残夢三昧・日没閉門 (旺文社文庫)

  • 旺文社 (1983年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784010613719

感想・レビュー・書評

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  • 古本で見つけた旺文社文庫。旧カナとか最初引っかかったんだけど、慣れてきたら百閒先生はこっちの方がええかな、って気がしてくるから人間なんてええ加減。
    ネタはどっかで読んだ使い回しのような気がするけど、それでも読ませる文章やからええよね。さすが百閒先生。

  •   世の中に人の来るこそうれしけれ
      とは云ふもののお前ではなし
    この一文で虜になりました

    本文は旧字体が多くて私にはちょっと難易度が高い
    けれど少しずつ読んでいこう、と思わせる魅力のある随筆集です

  •  
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/4010613718
    ── 内田 百閒《残夢三昧・日没閉門 1969 三笠書房 198301‥ 旺文社文庫》
     

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著者プロフィール

内田百閒(うちだ・ひゃっけん)1889―1970
岡山県生まれ。本名・栄造。15歳のときに親友・堀野寛と出会い、堀野を通じて読書の趣味に目覚める。翌年、夏目漱石の『吾輩は猫である』上篇を読み、漱石に傾倒。19歳のころには俳句熱が高まって、俳諧一夜会や苦渋会という句会を結成。岡山近郊の百間川から俳号を「百間」とした。1910年、東京帝国大学文科大学へ入学。翌年2月に、静養中だった漱石を訪ねる。漱石の面会日「漱石山房」に出席するようになり、小宮豊隆、津田青楓、森田草平、芥川龍之介、久米正雄などと知り合う。以後、陸軍士官学校や法政大学で教鞭をとる。1920年には、作曲家・筝曲家の宮城道雄に知遇を得て親交が続く。同年、幼少期より寵愛を受けてきた祖母の竹が死去。1922年、はじめての著作集『冥途』を稲門堂書店より刊行。翌年、関東大震災に遭い、『冥途』の印刷紙型を焼失してしまう。1933年に三笠書房から『百鬼園随筆』を刊行してから、『冥途』の再劂版や第二創作集『旅順入城式』(岩波書店)、『百鬼園俳句帖』(三笠書房)などを刊行。その他、『贋作吾輩は猫である』(新潮社)、『ノラや』(文藝春秋社)など多数の書籍、作品を発表する。1965年には、これまでの功績を評価され芸術会員に推薦されながらも「いやだから、いやだ」とそれを辞退。それからも『麗らかや』『残夢三昧』(いずれも三笠書房)などを著す。多くの名筆を世に刻み、1971年4月20日に逝去。

「2023年 『シュークリーム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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