- Amazon.co.jp ・本 (500ページ)
- / ISBN・EAN: 9784006032029
感想・レビュー・書評
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「狭山事件」は学生時代からよく目にして気になっていた事件である。内容はまったく知らず、埼玉県の狭山で起こった部落差別のことだろうくらいの曖昧なものであった。
同じように「鎌田慧」というノンフィクションライターのことも気になっていたが、亡くなった時に新聞の追悼記事で初めて人となりを知る程度であった。
今回、書店でこの本を目にして二つの気に掛かっていたことが交差しているので読んでみようと思った。
最初からすぐに引き込まれ、知って然るべきことを今まで知ろうともしなかったことに自責の念と恥かしさを感じた。遅ればせながら読んで良かったと思う本であった。
1963年5月、狭山市で16歳の女子高生強姦殺人事件が起こった。
犯人とされた石川一郎は死刑執行待ちの監獄で舎監に文字を教えて貰い初めて文章が読めて書けるようになった、読み・書き・「知る」ことで「考える」こともできるようになった。逮捕された時彼は非識字者であり、仕事も定まらない24歳の労務者であった。
そして取調べをした刑事の十年刑期の約束も自白をさせるための嘘であることを知り、言われる通り自供した自分に愕然とすることになる。
読者は、人間にとって読み書きが出来ることの意味を痛感させられ、文盲には限られた狭い世界しかなく、普通に読み書きできる人にはその狭さがわからないことを思い知らされる。
当時、直前に起こった吉展ちゃん誘拐事件が警察の初動ミスによる未解決で世間の目が厳しくなっていた。
教育には程遠い同和部落の貧困のなか部落出身の石川は別件で逮捕され、警察と検察が杜撰で強引な取調べをし彼を死刑判決に導く。地元地域社会の強い差別環境も作用し、メディアもそれを煽り死刑判決で一件落着した。
その後やっと実現した高等裁判所での再審の判決も死刑が無期懲役になるものであった。
脅迫文や万年筆の証拠が捏造され、父のアリバイ作りと何よりも本人の自白を要因とした判決の構成が覆ることはなかった。司法も無情な差別に与した。
事件の真相は時間とともに風化する。
石川一郎は84歳の今も冤罪を主張して戦っている。
鎌田慧は地道に現地を回り執念の調査と冷静な分析で、狭山事件が何であるかをもう一度解明していく。人間社会にあってはならない不条理を抉る説得力ある迫真のドキュメンタリーである。この作品は大きな力が弱者を蹂躙することに、人間として本能的防御反応が作動した傑作だと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示