宮沢賢治―存在の祭りの中へ (岩波現代文庫―文芸)

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  • Amazon.co.jp ・本 (300ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006020354

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  • 近代的自我を超える自我の一つの可能性を賢治に見る論考、と言ってしまっては味気ないが、その考証を賢治の人生と哲学へ深く降りて行くことによって美しい文体が生まれている。

    「家」への違和感と「資本主義」への違和感から農村に入った賢治が感じる農村への違和感は、賢治の法華経的潔癖さと、彼の生育環境にある。権力によってつくられた身体=存在を変え、エゴイスムを超えること。他者たちとの生命の交流の中に向けて開いていくこと。賢治の思想と実践は未完のものとして「現代社会」に生きる私につながっている。

    見田先生が含意しているものはかなり深いと思う。再読します。

  • 現在の自分には到底理解不可能な書籍。
    然れども多くの啓示を受理し。
    現時点での結論を叙述するとすれば、
    「善とは善が何かを『冷酷に』追い求める態度のことである」になろうか。
    自己犠牲が史上価値とされるこの社会における、
    賢治の真理への情熱。
    それに習い、考えなくてはならない、
    簡略化した世界で淡々と生きていてはならない。
    「正常な」分別には、実践と熟慮と揺らぎを必要とする。
    然るに我はそれを必要とする。

    以下引用。

    『わたしたちはいつのまにかこの凸レンズの中に入って、内側から光る砂粒たちをみている微細なものの目を獲得している。けれどもこのときにまたわたしたち自身をつつむ広大な銀河系宇宙の全体を、その外側からみている巨大なものの目をも同時に「獲得している』

    『幻想―現実 存在否定―存在肯定』

    『主体の存在の危うさに向けられた敏感さ』

    『みられている自我の感覚』

    『私たちにとって修羅の世界に堕ちるというのは客観的な堕落でなく、じつはひとつの認識である。透徹された明晰さである』

    『人はほんとうのいいことが何かを考えないではいられないと思います』

    『けれどもほんたうのさいわいは一体何だろうーぼくわからない』

    『わたしたちが【いいこと】のために自分を犠牲にするというとき、なにがほんとうの【いいこと】なのか、それをどのようにしてわたしたちは知ることが出来るのか』

    『自己犠牲のモラルはそれだけをとりだしてみれば、たとえば侵略の先兵として散華することも、抑圧的な支配のもとで身を粉にして働くことをも美化する道徳として利用される』

    『なにごとの不思議でもないできごとのひとつひとつを不思議なものとして感受し続ける力』

    『感じることが あまりに新鮮すぎるときに それを概念化することは きちがひにならないための 生物体の自衛作用だけれども いつまでも守っていてはいけない』

    『ヨクミキキシワカリとは、小さいもの、醜いもの、いやしめられているものに向かう察知の能力』

    『この生の年月のうちになしうることは、力尽くさずして退くことを拒みぬくこと、力及ばずして倒れるところまで至り抜くこと』

  • 学校で進路レポートを書くために読んだ。
    賢治の生涯というものの全体が、こんなにすっきり分かった気になった本は初めてだった。あとはもっともっと彼の作品に触れて、この本に書いてあることを消化したい。文字通り地に足のついた哲学者である賢治が素敵だなと思う。・・・宮沢賢治の見え方も、現実の見え方も、自分というものの見え方もかわる。/この人の『気流の鳴る音』も気になる。

  • 見田宗介は宮沢賢治の作品に現れる自己犠牲としての死を「存在のカタルシス」と呼ぶ。それは大変印象的でよいフレーズのようだけど、一方で見田の論理構成は宮沢賢治の焼身幻想を「存在のカタルシス(浄化/再生に至る比喩としての死)」と「自己犠牲」のふたつに分けて自己犠牲や実際の死から距離をとろうとしているように見え、それはどうなの?と思ってしまった。見田は賢治の危うい部分を都合よく切り取ろうとしているように見える。なんというか、見田の解釈はあまりにも健康なのである。賢治のなかの焼身幻想や自己犠牲や法華経への熱烈な傾倒その他をいささか「健康」に解釈しようしすぎている気がする。

  • 宮沢賢治の作品を通して「自我」とは何かを論考する。
    著者は「ふつうの高校生に読んでほしい」と思って書いたのだそうだ。
    「自分とは何者か」を考えるのは近現代における人間最大のテーマだからね。だけど「ふつうの高校生」って誰だよって思っちゃう。難しいというか、こういう文章への習熟は必要だよね。
    人が何を見てどう生きたのかのすべてをテキストにすることなんてできるはずもない。表現されたものの背景を読者により感じさせる力が賢治の作品にはある。だから宮沢賢治に魅かれるんだ。

  • 美しい文章に魅了される幸せな読書体験でした。

    自己を保存したいという願望と、自己を散開して他のあらゆる生き物とつながりたいという願望の相克。バタイユが追求した思想との類似性を感じました。

  • 純粋なる自己犠牲の結果に早逝した偉人イメージがあった宮澤賢治ですが、死ぬことでしか解消されない問題を、極めて楽観的に選び続けた人生であったと思いました。「生殖と生計の営為にその身を汚さぬということによって、〈子供でありつづけること〉を、賢治はひとつの思想として選んだのである。」(P225)これってピーターパンじゃない!そうか、イーハトーブはネバーランドだったんだ!ってことは賢治は100年前のマイケル?社会の問題、家族の問題、自我の問題、賢治の「少年小説」が今だに普遍性を持っているのは大人と小人の葛藤があるからか…奇しくも賢治の文学のシンボルであるりんごはマイケルが一度は手にし、そして失うアップルというブランドでもあります。世界で一番、成功した中二病は宮澤賢治とマイケル・ジャクソン、とか言ったら誰かに叱られるんだろうな…しかし、本書がそもそもふつうの高校生に読んでほしいと思って書かれた、という点からも「自我」ってテーマ、気になって気になってしょうがありません。筆者の「自我の起源」読みたいリストに入れました。

  • [ 内容 ]
    幻想と現実、存在の肯定と否定,宮沢賢治の「世界」は外へ内へと転回しつづける。
    我々を永遠に魅了する数々の作品表現の深層に、その意識・身体・自我を探索し、近代を駆けぬけた人間賢治の軌跡を現代の思想として構築する。

    [ 目次 ]


    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 幼いころその幻想的な物語を好きになることはできなかった。
    如何せん児童が読むには暗い内容が多い。
    よだかは燃え尽き、猫はいじめられ、
    友人は水死し、セロ弾きは意地悪で、化け猫は人を喰おうとする。
    しかし本書を読んでその印象が大きく変わった。

    死は終わりではなく、輪廻によるひとつの通過点であるならば
    物語は死によって閉ざされるのではなく、死によって新たに始まっている。
    また、もう少し読めば
    苦は痛みだけではない何者かであると分かるかもしれない。
    生と死の継ぎ目が薄くなったか消えたかのように感じるように。

    これから読み直す物語は、前向きな物語が増えそうだ。

  • 素晴らしいので図書館で借りた後、結局買ってしまった。
    宮沢賢治はただの幻想作家じゃなく、徹底的な思想とその実践にあるんですね。
    入門書としても、非常に良い。

    ポイント1,雨ニモマケズの「デクノボー」は不気味なマゾヒズムではない。
    ポイント2,転生を信じていた
    ポイント3、転生を信じていたが、迷いもある「オキナグサ」
    ポイント4,詩「青森挽歌」は名作である、と
    ポイント5,「わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の 一つの青い照明です」ってことを大正時代に考えるってすごすぎるだろう、と。

    生き様も思想も結構壮絶で、そこに観察力と想像力が加わってあんな幻想世界が書けるんでしょうね。本当の天才なんだなあ、と感じます

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著者プロフィール

1937年、東京生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科教授、共立女子大学家政学部教授を歴任。東京大学名誉教授。専門は、社会学。
主な著書に、『近代日本の心情の歴史』(講談社(ミリオンブックス)、1967年。のち、講談社学術文庫、1978年)、『現代日本の心情と論理』(筑摩書房、1971年)、『宮沢賢治』(岩波書店(20世紀思想家文庫)、1984年。のち、岩波現代文庫、2001年)、『現代社会の理論』(岩波新書、1996年。改訂、2018年)、『現代社会はどこに向かうか』(岩波新書、2018年)ほか。
真木悠介名義の著作に、『気流の鳴る音』(筑摩書房、1977年。のち、ちくま学芸文庫、2003年)、『時間の比較社会学』(岩波書店、1981年。のち、岩波現代文庫、2003年)、『自我の起原』(岩波書店、1993年。のち、岩波現代文庫、2008年)ほか。
著作集として、『定本 見田宗介著作集』(全10巻、岩波書店、2011-12年)、『定本 真木悠介著作集』(全4巻、岩波書店、2012-13年)がある。

「2019年 『超高層のバベル 見田宗介対話集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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