本書は、朝鮮からの労働者が大阪の発展に果たした重要な役割を明らかにします。特に、済州島からの移住者や彼らの生活、そして日本人との交流を通じて形成された外国人...
感想・レビュー・書評
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つかみと言っては失礼iになるかもしれないが、本書は四代目桂米團治の上方落語「代書」の紹介から始まる。色々なものを書いてもらいに来た客と代書屋のおやじとのユーモラスな掛け合い。そうした客の一人として、郷里の妹のために”トッコンションメン”の願書を書いてもらいに来た男。兄妹の出身は済州島、そしてトッコンションメン=渡航証明。そこから、戦前のと主として済州島出身の朝鮮人との関わりの歴史が語られていく。
大阪は日本で最大の朝鮮人居住地であり、在朝鮮人の中の在阪朝鮮人の比率は1932年に30%になっており、絶対数では32年に10万、35年に20万、40年には30万人を超えている。その中でも最大のボリュームを成していたのが済州島出身者であった。また職業で言えば、東成区のゴム工業の職工、女性であれば紡績工が多かった。
そして、大阪と済州島を結ぶ定期航路連絡船「君が代丸」、1923年の開設から1945年の終焉まで済州島の人々を乗せたこの船の歴史が紹介される。
大阪に朝鮮出身者が多いこと自体は知っていたが、その歴史的背景について済州島側及び大阪側それぞれの事情を詳しく知ることができたし、戦前の大阪がアジアと密接につながっていたことなども改めて認識した。
また、本書は学術的な書ではあるが、大阪という地域に暮らす朝鮮人への著者の問題意識と温かいまなざしが感じられた。 -
安易に「多文化共生」なんて言えないということを思い知らされる一冊。近代アジアのなかの国際都市「大大阪」、そのなかでの朝鮮人の歴史を「君ケ代丸」という済州島との定期連絡船などに焦点を合わせつつ描き出す。
個人的体験に寄せて興味深かった点が2点。1点目は自分が生まれた東大阪。あまりに小さいころのことなので母から聞いただけの話だが、近所には朝鮮人が多く住んでいてキムチなどをもらっていたという生活の場での異文化交流の「思い出」。もう1つは父の父、つまり祖父も昭和初期に朝鮮に渡り、商売をしていたということ。父はそこ(光州)で生まれた。同書によると日本から朝鮮に渡った日本人の方が、朝鮮から日本に来た人びとよりも多いという。大事な視点だと思うのだが、祖父は自分が生まれるはるか以前に亡くなったのでそうした話はまったく聞けなかったのが残念。
「越境する民」には色々な人々がいて、本書では大阪に働きに来た職工が主たるリサーチの対象となっていたが、もちろん勉強しに来た若者も多かったわけで、そうした視点からの研究も読んでみたい。 -
新幹社1998から文庫版になったもので、補章が最後にあるのでこの版が読むにはいいであろう。大阪の朝鮮人についてはほとんど大阪以外では関心を持たれていないが、フィールドワークや歴史として在日朝鮮人を研究する学生は必読であろう。大阪と済州島を往復した君が代丸や大阪の紡績橋上での朝鮮人労働についてはあまり知られていないので、この本で知る関東の学生も多いであろう。あべのハルカスについて話題になるときには、こうしたことも報道することがジャーナリズムの務めであろう。
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2023年6月読了。
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B1/8-1/463/K:東2法経図・6F開架
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【蔵書検索詳細へのリンク】*所在・請求記号はこちらから確認できます
https://opac.hama-med.ac.jp/opac/volume/475114
著者プロフィール
杉原達の作品
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