私のなかの東京―わが文学散策 (岩波現代文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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本棚登録 : 19
レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006021207

作品紹介・あらすじ

後に都電三号線になった外濠線沿いを手始めに銀座、小石川、本郷、上野、浅草、吉原、芝浦、麻布、神楽坂、早稲田…。明治末年生まれの著者が、記憶の残像と幾多の文学作品を手がかりに、戦前から戦後へと変貌を遂げた街の奥行きを探索する。昭和文学青春期の証言者として、愛情溢れる追想と実感に満ちた東京散歩が綴られる。

感想・レビュー・書評

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  • 西田書店にて購入。私的東京文学散歩といったところか。
    神楽坂の節、紀の善あたりの風景を自分も思い出して、なんとも懐かしい気分に。
    自分が通ったのは、これが書かれた時期から十五年ぐらいあとか。中華料理屋、花や、文具店、喫茶店などなど、あの当時の神楽坂が目に浮かんだ。

  • [ 内容 ]
    後に都電三号線になった外濠線沿いを手始めに銀座、小石川、本郷、上野、浅草、吉原、芝浦、麻布、神楽坂、早稲田…。
    明治末年生まれの著者が、記憶の残像と幾多の文学作品を手がかりに、戦前から戦後へと変貌を遂げた街の奥行きを探索する。
    昭和文学青春期の証言者として、愛情溢れる追想と実感に満ちた東京散歩が綴られる。

    [ 目次 ]
    外濠線にそって
    銀座二十四丁
    小石川、本郷、上野
    浅草、吉原、玉の井
    芝浦、麻布、渋谷
    神楽坂から早稲田まで

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  •  文学から見た東京論の名著。神楽坂で育ち、幼稚舎から慶應に通って、40年間いまの西早稲田に住んでいた筆者の記憶と、1977年当時の東京の情景が重ね焼きされる。野口が『行動』の編集者であり、河出書房『知性』創刊に関わっていたこと、敗戦直後は文芸家協会でさまざまな残務処理にあたっていたことなど、野口個人に関わる情報も収穫だった。

     漱石の作品を読み込んでいたころ、小説に登場する東京の地図を作ったら面白いだろうな、と思っていた。それなりで止めてしまったが、やはり本で読んだ知識は、そこに住み、そこで生きた人間の感覚には及ばないと痛感させられる。圧倒的な記憶力と文学的な教養、徒歩のみが可能にする微視的な感覚と。矢田津世子の『神楽坂』が、当時の神楽坂に通って書いた作品ではないことなど、本書は、《知らずに言うと恥をかくこと》をいくつも教えてくれる。
     不断に変化する都市としての東京は、中心を指し示すことができず、全体像を把握することが困難である。だが、「東京ほど広い都会もないが、東京の人間ほど東京を知らぬ者もすくないのではなかろうか」という筆者は、決して東京の変化を否定していない(地名の無節操な変更には憤っているが)。筆者が取り出す文学作品は、その時々の東京を刻んだ一つのアーカイヴである。そう考えれば、東京が変化していくことによって、文学作品もまた、時々の記録としての価値を受け取り直すことになる。
     1970年代後半の原宿の賑わいにも関心を寄せる筆者にとって、変化する東京を肯定することは、ある意味で、文学を肯定することにもつながるのだ。

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著者プロフィール

野口冨士男(1911.7.4~1993.11.22) 小説家。東京生まれ。慶応大学予科中退後、1933年、文化学院卒業。紀伊國屋書店に入社。「行動」の編集に携わり、徳田秋声の「あらくれ会」にかかわる。40年、最初の著書『風の系譜』を刊行し、船山馨、田宮虎彦らと「青年芸術派」を結成、時流への抵抗を意図する。44年、横須賀海兵隊に応召。45年、ひどい栄養失調で復員。この体験がのちに『海軍日記』となる。65年、15年かけた『徳田秋声伝』刊行。翌年、毎日芸術賞受賞。以後の活躍はめざましい。84年から88年まで日本文藝家協会理事長を務める。主な著書に『わが荷風』(読売文学賞)、『かくてありけり』(読売文学賞)、『なぎの葉考』(川端康成文学賞)、『感触的昭和文壇史』(菊池寛賞)など。

「2016年 『風の系譜』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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