OD版 精神の生活 第二部 意思 (下) (岩波オンデマンドブックス)

  • 岩波書店 (2015年8月11日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (386ページ) / ISBN・EAN: 9784007302503

作品紹介・あらすじ

人間の精神の営みは何のためにあるのか。ナチスの蛮行のような巨悪は、人間が「考えない」ことにかかわって生まれるのではないのか。生涯をかけて人間の自由と全体主義的独裁の問題を追究したハンナ・アーレントの遺著。ヨーロッパ哲学の正統的な流れに含まれる危険な要素をえぐり出し、現代社会の「思考の欠如」の行く末を厳しく警告する。

感想・レビュー・書評

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  • 精神の生活 (下)―第2部 意志
    (和書)2012年02月13日 13:36
    ハンナ・アーレント 岩波書店 1994年5月20日


    非常に面白かった。キリスト教神学についても考えさせられた。

    「批判的思考」・・・すべての他者の立場から吟味されていく用意ができている場合にのみ可能である。したがって批判的思考は一方では依然として一人でする営為でありながらも自分を「すべての他者」から遮断しないのである。

    他者の実際の判断というよりむしろ起こりうる判断と比較し我々自身を他のすべての人の位置に置くこと。可能にする能力は「想像力」

    批判的思考について考えていきたい。

    自分の活動の基本的な不可解さをじっと考えることによってそうするのである。この不可解さというのは、たとえそれが解けなくとも、それについて思考する価値のある謎なのである。

    ハンナ・アーレントさんを参考にすることは非常に価値があると思う。

  • アーレントの最後の作品。

    「精神の生活」は、「思考」「意志」「判断」の3部構成になるはずだったのだが、アーレントはこの「意志」を一通り仕上げた翌週、「判断」の標題と2つの題辞からなるタイトルページをタイプしたところで、心臓発作で死去。

    というわけで、本当に最後の「仕事」である。

    難解なアーレントの著作の中でも、もっとも難解と言われる「精神の生活」だが、「思考」は、そこそこついていけた。多分、西洋哲学の形而上学的傾向を批判し、乗り越えを目指すということで、アーレント独自の見解はあるものの、形而上学批判は多くの人がやってるし、対象となっている哲学者もソクラテスをはじめとして有名な方々だったからかな。

    そういうわけで、「精神の生活」、それなりにわかると思って、「意志」に進むが、ここで一気に難度が上がる。

    アーレントによると、そもそもこの問題を取り扱っている哲学者があまりいない、とのこと。

    「意志」は、「自由」に関わること。決定論的な世界観では、「自由」はないので、「意志」もあまり意味がないということか。

    つまり、アーレントがターゲットにしているのは、「思考」では「形而上学」、「意志」では、「決定論」なんだと思われる。

    まあ、その辺までは、分かる。

    扱われている哲学者のうちヘーゲル、使徒パウロ、エピクテトス、アウグスティヌスというあたりまでもなんとか分からなくもない。

    が、トマス・アクィナス、ドゥンス・ソコトゥスと中世スコラ哲学の世界になると急速についていけなくなる。

    そういう議論を踏まえながら、ニーチェ、ハイデカーにたとどりついて一応の結論に至るのだが、このニーチェ、ハイデカーの部分が、かなり難解。

    ニーチェで取り上げられているのは「権力への意志」という遺稿集。なんで、そんな編者のバイアスがかかっている本を選ぶんだよ〜、と???がたつ。で、その解釈も裏読みが続く。

    そして、ハイデカー。ここは、ハイデカーの「ニーチェ」解釈を中心に議論が進んでいて、前の章のニーチェが分からない私には、一層の混迷でしかない。

    アーレント、やっぱり最後まで恐るべしでした。

    というわけで、途中で意味不明になって、後半は文字を追っかけているだけになったのだけど、なんだか、アーレントの意図みたいなのは伝わってきた気がする。

    この本でのターゲットは、多分、ハイデカーなんだろうな。

    アーレントはハイデカーの弟子で、一時、愛人でもあった人。

    ナチが政権を取った後、ハイデカーはナチズムに加担、アーレントは亡命と運命は別れる。

    戦後、2人は再会して、交友関係を再開する。

    アーレントのハイデカーへの尊敬と愛情、そして反感、憎悪などの複雑な感じが、ここで難解なハイデカー批判として文章化されているように思える。

    このハイデカー批判の前提として、ナチズムとの関係のある「権力への意志」がニーチェの著作として論じられているのかも?

    西洋思想全体の批判を試みたアーレントの最終ターゲットは、師のハイデカーの乗り越えだったんだな〜、と。

    アーレントは、最後まで、このハイデカー批判を本に入れるかどうかを悩んでいたが、「ハイデカーも高齢なので、多分、この本は読まないだろう」と思って、本にいれることにしたらしい。(結局、ハイデカーよりアーレントの方がさきに亡くなってしまったのだが。)

    友情を大切にするアーレントらしいエピソード。

    というわけで、西洋思想全体への批判は、概ね、この「思考」と「意志」までで、「判断」で、アーレントなりの乗り越え案が提示される予定であったはず。

    が、その「判断」は、タイトルページしか書かれなかった、という。

    自分の著作で、自分の言いたいことが唯一のメッセージにならないように複雑な迷路を築いていたアーレントらしい終わりかも。

    が、ミステリー的な関心で、「判断」は、どういう内容だったのか、という興味は尽きないし、アーレントの本当の意味での「最後の思想」を知りたいという強い欲求があるな。

    その辺は、「カント政治哲学講義録」が、その内容を示唆しているということになっていて、当然、そちらも読むことにする。

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著者プロフィール

ハンナ・アーレント(Hannah Arendt):1906-75 年。アメリカの政治理論家、思想家。ドイツの同化ユダヤ人家庭に生まれる。ハイデガーやヤスパースらに師事。1933 年、ナチスの迫害を逃れてフランスへ、1941 年にはアメリカに亡命。20 世紀の全体主義を生み出した人間の条件と対峙することを生涯の課題とした。著書に『全体主義の起原』『過去と未来の間』『エルサレムのアイヒマン』『精神の生活』など。

「2025年 『人間の条件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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