青い花 (岩波現代文庫)

著者 :
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感想 : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (185ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006023294

作品紹介・あらすじ

男はひとり「登録難民」の集団から脱け出し、線路に沿って歩く。歩きながら思索し、記憶や言語のもつれとともに時空を往還する。マスクを着けた人びとがさまよう荒廃した世界で、胸に「青い花」の幻影を抱えながら……。哲学的随想、歴史的記憶、猥雑な言葉を改行なしで連ね描き出す、現代の予言的黙示録。(解説=小池昌代)

感想・レビュー・書評

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  • ●そして、わたしはあるいている。あるいている。ドスドス、キシキシ、ヌタヌタ。
    ●無、ナル。null。
    ●ポラノンが欲しい。

  • わたしはあるいている。震災と戦災(祖国防衛戦争)に見舞われた近未来の(もしかして現在の)日本。線路に沿って「わたし」はひたすらあるいている。妻も子も親も犬も、みんな死んでしまった。そこかしこに転がっている死体。わたしは「ポラノン」という合法麻薬を求めて歩き続けている。一時は難民IDをもらい、難民グループに所属していたこともあったが、ラジオ体操や合唱を強要してくるリーダーが嫌いで離脱してしまった。妻も子も死んでしまったが、わたしが会いたいのは、かつて叔父の入院していた精神病院にいた「きょうこ」という女性だけ…。

    そこそこたくさん本を読んでいるつもりでも、まだまだ名前だけは知っているベテラン作家なのに1冊も読んだことがない作家がたくさんいる。辺見庸もその一人。恥ずかしながら、初めて読みました。他の作品を知らないので、どう受け止めてよいのかわからないけど、この作品はかなり実験的な印象。笙野頼子や町田康と同じにおいがする(もちろん辺見庸のほうが年上だから、ふたりのほうが彼の系譜なのでしょう)

    「わたし」はひたすら歩いているだけで、とくに大きな事件は起こらない。歩きながら、さまざまなことを回想したり思索したりするが、日本語はばらばらになったり、古風になったり、とりとめなく、イマジネーションのままダジャレのごとく、リズム重視で綴られていく。すじがきを追うというよりは文体を味わうタイプの作品。

    かといってふわふわしすぎることはなく、実在の政治家への風刺、震災復興ソングの偽善、おかしな言い回し(させていただく)への批判など、結構チクチク、棘がちりばめられている。「冗談とふんどしはまたにして」等、たまにクスっとさせられたりもして。

    なにげなく読んでいるなかにちょっとした豆知識というか、そこそこおばちゃんの私よりもさらに年上の作者の体験ならではの戦後の話なども盛り込まれている。ヒロポン、というものの存在は知っているが、そして「疲労をポンととる」というのはさすがに眉唾だろうけど、戦意高揚のため兵士に使われていたとかはちょっとビックリした。いわゆる「覚醒剤」言葉通り、意識が覚醒する、というポジティブな意味での効用。

    単行本は2013年の刊行。つまり311震災後の作品なのだけど、今のコロナ禍の世界とも妙にシンクロしていてとても怖い。「わたし」は薬の所為で幻覚を見ているだけかもしれないし、夢かもしれないし、もしかしてもうとっくに死んでいるのかもしれない。掴みどころがないけれどとても好きな文体だったので、他の作品も読んでみたい。

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著者プロフィール

1944年宮城県石巻市生まれ。早稲田大学文学部卒。70年、共同通信社入社。北京特派員、ハノイ支局長、編集委員などを経て96年、退社。この間、78年、中国報道で日本新聞協会賞、91年、『自動起床装置』で芥川賞、94年、『もの食う人びと』で講談社ノンフィクション賞受賞。2011年『生首』で中原中也賞、翌年『眼の海』で高見順賞、16年『増補版1★9★3★7』で城山三郎賞を受賞。

「2021年 『月』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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