またの名をグレイス(下) (岩波現代文庫)

  • 岩波書店
4.35
  • (9)
  • (10)
  • (0)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 114
感想 : 8
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006023027

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 催眠術でグレイスから真相を聞き出すことになり、いよいよ佳境へ。しかし彼女の口から出た言葉は・・・。ここで起こったこと自体は予想の範囲内だったけれど、ではそれが憑依なのか多重人格なのかそれともグレイスの狡猾な芝居なのかとなると見分けはつかない。まあグレイス自身が得をする話ではないので芝居の線はないのかもしれないけれど。

    ただ実体がどうであれ「グレイスの中のメアリー」がそれを行ったというなら、やはり罪を償うべきはグレイスだと個人的には思うのだけれど、たしか海外では多重人格者の別人格が犯罪をおかした場合当人は罪に問われないという例は聞いたことがある気がする。ひとつ矛盾を感じるとしたら、メアリーは確かに気は強かったけど嫉妬で人を殺すような残忍な娘じゃなかったよね?という点かな。

    いずれにしても、どこからが嘘で、何が真実か、誰にも見極めることはできないまま。グレイスがサイモン医師に語った内容も彼に「受けそうな」内容をあえて創作したのかもしれないし、疑い出せばそもそもグレイスの生い立ちからして証明する家族は誰も出廷しておらず自己申告のみ、名前も過去も嘘ではないと断言できないし、メアリーの墓石はあるけれど、それが本当にグレイスの語ったメアリー本人だということも証明できる人間はいない。

    ジェローム・デュポン博士がジェレマイアだというのもグレイスの妄想かもしれないし、そもそも行商人自体はどこの屋敷にも来ただろうけど、そのすべてがジェレマイアだったかどうかも怪しい。とはいえ行商人のジェレマイアは、スナフキンみがあって好きだったし、彼が本当に名前を変え仕事を変えひょうひょうと生き続けているのならそのトリックスターぶりはとても好きだった。

    りんごの皮むき占いで、イニシャルJの男性と結婚すると出たグレイスが、Jのイニシャルを持つ人間に過度に期待していたのかもしれない。共犯のジェイムズ、笛吹き少年ジェレミー、ジェームズ・サイモン医師、そしてジェレマイア。でも牢獄のことも英語では Jail とも言うし、人生の大半を監獄で過ごしたグレイスは監獄と結婚したと言えるのかもしれない。

    裁縫が上手で、家事仕事をてきぱきこなすグレイスのことは個人的には嫌いではなかったのだけれど、しかしやはり殺されたナンシーの服を平然と着て法廷に立つ感覚には、やはりゾッとするものを感じた。終盤、彼女の赦免のために奔走してくれた親切な娘さんに対しての、とても優しいけれど美人ではないという内容の述懐などにも、なにか致命的な欠落のようなものを感じて、二重人格だろうがなんだろうが、それを生み出したのは彼女自身だし、結局グレイスはやはり「女殺人犯」だと思った。

    それにしてもサイモン医師の使えなさっぷりときたら酷い(彼とその周辺だけが架空の人物だけど)。グレイスからではなく、家主の人妻から、どうせ逃げるならもっと早い段階で逃げ出すべきだったね。冷静に自己分析できるということと、その分析を自分の人生に生かすこととは別問題らしい。

  • ふむ

  • 長かったが面白かった。女性であること、下層であることがどれだけ悲しいことだったか。今でもか。
    とはいえ、その女性に押し付けられた手仕事、家事の描写は美しかった。裁縫も料理もそこに楽しさはあったに違いないし、そう信じたい。洗濯や掃除もそこに入れていいだろうか。

  • 面白かった。
    ネットフリックスの動画は、かなり原作に忠実なんだなー。

  • 予想はしていたが、真相は藪の中。
    みんな、見たい現実をグレイスの中に見ていた。
    にしても、グレイスはそこに居るだけで周りの人間、特に男たちの運命を翻弄する。ファム・ファタル、とまでは言えないにしろ、グレイス自身はそこまでアグレッシブに生きてはいないのに、周囲の人間たちは炎に吸い寄せられる羽虫のように踊らされていく。
    これを魔性と呼ぶのか、それとも周りの人間の愚かしさと呼ぶのか。どちらとも決めかねる。

    そして、サイモン!何やってんだ、サイモン!バカか?バカなのか?!と盛大に突っ込まずにはいられない。サイモンは、グレイスの犠牲者というよりは、「女」というイキモノの犠牲者なんだろうなぁ。母親の呪縛、令嬢の誘惑、人妻との不倫、女囚への傾倒、侍女への蔑視。書いていて、ホントにバカなやつだなぁと思うのだけれど、たぶん、アトウッドはここに痛烈なアイロニーを込めている。女が魔物に見えるのは、あんたたちがお馬鹿さんだっていう証拠だよ、と。

    アトウッドは穏やかな晩年をグレイスに用意した。これが実在のグレイスへの配慮とも見えなくはないが、でも、年老いてなお衰えることのないグレイスの魔性を描いたラストとも見えなくはない。
    何にせよ、グレイスの人格同様、角度を変えていく通りにも味わうことのできる作品だった。

  • いやー凄い。

  • 上下巻纏めて。
    実際にあった事件をモチーフにした長編小説……というと、実録もののミステリを連想するが、本書は当時の社会情勢やジェンダー論に主眼を置いている(つまりパズル的〝真相はこうだった!〟的な〝結論〟は、本書の構造としては、無い)。
    『侍女の物語』『オリクスとクレイク』辺りとはかなり雰囲気が違うので、最初は戸惑うが、こういうタイプの長編も面白いので、『昏き目の暗殺者』も文庫にならんかな〜などと……。

全8件中 1 - 8件を表示

著者プロフィール

マーガレット・アトウッド(Margaret Atwood):1939年カナダ生まれ、トロント大学卒業。66年にデビュー作『サークル・ゲーム』(詩集)でカナダ総督文学賞受賞ののち、69年に『食べられる女』(小説)を発表。87年に『侍女の物語』でアーサー・C・クラーク賞及び再度カナダ総督文学賞、96年に『またの名をグレイス』でギラー賞、2000年に『昏き目の暗殺者』でブッカー賞及びハメット賞、19年に『誓願』で再度ブッカー賞を受賞。ほか著作・受賞歴多数。

「2022年 『青ひげの卵』 で使われていた紹介文から引用しています。」

マーガレット・アトウッドの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×