エクソフォニー――母語の外へ出る旅 (岩波現代文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006022112

作品紹介・あらすじ

エクソフォニーとは、母語の外に出た状態一般をさす言葉である。長年にわたってドイツ語と日本語で創作活動を続けてきた著者にとって、言語の越境とはまさに文学の本質的主題に他ならない。越境で何が見えてくるか。それは自らの文学をどう規定してきたのか。自己の立脚点を試掘するかのような鋭敏なエッセーが、言葉の煌めきを映し、文学のありようを再定義する。

感想・レビュー・書評

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  • 日本ではまだバイリンガルと言うと特異な存在のように受け止められるけど、実は世界人口の半分はバイリンガル。思ったよりも当たり前になっている「一人が複数の声を持つ」世界の現実を、言葉と真剣に向き合うバイリンガル作家の目を通して浮かび上がらせる。言語と言語が出会うときに起きる詩的発見に対する感動が、きらっと輝く文章にいきいきと描き出されていて楽しい。この本を紹介してくれた『世界は文学でできている』にありがとう!

    引用と感想:
    「文化の多様性を背負っているのは言語なのだ(47p)」

    言われてみればそりゃそうだ。文化と言語は表裏一体なのに、なぜか私は今まで自分の中の多文化性について考えたことはあったけど、多言語性をほとんど無視してきた。もしかしたら、「バイリンガル」という言葉に託された過度の期待が怖くて、また「自分の言語力はどっちつかずで中途半端」というコンプレックスがあって、「バイリンガル」という言葉を自分から極力遠ざけようとしていたのかもしれない。

    「わたしは境界を越えたいのではなくて、境界の住人になりたいのだ(39p)」

    これを読んだ時、つい呻き声が出て、そのあとため息が出て、そして顔が綻んだ。多言語性を無視するのでなくて、むしろ思い切り肯定して、言葉と言葉の衝突を楽しめばいいんだと、目から鱗。

  • 内容は皆様のレビューの通り…
    著者の戸惑い、好き嫌い、イラつきもはっきりと書いてあって楽しい。
    (この文を書く間に「イライラ」の語源を調べずにはいられなくなる)

  • フランス語がわからない著者がその環境に10日間ほどいたときの、夢の話が興味深かった。"ちょっと空気が震えただけで、泣いたり、喚き散らしたり、人を殺したくなる"という一文の凄み。ぐっとくるを通り越してなんかもう、ウッとなった(もちろんいい意味です)ここからもいい意味で、わりと怒りを感じるところに人間味を感じた。

    そのほかにもいいなあとじわじわ感じるところが多々あり、ほかの方も感想に書いてらしたけれど、多和田さんの言葉に対するこだわりや真摯さを感じられる。言葉えらびがすてきで、くり返し読みたくなる文体でした。読んでよかったです。

  • 多和田葉子が世界の様々な都市に滞在した時の体験をもとに綴った「ことば」をめぐるエッセイ.ソローキンと山田詠美のやりとりが微笑ましい.

  • 「越境」「マイノリティ」「翻訳」と多岐にわたるテーマに、多和田さん自身の背景から切り込んでいる。読んでいてつくづく、「言葉」を大切にするべきだと再確認されられる。それは意味を伝える入れ物や記号としてでなく、生きた我々の身体とも関わる、そしてそれ自体ある種「身体的な」何かとして捉えられるべきだと思うという意味で。

  • ネットで知り合った、本好きのかたに教えていただいた本。あまり聞かない、「エクソフォニー」というタイトルの響きも気になって、手に取りました。

    「エクソフォニー(英:exophony)」というのは、「外」を表すexo-と「音、声」を表す-phonyが組み合わさった言葉。「母語以外の言語で文芸作品を創作する」という意味の批評用語として、わりあい定着しているものらしい。都甲幸治さん『21世紀の世界文学30冊を読む』に取り上げられたアメリカの作家の多くのように、家族内で使うのは彼らのルーツの言葉だけど、小説を執筆するのは母語じゃなくて英語であったりという状態を指す。彼らはアメリカ文学の作家というよりも、もっと大きく「エクソフォニー」でくくられることになる。

    たまーに外国語を触ることもあったりするけれど、それを「母語の外に出る」と考えたことはまるでなかったから、「エクソフォニー」あるいは同義の「エクソフォン」という状態について、すごく面白く読んだ。それに、自分の母語じゃない言語でものを書くということについてもあらためて考えた。自分のやっていることを考えてみると、それはあくまでも、「母語じゃないものをちょっとのぞいて、手持ちの少ない材料をちょちょちょっと集めて、『らしきもの』をこしらえて、すばやく母語に帰っていく」という感じ。大きく外へ踏み出したという感覚ではなく、その言語のお約束に外れないようにして成果品を作り上げているような気がする。でも、多和田さんのおっしゃるエクソフォンはもっとのびやかで自由。たとえば、セネガルの書き言葉は完璧なフランス語だが、話し言葉としては現地語が別にあるから、フランス語にその感性を加えてもいいではないかという。書くために使う言語の文法や文化的決まりに厳格ではなく、自分の中にある「なまり」をその言葉に反映させてもいいではないか、むしろそうでないと文学ではない、ともいう。自分が文学に携わる人間ではなく、それをただ読みつぶすだけの人間だから、そう考えたことはなかった。語学関係者の中にはそういう視点に怒る人がいるかもしれないが、なくてはならない視点だとも思う。

    多和田さんの体験したワークショップでのエクソフォンな状況だけでなく、訪問した国それぞれのエクソフォニー事情も面白かった。エクソフォンな状況が生まれる素地は現在、どこにでもあるにもかかわらず、エクソフォンに寛大な国と、そうでない国があるよう。概して、母語だけでどっぷり生活できてしまう国では、エクソフォンについての理解は乏しく、評価の方法も「(自分たちの話す)○○語がお上手ですね」と、優劣の問題のみで片づけられてしまうという。歴史的な問題もあるから、解決がどうこうというわけではないけれど、もう少し寛大に考える余地もあっていいように思った…といっても、人にえらそうに言えない部分も多々あるんだけど。

    外国語に対して、型にはまってコチコチになっていた自分のアタマを、ごりごりごりっともみほぐしてくれるような、心地よい軽やかさで読み終わった。それには、多和田さんが言葉について、そのイメージを語るときの描写の素敵さもあるんだろう。ドイツ語の単語の中に見つけた面白さが、キラキラ細かい光を放ちながら流れるようで、なんだかまぶしかった。そんな楽しさが隠れているなら、よーしっ、挫折したドイツ語、もうちょっとやってみよっか(←影響されやすい)!

    • niwatokoさん
      おもしろそうですね。エクソフォン、ってはじめてききました。というか、なんか考えたこともなかった。わたしは英語を読むことだけで、しゃべったり書...
      おもしろそうですね。エクソフォン、ってはじめてききました。というか、なんか考えたこともなかった。わたしは英語を読むことだけで、しゃべったり書いたりはしないし、ほかの外国語はまったくわからないんですが。
      考えてみたら、母語じゃない言葉で創作された作品ってのもけっこうあって読んでいますよね。外国の方が日本語で書いてるものとかもあるし。
      多和田さんの小説も読んだことないんですが、興味がわきました。
      2012/11/10
    • Pipo@ひねもす縁側さん
      岩波文庫ということもあって、ちょっと硬派ですが、面白かったですよ。

      私も英語をちょっとさわれるだけで、あといくつかは初級の文法書をのぞいた...
      岩波文庫ということもあって、ちょっと硬派ですが、面白かったですよ。

      私も英語をちょっとさわれるだけで、あといくつかは初級の文法書をのぞいただけなので、単語の意味がちょこっとわかるだけですが、「エクソフォン」なんて考えたことありませんでした。この本の内容は語学学習の延長とかではなく、そことはかなり違った観点で、私なんかたどり着けないレベルの話題でしたけど、すごく新鮮でした。

      アゴタ・クリストフみたいな人の作品を読んで、「移民した国の言葉で書かなければならないのはしかたないんじゃない?」とか単純に考えてましたけど、書く言葉を選ぶって、そこにすごく深い意味があるのも、この本で知りました。

      私も多和田さんの本が何冊か脳内積読なので、ぜひ読まなければ!
      2012/11/10
  • 閔さんの喋り方が好きだった。姜さんの相槌が好きだった。2人の発音が好きだった。カフェでおじさんにうるさいと怒られた時、「図書館じゃないのにね」と言った閔さんの表現が好きだった。
    今の私の話し方はこの2人の影響をもろに受けていると思う。「〜ですねぇ〜」のねを強く言うとか、「あー」という相槌とか、カ行とかも?
    母語が韓国語で、日本で働くために日本語を覚えた2人の日本語。それに影響されて母語の話し方が変わる日本語を話す私。エクソフォニーという状態ではないが、自分の言葉に外国人の言葉を取り入れていく、こんな楽しい経験はない。
    韓国ドラマを見過ぎて、「イエー」という返事(恐らく丁寧なはい)を使うようになった。韓ドラを一気見している時は、耳だけはエクソフォニー!それで心地のいい言葉を捕まえて、これは外国語として使う。これも楽しい経験だ。
    潜在的に自分の話している言葉を変えたいと思ってる。イタリアで英語を話すよりも成田で税関と話す方が、自意識過剰になって嫌な気分になった時も、自分のアイデンティティはもしかしたら日本語では表せないのかもしれない!だから、韓国語が母語の人の日本語にときめいたり、外国語の表現を使いたくなる。
    そういう意味でも、母語の外に出る旅はすごく魅力的に感じて、読んでて楽しかった。
    あと、言葉遊びの芸術性を説いてくださってたのは、救われた。

  • 「母国語の外へ」という意味を持つこのタイトル。だが、本当に「母国語の外へ」出られるのだろうか。あるいは「異国語の内へ」留まり続けることや、「母国語と異国語の間で」迷い続けることはできないのか。多和田葉子の筆致は難しいところはなく、スマートで伸びやかに、少しも堅苦しさを感じさせず著者のアクティブなフットワーク/足取りを通じてそうした思考実験にこちらを誘う。私は英語(お粗末な次元だが)と日本語が精一杯なのだけれど、そんな私でも母国語と異国語に多和田のように常に違和を感じ、考え続けることが思考を鍛えるのかと思う

  • 日本語とドイツ語で創作する作家の母語をはなれることと、そこから何かを生み出すことに関するエッセイ集。

    エクソフォニーとは、母語を離れた状態を表す言葉のようだが、フォニーというところに、音楽的なニュアンスがあって、シンフォニーとか、ポリフォニーといった調和感ではないのだけど、一種の緊張感と解放性のある言葉なのかな〜。

    私たちの概念やストーリーがまさに言葉でできていることを日常的なレベル、そして文学作品を作る現場から、すらっと教えてくれる。

    そして、言語の音とか、綴りなどがもつ、呪術性というか、身体性も改めて、伝えてくる。自分の知らない意味の分からない外国語から、何らかの作品を作ってみるワークショップの様子とか、ほんと面白い。

    水村美苗さんの「日本語が滅びるとき」を思い出させてくれて、自分は、こういう話しが好きなんだなとつくづく思った感じ。

    あと、なんかそれだけでないなんか共感できるフィーリングもあるのだけど、もしかするとほぼ同年代だからかな〜。著者は、82年にドイツに移住しているので、そこまで同じ時代の感性を共有しているというわけでもないのだろうけど、なんともいえない同時代感を持った。

  • 世界各地の地名をタイトルに、その土地にちなんだエッセイをまとめた第一部と、ドイツ語という言語にフォーカスしたエッセイをまとめた第二部からなりますが、個人的には多和田さんご自身の着眼点の面白さがより詰まった第二部が面白かったです。

    冒頭からずっと読んでいて、色々な単語に対する好き嫌いの記述が本書中に何度も出てくるので「やっぱり言葉に対する感性が鋭いんだな」ぐらいに思っていましたが、第二部の以下の部分を読んではっとさせられました。
    ちょっと長いですが、多和田さんの文章に対する哲学が垣間見えるとても印象的な一節なので引用させていただきます。

    『(前略)ところで、わたしは単語の好き嫌いばかり言っているようだが、好き嫌いをするのは言葉を習う上で大切なことだと思う。嫌いな言葉は使わない方がいい。学校給食ではないのだから、「好き嫌いしないで全部食べましょう」をモットーにしていては言語感覚が鈍ってしまう。一つの単語が嫌いな場合は、自分でもすぐには説明できなくても必ず何らかの理由があり、その理由は、個人の記憶や美学と結びついている。だから、思い切りわがままな好き嫌いをしながら、なぜ嫌いなのかを人に言葉で伝える努力をしたい。』

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著者プロフィール

1960年東京都生まれ。小説家、詩人、戯曲家。1982年よりドイツ在住。日本語とドイツ語で作品を発表。91年『かかとを失くして』で「群像新人文学賞」、93年『犬婿入り』で「芥川賞」を受賞する。ドイツでゲーテ・メダルや、日本人初となるクライスト賞を受賞する。主な著書に、『容疑者の夜行列車』『雪の練習生』『献灯使』『地球にちりばめられて』『星に仄めかされて』等がある。

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