李香蘭と原節子 (岩波現代文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006021948

作品紹介・あらすじ

日本植民地の現地女性を演じ、戦後も国境を越えて活躍した李香蘭。軍人の貞淑な妻を演じて、戦後は民主主義の「象徴」となった原節子。日本映画史上、対照的な役割を演じた二人は一九二〇年の同年生まれである。本書は懐古趣味や神話化とは明確に一線を画して、二人の女優をジェンダーと植民地主義、ファシズムとナショナリズムという視点で論じる。二人の女優の神話が醸成されていく過程を比較し分析した本書は、映画史の新たな挑戦である。

感想・レビュー・書評

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  • 日本植民地の現地女性を演じ、戦後も国境を越えて活躍した李香蘭。軍人の貞淑な妻を演じて、戦後は民主主義の「象徴」となった原節子。日本映画史上、対照的な役割を演じた二人は一九二〇年の同年生まれである。本書は懐古趣味や神話化とは明確に一線を画して、二人の女優をジェンダーと植民地主義、ファシズムとナショナリズムという視点で論じる。二人の女優の神話が醸成されていく過程を比較し分析した本書は、映画史の新たな挑戦である。

    ここまで掘り下げると読みごたえがある。

  • 李香蘭と原節子……女優としての演技云々以上に、その存在ごと伝説化している2人。生年が同じだったり活動した時期が重なっていたり、また多少の親交もあったようだが、この2人の比較論が成り立つのだろうかと、ただ単に2人の数奇な人生について何か知らない情報を求める程度に読み始めた。すると、著者の構成や論の運びの巧さによるものだろうが、かなり面白い比較論になっていた。
    前半はわりと中立に比較を進めているような感じだが、後半は李香蘭(山口淑子)に軍配が挙がる。原節子は引退後は隠遁生活をして伝説化しているのに対し、山口淑子は八面六臂の多面的な活躍をしていたのだから当然ともいえるが、二人の人生へのスタンスの違いがしっかり現れている。
    李香蘭という存在を初めて知った二十数年前、その人が存命で、しかも国会議員という表舞台で活躍しているということにびっくりしたような記憶がある。それでなくても、常に表舞台にいた人で、それがために目立ちがり屋なのかと思っていた。でも、本書を読んで改めて1945年以降の彼女の人生が、反戦をはじめとした確固たる信念によっていることを知った。
    ちょうど本書を読む直前に山口淑子が亡くなったので、これからどんどん伝説になっていくだろうな。

  •  ともに1920年生まれの山口淑子(李香蘭)と原節子の「神話」をジェンダーや植民地主義への批評的見地から解体する試み。

  • とても面白かった。二人の女優の対照に戦後日本の戦争観の象徴を見出す箇所など。戦中の作品に文化工作を見出すだけでなく、その作品を読み解くことが、女優に注目することで明快になっている気がした。日本映画に全く詳しくなくても面白く読める。

  • 今更ながら、山口淑子という存在に驚く。
    著者のオリエンタリズムの発見は著書の最終結論かも。
    時代とは言え、その時代をサーフィンするかのように生きてきた二人に、あらためて感動を覚えた。

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著者プロフィール

1953年、大阪生まれ。映画と比較文学の研究者、詩人、批評家、エッセイスト。東京大学文学部宗教学科を卒業。同人文系大学院比較文学比較文化科博士課程を中退。長らく明治学院大学教授として映画史の教鞭を執る。主な著書に『貴種と転生・中上健次』(新潮社、1996)、『摩滅の賦』(筑摩書房、2003)、『ハイスクール1968』(新潮社、2004)、『先生とわたし』(同、2007)、『歳月の鉛』(工作舎、2009)、『書物の灰燼に抗して』(同、2011)、『署名はカリガリ』(新潮社、2016)、詩集に『人生の乞食』(書肆山田、2007)、『わが煉獄』(港の人、2014)、翻訳に『パゾリーニ詩集』(みすず書房、2011)がある。

「2018年 『親鸞への接近』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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