非常時のことば 震災の後で

著者 :
  • 朝日新聞出版
3.82
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  • 本棚登録 :122
  • レビュー :24
  • Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022509918

作品紹介・あらすじ

ジャン・ジュネや石牟礼道子のことばの美しさの秘密をさぐり、政治家から小説家まで「2011年の文章」を深く読み解く。文章教室特別編。

感想・レビュー・書評

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  • ことばについて書かれた本。
    『非常時のことば』というタイトルだけど、もうこの状況から完全に抜け出すことは叶わない気がする。
    だからこの本に書かれた話は限定されたシチュエーションの話に思えないところもある。

    「あの、頭の中が「真っ白」になって、なにもことばが考えられない時のことを、大切にするべきではないだろうか。」
    という言葉が印象的。
    でもずっと真っ白でいいと言っているわけではない。
    私は思考を止めていたな…と思う。
    何も言いたくない。
    ただ話を聞くだけ。神妙に頷きながら。
    でもそれは拒絶だったかもしれない。そう思った。

    何も言えない。
    許されない。
    そう思っていた。
    今もまだその考えがこびりついているはず。
    まだ言葉は出てこないから。

    でもこの本で、少しだけ変わったかもしれない。
    本当かどうか分からないけれど、もしかしたら、ほんの少しは。

  • 前からずっと気になっていたことだが(吉本隆明が『修辞的な現在』を書いたあとくらいから?)、修辞が有効か上滑りするか、その違いはどこからくるのだろう。修辞自体の表現的意味はどこから生まれるんだろう。たぶん、意味内容・修辞・文脈の三者が適切に連動しているかどうか、だろうな、と。
    レトリックやスタイルの問題は、たとえば、それらが内容に釣り合っているか、力量があるか(上手いか下手か)、社会的文脈におかれたときどういう表現的意味を持つか、などで、容易に評価が変わってしまうことだ。単語の意味内容は、さほど大きくは変わらないのに。
    そしてこの、社会的文脈が激変したのが今度の震災と原発事故だった。本書はそれを正面から扱っている。あの出来事を境に、読めなくなった文章、読み続けられる文章がある、その違いは何か、と。
    連載は2011年夏から秋だったというから、まだ記憶の生々しい時期で、だから激変という前提が共有されている。だが、2013年の現在では、もうすでに、相当、その共有は薄くなっているように思える(実際は今だって“最中”なんだけれど、みんな意識したがらない)。つまり文脈は元に戻ってしまったように見える。文脈の変化を評価した文章自体の置かれる文脈が変化しつつある、という。
    ただ、それでも、「“それから後”にも読める」と石牟礼道子や川上弘美の作品を解説している文章は、今でも読める。おそらく、著者の依拠した文脈が、津波とか原発事故とかよりずっと広い――遠いと言うべきか?――ものだったからだろう。“それから後”とは、たぶん人間の歴史と同じ長さを持つイメージだからだ。
    あらゆる時代はつねに“それから後”であるとしても、人は普段それを忘れている。その、忘れていたことを思い出す――思い出させられるきっかけとなったのが、今回の地震&原発事故だった。思い出した著者は、それをできるだけ丁寧に、具体的に、書き残そうとした。“その直後”を記録に留めたのだ。

  •  僕も文章を書くのが好きで、下手なエッセイや小説をブログに載せたりしている。
     そんな僕自身も含めて、再度「文章」とは何か? を自問自答させてくれる一冊。
     この本を読んでから著者の「恋する原発」を読み返すと、まったく違った風景が広がってくる。

  • 2017/8/27購入
    2017/11/14読了

  • まだ途中ですが、とてもいい本。
    文章の悪い見本として、政治家の言葉が上げられているのが、何とも言えない。なんていうか、彼らの言葉には本当がないんだなあ。。

  • <閲覧スタッフより>
    「あの日」、私たちは言葉を失った。3.11以降、私たちの言葉・文章はどうなったのか?「あの日」の後に書かれた文章は、それまでに書かれたものとは明らかに違う。そうした“非常時のことば”を検証します。

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    所在記号:914.6||タカ
    資料番号:10225389
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  • ブログに掲載しました。
    http://boketen.seesaa.net/archives/20140426-1.html静かに、声低く、隣にいる人に語る

    高橋源一郎は「小説トリッパー」という雑誌で「ぼくらの文章教室」という連載をしていた。
    その連載中に3・11大震災がおこった。
    高橋は文字どおり「言葉を失った」状態に陥るが、しかし連載を続けようと決意する。
    それからの高橋の文章は「非常時のことば」になる。

  • 3.11以降、多くの文章が読めなくなったと著者は言う。
    それは、「死者たち」の存在を知ったからだと。
    それから著者は、ひたすら「下」へ、「大地」へ、「根」のある方へ向かう文章、「こだま」のように「小さな」声で届けられるものを聴き取ろうとする。
    今わたしたちに必要な言葉とは何か、ということを深く考えさせられる。

  • 東日本大震災を、つづく原発の崩壊を、とりたてて「巨大な」とか「未曾有の」とか言い募って、「あれ以来私たちは決定的に変わってしまった」なんて言論に違和感があるのは、わたし自身が被災しておらず、(テレビでみただけの)震災の驚きを忘れたことで、「みんな意識高いぶるなよ(ふだんは忘れてるだろう)」というところが大きいけれど、くわえて、その言葉づかい・言葉選びは、「個人の(紺人的な)」「よくある」死を相対化してしまうのではないか、というのもある。

  • タイトルの「非常時」であるが、直接的には大震災のことを指している。そして、非常時には「空気」に抗い、借りものでない自分自身のことばを必要とされると説く。その自分自身のことばを得るためには、そのことばの内容がどうであれ「考える」ことが必要になる。そこで、それまで「考え」てなどいなかったことに気が付くのだ。まずは非常時にあたって絶句してみるべきではないかというのだ。

    実際のところ津波被害にせよ原発の問題にせよ、多くの人は自分自身の明確なことばを持ち合わせていない。これまでに何も向かい合ってきていないからだ。

    そういうふうに言われるととてもレビューが書きづらいのである。

    ----
    本書の構成は次の通り。「あの日」以降のことばと「文章」についての本だ。

    I. 非常時のことば
    II. ことばを探して
    III. 2011年の文章

    いつもの高橋さんの文芸批評のようにいくつもの文章を選んでいる。『文章教室特別編』などという副題も付いている。それでもいつもと違ってより慎重にさらには必然性を持って選ばれているように感じる。ジャン・ジュネのパレスチナ難民キャンプでの虐殺現場を描写した「文章」や『苦界浄土』に書かれた「文章」は強い印象を与える。

    もちろん、本書に書かれた文章は大震災の後に書かれている。そして、比喩的に取るべきなのか字義通りに取るべきなのか、やや不明であるがこう書かれている。
    「「あの日」から読めなくなった文章があるということだ。
    「あの日」までは、ふつうに、楽しく、読めたのに。時には、感動したり、たくさんのものを受け取ることができたのに、「あの日」から、読めなくなった文章がある。」(P.155)
    それは、アドルノが「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」と書いたものと同じなのかもしれない。

    そしてある種の文章が読めなくなった理由は、最後の方に書かれている。それは「死」と「死者」を突然思いだしたからだ。「あの日」のできごとは、自分が子どものとき、「死」に気が付いたときの感覚をもう一度呼び覚ますことであった。

    「どの子どもたちも、ある時、「自分の死」というものを突然、理解する。いや、そのことを想像して、理解を拒む。子どもたちにとって、それが、初めて世界が不可解なものに見える瞬間であるといってもいい。その瞬間、世界はまったく理解不能なものに変貌してしまうのだ。
    ぼくも、いまでも覚えている。
    その「理解」は一瞬のうちにやって来た。
    夜、布団の中で寝ているぼくに、その認識が、突然生まれた。ぼくは死ぬのだ。絶対的に、必然的に。そして、一度も味わったことのない、逃れることのできない恐怖が、ぼくを襲った。
    朝になると、恐怖は、かき消すようになくなっていた。世界は、以前の優しさを取り戻していた。だが、夜になると、また恐怖がやって来た。そして、その度に、世界は、のっぺらぼうの怪物のように見えるのだった。」(P.189)

    ああ、思い出した。

    一方「考え」のないことば、あの日以降に顕在化された不自由さにとらわれ、そのことに気が付くことのないことばが溢れている。あからさまに「空気」を感じ取る機会も増えた。その中でできることは、一層「文章」と「死者」に対して真摯に対峙しようとすることだけなのかもしれない。それがことばを一時失うことになったとしても。

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