アンアンのセックスできれいになれた?

著者 :
  • 朝日新聞出版
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本棚登録 : 163
レビュー : 29
  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022508072

作品紹介・あらすじ

たった20年前は「女はもっと自由に」って、みんな言ってたのに…。そんな考え方、もう古いの!?女性のためのアダルトグッズショップを経営する著者が鋭くつづる日本女性のセックス観の変遷。雑誌「an・an」のセックス特集から垣間見える、女性の生き方40年史。

感想・レビュー・書評

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  • 多くの人々、特に男性のほとんどには理解も共感もできないだろうが、私には北原さんの怒りや嘆きが、痛いほどよくわかる。
     子どもの頃から抑圧されてきた性的欲望を語っていい、肯定していいのだと、女たちの背中を後押ししたバブル経済と雇用機会均等法がもたらした力は、もしかすると一時の幻想だったかもしれない。だからと言って、女たちがようやく手にした性的主体性が、男が支配する商業主義の世界に、不気味にねじくれた形で絡めとられてしまったことを、女たちだけのせいにすることはできないはずだ。私たちが夢みたものそれ自体は、決して時代の徒花ではないのだから。
     なつかしさや悲しみではなく、怒りとともに、あの時代をふりかえれ。まだ実現せぬ私の主体性のために。

  • 自分の中にあったセックスへの疑問が的確に指摘されており、おそろしいほどの共感にくらくらときました。

    結婚するまで処女でいるという貞操観念が薄くなったとはいえ、女性が不特定多数とセックスすることは「ヤリマン」で「ビッチ」は当然、下手すると「自傷癖」なんて言われてしまう。
    でも男性は本能だから認められて当然。
    女にも性欲があるのに、不思議ですね。

    本書で一番面白かったところは、「セックスで女がする仕事」を金額で表したところ。
    アンアンの付録である女性向けアダルトビデオ、その内容(草食系のカレをその気にさせて喜ばせる方法)を観て驚愕した著者が、女優の行動を仕事として金額化しています。
    例えば、決して自分からパンツを脱がない(控えめな女と思わせる演技力と手間)……○○円 など。
    どうして風俗並の技術を身につけて奉仕に徹してまでカレを喜ばせなければならないのでしょうか?
    セックスが愛と不正確な形で結びつけられた風潮によって、愛を得るために奉仕セックスをすること。それを自ら求めて「セックステクニック特集」を漁る現代の日本女性の姿を哀しく思います。

    主体的に、自由で、楽しむセックスを提案したかつてのアンアンはどこへ行ってしまったのでしょうか?
    そして、そんな形をとった雑誌は再び現れるのでしょうか。

  • 名作すぎて、5回くらい震えて1回号泣した。号泣したのは、北原さんとこの間亡くなった飯島愛さんの関わりについて書かれた部分。それは単に自殺してしまった飯島愛さんへのセンチメンタルな共感とかじゃなくて、セックスに対する女の悲しい思いを飯島さんが象徴していたように読み取った北原さんの、セックスに纏わる女の悲しさに対する寄り添い方に、ものすごく心打たれたから。


    私は筆者の北原みのりさんより10つ年下で、かつてはオリーブとかJAPANとかを購読しているサブカル女子ではあったが、アンアンという雑誌については今までほとんど手に取ったことがなかったし、アンアンはいつもセックスや「どうやったらもてるのか?」についてばかり書いてあるつまらないマニュアル雑誌、というイメージしかもっていなかった。


    そんな私はついこの間、生まれて初めてアンアンを購入した。
    私の恋人が会社の人たちと一緒に、「”脈あり”かと思ったら全然違った!思わせぶりな男の心理とは」という企画で紙面に載っていたからだ。生まれて初めてかぶりつくように読んだアンアンはとても「興味深く」て思わず、アンアンすごいなあ、とツイッターでも呟いた。おもしろかったのは、自分が知っている人の意見を紙面で読んだってこと以上に、ここまで女に「もてること」や「愛されること」を求める雑誌と、それを詠んでいるこの社会の女たちってなんなんだろう?と思ったのだ。



    北原さんも後半で指摘しているような「愛される女になることが大事」イデオロギーや愛あるセックス至上主義。

    そして愛される女になるためには、いくつものマニュアルが存在する。複雑で(でもすごく単純なところもある)プライドが高く、地雷の多い男の子たちが、肉食系・草食系・文化系など様々なカテゴリーに分けられていて、それぞれに対してより効果的なアプローチがあり、彼らの求める女の子像がこれでもかというくらい詳細に提示される。やれこういう仕草にきゅんとくるだの、こういう状況ではこんな言葉をかけてほしいだの。



    アンアンから私が感じた事は、読んでる女の子たちが全然主体的になれていないっていうこと。希求する先が自分を中心とした憧れの世界じゃない。いつも参照枠があって、そこに照らし合わせながら自分の立ち位置を確認したり、男に通用する魅力を評価される世界。



    私という女が中心で、女目線で書かれていたセックスから、男に愛され、認めてもらうためのセックスへ。

    この本(北原みのり『アンアンのセックスできれいになれた?』)では、アンアンという雑誌の分析を通して、日本で女にとっての性のあり方やセックスがどういう風に変わっていったのかを分析し、提示している。







    セックスは愛とつながるけれど、愛とつながらないこともある。

    一時期センセーショナルな事件だった東電OL殺人事件の被害者は、殺されたのに「売春していたから」騒がれ、死んだあとも社会的にレイプされた。

    愛とつながらないセックスをする女の子はビッチって言われる。男は言われないのに。



    愛とつながらないことをすごく恐れている女の子たちがいて、それは身体にリスクがあるから。

    怖いのは、妊娠したらどうしよう、ということ。それは男は絶対持つことのない(そして絶対にわからない)怖さだ。

    生命を生み出すという奇跡をおこして、場合によってはそれを殺してしまわなければいけないということが自分の内部でおこるのは、はっきりいって半端ない。もし半端なくなんかなくて、堕ろしてもへっちゃら!っていう女の子がいるとしたら、それは自分が傷つかないように麻痺させているからだ。


    愛あるセックス至上主義や「愛されるオンナになることが大事」イデオロギーは、この怖さによって加担され、そしてその怖さが愛=性の関係を正当化することで、女の子たちのセックスを「愛」という名前でとことん縛る。大事にしてもらうために。愛されるために。セックスしても嫌われたり飽きられたりしないために。愛っていう看板を掲げているだけ何倍もタチの悪い、抑圧だ。


    本来ならば、と思う。
    自分のために体があって、それを男の人が愛してくれたら気持ちがいい。
    ほめてくれて、夢中になってくれるような体でいたいと思うのは、そういう体であれば自分自身も自分のことを好きでいられるからだと思う。

    でも愛あるセックス至上主義のせいで、自分を愛してくれるはずの男の反応や評価や視点を気にして、女の子たちがもがいているのだとしたら悲しすぎる。


    私は自由でいて、そんな自由でいる自分を可愛いとか魅力的だと思ってくれる男の人と一緒にいたい。
    究極のところで味方でいてくれるのならば、社会で言われているような女的な役割も性奴隷的プレイも、喜んでするのに。

    私には、「自由になりたい私、従属したい私」があり、男という主体の中に収まりたい欲だって持っている。
    でもそれは私の「趣味」だ。それを社会的な雰囲気で当たり前のように押し付けられるなんて、ごめんだ、と思う。


    女の人にも、そして男の人にも読んでほしい本。

  • 自由にセックスするなんて、もはや面倒くさいという時代。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「面倒くさいという時代」
      時代だからなの?
      「自由」の意味が、誰とでもなら自制をするのは良いコトでしょうね。
      病気を持ってる人が、増えてるの...
      「面倒くさいという時代」
      時代だからなの?
      「自由」の意味が、誰とでもなら自制をするのは良いコトでしょうね。
      病気を持ってる人が、増えてるのかどうかは判りませんが、不安に思う、人を巻き込むような自由さとは無縁でいたいです。。。
      2012/12/13
  • アンアンの変遷をたどることは、日本の女の変遷をたどることだった。買うだけで、バッグに入れてるだけでかっこいい女になれたような気がしたアンアン。自由でかっこいい女が一番輝いていた時代の一番かっこいい雑誌。みんなが自由に私らしく生きられるんだと信じていた時代の。私もそのひとりだったから、この本は心にひりひりとしみる。この20数年を、「こういうことだったんでしょ。」と要約してくれたような。あまりにやるせない要約だけど。
    ちなみにアンアンのセックス特集をお金出して買ったことは一回だけあります。。。

  • ananで、愛のあるセックス礼賛になってから技術系の特集が組まれ出したというのが示唆深い。つまり明確に、「セックスは自由の象徴でなく、お仕事、または、カレとの関係を深めるための技術なんだし」という訳だ。愛のための技術としてのセックス。ケッ。

  • 私は、フェミについても、an・anについても、はっきり言って全く興味がない。そして、フェミやan・anに興味がある人々についても、殆ど知らない。そういう私が読むと、本書はある一人の70年代生まれの女性(とは、即ち年代的にも、譬喩的にも、スーザン・ソンタグのこどもの世代、というふうに変換される)が思春期から今日に至るまで、驚くことに少しもブレることなく関心を抱き続けてきた問題意識を、なんとも愉しく書いてしまった一冊、という印象を与える。大抵の場合がそうであるように、著者が問題意識をその筆致にありありと顕在させ、愉しく書いてしまったものには、鼻しらむものである。フェミニズムの本が、政治家の著作物のように、殆ど読めたものでないのもそのためだ。

    だが、本書、著者の鬱憤を書き捨てた全ての章が終わり、あとがきに差し掛かるとなかなかおもしろい。特に村木厚子さんについてのくだりは本書の中でどこか異色を放っている。

    「──女性は自由になったのか。
    言うまでもなく、そんな問いが立てられている以上、見当違いが続くものだ。問題は自由か否かではない。問題は女性ではない。著者が、00年代に入って突如として、長年愛読していた雑誌や社会全体が理解できなくなったのは、その変貌のためなんかではない(その意味では社会は常に変貌しながらのみ存在するのだ)。それは、筆者が思い描いていた解決されるべき──あるいは、ぶっつぶされたい──問題が、なし崩しに近い状態で解消されたからではないか。問題意識が向かう先をなくし、弄ばれている不満の現れではないか。」

    小悪魔agehaの愛読者がan・an世代から「傷だらけのイタイタしい少女」として描かれているが、(そのどちらにも属さない世代、80年代始め生まれ、元不登校児と帰国子女である)私からすれば、なにか問題がないとやっていけない類の感性────つまり、己の充実した生活のために問題を作り出してしまう傍若無人な感性こそ、いかんともしがたい、バブル世代特有の負の遺産にみえる。

    加えて、今日街角やネット上でたまに見かける、実年齢は小悪魔ageha世代、感性はan・an愛読者、といった女性たちが、なにか格別な不気味さを放っていることを、読みながら何度となく思い出していた。

  • はあ良い本だった…アンアンの変遷と共に、やはりどう変わっても理不尽な社会に対する北原さんの思いがひしひし伝わってきて、読んでいて胸が締めつけられました。

  • 借りたもの。
    アンアンの歴史と著者が感じた時代の空気、フェミニズムと著者が思う女性のセックス感あるいはメイクラブの相違を思う本。

    前衛的なカルチャー、ライフスタイル、アートの様だった(私はその頃のが好き)アンアンが、女性の社会進出の時代に合わせて大衆向けファッション誌になってゆく。

    アート的なヌードに端を発し、男性のポルノ、エロに対抗する、女性のための「セックスできれいになる。」特集。

    フェミニズムも相まって、男性社会に対する攻めの姿勢として、当時の(男性)社会には受け止められた模様。
    そのころ成立した、男女平等とは――要するに男女雇用機会均等法なのだが――あくまで「雇用の機会に性差は無い」と言っただけで、男女の性差を理解した上での平等ではない。
    この微妙な差異によって生じた歪は、今も大きな誤解を生んでいるように思える。

    その趣旨とは、70年代のアンアンは“セックスを女性も楽しむものとした”事が画期的だったのだ。

     紙面には当初、概念のような……考え方についてだったが、時代が進むにつれ(認知度が高まるにつれ話題に欠くためか、よりセンセーショナルにするためか?)テクニックについて議論されるようになる。
     更に進むと、再び男性に媚びたような……ゼロ時代に至っては、「彼(男性)を悦ばせる」として、どこかセックスワーカーの奉仕のようなテクニックを紹介していた模様。
    まるで前時代的な、男性主体のものになってしまったよう……
    女性が男性向けエロコミック、ポルノに影響されてしまったのか?
    彼(男性)を思いやる――女性原理の価値観――が、女性自身の女性性を傷付けたり、抑圧してしまってはいまいか?

    未だ、女性がエロを語ると「淫乱」という侮蔑的なレッテルを貼られてしまう。
    男性にもこれを読んでほしいが、男性は“この感覚を理解できない”気がする……
    男女の性への価値観の隔たりを強く感じてしまう。

  • 367.9

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著者プロフィール

1970年神奈川県生まれ。作家。津田塾大学卒。96年フェミニズムの視点で女性のためのセックストーイショップ「ラブピースクラブ」設立。著書に『毒婦。』、『奥さまは愛国』『性と国家』(共著)など多数。

「2017年 『日本のフェミニズム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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