ダーヴィン家の人々 ケンブリッジの思い出 (岩波現代文庫 文芸 208)
- 岩波書店 (2012年9月14日発売)
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感想 : 10件
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Amazon.co.jp ・本 (410ページ) / ISBN・EAN: 9784006022082
みんなの感想まとめ
子ども時代の回想を通じて、ヴィクトリア朝からエドワード朝にかけてのイギリス上流階級の生活がユーモラスに描かれています。特に、著者の個性的な視点から語られる家族や友人たちのエピソードは、思わず笑ってしま...
感想・レビュー・書評
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多和田葉子さんの『エクソフォニー』を読み終わって、巻末の新刊案内をめくっていたら目に入った1冊。メイン・サブタイトルともに目を走らせて即決。
原題は“Period Piece: A Cambridge Childhood”。『種の起源』で名をはせたチャールズ・ダーウィンの孫娘にあたる筆者が、成人するまで暮らした地の思い出を回想して記した手記。原題を素直に読んで、「私、ケンブリッジというところに住んでいました」ということなら普通っぽいんだけれども、それは地名ではなく学校名でもあるわけで、つまり、「ケンブリッジ大学の中に住んでいましたよ」ということなのだから、それだけで驚く!しかも、そこで暮らす子どもというのは、学生を除けば、教員のなかでも妻子を持つ資格のある者(当時)の家族のみなので、ものすごく特異な存在。その存在のひとりで、筆者でもあるグウェン嬢が明晰な観察眼を持ち、すべてをつぶさに書き連ねているのだから、面白くないはずがない。冒頭の、アメリカ人のご母堂が、結婚前に旅行ではるばるイギリスにやってくる場面から、その明晰さがスパーク!彼女を取り巻く若い紳士淑女や、彼女を素敵な殿方とマッチングさせようとする叔母さまのやりとりが、そのまんまジェーン・オースティン作品で驚いた。なにしろグウェン嬢自身が、『エマ』に登場するナイトリー家の人々に、「親類のように感じてしまう」とシンパシーを寄せまくっているのだから、『エマ』はもう、私の中ではノンフィクション認定!
淑女がどういうものを身につけ、どうふるまうかや、家族や遊びの面白さ、社交の楽しさとめんどくささ、自分たちと階級の違う人たちとの様子など、グウェン嬢の好奇心と観察眼がもう全方位で発揮されており、あらゆるものに対して鮮明につづられていることに驚く。森茉莉っぽいかもしれない。しかも、これは彼女晩年の著作なので、娘目線・母親目線・祖母目線と、あらゆる立場からユーモアにあふれて自由自在。特殊な地域に暮らし、恵まれた立場にいながら、「淑女=何もしない」という立場を嫌った女性というのは、ずいぶんと変わりものだったかもしれないけれど、「自分のことは自分で」という、アメリカン・スピリッツあふれるご母堂の影響がはしばしに見られ、快活な筆さばきも楽しく読み終えた。
登場する人脈も華麗で、ヴィクトリア朝知識階級オールスター総出演(ただしちょこっとずつ)の雰囲気も漂う、地味ながらものすごく面白い本だった。ヴィクトリア朝の貴婦人の生活と風俗について知りたいなら、解説本を読むのもいいけれど、たぶんこれ1冊で通用すると思う。翻訳も、ちょっと改訳してもいい語があるように思うけど、付属資料も多く、解説も素晴らしいし、許容範囲かと。あ、チャールズお祖父さまについて知りたいなら…うーん、そこはちょっと別の本を読んだほうがいいかも。でも、登場する殿方に関していえば、なんだかウッドハウスっぽくて笑ってしまう箇所がいくつもあったから、いまでは、あれも実はノンフィクションなのかもしれないと思っている。 -
とても面白かったです。60台になってから書いた子供や娘時代の回想。ヴィクトリア朝末期からエドワード朝のケンブリッジフェローの家庭を子どもの目から見ているのだがなかなか一筋縄ではいかない御嬢さんだったらしくとってもユーモラス。
ジリアン・エイブリーの児童書「オックスフォード物語 マリアの夏の日」のマリアよりも活発で3メートルの高さの煉瓦塀の上を走り回った(!!)とか、そのくせダンス教室が大っ嫌いで「先生が死にますように」とお祈りしちゃったりとか思わず吹き出す。ウッドハウスほどではないけれどたくさんいるおじさんおばさんがみな変わっていてほんとにおもしろいです。
鋭い風刺と画家である作者の手によるペン画も傑作。
訳注がちょっとうるさい感じがするけれど(そしてティンブクトゥーはスーダンじゃなくマリだと思う)訳者のぜひこの世界をわかってもらいたいという意気は感じたのでした。 -
ダーウィン家の穏やかな雰囲気
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チャールズ・ダーウィンの孫にあたる女性(1885-1959)が、主に子ども時代を振り返った随筆。
ヴィクトリア朝時代のイギリスの上流階級の生活が描かれている。また場所がケンブリッジということで、単なる知人や友人として高名な学者がちょくちょく登場する。
大学ではある地位に達していない者には結婚の資格が無かった、男女のデートには付き添いが必須だった(p120)、女性のおおげさな厚着(p355)、慎みやはしたなさという概念に関する考え方等、当時の生活習慣や常識は、現代から見ると冗談のようだ。
ダーウィン家は、科学者や芸術家を大勢輩出している。親戚一人ひとりの人柄を、愛情こめてユーモラスに描いている。当時としてもけっこうな変人一家ではあっただろう。
著者もまたかなり個性的な人物で、当時の習慣の中では息苦しさを感じつつ育ってきた節もある。そこから語られる教育論が、つきぬけていて良い。
「どんなにいっしょうけんめいにやっても-あるいはやらなくても-、何をやっても-あるいはやらなくても-、良かれ悪しかれ、お金があってもなくても、いつでも、どこでも-親というものは、いつも間違っている。/だから、くよくよしてもしかたがない。うるさい子どもたちが大きくなれば、きっと親がどこで間違えたかはっきりいうようになるだろう。しかし、心配することはない。彼らも子を持つ親になれば、まったく同じように間違いをするだろう。だから、気楽に考えること、そして何よりも、善意を振りまわさないように気をつけることだ。(p56)」 -
ビクトリア朝からそのちょっと後まで、学者のうちのお嬢さんの暮らしのはなし。なかなか絵が楽しい。
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『種の起源』を書いたC・ダーウィンを知らない人はまずいないだろう。超のつく名門家で、お嬢として生まれた著者は孫に当たる。たいへん自由奔放な方とお見受けする。解説にもあるが古き良き時代の英国ケンブリッジ(この町はカレッジの集合体だ!!)に思いを馳せられる本だ。
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ダーウィンのお孫さんにあたる女性による子ども時代の回想記。
科学者をはじめ当時の著名人の多くは、特権階級に属する人々だったのだなぁということがわかる。まだ、科学者などは職業ではなかったということなのでしょう。
そんな時代に生まれた著者は、どうやら「淑女」になることを拒否するという反骨精神を持ち合わせた面白い女性だったらしく、ダーウィン家と自分にまつわることを回想する中で、当時の社会状況を教えてくれる。 -
チャールズ・ダーウィンの孫娘の語る19世紀末から20世紀初頭にかけての、比較的自由なイギリス家庭の日々がユーモアと愛情を込めて描かれている。この有名な科学者(ほとんど登場しない)を知らなくてもじゅうぶん楽しい。
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イギリスに旅行にいくため、イギリスにまつわる本を読もうと思って図書館をふらついていたら新着図書コーナーにあったこの本を見つけました。
生物学がすきなので、これはいいと思い、あんまり期待はしてなかったけど読みはじめました。
みずみずしい情景描写と、筆者独特の視点でかかれる物語にひきこまれ、楽しく読むことができました。
ヴィクトリア期の、今とは異なった生活習慣を鮮やかにかき、それでいてくすりとわらえるユーモアのある作品。
ゆっくり読みたい一冊です。 -
19世紀後半のケンブリッジでの生活、特に中・上流社会の考えた、教育方針などが垣間見える。
おもしろい・・・・と感じるのは多分、女性でしょう。
男性にはこの手の作文はなかなかのめりこまない。
それでも、チャールズ・ダーウィンの葬儀のとき長男が寒いはげた頭に、葬儀中ずっと手袋を載せていた・・・なんていうエピソードは、この本を読まなければわからなかっただろう。
山内玲子の作品

ちょっと調べてみたら、「スーダン(the Sudan)」で、あのあたりの緯度の東...
ちょっと調べてみたら、「スーダン(the Sudan)」で、あのあたりの緯度の東西アフリカをざっと横断したエリアを指す場合があるのですが、ここでは正式な国名を出しちゃってるので、そっちの解釈は苦しいですし。