マンガは哲学する (岩波現代文庫)

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  • 岩波書店
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本棚登録 : 281
レビュー : 35
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006031831

作品紹介・あらすじ

マンガという形式でしか表現できない哲学的問題がある!自我論などで若者に人気の哲学者が、手塚治虫、藤子・F・不二雄、萩尾望都、楳図かずお、永井豪、赤塚不二夫、岩明均などの名作マンガを、相対主義、言語ゲーム、時間論、自我論、神の不在証明、超人論など現代哲学の観点から縦横無尽に読み解いていく。史上まれにみるマンガによる現代哲学入門。

感想・レビュー・書評

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  • マンガのセレクションがすばらしい。といっても、内容自体は哲学メインである。ある種の哲学性をもった作品にばかり触れている。だが、永井の哲学というのは、生きた哲学である。つまり、知識をひけらかすようなそういった意味合いでの哲学では決してない。そうではなくて、自然とわいた疑問に答えようとするもの、いや、それよりも、自然とわいた「問い」そのものである。芸術家全般はやはり感性が優れている。それは知識によって死していないものだ。だから、感じたものを表現しようとするのだけれど、それは往々にして問いになることが多いのだろう。そして、自分なりにその問いへと答えを与えようとする。といった観点から漫画を読むと非常に面白いのだが、どうにも、エンターテイメント性を追求したものばかり読んでいたので、そういったある種の芸術性をかねた漫画というものにあまり触れられていない。漫画を読むことをやめてしまったのも、もしかすればそういった面があるのかもしれない。

    ■世界を<中心化された世界>として見る。それは、<わたし>に対して、である。ちなみに、どこからどこまで同じであれば、わたしは<わたし>たりえるか?と考えると、これは実は否定される。どこからどこまで一緒でも、わたしは<わたし>たりえない。一緒だから<わたし>であるのではなくて、ただ、<わたし>であるだけなのだ。ちなみに、<いま>も同様に考えられる。どうすれば、いまが<このいま>たりえるのか?と考えれば、どこからどこまで一緒と考えてもやはり同じにはならないのだ。結局、<このいま>こそが<いま>であるとしかいえないのである。とくるのが、永井の中心思想、あるいは、哲学観である。だが、永井は、この次元<>を乗り越えたとあとがきに書いてある。その意味がいまいちわからないのだが、自分なりに考えるとこういうことになるだろうか?

    我々が、<世界>と言うものを考えたとしても、それは、我々が考えた<世界>でしかない。つまり、<我々のうちにある世界>でしかない。だが、いわゆる<共通世界>なるものが存在するには、我々は我々の外部に出なければならないのではないか?さもなければ、共通世界といっても、それは<わたしのうちにある共通世界>でしかなくなる。そして、我々が外部に出られるとすれば、つまり、<わたし>も<世界>も全て虚構によって構成されることとなる。それならば、もはや、<>は必要ない。わたしはわたしであり、世界は世界なのである、といった具合だろうか?永井の、本著以降の著作に触れてまた考えをめぐらしてみたい。

  • あえて踏み込みが浅くしてあるが、それがかえっていい味というか、言及元の漫画を読んでみようという気にさせられる。
    そして漫画を読んでみると、永井先生のキレキレっぷりに驚嘆させられる。
    永井先生の本は、何事に対しても素手で立ち向かっている感じがして、いいなぁ。

  • マンガは哲学書である。生死、生きる意味、私の形成、子供と大人の境目、難しいテーマでありながら、意外と読みながら頭も追いついていってた。哲学というより、漫画を読みたくなる。絶妙なまとめ方。

  • 名作マンガの大狂気に魂を感じ、哲学を求める。私とは誰か、人生の意味について、われわれは何のために存在するのか、など「哲学の大問題」を45の作品を題材に、「面白い哲学」の第一人者が解説。

    萩尾望都の本で紹介されていたので読んでみた。
    分かるような分からないような。それで良いのだ,って感じ。

  • 3年半ぶりの再読。倫理の授業プリントに載せられるマンガを探すという不純極まりない動機で読んだ。使えそうと思ったのは:『気楽に殺ろうよ』『ミノタウロスの皿』『伝染るんです。』『攻殻機動隊』『鉄コン筋クリート』『ぼくだけが知っている』『あっかんべえ一休』『デビルマン』『リュウの道』『寄生獣』『スターダストメモリーズ』

  • 面白かった。
    特に第5章の3〜5。4,5は所謂一般的な(と個人的には思っている)自分の中の「負」の側面を認めつつも、それを飼い慣らす強さを持てるようになること=大人になること、として描かれている。一方で3ではこうしたものとは違う子供-大人の関係が描かれる。
    大人とは子供が成長していくことでなるもの(或いは子供とは大人の未成熟な姿)、ではなく、大人と子供とは本質的に異なるものだとして形象化したものが、諸星大二郎「子供の遊び」というのである。子供から大人へと連続的に成長するのではなく、子供は子供として始まり、また終わる。大人も大人として始まり終わる。そしてこれが「真理」なのである。

    …もちろん、そんなことは無い。人間は「子供」を経て「大人」となる。それは事実である。しかし、その過程で肉体面、精神面で激変していくこともまた事実である。その変化の度合が凄まじいこと、それを諸星氏はマンガという形で表したのだ。ということだと思われるが、もしかしたら…と考えずにはいられないものがある。

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784006031831

  • 新書文庫

  • 底本:『マンガは哲学する』(講談社SOPHIA BOOKS 2000年02月) → 講談社+α文庫(2004)

    【簡易目次】
    第1章 意味と無意味 001
    第2章 私とは誰か? 037
    第3章 夢――世界の真相 073
    第4章 時間の謎 105
    第5章 子どもvs.死――終わることの意味 139
    第6章 人生の意味について 171
    第7章 われわれは何のために存在しているのか 199
    あとがき 231
    著作の秘められた意図――講談社+α文庫版のためのあとがき 233
    岩波現代文庫版のためのあとがき 241
    解説 哲学の旅(荻尾望都) 245


    【目次】
    まえがき(一九九九年十一月 永井均) [ii-vi]
    目次 [vii-xii]

    第一章 意味と無意味 001
    1.1 相対主義の原理と限界――藤子・F・不二雄「気楽に殺ろうよ」,「流血鬼」 002
    1.2 異文化との出会い?――藤子・F・不二雄「ミノタウロスの皿」,「サンプルAとB」,「絶滅の島」 007
    1.3 この話に作者はいるか――手塚治虫「ブラック・ジャック――第七話 幸運な男」 013
    1.4 言語ゲームと哲学的感度――吉田戦車『伝染るんです』 015
    1.5 感情の客観性(1) ―中川いさみ『クマのプー太郎』 024
    1.6 感情の客観性(2) ――諸星大二郎「感情のある風景」 026
    1.7 感覚の客観性――城アラキ・甲斐谷忍『ソムリエ』 029
    1.8 合理性の洞察――福本伸行『カイジ』 032

    第二章 私とは誰か? 037
    2.1 死んだのは誰か――萩尾望都『半神』 038
    2.2 愛は記憶を超える?――萩尾望都『A―A'』 044
    2.3 私は記憶を超える?――吉野朔美『ECCENTRICS』 049
    2.4 この身体は私のものか――士郎正宗『攻殻機動隊』 053
    2.5 もうひとりの私――高橋葉介「壜の中」 057
    2.6 私は二人いる――川口まどか「ツイン・マン」 064
    2.7 今はオレだ!――田島昭宇・大塚英志『多重人格探偵サイコ』 067

    第三章 夢――世界の真相 073
    3.1 夢はわたしに覚める――高橋葉介「夢」 074
    3.2 固有の夢こそが現実をつくりだす――佐々木淳子「赤い壁」 077
    3.3 現実という性質は客観的か――佐々木淳子「メッセージ」 082
    3.4 現実は映像か――佐々木淳子「Who!」 085
    3.5 夢の懐疑とロボットの懐疑――諸星大二郎「夢みる機械」 089
    3.6 神の不在証明は可能か――楳図かずお『洗礼』 094

    第四章 時間の謎 105
    4.1 ドラえもんは何のためにいるのか――藤子・F・不二雄『ドラえもん』 106
    4.2 殺されつづけるのは誰か――手塚治虫『火の鳥――異形編』 113
    4.3 過去に対して悪をなすことは悪か――星野之宣『ブルーホール』 122
    4.4 回帰は実在するか――佐々木淳子「リディアの住む時に」 128
    4.5 自分会議の決定を尊重すべきか――藤子・F・不二雄「自分会議」 134

    第五章 子どもvs. 死――終わることの意味 139
    5.1 未来にまかれた種としての子ども――楳図かずお『漂流教室』 140
    5.2 子どもという狂気――楳図かずお『わたしは真悟』 145
    5.3 なぜ子どもは大人になるのか――諸星大二郎「子供の遊び」 151
    5.4 大人のなり方(1)――松本大洋『鉄コン筋クリート』 154
    5.5 大人のなり方(2)――吉野朔美『ぼくだけが知っている』 159
    5.6 純化された死――永井豪「霧の扉」 162
    5.7 包み込まれていく死――しりあがり寿『真夜中の弥次さん喜多さん』 166

    第六章 人生の意味について 171
    6.1 被差別空間の感触――西原理恵子「はにゅうの夢」 172
    6.2 人生の意味と幸福――業田良家『自虐の詩』 177
    6.3 「真実の愛」が見つかるまで――しりあがり寿『ヒゲのOL藪内笹子』 183
    6.4 捨てるべきものがあれば――坂口尚『あっかんべェ一休』 184
    6.5 いながらにしていない――つげ義春「無能の人」 190
    6.6 これが究極超人か!――ゆうきまさみ『究極超人あ~る』 192
    6.7 これも究極超人だ――赤塚不二夫『天才バカボン』 194

    第七章 われわれは何のために存在しているのか 199
    7.1 倫理から存在論へ――星野之宣『2001夜物語』 200
    7.2 答えを超える問い――石ノ森章太郎『リュウの道』 204
    7.3 何も守らぬ闘い――永井豪『デビルマン』 211
    7.4 守るべきもののリアリティ――岩明均『寄生獣』 217
    7.5 私は何のために生まれてきたの?――星野之宣『スターダストメモリーズ』 224

    あとがき [231-232]
    著作の秘められた意図――講談社+α文庫版のためのあとがき(二〇〇四年七月) [233-239]
    岩波現代文庫版のためのあとがき(二〇〇九年二月) [241-243]
    解説 哲学の旅(荻尾望都) [245-254]

  • 『あっかんべぇ一休』は読んでみたいと思った。その他は有名作者ものが多かったのでいずれ読めるだろうなと感じた。社会に関する部分はわかりやすく、自我に関する部分はわかりにくい。

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著者プロフィール

1951年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業・同大学院文学研究科博士課程単位取得。現在、日本大学文理学部教授。専攻は哲学・倫理学。著書に『なぜ意識は実在しないのか』(岩波書店)、『ウィトゲンシュタインの誤謬』(ナカニシヤ出版/講談社学術文庫)、『哲おじさんと学くん』(日本経済新聞出版社)、『私・今・そして神――開闢の哲学』(講談社現代新書)、『哲学の密かな闘い』(ぷねうま舎/岩波現代文庫)、『存在と時間――哲学探究1』(文藝春秋)など。

「2018年 『世界の独在論的存在構造 哲学探究2』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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