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Amazon.co.jp ・本 (230ページ) / ISBN・EAN: 9784006030247
みんなの感想まとめ
読書の楽しさや技術を深く掘り下げた本は、単なる情報の受け取り手ではなく、能動的な体験としての読書を提案します。著者は、読書を愛の行為に例え、個々の本との特別な関係を築くことの重要性を語ります。特に「本...
感想・レビュー・書評
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読書術
著:加藤 周一
岩波現代文庫 社会24
おもしろかった。特にとっつきが、いいです。Gu!
本書冒頭に、どういう女を口説いたらいいかなどとのことを、どういう本を読んだらいいのかとの問いと並べてかいてあるので、これは絶対、女と遊びなれた男だなとおもって、Webでみてみたら、案の定、端正な顔立ちをしている学者で、3人の妻をめとった方でした。
それだけで、どんな本なのかなとの興味が湧いてきました。
女を口説く、手練手管と、読書術はあい通じる。乱読はいけないとあって、女を手当たり次第にくどくのはいけないことで、いい女を、手練手管で落とすことが、よい読書術であると、読み替えました。
気になったのは、以下です。
・ベッドですることは2つしかない、寝るか、愛するか、でももう1つ、読書が第3の行為である
読書は、睡眠に似ています、また、読書は、愛の行為に似ています
・心学と言う言葉が表しているように、人間活動と森羅万象のすべては、心に発する
心が正しければ、姿勢も正しくなるにちがいない、だから読書はかつて、正座をして行う行為だった
・読書は精神の仕事です。一読巻をおくこと能わず、寝食を忘るる
・本を持たずに外出することはほとんどなかったし、いまでもありません
・読むことと、旅することとのあいだには、いかにも深い因縁があります
■おそく読む、精読術
・少なくとも一度や二度ゆっくり論語を読むのは、けっして時間のむだにはならない
・古典を読むことが、日本の歴史や文化、ものの考え方の構造をよくわかるために必要なことは確かだろうと思います
・ただ古典を読むのではなく、自分の問題がこうであり、そのことについては、この古典が役立ちそうだという予感があり、したがってそれを読む
・本をおそく読む法は、本をはやく読む法、と切り離すことはできません
たくさんの本をはやく読むことが、おそく読まなければならない本を見つけるためには必要だからです
■はやく読む、速読術
・今日の世界の特徴は、専門化された知識の集積が恐ろしくはやいということ、その速さが、専門家自身にさえ追いつくことが困難になっているということです
・そのため、どれほど、はやく本を読んでもはやすぎるということはなくて、はやく本を片づけることが、生きているうえに、ほとんど不可欠なことにさえ思われてきます
・速読の要点:単語を覚えて語彙を広げる、文の構造を心得て要点だけを読む、一定の方法にしたがってとばし読みをする
・とばし読み:まず目次を読む、それから、序論と結論を注意深く読んで、およその内容をつかみ、中間の各章をかけ足で通り抜ける、そのときに、特別におもしろそうな章があれば、そこだけに立ち止まる
・本をたくさん読むには、1冊の本を読み終わってから、次の本を読み始めるのではなく、何冊かの本を同時に読んだほうがよい
・本を読むのにおそければおそいほどいい、ということはなく、かえって多少の犠牲を払っても、速さを尊ぶことは、かならずしも時間の経済のためだけではなく、作品の本質を理解するためにも、必要な場合がある
■本を読まない、読書術
・要するに、目的をはっきりさせて、その目的のために特定の本を選び出し、そのほかのいっさいを無視するのが、本を読まない法の根本です
・みずから、読まない本について知るためには、先ず書評、次に、ダイジェクト、抄録です
・とにかく、読まない本を読んだふりをする、よくわかりもしない本をわかったふうに語る
そうすれば、ほんとうに読む機会も増えてきます
■外国語の本を読む、解読術
・わずかな外国語の知識でも本は読める
第1,必要は発明の母であるという原則。道楽に本を読むには、不充分な程度の外国語の知識でも、必要な本を読むには充分だろうということ
第2,やさしければやさしいほどよいという原則。言葉の知識に限りがあるのですから、表現の難しい本を読もうとしても労力が大変で時間もかかりすぎるでしょう。やさしい本を選ぶことは、大切な条件です
・外国語の本を必要とする人は、一番必要なものから始めるのがよろしい
・新聞の英語がわかれば、日常会話はできあがっているといっていい、逆に新聞がよめるのであれば、日常会話には不自由しないということです
・考え方というのは、東洋的だからよく、西洋的だからだめだとか、逆に、西洋的だからよく、東洋的だからいいというものではない。考え方のよしあしは、その考え方がどれほど、人間に、時代に普遍的であるかということによってしか決まらないのです
・むずかしい本をとる必要はありません、読む本の文章はやさしければやさしいほどよく、単純であればあるほどよい。ただ、明晰であることだけが必要です
■新聞・雑誌を読む、看破術
・自然科学の分野では、進歩が速いので、専門誌に発表される論文を規則的に読んでゆかなければならない
・新聞の特徴
①事実を選ぶ
②選び出した事実に、見出しを付ける
③情報を素早く報道する必要があり、紙面がかぎられているため、現在だけを報道する
・ようは新聞社がハイライトした一部の事実だけを見るのではなく、全体を見るためには、複数の新聞を見て、その新聞社の特徴を見極めようといっています
■むずかしい本を読む、読破術
・よの難しい本とは、大半がへたな文章で書かれていることが多い
・文章を正確に理解するためには、まず単語の意味を正確に理解していなければならない
・自由、民主主義、進歩、反動、……、いちおうわかっているような気がしていて、よく考えて見ると、その意味がはっきりしない言葉が数かぎりなくある
・だれにとっても、むずかしい本、だれにとってもやさしい本というものは少ない
私にとってむずかしい本は、私にとって、必要なく、私にとって必要な本は、私にとってかならずやさしい、とさえいえるでしょう
・ほんとうにむずかしいのは、本を書くことであって、書かれた本を読むことではない
だれかが思いついたことを理解するのは、原則として、それほどむずかしいことではありません
・むずかしい本をよくわかる法、はないかもしれません。私たちにとって、必要なすべての本をよくわかる法、があるだけなのです。
目次
まえがき
1 どこで読むか
1 寝てもさめても
2 幾山河
2 どう読むか、その技術
3 おそく読む「精読術」
4 はやく読む「速読術」
5 本を読まない「読書術」
6 外国語の本を読む「解読術」
7 新聞・雑誌を読む「看破術」
8 むずかしい本を読む「読破術」
あとがき
ISBN:9784006030247
出版社:岩波書店
判型:文庫
ページ数:230ページ
定価:1190円(本体)
2000年11月16日第1刷発行
2009年05月07日第13刷発行詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
p.ⅲ
どういう本を読んだらよかろうか、ということは、一般的には決められません。どういう女を口説いたらよかろうか、という、だれにも通用する標準などあるはずがないのと同じことです。
p.08
読書はまた愛の行為に似ています。社会の全体から切り離されて、あなたはただひとりの相手との関係のみに生きる。
のっけから、引き込まれた。
本を読み、得られる、一種の快感や恍惚はこれかもしれない。
受け身ではないということ。
映画では替え難い満足感を、簡潔な言葉で言い表してくれた事に感謝を述べたい。
(勿論、映画も素晴らしい表現芸術なので、好きには変わりないのだが。)
5章の「本を読まない「読書術」」の中の、
読んだふりで話をして、相手から話を引き出す話の運び方は面白かった。
これはどんなお喋りや会席の場でも通ずるし、
今まで年長者との会話の大半はこれを反射的にやっていた気がする。
相手を乗せて、喋らせて、大いに学ぶ。
博識な方ほど、どんどん流れは止まらないのだから。
それがまた本を読むことに繋がっていくというのだから、面白い。
・知的好奇心の無制限な満足。
・別のもう一つの世界へはいって行くこと。身のまわりの世界からの出発。
・日本語の美しさと魅力を知るということ。
本を読む愉しさは、限りない。
あまりにも格好がよく、ウィットに富んだ
流れるように美しい珠玉の言葉の連続で、
著者の知性に酔ってしまった。
著者の別の本を読んだことがあったが、軽やかさが違う。
高校生へ向けた、からかもしれない。
これはもう、本当に、愉しんで書いたのだろうなぁと伝わってくる、本への愛情が詰まったエッセイ。
読書があまり好きでない方にも、ぜひ読んで貰いたい。
1962年の文章というのに驚き。
まったく色褪せない。
旅をするように、恋をするように。
いつも鞄には森鴎外を潜ませて。。
今日も、新たな出会いを楽しみに、本を愛でましょう。 -
加藤周一(1919~2008年)氏は、東京帝大医学部卒の医学博士(専門は内科学、血液学)、評論家。上智大学教授、イェール大学講師、ブラウン大学講師、ベルリン自由大学およびミュンヘン大学客員教授、コレージュ・ド・フランス招聘教授、ブリティッシュコロンビア大学教授、立命館大学国際関係学部客員教授、立命館大学国際平和ミュージアム館長などを歴任。北米、欧州各国に在住し、英語、仏語、独語なども操った、戦後日本を代表する国際的知識人の一人。
本書は、1962年に『頭の回転をよくする読書術』(光文社)として刊行されてベストセラーとなり、2000年に岩波現代文庫で復刊されたもの。
本書では、著者の、自然科学から人文科学までの幅広い分野の研究、日本語に留まらない各国言語との接触などの経験に基づいて、おそく読む「精読術」、はやく読む「速読術」、本を読まない「読書術」、外国語の本を読む「解読術」、新聞・雑誌を読む「看破術」、むずかしい本を読む「読破術」という、多角的な視点からの読書術が披露されている。また、もともと口述筆記により作られているため、表現もソフトで非常に読み易い。(丁寧すぎて少々くどさを感じるくらいである)
私はこれまで、『本を読む本』(モーティマー・アドラー他)、『現代読書法』(田中菊雄)、『読書について』(ショウペンハウエル)、『読んでいない本について堂々と語る方法』(ピエール・バイヤール)、『本はどう読むか』(清水幾太郎)、『多読術』(松岡正剛)、『読書力』(斎藤孝)、『本は10冊同時に読め』(成毛眞)等々、古今東西の多数の読書論・読書術の本を読んできて、本書から新たに驚くべき発見があったわけではないが、以下のような気付きはあった。
◆日本語は漢字、ひらがな、カタカナが混じっているので、ページに目を晒すだけで、重要な漢字やカタカナの単語を見つけることができ、速読に役に立つ。
◆たくさんの本を読むためには、一冊ではなく、同時に数冊読むほうがよい。
◆「本を読まない法」の根本は、目的をはっきりさせて、目的に適う本を選び、そのほかの本は一切読まないこと。
◆政治・社会問題を扱った本・雑誌・新聞は、できるだけ違った種類のものを2つ読むこと。
◆読んだことのない本を読んだ振りをしたり、よくわからなかった本を分かった風に語ることは知的「スノビズム」の表れであり、文化の向上のためには大切なことである。
◆難しい本、分からない本は、その本が悪い本か、自分にとって不必要な本である。よく書かれた本で、本当に必要な本であれば、それが難しい、わからないということは本来ないはず。等。
出版から60年を経ても通用する、幅広くオーソドックスな読書術といえる。
(2021年5月了) -
加藤周一、二冊目。(角川ソフィア『文学とは何か』)
買おうと思ったのは丸山眞男についての本で、ふと目に入ったのだけど、まあこの二人が繋がっていて面白い。
「私のこれから会う人がたいていの偉い人でも、鷗外ほどではないのが普通です。」
「鷗外の語るところを中断されるのが、残念なくらい」という筆者。笑った。本当だ。
古典は遅く読む。
現代文学は早く読む。書評を活用する。
何冊も並行読みするべきだ。
経験がなければ「分からない」文章はある。
経験がなくとも「読んだふり」をして情報を引き出すことも大切である。
中でも、自然科学の文章と、文学や哲学の文章の違いを挙げている所が面白かった。
自然科学では、雑誌=今の情報が重要とされる。
文学や哲学は、必ずしも今の情報を重要とはしない、そこに「私」という一人の人の存在がある。
けれど古典だけに重きを置くものではなく、そこには不易流行が混在(語弊があるか)している必要がある。
どれだけの量を読んでも、世界の知の全てを掌握することは最早不可能である。
ならば、何を読むか。どのように読むか。
後書きで、筆者は「日本語を読む」楽しみを挙げているが、何で読むか、も確かに大切だな。
自分の人生を味わうために、重ねていく本が愛おしくなった。 -
読みやすい。少し古さを感じる。
おもしろかった。 -
色んな人の読書術や”オススメ本に関する書籍には目がないオレですw
本屋にいって特に気になる本が見つからなかったときなどはいつも誰かの読書術に関する本の中で紹介されている本を買ったりします。
数ある読書術の本の中でも加藤周一さんの『読書術』は永久保存版でしょう。オレが言うまでもないことですがw
持っておいて損はないと思います。
・おそく読む「精読術」
・はやく読む「速読術」
・本を読まない「読書術」
・外国語の本を読む「解読術」
・新聞・雑誌を読む「看破術」
・むずかしい本を読む「読破術」
読書の技術としては以上の6つに分けて解説されています。
どのジャンルの本を読むにしてもこれらのうちどれかを参考にできる形になっています。
中でも、
・本を読まない「読書術」
これがおもしろいです。
オレも知り合いから、「一流の教養人になるには、読んでいない本でも読んだことがあるかのように内容を語るスキルが必要だ。」と言われたことを思い出しました。
まあそうなるためには多読した経験という素地が必要なのでしょうが。
とりあえず巷の読書術本と違ってずっと本棚に置いておき、たまに参考にしたくなるような本です。 -
最近読書術に関する本ばかり読んでいるせいか、目新しい内容というのはあまりありませんでした。
しかしこの本が最初に出版されたのが1962年ということを考えると、この時点で言われていたことが今でも通用しているということに驚くべきなのかも知れません。
例えば「難解な本を読む技術」(2009年)を読んで凄く感心した「思想」と「科学」の違いについてもちゃんと書かれていました。
・自然科学の場合には、一度確認された事実がその時以来、万人の所有物になる。どうしてその事実が確立されたかということを、あとから来た研究者がたどってみる必要はない。結核の原因が結核菌であることを確かめたコッホの論文を読まなくても結核の治療はできる。
・哲学や文学の場合には、自然科学と同じ意味で万人の所有になるということはない。その仕事は作者の個性に結びつき、作者の個人的な経験と絡み合っている。シェークスピアの芝居が書かれたからといって、次の世代の作家はシェークスピアのやったことの先へ進めばよいというわけにはいかない。
読書術に関してどの本にも書いてある共通の原則みたいなのが見えてきました。
これがいわゆる「類書読み」の効用なのでしょうか。
読むスピードも上がってきて四時間ぐらいで読み終えることができました。 -
どういう本を読んだらよかろうか、ということは、一般的には決められません。どういう女を口説いたらよかろうか、という、だれにも通用する標準などあるはずがないのと同じことです。
Pⅲ
くぅーカッコいい! なにこのダンディーでカッコいいまえがき! こんなん読み進めるに決まってるよ!
さらに少し読みすすめると・・・
第二、読書はまた愛の行為に似ています。社会の全体から切り離されて、あなたはただひとりの相手との関係のみに生きる。その関係において、あなたは多かれ少なかれ接客的な役割を演じるので、けっして映画見物の場合のように、完全に受け身ではありえないでしょう。
P8
今度は読書=ベッドのちょめちょめだと!? ちょめちょめの時は受け身じゃつまらないもんね、どっちも積極的に攻めなきゃね。マグロだめ、ぜったい。ようするに読書もマグロだとだめだってこと、積極的自分からにあの手この手で攻めなければだめなよ。その方が楽しいしお互い気持ちよくなるしね?
なんかこれだけの文章だと著者がダンディーエロティックおじさまになっちゃいそうだから、この辺で読書のすげーエピソード載せとくわ。
しかし、とにかく通勤電車が、そのほかのところでは容易に読めない本を読むことのできる場所であり、もし、そういうことを実行すれば、毎日二時間の規則性ゆえに、一年二年ののちには一定の知的能力を私たちに与えてくれるだろうということにまちがいはありません。
P27
片道通勤1時間だとしたら1年の間、1ヶ月は電車の中で過ごしてるという。そう考えたら恐ろしいよね。でも見たら分かるけどみーんなぽちぽちスマホいじってばかり、ほとんどの人が時間を無駄にしてる。
そんな中著者は1年間の通勤電車だけでラテン語をマスターしてしまう。
私はこの本を手に入れて、郊外の私の家から大学病院へ通う電車のなかでは、降っても、照っても、すいていようとも込んでいようとも、かならずこの本を見る、そのかわり電車の外へ一歩出たらけっしてこの本をあけて見ない、という方針を立てました。
P25
すんごい徹底ぶり、電車の中だけで勉強を完遂させちゃったよ。電車が学校代わりになるなんて!
これ読むかぎり通勤電車って読書するには最適な場所なんだね。無駄にスマホいじるより、読書で知識を得たほうがはるかに有意義だ。
宣言する、俺はこれから電車でスマホを開かないZE! -
今は亡き「知の巨人」加藤周一が読書を愉しむ技術を高校生向けに著したもの。1962年出版のベストセラー。
文章自体は平易なのだが、中身は相当広範囲な読書経験、知識経験がある読者でないと腹落ちしていかないような気がする。
多少、テクニカルなところもあるが、術というよりは、「心構え」が整理されている。
特に難解な本や、外国語の本をどのような「心構え」で接するのか?
成る程、と思う箇所は少なくない。
以下引用~
・「おそく読め」というのは、「古典を読め」というのと同じことになり、また逆に、「古典を読め」というのは、「おそく読め」というのと同じことになるでしょう。
・小林秀雄さんの「鉄斎」は万人に向けられたものではなく、「鉄斎」を見たことのある人、あるいは、少なくとも小林さんが「鉄斎」を見た時の経験とおなじような種類の経験を、ほかの画家を通じて持ったことのある人だけに向けて書かれたものです。
・要するに、私にとってむずかしい本は、その本が悪い本であるか、不必要な本であるか、どちらかです。
私にとって必要であり、よく書かれた本であれば、それがむずかしいということは本来ないはずであろうと思われます。
「むずかしい本をよくわかる法」は、ないかもしれません。私たちにとって、「必要なすべての本をよくわかる法」だけがあるのです。 -
古い本ではあるが、本書で紹介されている読書術は初版から20数年経った現在でも、それ以後でも通じるほど普遍的なものだと感じた。私がこういった本を必要としていたからだと思うが、本書は私にとって非常にやさしい本だった。買ってよかった。
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どんな本を読んだらいいかではなく、どうやって本や新聞、雑誌などを読めばいいのか。
読書方法について色んな角度から
「本を読まない読書術」まである。 -
私もいつか、船旅で読書したいと思った次第です♪
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タイトルどおり作者の読書術がつまった一冊。
私が1番気に入ったのは、待たされる時の備えとしてどんな時も本を持ち歩くことを推奨する作者の構えについての表現。例え待たされるとしても、もし鴎外を読めば、待たされている相手は鴎外ほど偉くないのでイライラはしないという作者のユーモアに富んだ表現には思わず膝を打った。また、わかりやすいことは、はっきり表現されたことであり、よく考えられたことである。という箇所も印象に残り、文章を書く際には自分がきちんと理解して書いていないと相手には伝わらないというのは論文を書く際の自分の心に留めておきたい。 -
【読んだきっかけ】前から気になってはいたが手をとらなかった本。やっと読む気になった。
【内容】戦後日本の碩学のひとり、加藤周一が読書について語った本。
【感想】口述なのでとても読みやすい。本好きなおじさんが読書の愉しみを語りかけてくる、そんな感じがする。
2000年発行のわりに語られる事例が古いな、と思ったら1962年に書かれたものの改訂版だった。もっとも、筆者もあとがきで述べているとおり、本の主題は決して古びていない。
筆者は「本はできるだけ楽な姿勢で読むもの」「わからない本は読まない」などの見解を、体験からくる説得的な言葉で説明する。思わず笑みがこぼれ、本に対する気負いがなくなる。
読書は愉しむもの、という当たり前のことに気づかせてくれる良書。 -
速読や遅読、古典との付き合い方、難しい本がなぜ難しいか、など様々な視点から「読書」のあり方を説く。
一貫して語られる「難しい本は読まなくてよい」「必要な本であれば自ずから理解できる」という論調には、救われた思いもした。 -
文字通り本の読み方を教えてくれる本。多くの本が具体的に方法論としてどのように本を読むかということについて説明しているのに対し、この本ではいかに効率よく本から得られるものを吸収していくかということに重きがおかれている。ときには読まないという選択肢をとることの必要性や、早く読む本・遅く読むべき本の解釈の仕方まで教えてくれる。
また、偏見が含まれるかもしれないが、岩波文庫という権威ある文庫から出版されている本からすると意外なことだが、場合によっては自分が読めない本は迷わず読まないことにせよという内容さえ含まれる。
少し欲しい内容とは外れていたものの、読書に対する生きた知恵の詰まった本であると感じた。 -
『読書術』
加藤周一
むかしパリで私がある詩人の家に住んでいたとき、談たまたま寝床で読む本に触れたことがあります。「あなたは寝台で本を読まないのか」と私は言いました。「とんでもない」と詩人は言下に応じました。「寝台ですることは二つしかない、寝るか、愛するか」——しかし、私は詩人には賛成しません。読書はまさにその二つの行為に似ている。第三の行為ではないでしょか。(p7)
エピソード。辻原登教授も同じことを言っていた。面白い。
「遅く読め」というのは、「古典を読め」というのと同じことになり、また逆に、「古典を読め」というのは、「おそく読め」というのと同じことになるでしょう。(p59)
その通りである。そう読みたい。
……少なくとも一度や二度ゆっくり『論語』を読むのは、けっして時間の無駄にはならないでしょう。(p45)
四書五経の第一は『論語』
……(西洋文化を指して)その源である古典は、申すまでもなく第一に聖書であり、第二にギリシャ思想を代表するいくつかの本であると言ってよいでしょう。(p47)
やはり『聖書』と『ギリシャ神話』。基本中の基本である。
……キリストの現行を伝えた新約聖書が、いわば儒教の「四書」、ことに論語に相当するということになりましょう。(p46)
ここで繋がるのか。興味深い。
たとえば日本を理解するために、論語と仏教の経典、日本の古典文学のいくつか、また西洋を理解するために聖書とプラトンを、できるだけおそく読むことが、おそらく「急がば回れ」の理にかない、「読書百遍」の先祖の知恵を今日に生かす道にも通じるだろうと思われます。しかし、そもそも日本を理解し、世界を理解する必要があるのでしょうか。(p50)
盛り上げといてこうくるとは。結論として、自己の悩みや苦悩の解消として古典は役に立つとなる。なるほど。だが私は日本、世界、自分を知りたい。
一冊でなく、同時に数冊読む。(p82)
基本だが、先に述べた『聖書』など遅読できるものを用意しておくのは新しい。「日本」「翻訳」「新書」「聖書」(など)がベターか。
現代文学は速読すべし(p84)
数があるしね。が一番の理由。物語を速読しても意味はないが、新書等はそうだろう。
一冊だけ読むことが、読まない工夫の第一歩(p98)
しっかり選書すること。やはり情報の選別は必須だ。基準を設けたい。
わからない本は読まないこと(p172)
わからなければ意味がない。しかし人によっては読みやすかったり、読みにくかったりする。あんま落ち込むなよ。ということ。物語には当てはまらない。
「むずかしい本をよくわかる法」は、ないかもしれません。私たちにとって「必要なすべての本をよくわかる法」があるのです。
必要と思う本、積極的に必要だと思う本を読むべき。「求めよ、さらば与えられん」と書かれている。 -
「本の読み方」についての本を何種類かよんでいる。
この本はアメリカ初の「本を読む本」と違い、エッセイ風である。
「本を読む本」はアメリカらしくロジカルであるが、こちらは例として登場する方々が知識人や文学者が多く、もっと人間らしい感じ。
読書の方法として参考になったのは、とくに洋書の読み方。
小林秀雄が原書と翻訳書を2冊かい、辞書をひかずに2冊をくらべてよむ。これを1年やれば早くよめるようになる、と紹介していたそうです。
これはぜひやってみようと思う。
また、古典の読書の効用についても書いてあり、現代でも本を深く理解するためにはその背後にある思想を理解する必要があることを改めてしった。特に海外の文化が違う本については。
最近はビジネス書をよむことが多かったが、また古典も読んでみたいと思うきっかけになった。
この本が好きな人におすすめの本
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