コブのない駱駝: きたやまおさむ「心」の軌跡 (岩波現代文庫 文芸 337)

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  • Amazon.co.jp ・本 (334ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006023379

作品紹介・あらすじ

伝説の音楽グループ、フォーク・クルセダーズで活躍し、また作詞家として数々のヒット曲を手がけながらも、その後、精神科医となった著者の自伝。父親との葛藤、マスコミ体験の苦悩、親友との別れ……。波乱に満ちた人生と「心」の軌跡を振り返りながら、しぶとく生き続けるヒントを説く。鴻上尚史氏との対談を新たに収録。

感想・レビュー・書評

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  • コブのない駱駝 きたやまおさむ 坂崎幸之助 - YouTube
    https://www.youtube.com/watch?v=KzSwqXeKZKk

    「コブのない駱駝」 きたやまおさむ氏: 日本経済新聞(会員限定記事)
    https://www.nikkei.com/article/DGKKZO11973550R20C17A1MY7000/

    コブのない駱駝 - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/book/b583358.html

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      後世に残る名曲『悲しくてやりきれない』誕生秘話~作詞者と原爆の深い関わり – ニッポン放送 NEWS ONLINE
      https://news...
      後世に残る名曲『悲しくてやりきれない』誕生秘話~作詞者と原爆の深い関わり – ニッポン放送 NEWS ONLINE
      https://news.1242.com/article/307067
      2021/08/08
  • 【コブのない駱駝/きたやまおさむ】

    私がフォークルを初めて知ったのは小6の時、知ったと言っても 当時の担任が昼休みにMDで 帰ってきたヨッパライを流したからだった。
    最初は面白い曲だなと思ったけど、録音時にゆっくり歌って回転数を速めた独特の声は不気味で少し聞くのが嫌になったことを思い出す。

    きたやまおさむ先生を知ったのは今年最初のKトラ(ALFEE坂崎さんのラジオ)のゲストだった。
    テーマは反戦と平和の歌、知ってる曲も知らない曲も流れて 話がわかりやすくておもしろかった。(笑うという意味ではなく聞き入るという意味で)

    フォークルの曲は1曲しか紐づいてなかったけど、あとになって あれもこれもフォークルの曲だったのか と知る。

    元ミュージシャンで、作詞家、普段は精神科医という経歴のきたやま先生が分析した自分、メンバーのことなど 難しいながら読みやすい本だった。

    本のタイトルになっている フォークルの曲、コブのない駱駝を初めて聞いたときは小6のときと同じように面白いと思ったがよく解釈すると今の 多様性 という言葉に通じる気もする曲だ。

    加藤和彦もはしだのりひこも居ない今、フォークルを生で見ることはできないけれど 今更ながら曲を聞きながら1960-70年代を想像したいと思う。

  • よかった

  • 著者については、今の若い人は知らない人が多いと思うが、70年代のフォークブームの先駆けとしての「ザ・フォーク・クルセダーズ(以下フォークル)」のメンバーであり、作詞家、精神科医・精神分析家、そして九州大学の名誉教授であり、現在は白鴎大学の学長でもある。

    著者は、フォーマル(精神科医・大学関係の仕事)では「北山修」、プライベート(作詞家、ミュージシャン、ラジオのDJ等)の場合は「きたやまおさむ」と、使い分けている。

    「はじめに」で、《北山修によるきたやまおさむの「心」の分析》と書いているように、幼少期から現在に至る自身の精神分析を行いながらの自叙伝となっている。

    《戦争が終わって僕らが生まれた》
     ⇦著者が作詞した「戦争を知らない子供たち」の歌詞
    1946年(昭和21年)生まれの著者は、戦後すぐの暗い混沌とした時代を過ごし、音楽に救いを求めた思春期。

    《天国から追い出されて》
     ⇦「帰って来たヨッパライ」の歌詞
    学生時代の加藤和彦との出会いとアチュアバンド「フォークル」の結成・解散。
    そして解散記念レコード「帰って来たヨッパライ」の奇跡的なヒットで、解散したのに再結成し、1967年に1年限りのプロデビュー。
    その渦中で翻弄され、熱狂に応えるのか、逃げ出すのかという矛盾に引き裂かれ、状況を受け止められない苦しみと空虚感。そして逃げるように解散。

    《私とは誰なのか?》-精神分析学との出会い
    フォークル解散後、京都府立医科大学に復学したが、完全に芸能界から撤退した訳ではなく、作詞活動やラジオのDJの仕事は「週に一度の芸能人」として続けていた。その後京都府立医科大学、札幌医科大学を経てロンドンに留学し、そこで精神医学に本格的に出会い、医師として人生の物語を言葉で紡ぎだしながら、その人生を生きている精神分析家の道に歩みだすことになる。

    《潔く去っていかない》
    友人の加藤和彦の自死を経験し、自身の生き方として「太く短く生きることが美しいとされる価値観が根強くありますが、たとえみっともない、恰好悪いといわれようとも、長く細く、ダラダラと生きていく。そうした生き方だっていいのではないでしょうか。玉手箱をひらいた後も、浦島太郎は生きるわけです」
    ・・・こういう生き方もかなり強い意志がないと難しいかも知れません。

    私は長く「フォークル」および「きたやまおさむ」のファンなので、この本は面白く読めましたが、深夜放送から流れてくるフォークルのあの熱かった時代を知らない世代の人が読むには、興味が湧かないし、また後半は精神分析の話が多いので、少し硬い本と感じるかも知れません。(フロイトやユングの精神分析に興味がある人なら少しは興味が湧くかも)

    ※「ザ・フォーク・クルセダーズ」について
    《Wikipediaより》
    「商業主義的」なカレッジ・フォークを中心にしていたフォークソングが大きく変化したのは、京都の学生のフォーク・バンドであるザ・フォーク・クルセダーズの登場であった。ザ・フォーク・クルセダーズは、1967年に京都で開催された第1回フォークキャンプに参加し、自主的な音楽活動の中心的な役割を果たしていた。ザ・フォーク・クルセダーズがアマチュア時代に自主制作したアルバム『ハレンチ』に収録されていた「イムジン河」が京都、「帰って来たヨッパライ」が神戸のラジオで放送されたことが話題となり、メジャーデビューし、大ヒットとなる。
    これまでのフォークソングと違ったメッセージ性の強い、アンダーグラウンドな音楽の登場に人々は驚きブームとなった。

    また、「ザ・フォーク・クルセダーズ」は、下記のように分類されます。
    第1次のアマチュア時代(1965~1967)
    第2次の1年間のプロとしての時代(1967~1968)
    第3次の期間限定結成(2002年11月に17日に一度きりのコンサートとレコード発売)をし、解散した。
    その後、2013年に、きたやまおさむと坂崎幸之助が加藤和彦の未発表の曲を入れた 「若い加藤和彦のように」を「ザ・フォーク・クルセダーズ」として制作・発売しています。

    これらを詳細に述べていると紙面がなくなるので、省略します。

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著者プロフィール

精神科医、臨床心理士、作詞家。
1946年淡路島生まれ。65年京都府立医科大学在学中にザ・フォーク・クルセイダーズ結成に参加、67年「帰って来たヨッパライ」でデビュー。グループ解散後は作詞家として活動。71年「戦争を知らない子供たち」で日本レコード大賞作詞賞を受賞。九州大学教授を経て現在白鷗大学学長。
著書『コブのない駱駝』『良い加減に生きる』他多数

「2021年 『「こころの旅」を歌いながら』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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