大人にはわからない日本文学史 (岩波現代文庫)

著者 : 高橋源一郎
  • 岩波書店 (2013年6月15日発売)
3.88
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006022235

作品紹介

一葉、啄木、漱石などの「過去」の日本近代文学の古典作品を、「現在」の小説の中に呼び出し、「現在」の小説には、「過去」の古典作品と交流させる。現代の文芸批評を先導する著者が、文学史の陳列棚に並べられた古典作品と現代の最前線の小説を自在に対話させる。小説を読む本当のたのしさを味わうための格好の一冊。

大人にはわからない日本文学史 (岩波現代文庫)の感想・レビュー・書評

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  • はぁ、なんてセクシーな文学史。読みながら何度もため息をつく。感動でうっとりして。

    2010年代の今、百年以上も前の1895年(明治28年)に書かれた文学を読み直す意味を、百年前と現在の文学の何が同じで何が違うのかを、例えば、樋口一葉と綿矢りさで読み解く。例えば、石川啄木と赤木智弘で読み直す。例えば「自然」「写生」主義が覆い隠していた「ありのままを見たとおりに書く」政治性を抉る。どこかで借りてきたようなポストモダンの言説ではなく、(1)文学者作家として紡いだ内側の視点と(2)文芸評論家として編んだ外側の視点と(3)先生として学生と一緒に考える捉われない視点とで描く。例えば、「語るべき私」の誕生と消失を見つめて「リアル」の二つの意味、「現実」と「本当」が重ならなくなってしまう地点を発見してしまう。

    贅沢で豊かな読書体験をありがとうございました。

  • 実際に大学等で行われた講義をまとめたものということで、語り口が非常にわかりやすいです。樋口一葉にしても、綿谷りさにしても、高橋源一郎の分析を通すと、なにげなく読んでいた作品を、違う視点で読み直してみようかなと思わされますし。反面、作家でも批評家でもない一般人が、そこまで「文学」(というよりむしろ「読書」かな)について難しく考えて読むことはないよなあという風にも、この手の本を読むと感じてしまったりもします(苦笑)。結局、本(小説)なんて、読み終わったあと面白かったか面白くなかったかがすべて、という人が大半でしょうし。

    明治時代の小説でも「古さ」を感じなかったり、むしろ最近の作品に古臭さを感じたり、というのは私も気になっていたのですが、その辺の分析は明快でスッキリしました。「小説のOS」という考え方も面白かった。田山花袋の「蒲団」と、ケータイ小説の「恋空」が、違うOSの同じソフトで書かれてる、ってなんかすごい(笑)。

  • 何も考えずにのほほんと学生時代を過ごした僕は、文学や小説を必要としなかった。働き始めてから、世の中の不条理に日々直面するようになって、ようやく同世代・同年代を生きる文学者の声に耳を傾けるようになった。
     高橋源一郎の文章には、勢いがある。スピードがある。本書も近代文学史150年を、線で見るのではなく円で見ながら、時にためらいの言葉を発しながらも、時代を経ても変わらない動機や感情、時代とともに変わるもの(OS)、ことばについてグイグイと考察を進めていく。

    とりわけ、五日目~六日目の、短歌における時代とともに変遷することば(私の獲得→言葉のモノ化→玩具としての言葉→口語化)を考察することにより、同様のOSの変更のモデルを小説にも導入し、石川啄木と前田司郎を比較するところはとても面白い。綿谷りさと樋口一葉の比較も、同時代の作家を近代文学の黎明期の担い手と対比させることにより、私のような一読者にも、100年前の文学を身近に感じさせてくれるのに加え、前田司郎の「グレート生活アドベンチャー」には、ことばのない世界に身を置く「僕」が「見てはいけないもの」を見るために必要なことばがあり、それが未来の新しい文学的価値である可能性を示すのである。

    最終章の「晩年のスタイル」をひいて示した、人間の営みを「自然の領域」と「歴史」に峻別して考えるということの意味は、科学の意味を考える上でとても重要な考え方だと思う。この章についての考察は、まだ十分消化しきれていないので、後日加筆したいと思っているが、とにかく、今の科学が部分的に、「現在」しかない「歴史」の介在しない共同体の上で、モノを扱っていやしないか、という問いを立てる必要があるのではないか?と思った。科学と文学は水と油のようなものではない。どちらが上か、というものではない。手を取り合うべきなのだ。。

  •  ハードカヴァーで既に読んでいた一冊。
     既に読んでいたことを忘れて購入し、読み始めてすぐに「あ!」と気が付いた……そういうことはたまぁにある(汗)。
     感想はハードカヴァー時と同じなので、コピペで載せておく。

     近代文学に関する考察を、大学や書店で講義したものをまとめたもの。
     大人にはわからない、と書いてあるが決して子供向けではない。
     立派な大人は決して考察しないことを考察している、だから「大人には判らない~」というタイトルになったとのこと。
     とても読みやすく、とてもわかりやすいのだけれど、かなり難しい考察をしているように思う。
     僕自身、理解しながら読んでいるのか、理解不可能なまま読んでいるのか良く判らずに読了。
     それにしても、この人の紹介する小説、推薦する作品ってたまらなく読みたくなってしまう。
     この本に限らず、今までに何冊もこの人の「推し」本を購入しては読んできた。
     まぁ……「なんでこんな本を買ったんだろう」と思うことも何度か(いや、何度も)あったけど、それでも、紹介されたら懲りずに読んでしまうんだろうなぁ。
     もっとも彼自身「殆どの本を褒めちゃいますよ」と告白しているように、彼の守備範囲はたまらなく広い。
     そんな守備範囲の広さがあるからこそ、人に読ませたくなるような紹介が出来るのだろうし、当作品のような難しそうな考察を読みやすく表現できるのだろう。

  • いろいろと面白かった。結果として吹っ切れるというか頭のなかがまとまってきそうな感じもするし。高橋源一郎のような感覚の人がいて持つべき疑問をしっかり持っているというあたりが整理されていて良い感じ。読むことを純粋に楽しむ人には用のない本かもしれないけれどかといって読んでおいて損にはならない本。

  • 解説の「リアルタイムの文学史」(穂村弘)という言葉が本当によく似合う本だ。

  • 村上春樹の読者相談サイトと一緒に読んでるんだけど、これがシンクロニシティな感じなんだよな。村上春樹の小説は音楽的で、音楽的というのが何を意味しているか?というと、根拠が前に鳴っていた音だけであるということ。小説として記されている文字の羅列が小説の構成要素で、それは、始まりをきちんと深く深く考えていけば自然と流れ出るもので、必要とされる技術は観察であるということ。これらは、集団的な無意識につながるようなことであるということ。みたいなことを村上さんが言ってるんだけど、その話と綿矢りさ、樋口一葉の比較をしてOSが違うって論評するあたりがとても近く感じまました。ブーバキキみたいな話だったり、濁音製品名みたいな話だったりもつながるんだけど。

  • 大人にはわからない。

  • 樋口一葉と綿矢りさの100年を隔てた若い女性の文章の比較から、2人の共通点を語る。「インストール」の人間の五感をフル活用し世界の広がりを感じさせるという表現から惹きこまれた。そして綿矢と国木田独歩もまた。著者が啄木をエロ人間として描いている作品が多いことも、この文脈の中で納得。「ROMAZI NIKKI」の引用は驚き!川上未映子の口語文の不思議な魅力も教えられた。耕治人の痴呆になった妻を特別養護老人ホームに入所させる「そうかもしれない!」を絶筆として紹介しているが、妻の言葉に対して「考えてみると、何一つ亭主らしいことはしていなかった」との言葉は、重く印象に残る。

  • もういい加減源ちゃんのこういうのは飽きたんだよ!と思いつつ読んだけど、やっぱり面白いんだなあ。
    しかしイマイチこういう「今が新たな文学の誕生の時!OSの更新!私たちはそれに遭遇している!」的な主張ってあんまり好きじゃない。そんなに今は特別な時代じゃないっすよ。

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