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Amazon.co.jp ・本 (382ページ) / ISBN・EAN: 9784006023522
作品紹介・あらすじ
小説家・マッツ夢井のもとに届いた一通の手紙。それは「文化文芸倫理向上委員会」と名乗る政府組織からの召喚状だった。出頭先に向かった彼女は、断崖に聳える海辺の療養所へと連行され――。〈作家収容所〉を舞台に極限の恐怖を描いた衝撃作、待望の文庫化!「その恐ろしさに、読むことを中断するのは絶対に不可能だ」(筒井康隆)
感想・レビュー・書評
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桐野夏生『日没』岩波現代文庫。
生き難い世の中になったものだ。モラルとインモラルのバランスが完全に崩れてしまったようだ。ちょっとした性的言動や冗談すらもセクハラやLGBTQだとか騒がれ、その反動なのか、かつてに比べてより卑劣な性犯罪が増えているように思う。反面、SNSでは匿名を良いことに言いたい放題という矛盾が起きている。
そんな生き難い世の中の恐怖を一層デフォルメして描いているのが本作である。これからの日本を予言するかのような恐怖小説。それが本作である。
ある日、小説家のマッツ夢井(本名・松重カンナ)の元に『総務省文化局・文化文芸倫理向上委員会』という政府組織から召喚状が届く。召喚状には、マッツの描く性描写のある小説に対して読者からの提訴があり、数日間の宿泊を伴う召喚になるとの旨と、待ち合わせ場所に千葉県のとある駅が指定されていた。
指定された駅に到着したマッツは車に乗せられ、断崖絶壁の海辺に建つ七福神浜療養所に収容される。
社会に適応した小説を書くことを命ずる療養所の所長とそれを頑なに拒否し、減点を与えられるマッツ。刑務所よりも酷い環境の療養所での終わりなき軟禁生活はさらに過酷になり、やがて終わりの時を迎える。
本体価格900円
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良い小説の定義とは何なのか、社会に適した作品を描くのが、作家の使命のなのか。
過激な表現と断定され、謎の組織「文化文芸倫理向上委員会」に、召喚を要請された、小説家のマッツ夢井は、断崖に建つ海辺の療養所に収容された。
そこで、「社会に適した小説」を書くことを命じられる。そこで、自問自答する、作家の使命とは、
表現の自由とは、自分にとって良い小説とは、劣悪な環境で、圧力に抗う夢井の、地獄の日々を描く。
衝撃的な作品でした。現代のディストピア小説の中では、一番の問題作だと勝手に感じています。
拷問の場面は、読んでて何度も目を背けたくなりました。 -
ディストピアの世界を描いたフィクション。でも読んでいるうちに現在の政治や社会は似たような反社会的な物事を進めているような不安があるように感じてしまう。
また、「砂の女」安部公房や「1984」ジョージオーウェルの類の小説が好きなので、この「日没」も読みながら身震いするようだった。
さすが岩波書店から出版するくらいの作品である。 -
読むと気分が落ち込みそうで、避けていた小説。読むべき本なので、思い切って読む。
桐野夏生さんなので、エンタメとしても読めるが、それにしても現代と地続きなディストピアであるため、気が滅入る。
ロシアや中国はまさしくこの状態であるし、日本だって扉一枚隔てているだけ。その扉もいつ開くかわからない。
今、街の空き店舗が次々に筋トレのためのトレーニング室になっている。まさに日本は筋トレブーム。
西森や東森の筋肉自慢が小説に描かれるたびに、現代日本のこの筋トレブームが不気味な予兆のように思い起こされた。
いや、身体も大事なんですけどね…。
脳よりも筋肉っていう今の状況、どうなんでしょうか。
病院で家族の付き添いをしている時に読んだので、病院の無機質で使い勝手の悪い部屋で工夫していることや、コンビニの弁当をさもしく選んでいる自分が、主人公と重なってしまい、弁当がちっともおいしく食べられなくなるというオマケ付きでした。
でも、それでも読む価値のある小説です。
桐野夏生さん、流石です。 -
ディストピア小説といえばジョージ・オーウェルの1984年・・・
言ってはいけない言葉
使ってはいけない表現
ヘイトスピーチと一括りにされる言葉の暴力
自由は一定程度制限されるべきではあるが、その制限は皆んなで仲良く決められるものではない。
小さな悪を封じ込める為に社会に大きな制限を課してしまいつつある世界に少しだけ辟易とします。
本作のような社会が到来しない事、到来していない事を祈ります。
小説家のマッツ夢井のもとに謎の組織【文化文芸倫理向上委員会】から召喚状が届く!?
出頭先は断崖絶壁の診療所!?
マッツ夢井は診療所で療養を受けることになるのだが・・・
登場人物の誰をも信じられない物語!?
マッツ夢井の運命は? -
桐野さんの作品は「東京島」しか読んだことはないが、本作でも同じく限定された極限の状況に置かれた人間の心理、驚き、絶望感などが描かれていると思った。
作家たちに対する権力による統制への批判を描いてはいるが、なにより、「不条理」な恐怖がこちらに迫ってくる。
特に具体的な理由がなくても、いつ自分自身も同様の立場になるかもしれないという不安感を感じた。
何とか、主人公がこの療養所から脱出するエンディングを期待したのだが…。
とにかく、怖い本でした。 -
これぞ桐野ワールド‼️…と思わず膝を打ちたくなる、そんな作品。
「砂に埋もれる犬」を読んで以来久しぶりの桐野夏生さん!
“おもしろい”…というと語弊があるのかもしれませんが、”ユートピア”ならぬ”ディストピア”の極限の境地。その作品の世界に引き込まれ、ぐいぐいと読み進められてあっという間に読了✨
万人ウケか?と問われるとわかりませんが、私の中ではドストライクでした‼️
サティ『グノシエンヌ3番』がBGMとして脳内再生されるような作品。
数十年前に読み漁った桐野夏生作品たちもまた読み返したくなりました✨✨
(2025.10.11−2005.10.13読了 ) -
「作家矯正療養所」という施設で主人公が地獄を味わう設定。施設の目的は、国家権力による言論統制であり、世間一般(いわゆる大多数の普通の人)に不都合な作品を書く作家を抹殺すること。希望(夜明け)が全く見えない状態、作家にとっての日没である。
主人公によると「良い小説とは、自分に正直な小説」とのこと。不特定多数の読み手全員から共感を得られるとは限らない。そんなことは当然分かっているが、今はネット上で簡単に批判したり、偽の情報を拡散できる。政権に批判的な有識者が、学術会議メンバーから外される時代である。自由にモノを書きたくても書けないという、作家さん達の苦しみが伝わってくる。自由に執筆が出来ないディストピアが、既に始まっているのだ。
自粛モード、相手への想いやり、空気を読むこと、絆、忖度といった言葉に現せられるように、この数年間で日本社会が、単一的な思考しか受け入れない方向へ向かっている気がする。常識があり、対人関係に優れ、他人と異なる言動をしないことが、平穏無事に人生を送るためには必要なのだろうか?
最近、職場の忘年会の案内が来た。コロナ前のスタイルに戻り、4年ぶりに大会場を貸し切って行うという。参加への強い圧力を感じた。正直、私は乗り気ではない。思い切って行かないという選択肢もアリかも知れない。その時間とお金で、桐野さんの本を何冊かジックリ読もうかなぁ。 -
あなたの書いたものは、良い小説ですか、悪い小説ですか。小説家・マッツ夢井のもとに届いた一通の手紙。それは「文化文芸倫理向上委員会」と名乗る政府組織からの召喚状だった。出頭先に向かった彼女は、断崖に建つ海辺の療養所へと収容される。「社会に適応した小説」を書けと命ずる所長。終わりの見えない軟禁の悪夢。「更生」との孤独な闘いの行く末は―。
えっ、マッツそれはどういうことなの! 成田の手引きで七福神浜療養所から抜け出て東京へ帰れる手筈ではなかったの。連日の暑さで読解力がおかしくなってしまったのかと何度も読み返すが、やはり最後の一行は”崖の方へ近づいていった”と結ばれていた。しかも夕暮れではなく朝日が昇ろうとするのに、太陽は赤黒くまるでこれから日が沈むように見えたというフレーズが不穏で、妙にひっかかり胸騒ぎを覚えながら先を読み進んだ。
マッツは、拷問の末に衰えた身体に鞭打ちながら、療養所からの脱走を試みる。療養所の職員が脱走を手引きしてくれたので、彼女はそれを信じて脱走の決意をする。療養所の建物を出ると、かつての顔なじみが待っていて、彼女を入り江へ導いていく。彼女が入り江の崖の淵に立つと、その顔見知りは早く飛び降りろよと促す。そこで彼女は初めて、自分が飛び降り自殺を決心させられていることに気づくのだ。自身の脳をイカレタ研究者の手に渡さないためには飛び降りて粉々に砕くしかなかったから。
ディストピア物は好きではない。本作は今まで読んだ中で最高ランクのディストピア小説だった。いつ読むのを止めてもおかしくない状況だったのを、最後の光を見出そうと何とか最後まで読み終えたのに。彼女をサポートする人間もいるにはいたが、最後まで真意が分からず不気味な存在のままで、マッツ自身も揺らいでいた。マッツが転向して娑婆に戻ってもまた引き戻されて、結局は似た顛末になる可能性は高い。
桐野さんがラスト15行を校了直前に加筆したのを、読み終えた後から知った。 -
ディストピアか…。
なかなか息苦しいものだけど。
現代のコンプライアンスとか常識とか、以前なら弱者側が耐えるとか泣き寝入りとかを強いられていたことが
声をあげられるようになった、
おかしいことをおかしいと言えるようになったという意味では、少しずつだけど意味のあることだと思う。
でも過剰になると、そうか、ヘイトスピーチと文学の中にある差別的な表現は規制の対象になるのか。
芸術。問題提起。著者の想像の世界。
扇動。差別。叫んでいる人が持つ価値観。
違うのは明らかなんだけど。
怖い。
いつの時代もどんな社会でも組織でも絶対に言えることは
《頭が悪い人に絶大な権力を持たせたらいけない。》
ということだと思う。
たとえ、仕事を離れた時は、自分の親族や友人たちには頼れる気のいい温かい素敵な人間だとしてもね。 -
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桐野夏生ワールド初体験。
なんだか後味の悪いやり切れなさが残る。
自由を奪われひたすらに蝕まれて行く精神。
読みながら病んで行くようで。
表現の自由を奪われると言うのは表現者にとっては拘束衣を着せられる様なものなのだろう、と。 -
文化文芸倫理向上委員会
???
知らないうちに 誘導される。隣が空っぽになっても何にも思わない。周りから言われることに唯々諾々と従うのみ。
そんな風に生きていくのは いやだーーっと 思う。
ほんとに?上手く真綿にくるまれて「はい」って言うんじゃない? ふ ふ ふ フ ㇷ -
途中まで割と随所に大衆の側から作家を戯画化する視点が見られたのだが、中ほどからはストレートなディストピアが展開されて、読み進むほどに気が滅入る読書体験だった。
特に主人公が情けないばかりに施設側に媚びたり命乞いしたりするさまは、生身の「エンタメ作家」の等身大を描いて過不足なく、暗いリアリティを感じてしまう。考えてみれば強制収容所の体験記は生還した人によって著されるので、そこに生存者バイアスが働くのかもしれない。
解説でも触れられているとおり、ヘイトスピーチと表現の自由は本書の問題意識として特記すべきであることも含め、今の社会からこの「空想譚」までいくつの安全弁が備わっているのか、思わず考え込んでしまう。
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小説家の私・マッツ夢井は、ある日総務省からの召喚通知を受け取る。出頭してみると、マッツの書く小説は性や暴力表現があり正しい小説ではない、というのだ。出頭したこの地、茨城県の海沿いの施設で更生するように言われ有無を言わさず収容される。そういえば最近亡くなったり行方不明になっている小説家が何人かいた。
施設は「総務省文化局・文化文芸倫理向上委員会」のメンバーが管理し、マッツの小説に対する考えを述べても受け入れてはもらえない。何人か収容されているようだが、話は禁じられ、所長や精神科医との面談はよけいマッツを追い込む。・・一体マッツはこれからどうなるのか? ほぼマッツの独白で進む文体にずんずん引き込まれてしまう。
章立てが、「召喚」、「生活」、「混乱」、「転向」、となっているので最後に何か光明がさすのかと思いきや、ずどんと暗黒に崩れ落ちる。・・この最後は参る。「表現の自由」~ネットやテレビで漏れ聞く中国ではこれに近い状況じゃないのか、などという気もするが、戦争中の日本でも似たような状況だったのかも。・・しかしこんな世の中になったらいやだよなあ。
「文学」2016.7・8月号、11・12月号
「世界」2017.4月号~6月号、9月号~2020.3月号 に掲載
2020.9.29第1刷 図書館 -
桐生さんの本とても怖いね。まるで、ホラーの指定席の最前列に座る感がある。
幽霊より、人のこころの闇に肌がゾワゾワする。
私達の全ては100%の善人ではない。どう、手綱を引くかだ。引き方を間違えると普通の人が闇に落ちる。
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最後裏切ったのは誰?
それともみんなグルだったの?
それだけが知りたい。
読了して約半日。
そのことばかり考えてしまう。
モヤモヤが消えない本。 -
「日没」(桐野夏生)を読んだ。
これまで読んだ桐野夏生作品はどれも嫌な予感がする居心地の悪さのせいであまり楽しめなかったんだけれど、これはドップリとはまりこんでしまった。
カフカの不条理、筒井康隆の狂気、安部公房の混沌、ドストエフスキーの絶望、江戸川乱歩の耽美、等々全部を束にかかってこいって感じでデンと立ちはだかる傑作。
これを読まずして現代日本文学は語れないのではなかろうかと思わずにはいられない。
あー面白かった。 -
おそるべき問題作。あまりの恐ろしさ(ホラー的なではない)に、読むのがつらく、ちょっと読むとすぐに巻を置いてしまう。しかし、読むのをやめられずにまた頁を開いてしまう。の繰り返しで読了。まぎれもなく作家の想像力が生み出した物語なのだが、この恐怖は想像力の産物でありながらも、現実と地続きのもの。どうか、こんな世界にならないでほしい。しかし、桐野夏生、初期の女性主人公ハードボイルドしか読んでいただけだったが、凄い作家だ。他の問題作も読まねばならないのではないか。怖いけど。
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日没のような夜明けを見たことがある。
あれは絶望的な希望だった。
表現の不自由。
分類という差別。
ここに描かれている世界は
遠からずすぐそこにあるのでは?
というよりカタチ違えど此処に在るのでは?
と思うと、戦慄が走る。
恐怖から逃れたくて
先へ先へとページ走らせ心没了。
TV、マスコミ、メディア自体が、
情報が操作されてて、
私達自体も考えを規制されているのかもしれない。
人と同じことに安心する私たちは、
頭が出るのを恐れ、
目立たないように首をひっこめる。
無関心である風を装うのは楽をするための態度。
国家や政府にはまあ都合の良いもんだ。
誹謗中傷で自死を引き起こすことが目立つ現代に於いて、
表現の自由は叩かれるようなカタチにあるし、
その反対にあるのが表現の不自由なのかなと。
まるでこの日没が何処かの日の出であるように、
相対する関係性で巡りめぐるのかと思うと、
日の本当の姿はどれなのか、わからなくなる。 -
そこまで期待せずに読みましたが、こちらはディストピア系が好みなのもあって凄く面白かったです。最近桐野さんの小説は読んでなかったけど、こういう作品も書けるんだと興味深くなりました。最後までどうなるか分からない展開も凄く良かったです。
著者プロフィール
桐野夏生の作品
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