- 朝日新聞出版 (2012年3月7日発売)
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感想 : 112件
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Amazon.co.jp ・本 (296ページ) / ISBN・EAN: 9784022509505
みんなの感想まとめ
過去と向き合うことの重要性を描いた物語が展開され、主人公は降霊会を通じて自らの人生や周囲の人々との関係を見つめ直します。戦後の東京を舞台に、裕福な家庭に育った若者たちのリアルな姿が描かれ、彼らが抱える...
感想・レビュー・書評
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戦後に生まれ、東京の裕福な家庭に育った男性が、ひょんなことから降霊会に誘われ、過去と向き合う話。降霊会というと突拍子もないように思えるけれど、終戦から高度成長期までの時代のリアルな空気、当時の東京で裕福に育った若者達の在り様など、読み応えがあった。
個人的に、終わり方がいまいちしっくりこないような気がして残念だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
人は知らず知らずに傷つけ傷ついて、大人になっていきます。臆病だったり、面倒だったり、ほんしんを素直にあらわせなくて思いもよらぬ方向に人生が曲がってしまうことも多々あります。その時のあいまいな態度が今の自分に繋がっていると思うと、もっと考えるべきだったとか、意地をはらずに優しくしてあげればよかったとか後悔しきりです。でもそんなことは過ぎてみないとわからないものです。でも、今更と思わず、あの時のことを謝りたいとか、お礼をいいたいとか思って、そんな機会があったら、迷わず口にだしてみたいと思いました。やり直しはできないけれど、今できることはやったほうがいいにきまっています。
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さして主人公に非は感じないけど、人は知らないうちに傷つけて生きていくんだな、って思った作品。
でも、結局主人公にとってなんのための降霊だったのかよくわからん。 -
人助けのお礼にと、即席の降霊会に招かれた主人公。これまでの人生の悔悟として思い出したのは、戦後間もない小学生時代の友人「清」と、学生闘争真っ只中に出会った恋人「百合子」。2つのエピソードが描かれています。
戦後日本とか、学生闘争は、浅田作品にも度々でてくる舞台設定。テイストも『沙高樓綺譚』や『霧笛荘夜話』のような感じで少しマンネリかな、と思って読み始めましたが、なんのなんの。
その時代の背景がしっかり描写されているので、その時代を生きていない自分でも、容易にシーンがイメージできるし、なぜそのような悲劇が生まれるのか、読者それぞれの答えを考えさせてくれるところはさすがでした。
それにしても梓とジョーンズさん達は、一体なんだったのか。ものすごく気になる。 -
なんかメトロとかぶったなあ。戦争の悪い時代から急速に復興した時代×不思議な力でのありえない出会い というmix感が。最後にもうひとひねり、不思議が待ってたしね。でもなんか、どこかで見たような。。というかんじが拭えないまま本を閉じた、そんな読後感。山野井清と小田桐百合子。それぞれ、主人公である「ゆうちゃん」に悔悟(←このコトバあまり使われないのにキーワードとして出てきたのがなんか一番印象に残ったかも)の念を残していたふたつの思い出を、霊の口寄せで振り返り、滞って固まりかけた思いを解くというような内容。私ならだれを呼ぶかなあ。もういちど話してみたいひとはいくらもいるけど、でも、やっぱ怖いかな。まあなんにせよ浅田さんらしい1冊。家族、恋愛、社会、霊魂、いろんな角度の切り口がとれるから、夏の読書感想文なんかも、書きやすい1冊かも。
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キヨが不憫だな
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すばらしい作品だった。
主人公の幼き時代に訳ありの友達をもち、一線をひいて付き合った。老いたのち、霊となった友人と再会する。なんともいえない切なさがたまらない。恨みはなく、さわやかに別れた。
また、主人公は、19歳のころに愛した清純な女性を、その時、振ってしまったことを、長年後悔してきた。一方、自分を愛していた女性には気づかずにいた。自殺してしまった好いてくれていた女性が霊となって現れ、一言さよならを言ってほしかったと激白した。しかし主人公は最後まで言わなかった。心の葛藤、人間模様の描き方が絶妙であり、読ませる。 -
あまり後味のいいお話ではなかった。
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浅田次郎の世界である。
前半と後半の2本立てであるが、主人公は同一。
三つ子の魂、百までではないが、主人公の決められない性格は治らない。ラストは少し怖い。
冒頭の新古今集の歌がきいている。
「来しかたを さながら夢になしつれば 覚むるうつつの なきぞ悲しき」
過去と現実は連続しているはずなのに切り離して、「昔は・・・」と片付けようとする。過ぎ去った時をすべて夢とし、別物にしてしまったため、夢から醒めて帰る現実が無いことが悲しい。 -
昨夜、あと2ペジだけ残して寝てしまった。
読み始めたのは夕方だったから、一日読破には程遠い?なぁ。
なので、この感想はさっき読み始めてから3分後に書いています。
じつわ浅田次郎の作品はたいていは手に入れたら一晩で読んでしまう。
上下巻の大作の場合はそうもいかないが、最近はそんな大作わまづでないしね。
で、この本。
おおきく前半と後半に分かれていると思う。
前半はキライ。これでもか、これでもかと浅田節でたたみかけてこられると孵ってうっとおしい。
ゆいいつの とか これっきとり とか たったひとつの とか。
ジロ兄貴がとにかくこういう表現を使いすぎる時、読んでる方もさすがに気づいてしまってうんざりぃなのっす。
だけんど、後半はまあそこそこにいい。
そして、ラストは災厄屋根、いや最悪やね。
もう早く連載終わりたいからこれでいいんだ、みたぁいな、そんな感じが匂いましたな。
それでも☆は4つ。ま、いっか。 -
戦争を終えて復興を果たしたわりに復活しなかった道徳観のなかで生きてきた主人公と彼らの仲間は、世の中が豊かになったのにそれにふさわいほど幸福になってはいなかったのだろう。
また大人たちは同じように生まれてきても戦争との関わり合い方の違いでその人生は大いにちがってしまう。
生きている時には生きているからこそ口にできない言葉がある。死んで肉体を失ったからこそ見ることができる事実がある。 -
この本を読んでる途中で、蒼穹の昴を書いた浅田次郎さんか〜と感慨深く思いました
文章めっちゃ上手くて、子供時代の回想がお金持ちのちょっとスレた子供感出てた。正直、今まで読んだ子供の文章の中ではピカイチかもしれない。キヨとの関係も切なくて泣いちゃいましたなぁ…
大学生時代で出てくる真澄さんも切ないキャラで、ゆうちゃんのことが好きなのにそれを言い出せなくて、ボロボロになっちゃって、死んじゃって…
全体を通して、主人公含め男の人に肩入れする表現が多いように思った。女の人は、彼氏なり旦那なりに甘くて依存してるみたいな感じ?時代背景もあると思うので仕方ない部分もあるけど、真澄さんとか、もっと男の人がいなくても生きていける女性だったんじゃないかとか思ったり…
まぁこれは、私の女性にこうあって欲しいという願望かもしれないけど。
兎にも角にも、エピソードも文体も表現もとても良い作家さんですので、是非他の作品も読みたいと思います。 -
初浅田作品。
前半のキヨ編は、戦争をまだ引きずっていた時代で、悲惨ながら、読まされたが、後半はうーん。
結局、ゆうちゃんは20歳前に振った百合子を30年近く想っていたってことか。 -
1961年生まれの主人公のゆうちゃん、戦後の復興、オリンピックや万博の高度経済成長、学生闘争の激動の時代を過ごす中での恋愛や人生の悔いなどを思う。そして、森の中での別荘での降霊会に導かれ、過去の恋人や同級生の霊魂と語る。恨み怨みや祟るのは肉体の存在を前提とする俗世の感情を持つ生者、霊魂に許されるのは誰にぶつけようもない怒りや悲しみや自責の念だと。梶と真澄の切ない思いや百合子のさよならと言ってもらいたかった儚さがじわりと心に染みてきた。
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なんて素晴らしい作家さんなんでしょう。涙が溢れたりする作品ではありませんが、人を愛するということ、そして、さよならするということが美しく描かれています。ちょうどワタシが大学生時代を過ごしたころのあの東京の街の喧騒ややけっぱちな明るさが、そしてそれらに対する百合子の冷めた正しい訴えが我がことのように理解できました。
この4月から転勤になる予定で、今お世話になっているこの図書館とももうあと1冊か2冊でお別れになります。できればこの本のような名作に出会いたいものです。 -
この発想、さすが浅田次郎。
自分の過去に向き合うことに。
来るべき霊が現れず...そして..
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浅田次郎の作品
