ぼくらは都市を愛していた

著者 :
  • 朝日新聞出版
3.66
  • (19)
  • (41)
  • (40)
  • (8)
  • (0)
本棚登録 : 364
レビュー : 58
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022508959

作品紹介・あらすじ

デジタルデータのみを破壊する「情報震」が地球上で頻発している。原因はおろか震源地すら特定できない。あらゆる情報が崩壊し、機能を失った大都市からは人の影が消えた。偵察のためトウキョウに進駐した日本情報軍機動観測隊は、想定外の「敵」と出会う…終末か創世か、3.11を経てはじめて書き得た、渾身の長編登場。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 大好きなバンド、アーバンギャルドの「あした地震がおこったら」がモチーフの一つと聞いて。
    普段SFというジャンルをなかなか読まないので新鮮だった。
    哲学的でずっしり重い。自己の存在や今見ている現実の不確かさを真っ向から指摘された感じ。
    後半はなんだかパニックになりそうだった。
    「あした地震がおこったら」を初めて聞いたときの衝撃を思い出し、曲を聞きながら読んでいた。読了後にももう一度聞いて、ぞっとした。

    『東京はなかった 街はなかった ぜんぶみんなのまぼろし』

  • 物語の出だしのSF感に惹かれて読んだけど、最後の方は訳がわからなくなってしまった。

  • 文章量が多くページを捲るたびに正直げんなりした。この苦行を超えた先には、2つの視点で描写される別々の世界についての説明があり、難解だがそれなりの収束感はあるが、それに見合うかどうか。読みにくいわけじゃないけど過剰な説明口調とも感じられる文体が好みに合うかどうかですね。

  • わたしとは何か、他人とは何か。
    都市とは、人人の意識で作られているモノだとして、
    その中で自分と云う存在を、他者の存在に頼らず証明する事が出来るのか。もし、できなければ…

    最後の一行まで神林長平さんらしい長編でした(ミリも豊富でしたし!)
    至福のひと時。


    文庫版は解説も良い部分を抜き出してくださって居て、良いなあと思ったんですが、「男と女の話だ」で括るのはどうかとも。
    間違いじゃないけど、そこじゃないような。

  • 情報震が頻発し人類が危機に瀕している世界と、人工神経網が開発された社会で人間模様と事件の解決を目指す世界の二つの舞台を軸に進んでいく小説。この作りが我々により一層このSF作品の語るところの危機に現実味を感じさせる。
    人間を観念のみで生きさせることを可能にする巨大装置という都市の解釈。
    都市、肉体、情報、さらには人生、性についてのとても興味深い考察や言葉が作品には盛り込まれており、SFとしてすばらしい作品であると思えた。ディテールが足りないせいか、登場人物に人間感が足りないのは設定上のご愛嬌…?

    綺麗にまとまっていたけどオチをもうちょっと印象深くして欲しかった。

  • SFでありミステリー。神林先生の独自の世界観が哲学的対話のような小説。好き嫌いが分かれるかもしれませんが、私は好きな感じでした。

  • みんなディテールを語らない。この世界観にやられて、森を語るが木を語らずになってしまう。
    (ネタバレ)
    カイムは冒頭で「オーラの存在が見える」女の話をします。オーラは一般的には無いことになってますが、そのオーラが仮に見える(感じれる)となれば人にはいろいろな認知の仕方があるのではないか。ある人には後光に見えて、ある人には白いモヤに見える。その他にもいろいろ感じ方があるだろうと語ります。ここまでは

  • 面白かったのだけれど、消化不良。
    もしかしたら、全部わからなくても良いのかな…。
    読み終えてから3日ほど渦巻いてた感想を寝かせてみたら、「機械の中やら頭の中の仮想世界をどう捉えたらいいのか頭を捻って悩まされた。」というすごい大雑把なモノになった。
    神林氏の「人」の在り方は難しい。突き詰めたら「私とは何か」なんて難問題が浮かんでくるし、それに共通意識やら仮想意識やら出てくると、もうどうしたらよいやら。…などと悩みつつ、交互に出てくる綾田ミウの世界と綾田カイムの世界を読んだ。ふたりの世界は違うようで同じなようで、やっぱり違うのだろうか。

    アンブロークン・アローを再読したところだったので、機械知性の部分についてはちょっと考えた。都市=機械→機械知性という設定が出てきて、その機械知性が、自分は綾田カイムが望む都市の幻想として存在していると言う。都市=雪風、カイム=零、だとしたら、この機械知性と人との関係はどうかなあ…。私はちょっと嫌かも。

  • そう、後半は少しパニックに、そして最後はもう、哲学的。
    自分もこんなこと考えてたことあったなーとかでもちょっと違うなーとか考えながら読んでた。
    自分の存在が他人によって造られたものだったら、嫌だな。他人に意識させられて初めて自己がある、という意味ではなくて終盤の柾谷綺羅みたいな。自分が誰かの一存で消えてしまうなんてきっと耐えられないもの。

  • まだ飲み込みきれていない。んー。面白かったのは確かだったのだが。

    自らがどのような現実を引き受けて生きていくのか。ウェブにつながり、自己の情報を無数に複製して生きている我々にとって、現実とはどこにあるのか。この意識は本当に自らのものなのか。設定は攻殻機動隊、特にGOHST IN THE SHELLを強く思い起こす。

    で、帯にある「ポスト3.11」として、この物語を如何に位置づければ良いのか。その点にまだ応えが見出だせていない。例えば3.11に対して、俺が持っているのはメディアを通したイメージだけだ。実際に被災地の様子を確認したことはなく、その意味で俺の現実の中には3.11は実在していないのかもしれない。津波による街の崩壊、原発事故、目に見えぬ放射線の脅威、すべてはマスメディアとソーシャルメディアにより伝達される情報となり、分散し、俺たちは情報の海と化した現実を生きている。ポスト3.11のリアルがどこにあるのかも、明確にはなっていないまま。んー……。

    それにしても、神林先生の描くSFは美しい。SFとして優れているだけではなく、文章の美しさこそが彼の優れたるところだと思う。姿形のない情報震と戦うミウの描写と、生の人間との触れ合いをひたすらに思い起こすカイムの描写との対比。他者を求めた、自らの認識を肯定するための客体を求めたという意味では、両者は一致している。

全58件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1953年、新潟県新潟市生まれ。79年、短編「狐と踊れ」で作家デビュー。『敵は海賊』、『戦闘妖精・雪風』シリーズなどで数多くの星雲賞を受賞し、95年、『言壺』で第16回日本SF大賞を受賞した。『魂の駆動体』、『永久帰還装置』、『いま集合的無意識を、』、『ぼくらは都市を愛していた』など著書多数。SFファンの圧倒的な支持を受けている。

「2017年 『フォマルハウトの三つの燭台〈倭篇〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ぼくらは都市を愛していたのその他の作品

神林長平の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
冲方 丁
高野 和明
朝井 リョウ
伊坂 幸太郎
伊坂 幸太郎
米澤 穂信
冲方 丁
三浦 しをん
横山 秀夫
伊藤 計劃
有効な右矢印 無効な右矢印

ぼくらは都市を愛していたを本棚に登録しているひと

ツイートする