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Amazon.co.jp ・本 (190ページ) / ISBN・EAN: 9784006023294
作品紹介・あらすじ
男はひとり「登録難民」の集団から脱け出し、線路に沿って歩く。歩きながら思索し、記憶や言語のもつれとともに時空を往還する。マスクを着けた人びとがさまよう荒廃した世界で、胸に「青い花」の幻影を抱えながら……。哲学的随想、歴史的記憶、猥雑な言葉を改行なしで連ね描き出す、現代の予言的黙示録。(解説=小池昌代)
みんなの感想まとめ
思索と幻想が交錯する独特な世界観が描かれた作品は、言葉の力を通じて心の内面を探求します。登場人物が「青い花」の幻影を抱え、荒廃した世界を歩く中で、味や匂い、音といった感覚が鮮やかに表現され、読者はその...
感想・レビュー・書評
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感じるはずのない要素を感じる。味や匂い、音や幻想的な風景。支離滅裂というか、他者と対峙しないという意味でうわ言あるいは呪詛にも似たモノローグが延々と展開されていくというのに、この語りは確かに「読ませて考えさせる」と思った……いや、モノローグではないのかもしれない。確かに会話が展開されるわけではないが、その独語を煮詰めていくと1人の人間の中にこんなにも雑多・多種の思念が渦巻いていることに気付かされる。ならばこの本は、そこまで自己を内省的・自壊的に見つめて狂気を際立たせ、テクストそのものを歪める実験小説なのか
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p.2021/4/30
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●そして、わたしはあるいている。あるいている。ドスドス、キシキシ、ヌタヌタ。
●無、ナル。null。
●ポラノンが欲しい。 -
わたしはあるいている。震災と戦災(祖国防衛戦争)に見舞われた近未来の(もしかして現在の)日本。線路に沿って「わたし」はひたすらあるいている。妻も子も親も犬も、みんな死んでしまった。そこかしこに転がっている死体。わたしは「ポラノン」という合法麻薬を求めて歩き続けている。一時は難民IDをもらい、難民グループに所属していたこともあったが、ラジオ体操や合唱を強要してくるリーダーが嫌いで離脱してしまった。妻も子も死んでしまったが、わたしが会いたいのは、かつて叔父の入院していた精神病院にいた「きょうこ」という女性だけ…。
そこそこたくさん本を読んでいるつもりでも、まだまだ名前だけは知っているベテラン作家なのに1冊も読んだことがない作家がたくさんいる。辺見庸もその一人。恥ずかしながら、初めて読みました。他の作品を知らないので、どう受け止めてよいのかわからないけど、この作品はかなり実験的な印象。笙野頼子や町田康と同じにおいがする(もちろん辺見庸のほうが年上だから、ふたりのほうが彼の系譜なのでしょう)
「わたし」はひたすら歩いているだけで、とくに大きな事件は起こらない。歩きながら、さまざまなことを回想したり思索したりするが、日本語はばらばらになったり、古風になったり、とりとめなく、イマジネーションのままダジャレのごとく、リズム重視で綴られていく。すじがきを追うというよりは文体を味わうタイプの作品。
かといってふわふわしすぎることはなく、実在の政治家への風刺、震災復興ソングの偽善、おかしな言い回し(させていただく)への批判など、結構チクチク、棘がちりばめられている。「冗談とふんどしはまたにして」等、たまにクスっとさせられたりもして。
なにげなく読んでいるなかにちょっとした豆知識というか、そこそこおばちゃんの私よりもさらに年上の作者の体験ならではの戦後の話なども盛り込まれている。ヒロポン、というものの存在は知っているが、そして「疲労をポンととる」というのはさすがに眉唾だろうけど、戦意高揚のため兵士に使われていたとかはちょっとビックリした。いわゆる「覚醒剤」言葉通り、意識が覚醒する、というポジティブな意味での効用。
単行本は2013年の刊行。つまり311震災後の作品なのだけど、今のコロナ禍の世界とも妙にシンクロしていてとても怖い。「わたし」は薬の所為で幻覚を見ているだけかもしれないし、夢かもしれないし、もしかしてもうとっくに死んでいるのかもしれない。掴みどころがないけれどとても好きな文体だったので、他の作品も読んでみたい。
著者プロフィール
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