なぜ私だけが苦しむのか―現代のヨブ記 (岩波現代文庫)

制作 : Harold S. Kushner  斎藤 武 
  • 岩波書店 (2008年3月14日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (257ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006031640

作品紹介

幼い息子が奇病にかかり、あと十余年の命と宣告される-理不尽と思える不幸に見舞われたラビ(ユダヤ教の教師)が絶望の淵で問う。神とは、人生とは、苦悩とは、祈りとは…。自らの悲痛の体験をもとに、旧約聖書を読み直し学びつかんだのは何であったか。人生の不幸を生き抜くための深い叡智と慰めに満ちた書。

なぜ私だけが苦しむのか―現代のヨブ記 (岩波現代文庫)の感想・レビュー・書評

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  • ああ、なんで?
    なんでオレだけが?
    こんなにも苦しまなきゃいけないの?
    そりゃ、別にオレが聖人君子のような素晴らしい人間だとは思わないけどさ…
    こんな目にあうほど悪いことをしたつもりもないよ…
    つーか、オレより悪いことしてるヤツなら他にもっといっぱいいるじゃん!
    なのに、何でオレがこんな目に?!

    多かれ少なかれありますよね?こういうの…
    何で自分だけ?と…
    ボクもやっぱりこんな風に思う時あります…
    何で自分がこんな目にあうのか?
    自分がいけないのか?
    何か悪いことをしてしまったのか?
    何かの罰なのか?
    という問いに対して…
    すぐにはわからないかもしれないけど、神様のお導きなんだよ…
    この苦難によってあなたは優しくなれる、強くなれる、成長できるんだよ…
    この困難は乗り越えられる人にだけ訪れるんだよ…
    といったような答えがよく返ってくる…
    しかし、この本には…
    それらは違う、と書いてある…
    自分の幼い子供が奇病にかかって、余命十数年と宣告されて、絶望の淵を彷徨ったユダヤ教のラビ(ユダヤ教の教師)…
    神に仕える著者の辿り着いた答えが書いてある…

    ユダヤ教のラビの話だし、副題に現代のヨブ記とか書いてあるからややこしいとか小難しいとか思うかもしれないけど…
    この著者の身の回りで実際に起きた話を基に、著者のその答え、考えが書かれているので…
    そして文章に著者の優しさが滲み出ているのでスッゲーわかりやすい…
    スッと入ってくる…
    マジで優しく語り掛けてくれている感じ…

    ボクはユダヤ教やキリスト教の信徒じゃないし…
    現実と宗教をギリギリのところで折り合わせている感じもして、ちょっと、ん?と思うところもあるけど…
    でも…
    ああ、こういう風に考えるとイイんだな、とか…
    そういう考えもあるんだな、と…
    いくつも響きました…
    まだ潰れそうになるほど深い絶望に陥ったことはないけれども…
    この本を先に読んでおいて良かった…
    もしそんな時が自分に訪れたら…
    この本は例え僅かだとしても、立ち上がるヒントになってくれると思うし…
    もし、周りに深く絶望している人がいたら、ヨブ記のようにはしない…

    私たちにできることは、「なぜ、こんなことが起こったのか?」という問いを超えて立ちあがり、「こうなった今、私はどうすればよいのか?」と問いはじめること…

  • およそ宗教と名のつくものに対して全く浅学非才な自分がこの本について言及してTLをひどく汚すことへ、本書に習ってツイッターの神様的な何かへ向かって赦しや救いを乞うのではなく、選択の決断と意志のみを祈り求めたい。
    ユダヤ教のラビである著者が、早老症によって息子を幼くして失った自分自身や同じように理不尽な不幸に襲われた人たちにとって題名の通り「なぜ私だけが苦しむのか」ということについてヨブ記を引用しながらその後の生き方について提言した、示唆に富んだ本だった。
    理不尽な不幸によって自分が失ったり傷つけられたりした何かを他者と比較して嘆き怒り憎むことは、その何かを自分が悪の方向へ殉教者へと導くものに定義してしまうことである、と。逆にそこから生きる意味や残されたものへ心を留める寛大さを見出し、失ったものを人生に対する証としなければならない。
    前提としてそもそも神様的な何かは全知全能ではなく、常に善の味方でもなく、諸行無常的にどのような人々にも大なり小なりの不幸は降り掛かってしまうものだと言っているのはとてもびっくりしたwじゃぁなぜ一見無力な神を信じ宗教に頼るのかというと、著者曰くその考え方の転換を助くる為だと。
    悲しみから前を向く為に、「君がどうやってこの悲しい状況を耐えているのか分からないが、力になりたい。どうだろう、僕達に君の手助けをさせてくれないか」という、NY市民にとってのスパイダーマンのような親愛なる隣人として、神やあなたの周りの世界は存在するという考えはとても素敵だった。
    幸い自分や家族にまだ大きな不幸は訪れていないけど、いずれ来るかもしれない突然の病気や911,311みたいな悲しみに対する構えをしたい僕を含む人や、もっと言うと正にリアルタイムで苦しみの渦中にいて嘆き怒り憎む人にとっても一助となる本だった。宗教は怖いのだわ…(神秘的、という意味で)

  • 悩める人のための宗教なのか,宗教に人間が合わせられてしまうのか.宗教の名において人間を侮辱,抑圧する物言いに鋭く切り込んでいる.また,悩み,苦しむ人への寄り添い,尊厳を見出す姿勢に深く感動する.

    宗教家はもちろんのこと,カウンセラーや医師など,ある種の極限状態にある人に接する人は益するところが多いだろう.

    ・ヨブは助言より同情を必要としていた.忍耐と敬虔の模範たれと進める友よりも,怒り,泣き,叫ぶことを許してくれる友を必要としていた.
    ・罪意識,あるいは「私の責任だ」という感覚は,きわめて一般的なもの.
    ・不倫:彼は罪の意識をもっと感じるべきなのだ.
    ・ジャック・リーマー「リクラット・シャパット」の詩(誓願の祈り)
    ・祈りは結び合わせる.『宗教生活の原初形態』(デュルケーム)
    ・モーセの石版の喩え.自分のしていることの意味が分かれば,大抵の重荷は耐えられる.
    ・彼らを悪魔の証人にしてはいけない.いのちの証人にするのだ.
    ・答えという言葉には,説明ということと同時に応答という意味もある.

  • 敬虔なユダヤ教のラビ(ユダヤ教の指導者に当たる立場の人)である作者が、自分の息子を不治の病で亡くしたことをきっかけに、自分が信じる神とは一体何なのか、なぜ神は自分の息子を助けてくれなかったのか、なぜそもそも神は「早老症」という病気を他の誰でもなく自分の息子に与えたのか、そんなに自分や自分の息子は神に背く悪いことをしたのか(もちろんしていない)、神に祈るとは何か、祈っても意味はないのか、息子を失っても自分は生きていかなければならないのか、なぜ自分だけがこんなに苦しい思いをしなければならないのか、という次々と沸き起こる疑問(自分が信じてきた神への疑惑)に対していくお話です。
    聖書の立場は、「息子に不治の病を与えることを決定したのは神である、全知全能の神は明確な理由をもってそうすることにしたのだから作者は神がそう決めた理由を考えて行動しなければならないし、その苦難を乗り越えられない者に神は不幸を与えない」というものであり、信者に対して「この決定は、他でもない自分が信じる神によるものなんだ」という部分に救いを見出して慰められて前に進むことを促していますが、この本の作者はユダヤ教のラビという立場でありながら、聖書に書かれたそういうことの一部は間違っていると断言しています。
    善良な市民が圧倒的な不運に見舞われる一方で悪人が幸福になるという不運や不条理は自然の摂理でどうしても起こってしまうことであって、神はそれに対して無能で何もできない、というのがこの作者が導き出した答えです。
    ではなぜ我々は、(信じている宗教は何であれ)神に祈るのか、という疑問に対する作者の答えが感動的でしたので紹介します。

    「祈りは正しく捧げられる時、人を孤独の極みから解放します。一人きりだと思う必要はないし、見捨てられたと思う必要もないことを、人は祈りを通して再確認できるのです。」

    特に神様を信じているわけでもないしかと言って否定しているわけでもない僕にとっても、心に響く本でした。僕が周りの方たちから普段そうしてもらっている様に、僕も不運に苦しんでいる人を見かけたら、あなたは一人きりではないと心から伝えられる人でありたいと、新年にふさわしいまじめな気持ちにさせてくれた良書でした。

  • 神の存在を抜きにして考えてもいいのでないと思う箇所が節々にある。

  • 神はなにもしない。
    なにかしては神ではない。

  • 神は美と秩序を創り、希望と勇気の源であるが、苦悩や悲痛を取り除くことはできなかった。苦悩や悲痛は広範囲に、平等でない形で分配される。

    一方、人々は神を全能だと考え、それを肯定し、そのために自分の不幸すら肯定してしまう。この食い違いが表題のような疑問を生む。

    このことは、神が全能であると信じ、信仰している人たちにとっては大きな苦痛なのかもしれない。実際、ヨブ記にはその様子が記されているように思える。

  • この本はユダヤ教のラビ(ユダヤ教の教師)が書いた本です。彼は過去に幼い子どもを病気で亡くしています。つまり彼も「なぜ私だけが苦しむのか」と絶望した人でもあります。ですからお仕着せの説教ではなく、「こんなふうに考えましょう」と苦しむ人たちに語りかけてきます。この語りかけを聴いていると「神様」が温かい、血の通ったひとのように思われてきます。
    私の夫の病気を「神様」は治すことなどできません。しかし「神様」は私を愛してくれる人のように、私が悲しむときそばにいて私の嘆きを黙って聞いてくれ、片時も私のそばを離れることなく寄り添っていてくれる。「祈る」ということは「神様」に「なんとかしてほしい」と「お願い」することでなく、神様の隣に「いる」ということ。だから孤独ではないということ。そう、この本は語っているように思います。

  • 「なぜ」苦しむのか、という本ではない。
    私「だけ」が苦しいことに対する、ひとつの答えがこの本にはあった。

    著者はユダヤ教のラビで、人間の苦しみに対して神はどういう存在であるのかを聖書を読みながら、自分の体験をまじえながら、書いている。
    私は無信仰なので神の部分はさておいて、心の持ちようという部分で考えさせられた。

    事故や病気、それ以外にも貧困や偏見などによる挫折などで傷ついたとき、人は自分「だけ」が苦しい思いをしていると思いがちである。
    そんなとき、理屈で納得させようとしたり、もっと頑張れと励ましたり、そんなことを考えるなとたしなめたりすることは、どれも間違いである。
    周りの人にできることは、ただ黙って傍にいること。ひとり「だけ」で孤独になる必要はないことを伝えること。

    “運命の手に一人もてあそばれていると感じるとき、私たちはとかく一人きりで暗い片隅にこそこそと逃げていき、自分を憐れみたくなるものです。そんなとき、私たちは、それでも自分は人々の繋がりのなかの一員なのだということを思い出す必要がありますし、私のことを気遣っていてくれる人が周囲にいるのだ、自分は命の流れに繋がっているのだということを覚えている必要があるのです。”

    “人びとが自分のことを心配してくれていると知ることは、人の健康状態に影響を与えうると、私ははっきりと信じています。”

    時に周囲の人を煩わしいと思うこともあるでしょう。私にはあります。
    けれど、それでも、孤独ではない保証があれば、安心して落ち込んでいられるのです。
    そして、浮上したくなった時、孤独でないことを感じられれば、どれだけ安心できることか。

    著者は神と人の関係についても言及している。

    “祈りというのは、基本的には神に哀願してものごとを変えてもらうということではありません。”

    “わたしたちに災いをもたらすのは神ではなく、巡り合わせです。”

    神は全能ではない。
    神は人を神に似せて創った。
    それは本能だけで行動するのではなく、自分で判断し、選択する能力を人間に与えたということ。
    善を選択するのも、悪を選択するのも、それぞれの個人の判断。それを神は覆すことは出来ない。
    なぜなら、善をしか選択できないなら、それは何をも選択できないことと同じだから。

    では、神はなんのためにいるのか。

    “完全でない世界を赦し、そんな世界を作った神を赦し、人々に手をさしのべ、何がどうあろうと生き続けていく”ための動機づけが、神ということのようだ。

    私はそこに神を持ってくることは出来ないけれど、言わんとすることはわかる気がする。
    立ち直る力は神が与えてくれるのか、自分の心のうちに最初から持っているのかは、人それぞれの宗教解釈によるだろうけれど、人生って公平ではないし、理不尽なものであるとわかったうえで、それでも生きていかなければならない人間ってやつには、傍で支えてくれる存在が必要である。
    そういうことなんだと思った。

  • 遠藤周作さんの沈黙をイメージしながら読み進めました

    なぜ 神は奇跡を起こさないのか、どんなに苦しんでも、どんなに必要としても、宗教は一切 答えないのは 何故なのか。そういう疑問に ヒントを提供する本です

    大半の日本人がキリスト教的価値観を必要としない理由は 他の受け入れやすい道徳的価値観を持っているから だと思っています

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