中央公論社
佐藤忠男 長谷川伸 論
売れっ子作家なのに 売れない記録文学を書き続ける心境に興味を持って 読んでみた。記録文学に取り組む意図は、他人の名誉回復の代弁者となって、人間の普遍的な部分を伝えたいということか?
苦労人と義理人情に関する論考は 人間の普遍的な部分を示しており面白かったが、経済力によって人を階層分けして、下層社会の思想という著者の見方は疑問に思う。経済力の違いを越えた部分が、人間の普遍的部分に思うが。
博徒、股旅、巾着切、一宿一飯など 聞き慣れない言葉が多い。長谷川伸の描く世界は、アウトローな男の世界かと思ったら、情感豊かな女性の世界だった
苦労人 について
*苦労人は 苦しい人生から円満な処世術を身につけている
*苦労人は 怒っても仕方ないことに対しては 怒らない
*苦労人は 悲劇の原因を究明しない
*苦労人は 不幸や不運は仕方ないと感じている
*苦労人は 怒りのエネルギーを意地という形に転化する
義理人情について
*義理と人情はつながった一つの言葉
*自分より弱い者に 負い目を感じながら忠をつくすことが、人間の自然の情であり、モラルの源泉である
*つねに義理(公)が人情(私)に優先するわけではない
*義理人情の世界では、男が公的な世界に生きようとすると、私的な世界では負い目が増大する
*義理人情は 義理を踏みにじった親分に対して、子分は 盃を叩き返せる(忠義との違い)
孝と忠
*孝は日本の庶民が固く信じる美徳であり、忠は孝を拡大解釈して類推したところに成り立つ美徳にすぎない
*忠が急激に力を得て、孝がその実質を大幅に失ったのが日本の近代社会の姿
タコ部屋の大工になっている自分たちを社会の最下層に落ちぶれた人間であると自覚していると同時に、世間に馬鹿にされてなるものかという意地も抱いており、その意地が土木としてプロらしく生きるという気持ちに自分自身を追いつめていく
大衆芸能の担い手は 弱者である放浪な芸人たち
*大衆芸能とは〜弱者がある道徳思想を面白い物語に結晶させて広く流布させ〜強者の勝手気ままな行動をコントロールする思想的な戦いの場
*弱者の怨みをあびれば強者といえども安穏としてられないという主題を作り出した
日本捕虜志
*かっての日本の庶民が、いかなる心意気に生きていたか
*日本の下級兵士や民衆が、敵の捕虜に対して同情心をもって接した事例、敵の捕虜となった日本兵が人道的な態度により救われた事例
*戦争をどう判断するかでなく、哀れさに国境はないという思想