- Amazon.co.jp ・本 (279ページ)
- / ISBN・EAN: 9784006032340
作品紹介・あらすじ
アジア太平洋戦争末期、中国戦線で中国人捕虜虐殺の軍命を拒否した陸軍二等兵の著者は、戦場の日常と軍隊の実像を約七百首の歌に詠んだ。そしてその歌は復員時に秘かに持ち帰られた。学徒出陣以前の歌、敗戦と帰国後の歌も含めて計九二四首の歌は、戦争とその時代を描く現代史の証言として出色である。戦場においても、人を殺してはならないという信条を曲げなかったキリスト者の稀有な抗いの記録である。
感想・レビュー・書評
-
詳細をみるコメント0件をすべて表示
-
あらたまり眉張り非戦をのたまえり荒野のさまの国原に父は
渡部良三
太平洋戦争末期の1944年、作者は陸軍2等兵として中国の小さな村に派遣された。22年(大正11年)、山形県生まれで、当時は中央大学在学中。いわゆる学徒出陣の1人であった。
掲出歌は、出征直前の数時間、キリスト教を信仰する父と静かに語り合ったときの情景。「非戦」を思う父子は、教育訓練として「殺人演習」が待ち受けていることなど、想像さえしなかっただろう。
だが、新兵の作者に、上官は命じた。「度胸をつける」ため、八路軍の中国人捕虜5人を殺せ、と。捕虜のなかには、同世代としか見えない若者の姿もあった。
軍隊では上官の命令は絶対であり、作者はためらい、迷う。日本人の義務として兵役は拒否せずに来たものの、人間を殺してはならない、という倫理を覆すことは難しい。逡巡の末、拒否を選んだ作者の横で、同期の戦友たちは震える手に「刺突銃」を握り、突撃を始めた。
逃げ処【ど】なきこころ抑えて戦友【とも】の振るう銃剣の音耳ふたがずにきく
虐殺をしなかった作者に、私的制裁は執拗なまでに続けられた。
かほどまで激しき痛みを知らざりき巻ゲートルに打たれつづけて
そのような体験を、短い手洗いの時間にかろうじて短歌に書きとめた。戦後、その紙片をばらばらにして衣服に縫い込み、復員。それらが歌集に編まれたのは、90年代になってからのことだった。長い歳月を要した、その心の奥底にも思いをはせたい。
(2012年8月5日掲載) -
短歌としての出来は分かりませんが、このような歌集が世に出たことが驚きです。よく生きてしかも原稿を持ち帰れたことに★5でもいいと思います。そして、こういう方がおられたことで、日本人として救われました。
それにしても、天皇に関することでも意見をはっきり述べられていて、こういう本を出版された岩波書店にもさすがと尊敬の気持ちを持ちました。 -
今更ではありますが、当事者の体験を語られることで、当時の残忍な戦争の中身を実感することができました。
虐殺・・とひとつの概念に束ねられると薄らいでいく実感も、ひとつひとつの体験として語られると、短歌というわずかな文字ですら訴えるものがある。
天皇責任についても明確に述べられていることに驚いた。
どうしてこのような見解が、そこかしこで見かけることができないのだろう。