ノラや (旺文社文庫)

Kindle版

β運用中です。
もし違うアイテムのリンクの場合はヘルプセンターへお問い合わせください

  • 旺文社 (1983年1月1日発売)
3.43
  • (1)
  • (1)
  • (5)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 26
感想 : 4
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784010613627

みんなの感想まとめ

愛猫の失踪を通じて、深い喪失感と愛情を描いた作品は、百閒先生の心の葛藤を鮮やかに表現しています。先生が涙を流しながら猫を思う姿に、読者も共感せざるを得ません。猫を飼っていない人でさえ、その悲しみの深さ...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 2017/6/4購入

  • 「猫好きの人」というのがよくわかる本でした。
    なにより、励ましの手紙が面白かった。

  •  百閒先生は母の気に入りで、小さい頃から拾い読みばかりしていたので、2010年の最後に通し読み。
     愛猫ノラが失踪してしまい、泣き暮れる百閒先生のお話。ほんとに冗談でなく泣いてばかりいるので、せ、先生そんなこっちまでつられるじゃないですか…という感じです。
     先生があんまり悲しんでいるので、わたし猫を飼っていなくてよかった、と思いましたけれど、飼う喜びは失う悲しみに勝るものなんでしょうか。「ノラ来簡集」を読むにつけ、どちらとも言い難いのだろうなと思います。
     ノラだけでなく、宮城道雄や、昔身の回りの世話をしてくれていた青年、取材旅行のカメラマンなど、実はさりげなく死(あるいは喪失)の色濃い本でもありますね。カバー見返しにある「おかしみの中に人生の深淵をのぞかせる」という百閒文学らしいところなのかなと思います。

  • 帰ってこない猫を案じて百鬼園先生がひたすら号泣するエッセイ。さすがに正直ウザいだろうこれは、のと思うのになぜか笑いがこみあげる。途中、読者からの励ましのお便りが編集されているんだけど、これまた「大きなお世話」感たっぷりで愉快。それにしても、いくらなんでも泣きすぎだ。

全4件中 1 - 4件を表示

著者プロフィール

内田百閒(うちだ・ひゃっけん)1889―1970
岡山県生まれ。本名・栄造。15歳のときに親友・堀野寛と出会い、堀野を通じて読書の趣味に目覚める。翌年、夏目漱石の『吾輩は猫である』上篇を読み、漱石に傾倒。19歳のころには俳句熱が高まって、俳諧一夜会や苦渋会という句会を結成。岡山近郊の百間川から俳号を「百間」とした。1910年、東京帝国大学文科大学へ入学。翌年2月に、静養中だった漱石を訪ねる。漱石の面会日「漱石山房」に出席するようになり、小宮豊隆、津田青楓、森田草平、芥川龍之介、久米正雄などと知り合う。以後、陸軍士官学校や法政大学で教鞭をとる。1920年には、作曲家・筝曲家の宮城道雄に知遇を得て親交が続く。同年、幼少期より寵愛を受けてきた祖母の竹が死去。1922年、はじめての著作集『冥途』を稲門堂書店より刊行。翌年、関東大震災に遭い、『冥途』の印刷紙型を焼失してしまう。1933年に三笠書房から『百鬼園随筆』を刊行してから、『冥途』の再劂版や第二創作集『旅順入城式』(岩波書店)、『百鬼園俳句帖』(三笠書房)などを刊行。その他、『贋作吾輩は猫である』(新潮社)、『ノラや』(文藝春秋社)など多数の書籍、作品を発表する。1965年には、これまでの功績を評価され芸術会員に推薦されながらも「いやだから、いやだ」とそれを辞退。それからも『麗らかや』『残夢三昧』(いずれも三笠書房)などを著す。多くの名筆を世に刻み、1971年4月20日に逝去。

「2023年 『シュークリーム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

内田百閒の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×