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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784006022983
感想・レビュー・書評
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梨木香歩さんは「喪失」をどんな風に描いたのか…とても読んでみたくなりました!
素敵なレビューありがとうございます!梨木香歩さんは「喪失」をどんな風に描いたのか…とても読んでみたくなりました!
素敵なレビューありがとうございます!2025/03/27 -
>祈るくまさん
コメントありがとうございます!
なんかぐっとくるものがあったのですが、うまく表現できず・・・
ぜひぜひ、読んでみて...>祈るくまさん
コメントありがとうございます!
なんかぐっとくるものがあったのですが、うまく表現できず・・・
ぜひぜひ、読んでみてください!2025/03/27
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昔訪れた場所に再訪した時、こんな感じだったろうか?という思いになることはないでしょうか?自分の中でものすごく強い印象を抱いていて楽しみにしていた場合など、あれ?と落差の激しさに戸惑うことがあります。一方で思いがけず、自分の記憶にある景色が人の力で大きく変えられていた場合、つまり大規模な開発が行われて、記憶にある美しい山が赤茶けた肌を晒し、味のあった山道がアスファルトに変わっていたり、そうした場合、再訪したこと自体を後悔することもあるかもしれません。一方で視点を変えればそこに、その地に暮らす人々からすれば、自らの現在の生活を豊かにするために、便利に変えていきたいという思いが当然にあるはずです。その地に暮らす者でない他の土地の人間の中にある想い出を美しく保つためだけに、変わらないことが選択されることなどないのかもしれません。
『山の端から十三夜の月が上がっていた。月はしっとりと深い群青の夜空の、その一角のみを白くおぼろに霞めて、出で来た山の黒々とした稜線から下をひときわ病み濃くしていた』という、冒頭からのあまりにも美しい描写とともに一気にこの世界に連れて行ってくれるように物語は始まります。『私は文学部地理学科に所属する。大学の夏期休暇を利用して、現地調査でこの島を回っていた』というK大学の秋野。『一昨年、許嫁を亡くし、また昨年、相次いで親を亡くしていた』という境遇の中、『研究室の主任教授が亡くなった。研究室を整理しているうち、発表されていない調査報告書を見つけ』その仕事を補完したいという気持ちから興味を抱いたのが『緯度的には南九州とほぼ同等、本土側を見つめたタツノオトシゴのような形状で、南北を貫いて背骨のように山脈が連なる』という『遅島』でした。『古代、修験道のために開かれた島であった。明治初年まで、島には大寺院が存在していた』のが『廃仏毀釈でほとんど跡形もなくなった。その遺構に惹かれるものがあってこの島にやってきた』という秋野。この物語はそんな秋野が島の人々と交流を深め、島の遺構を巡ることで、島の現在と過去を見つめながら進んでいきます。
この作品の舞台となる『遅島』、モデルはあるのでしょうが、あくまで梨木さんが作り出した架空の島です。物語の前半はこの島を旅する一人の青年の書いた紀行文を読むように進みます。そして、植物に関する記載が紀行文でさえありえないと思えるレベルで登場します。『サルトリイバラ、ヤブツバキ、ハマヒサカキ、カナグギノキ、ハイノキ、オニヤブソテツ、ハマカンゾウ』という植物の名前、あなたは知っているものがあるでしょうか。でも梨木さんは例えばヤブツバキについて『丸々とした実をつけている。これが胡桃か何かのように食えるものであったらどれほどいいか』と言った言葉を付け加えます。知らなかった植物がなんだか身近になったような不思議な感覚です。一方で動物の表現も絶妙です。秋野が山の中で遭遇した動物。目と目があった瞬間に秋野が感じたところを『奴らはこちらを馬鹿にしているようなけたたましさがある』とヤギを表現するのに対して、『曰くいい難い神秘的な気配をまとっている。じっと見つめてくる瞳に哀愁が漂っている』とカモシカを表現します。そしてこのカモシカへの見方が伏線として結末の余韻をさらに味わい深いものにしてくれます。
作品は、前半の紀行文のような展開の後、後半4分の一は〈五十年の後〉という章題そのままに『それから戦争を跨いで五十年が経った』後の秋野が描かれていきます。この五十年の間には第二次世界大戦があり、その後の戦後復興を経て各地で観光地開発が盛んに行われます。『遅島』も当然に無縁ではありません。八十歳を超えた秋野が再び島を訪れますが、読んでいて、前半部分と、この章から受ける印象のあまりの大きな落差に衝撃を受けました。まるで帰ってきた浦島太郎のような心持ちと説明すれば、その感覚がなんとなくは分かっていただけるのではないかと思います。その地に暮らすものではない老いた秋野の目に映るもの。変わるもの、変わらないもの、そして変わっていないはずなのに変わったように感じるもの。この章ではそれが極めて印象的に描写されていきます。『セミの鳴き声は五十年前と変わらないのだろうか。何やら勢いが足りないように思うのはこちらの思い込みか』という表現には、何か昔のままにあるものを求め、でもそれであっても自信の持てない秋野の揺らぐ心情が見事に現れていると思いました。
『私の訴えに共感し頷くものは、誰もいない。何もない。風が木々を揺らす音だけが、空しく、その言葉の真の意味において、空しく響いているだけだった』という年老いた秋野。圧倒的な余韻が襲ってくる読後に、作品中では『蜃気楼』のことと説明されていた、この作品のタイトルともなった『海うそ』という言葉が浮かびます。それが本来はかないはずの存在であるが故に、逆に、深く、遠く、そして永遠へと人の心に残り続ける存在なんだと印象深く感じました。
なんて香り高いんだろう、なんて味わい深いんだろう、読後のなんとも言えない余韻に浸りながらそんなことを思った作品でした。-
くるたんさん、コメントありがとうございました。
くるたんさんの感想にある『秋野と一緒に見聞きし歩むような』という感覚、本当にそうですね。過去...くるたんさん、コメントありがとうございました。
くるたんさんの感想にある『秋野と一緒に見聞きし歩むような』という感覚、本当にそうですね。過去に何かとてつもなく大きなものがあった島を歩んでゆく、とても不思議な世界でした。二回読まれたのもわかる気がします。特に後半を読むと照らし合わせたくなりました。エフェンディもとても良かったです。ただ、「家守綺譚」とリンクしたいる部分があるので、先に「家守綺譚」→「エフェンディ」が良いと思いました。
今後ともよろしくお願いします!2020/05/21 -
さてさてさん♪
ありがとうございます♪
家守綺譚もだいぶ前に読みました( ˊᵕˋ* )エフェンディとリンクしてるんですね♡
情報ありがとう...さてさてさん♪
ありがとうございます♪
家守綺譚もだいぶ前に読みました( ˊᵕˋ* )エフェンディとリンクしてるんですね♡
情報ありがとうございます( ˊᵕˋ* )
今後ともよろしくお願いします\(´ω` )/2020/05/21 -
くるたんさん、ありがとうございます。
私も梨木さんの作品もっと読みたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。ありがとうございました...くるたんさん、ありがとうございます。
私も梨木さんの作品もっと読みたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。ありがとうございました。2020/05/22
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少し前に読んだ『ピスタチオ』も良かったけど、こっちも超良かった!!
読書時の私自身の心持ちにもよると思うけれど、読みごたえとしては『海うそ』の方がずっと良かったかも。
昭和初期。
人文地理学者の秋野は、亡くなった同室の主任教授が残した研究を補完する為、南九州の「遅島」を訪れる。
(秋野は一昨年に許嫁を、翌年には相次いで両親も亡くしている)
遅島には、かつて修験道の霊山があった。
そして死者からの言葉を伝える「モノミミ」と呼ばれる者たちも存在していた。
しかし、神道を国体として確固たるものにしたかった当時の政府は、民間宗教の排除に乗り出した。
この島で知り合った山根氏は、まずその標的となったのが、遅島でいえば「モノミミ」だったと説明する。
「ご託宣なぞを述べたりして、人びとを思うままに操るモノミミなど、邪魔で不浄の存在でしかなかった。海外の諸外国に対しても、日本にそういう未開の習俗があると思われたくなかった。」
そんな山根氏宅の文箱から、遅島の僧侶であった山根氏の父が残していた地図を見付ける。
その地図には「海うそ」との見慣れぬ言葉が書かれていた。
山根氏の父は蜃気楼を「海うそ」と呼んでいたという。
民間宗教は姿を消しても、遅島にはまだ古い慣習も残っている。
船で調査に出掛けようとしていた秋野に、ウネさんは言うのだ。
「こまい船やが、船魂(ふなだま)さんはちゃんとおられるし、乗るときはちゃんと頼まんとあかんよ」
「船のどこに?」
「ほれは、誰も知らんのよ。」…「それは知ったらあかんの。けど船のどっかに入れてるねえ」
「それは、お札のようなものですか」
「いいんや、女の子の髪やったり、櫛やったり、歯やったり、いろいろやねえ」
それに、秋野が山で遭遇するカモシカの目に射止められるシーン。
そのカモシカの黒い眼に、秋野はかつての許嫁を重ね見る。
「許嫁は露西亜風の黒い大きな瞳をしていた。あの何もかも見透かすような瞳で、この世を渡っていくのには、やはり無理があったのだろうか。」
さらには、梶井氏宅の台所の流しを見ながら、自身の母親を思い出すシーンもある。
この旅は、遅島の失われた民間宗教や山岳信仰を辿るだけでなく、秋野から失われた人々をも辿る旅であったのだ。
ウネさんの船魂の話や、秋野の思い出との重なりに、次第に私も、この遅島の雰囲気に包まれてゆくのを感じた。
また、梨木さんらしい数々の動植物や風景描写に、南方の島ならではの湿度や潮の香り、濃い緑の木々たちの香りを感じた。
読み進めるうちに私は秋野と共に、この遅島の魅力と不思議に、すっかり取り込まれてしまった。
(作中、遅島の地名が様々登場するが、冒頭に遅島の地図が載っているので心配はない。
これで遅島が梨木さんの架空の島だというから驚きだ。)
最終章が「五十年の後」というのが、本当に感慨深かった。
戦後の日本は、建設ブーム。
ある日、秋野は、遅島に本土から橋が架かったという新聞記事を見付ける。
もう、ウネさんも山根も梶井も他界している。
秋野自身も八十を迎えた。
それでも秋野は、再び遅島へと向かうのだった。
すっかり変わってしまった島の風景。
次々と明らかになる近代化された遅島の「今」に、言葉を失くす思いだった。
「薄ら寒い風が吹いているような心地がした。」
とは秋野の思いだが、ずっと秋野と共に丁寧に歩んできた読者も、同じ思いに駆られるに違いない。
「それはやめるわけにはいかないのだろうか」
「あれは、霊山なんだ。ご神体だった山なんだ」
あぁ、山が削られてゆく。
緑濃かった島の風景も、道幅が広くなり変わってゆく。
地名は変わり、伝承を語り継ぐ者もいなくなってゆく。
そんな中、甦ったハマカンゾウの群生に、心が慰められた気がした。
けれど、まだだ。
あまりにあっさり明かされた、「海うそ」=「蜃気楼」との解答に、梨木香歩さんがコレだけで終わるはずがないと、ずっと思いながら読み進めていた。
そしてその思いは正解だった。
変わりゆく遅島に、失われてゆくものたちに、切なさを感じるだけではないラストが待っていた。
救われるかのような。
始まりさえ感じるような。
「喪失とは、私のなかに降り積もる時間が、増えていくことなのだった。」
読み終えて、胸がいっぱいだ。
★色即是空
目に見えるもの、形づくられたもの(色)は、実体として存在せずに時々刻々と変化しているものであり、不変なる実体は存在しない(空)。仏教の根本的考えは因果性(縁起)であり、その原因(因果)が失われれば、たちまち現象(色)は消え去る。
(Wikipediaより)
★森羅万象
あらゆる現象、宇宙に存在する一切のもの。「森羅」は樹木が限りなく茂り並ぶことであり、「万象」は万物やあらゆる現象。なお、「宇宙」はあらゆる存在物を包容する無限の空間と時間の広がり、及び宇宙空間を指す。
(Wikipediaより)-
2024/12/03
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当たり。切ないです。
50年後の章がラストにあるので予想できちゃうんだけどね。
それでもとても良かったです。
当たり。切ないです。
50年後の章がラストにあるので予想できちゃうんだけどね。
それでもとても良かったです。
2024/12/03
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植生や遺跡の描写が緻密で
実在の島ではないかと疑ってしまう
島を歩いて伝承や考察
信仰の対象であった名残を
感じさせるシーンなど
自分もフィールドワークに
参加しているようだった
最後にバブル期の開発?を
思わせる場面があって
面変わりをしんみりと感じつつも
そういった開発は
意外に失敗した事を
知っているので
この物語はまだ続いていて
変化し続けている気がする
ここ数年読んだ本の中で
マイベストに入る本だなぁ
どこか鄙びた温泉地に
持っていって
じんわりじっくり読みたい -
せつない。
上手く言葉にできないのだけど、寂しかった。
本を開くと、遅島の美しい風景、清らかな空気が飛び出してくるようだった。
不思議な感覚。
もう一度読みたいな。 -
人文地理学の研究者である秋野は、南九州の遅島に赴く。
そこではかつて廃仏毀釈があった。島の「喪失」に、身内や許嫁を失った秋野の「喪失」が重なる。
癒しの一冊。
読むごとに草いきれが鼻腔に広がる。魂を鎮めるのは、亡き者に対してだけではなく、遺された人にとっても必要なことだろう。
諸行無常から色即是空へ。喪失を理解する秋野の心境が興味深かった。形を変えずっと続いていくというよりも、初めからなかった、幻であった、というこの世の理解のしかた。
「喪失とは、私のなかに降り積もる時間が、増えていくことなのだった」。
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昭和の初め、人文地理学者の秋野は南九州の遅島を訪れる。修験道の霊山があり雪も降るこの島は自然豊かで、彼は惹きつけられていく。
戦争を挟み五十年後、秋野は再び島を訪れる縁ができるが――
神仏分離に起こる廃仏毀釈、失われる営み、過疎。
学術的に判別され世に知らしめられたものが遺産となる。だとすると……
人知れず消えていった多くの文化を思うと胸が締め付けられる。
また時を経て読み直したい一冊。
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めちゃくちゃ良かった。梨木香歩さんの文章、日本語って本当に美しい
また読み返して味わいたい作品。 -
とても静かな世界観
生い茂る樹木 飛び交う野鳥
時折 突然現れる野生動物
足元の草 温度 湿度 風
少し空気は重いけれど
どろりとしたものはなく
巻頭の地図を何度も見たり
分からない植物をGoogleセンセに聞いてみたり
そんなことは 久しぶりで
新鮮な感じがして
そんな部分でも、楽しめた
変わっていくことは 避けられない
一概に 悪いとも言えない
いいか悪いか、やってみなければ分からない
ということも たくさんだ
だけど
すっかり島が変わってしまった
残念だった
当時の面影すら残さずに…
せめて、もう少しだけでも…
そう 思った
うっそうと木々が生い茂る
湿った森を 歩きたくなった
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産まれた時から海無し県から出たことがない私でも郷愁を誘われるような心持ちに。
でも感覚としてはやっぱり息子寄りかなぁ。
私だったら岩の謂われとか息子に喋っちゃうし、そしたら恋愛スポットとして活用!なんて流れになる気がする(笑。
あと論文まで行かなくても手記として島のことを書いて残したいと思っちゃうだろうな。 -
2021-04-17 一回目読了。良い。きっとまた読みたくなって再読する。
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自然や地誌的な事柄にとても造詣が深い梨木さんです。このお話を読みやはりさすがだと満足して読み終えました。
主人公の男子大学生、秋野は人文地理学を学んでおり、夏休みを利用して日本列島の南寄りに位置する、遅島という島の現地調査に回る。時代はまだ戦争が始まる前のことです。亡くなった研究所の主任教授の残した調査報告書の内容が、調査途中であったことから、仕事の補完ばかりではなく、古代から修験道のために開かれた島の地名に、その時彼の心が動いたからでした。許嫁を亡くし、父母も亡くしたばかりの秋野でした。
本のページの最初に島の地図も添えてあり調査に回った地名とともに、動植物や、昆虫、建て物や民俗や伝承の世界の単語が、章ごとに見出しになっています。島の豊かな生態系や地形の不思議、海うそとは何か…この島に住む人や案内役、島で出逢った人々の証言から島の辿った歴史が少しずつ映し出されていきます。明治の初め、日本の近代化に伴う政策から無惨に壊されていった寺院や仏像、廃仏棄釈の嵐にこの島も否応なく巻き込まれていったのでした。豊かな自然の風景とは裏腹な様々な暴挙に、人々の営みが根こそぎ奪われていったのです。
そこにある土地の記憶は生と死を刻み、多くの先祖の労苦を土台に連綿と今に生きる私たち。昨年、父を亡くし今更ながら自分のルーツを知る欲求に駆られた私には、この物語は切実に迫ってきました。
50年後に子どもに導かれ、再びかの島を訪れた秋野は、島の変わりように衝撃を受けながらもその胸中にある感慨は、老年期にあるものの恩寵とあり、…喪失とは、私の中にある降り積もる時間が、増えていくこと…とあるのにとても素晴らしい発見だと思うのでした。 -
昭和初期に南の島に調査に訪れた学者が主人公。
島はかつて修験道の聖地で、死人からの伝言を伝えたりするモノミミという民間宗教も存在した。
主人公の調査は、特に南西諸島からの流れと思われる住居の構造。
章立てごとに地名と植物や動植物、虫の名前が並べられている。民俗学的道具立てや海に見える蜃気楼も相まって、著者のど真ん中の直球勝負か。
失われた寺院や宗教の痕跡、恋人達の悲恋の跡。豊かに自然を背景に、最初から失われていた事物。許嫁や両親を失ったばかりの主人公自身の心情にも同調しているように感じる。
冒険譚とも思える、島の調査行。濃密な自然と宗教の営みの遺物の記述に引き込まれる。
そして、登場人物達の語らいの後、ふっつりと物語は切れる。
その後の50年後の再訪で、更なる喪失が突きつけられる。
色即是空、空即是色。
「喪失とは、私のなかに降り積もる時間が、増えていくことなのだった」
長い長い、うそ越え。越えた涯。
この感慨は、まだ自分には判りづらいが、また読みなおしたくなる本だった。
廃仏毀釈は、ついこの前に読んだ「逆説の日本史」で取り上げられていた。不思議と同じ話題が違う本でアタルことがよくあるんだな。
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