時間 (岩波現代文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006022716

作品紹介・あらすじ

殺、掠、姦-一九三七年、南京を占領した日本軍は暴虐のかぎりを尽した。破壊された家屋、横行する掠奪と凌辱、積み重なる屍体の山。この人倫の崩壊した時間のなかで人は何を考え、何をなすことができるのか。南京事件を中国人知識人の視点から手記のかたちで語り、歴史と人間存在の本質を問うた戦後文学の金字塔。

感想・レビュー・書評

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  •  辺見庸『1937』が〈発見〉した長篇小説をようやく読了。辺見は、作者堀田善衛が「他者」としての中国人へと「目玉を入れ替え」、南京事件を引き受けて書いた作品と評価している。だが、どうもそんな単純なテクストではないようだ。

     まず第一に、視点人物と設定された陳英諦が重慶側のスパイとされたことが気になる。彼は妻子を殺され、従妹を強姦されているが、どこか冷徹な観察者として手記を書きつづけている。〈書くこと〉を可能にさせるための設定だったのかもしれないが、結果的に、加害=被害という「目玉の入れ替え」とは異なる軸線が引かれてしまっている。
     第二に、これと関連するが、1937年12月から1938年初頭にかけての南京市中の描写や事件当時の叙述よりも、陳の内省を中心化した語りが取られたことで、奇妙なことに、陳の位置は、より戦時下の堀田善衛の方に近づいていると感じられる。南京で日本軍や日本の傀儡政権のために働きながら、じつのところ、その崩壊をこそ望んでいる――。書かれれば書かれるほどに陳は、南京事件の被害者・サバイバーというよりは、内面を分裂させて行為していた戦時下の作者の似姿としての印象を強くする。
     さらに、陳の内省の具体的な内容が、1955年の同時代における〈政治と文学〉〈組織と人間〉といったパラダイムに近接していることである。〈南京事件を中国人の視点で書いた物語〉というまとめ方は、このテクストが内包している複数の文脈を、かえって見えなくさせてしまう。結果的にそれは、このテクストにとって不幸な読まれ方しか生まないのではないか?

  • まず思ったのは、昔の日本のインテリの男性がいかにも書きそうな文章だな、ということ。
    物語自体は、南京大虐殺を、知識階級にある中国人が語るという斬新なもので、ちょっとしたどんでん返しもあるし、ぐっとくる場面もあるのだが、いかんせんインテリ語りが長いので、物語が寸断されたように感じてしまうし、内容の衝撃度が薄まって、非常に観念的なものを読まされているように感じる。辺見庸みたいな、昭和のインテリ男には面白いのかもしれないが。
    1955年に刊行されたが、かなり売れたにもかかわらず、マスコミから無視され、話題にもならなかったというようなことが解説に書かれているが、それは「大声で論ずるのはためらわれた」からだけでなく、通読した人が少なかったからではないかなんて邪推をしたくなる。
    衝撃的なテーマを、まだそれを実際に知る人たちが生きている時代に発表することは、勇気があるとも思うし、日本人でありながら、中国人を語り手にしてこれだけ書けたのだから成功と言えるかもしれないが、まあ、もうちょっと読みやすく、物語自体にパワーを割いてくれたら、と、インテリでない私としては思わずにはいられない。
    とはいえ、竹内好とも交流のあった著者なので、主人公が周作人(魯迅の弟)を尊敬していたり、結びの文章が、なんとなく「故郷」の文章に似ていたりするし、そもそもインテリの中国人が政治と戦争に翻弄されるという物語自体が、「阿Q正伝」の裏返しのようにも思える。そういう意味では非常に意欲作だったのだろう。
    こういう分野に興味のある人にしかすすめられない本ではあるけれども。

  • 初読。辺見庸さんの『1★9★3★7』で繰り返し取り上げられていたので、ぜひ読んでみなくてはと手にとった。辺見さんも解説で触れているが、「死んだのは、そしてこれからまだまだ死ぬのは、何万人ではない、一人一人が死んだのだ。」というのが印象的。政治家でもなく学者でもない普通の私は、死者が多いか少ないかといった外交的駆け引きの道具となり果てた論争に振り回されることなく、戦争で人が殺し、殺されることの本質を忘れてはならないと再認識させれらた。

  • 自分の浅学菲才ということもあるのでしょうが、多分・・・時代に無視されたのでしょうね。
    それだけ、1955年にはまだまだ生々しく、関わった人たちも多かったのでしょう。無かったことにしたかったのでしょうね。

  • 辺見庸『1★9★3★7』で知り、読むと決めた矢先の復刊。南京大虐殺をなかったとする歴史の改竄が平然と罷り通ろうとしている今、この復刊の意義は大きい。「到底筆にも口にもできない」ほどの蛮行を書かずにいられなかった堀田の決意を素通り躱してはならない。主人公に被害側である中国知識人を据え、戦争だから仕方がなかったなど勝手な言い分は許されぬことを知らしめる。「自分自身と闘うことのなかからしか、敵との闘いのきびしい必然性は、見出されえない」記憶の恥部を暴き出し自身に問いかけ考え続けること。何をなすことができるのか。

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