ヒーローを待っていても世界は変わらない

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著者 : 湯浅誠
  • 朝日新聞出版 (2012年8月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022510129

作品紹介

「決めたい」のか「決めてほしい」のか?格差・貧困と民主主義を大阪から考える。

ヒーローを待っていても世界は変わらないの感想・レビュー・書評

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  • 今こそ強いリーダーが必要だ、と考える人に読んでほしい本。調整はしたくない、自分の思うように独断で決めてくれるリーダーに出てきてほしい、と思っていないか?誰もがそう考えた時にどうなるのか?「民主主義とは非常にめんどくさくわずらわしいものである」という著者の指摘は真実だと思う。

  • (2012/11/12読了)民主主義っていうのは時間もかかるし面倒なんだよ、その面倒さが嫌で、ヒーローが颯爽と現れて難問をスパっと解決してくれないかな願望が広がっている・・・という指摘。ああまさしくそんな感じの今の日本。

  • この本を読んで、帯にある「決めたい」のか「決めてほしい」のか?という言葉の意味がよく分かるようになった。テレビで街角の人に政策をどうしてほしいかというインタビューをよく見るが、「自分の要求通りに決めてほしい、自分は何もしないけど」ということを言っているだけに過ぎない。自分の思う未来があるならば、その調整責任は背負わねばならないのだと思った。どんなに大きな問題であろうと。

  • 民主主義において自分がなすべきことを教えてくれる。この題名の通りである。自分で何かしなければいけない、社会は助けてくれない。ただ、悲観的になる本ではない。地に足をつけて、自分で歩いていくことの必要性が理解できる。わかりやすく、そして自分で考えることができる一冊。

  • 個人的には、けっこう苦労して大学をでたと思っている。
    でも、苦労しても、努力しても、“人と同じスタートラインにようやく立てた” “そこから前に進むには、さらに頑張らないといけない” というさみしい実感ばかりだった。
    そんな苦労や努力は、目には見えなくて、わかってくれないなら、その苦しさを、忘れてはいけないと思ってた。

    だから、この本に書かれていたように、“自分の声を聞いてもらえない。政治的なものは余裕のある人がやればよい”と感じて、社会を拒んでた。
    それを、いじけてるって、誰かは言うかもしれない。

    だけど、この本は違う。

    本当に追い詰められた人のどうしようもできない現実を、真剣に理解しようとしてくれている。
    上とか下とか、勝ちとか負けとか、強いとか弱いではなくて、どんな人でもコミュニティの一部としてその存在を認めてくれている。

    「困難を抱えた人は、新たなチャレンジを課してくれる先生とされる。その困難を解決していくことが地域と社会の課題解決力を高め、工夫と仕掛けを豊富化するチャンスとして歓迎されるのです」(156)

    2013.6.10

  • 現状の日本の民主主義の問題について、貧困問題に携わっている著者が提言する著。
    自己責任論や安易なシステム批判は、要するに諸問題の利害調整や合意形成というめんどくさい過程をすっ飛ばして、オイシイところだけ貰いたいというモノグサ心理の表れなのだと気付かせてくれる。
    日々仕事と生活に追われる者には問題を考える時間も場所もない。しかし「誰か何とかしてくれ」では結局それぞれに皺寄せが来るだけ。
    人的関係の構築から地道に進むしかない。
    「~しなければ。で終わらせてはならない」
    心当たりがありすぎてグサグサ突き刺さる内容だった。

  • こんな分かりやすい本、久しぶりに読みました。きっと著者は、自分の文章が、『バリアフリー』であるよう、努力しているんだな、と感じます。

    この本で、著書が述べたい事が、本編最後に述べられています。

    『 より多くの人たちが相手との設定を見出すことに注力する社会では、自分たちで調整し、納得し、合意形成に至ることが、何よりも自分たちの力量の表れと認識されるようになります。
     意見の異なる人との対話こそ面白く感じ、同じ意見を聞いても物足りなく感じます。同じ意見にうなずきあっていても、それを超える創造性は発揮されないからです。
     (中略)
     だから「だれか決めてくれよ。ただし自分の思い通りに」という人を見たら、ヒーローを求める気持ちの奥にある焦りや苛立ちにこそ寄り添い、それに向き合って一緒に解決していくことこそ、自分へのチャレンジだと感じるようになります。(中略)
     「決められる」とか「決められない」とかではなく、「自分たちできめる」のが常識になります。
     そのとき、議会政治と政党政治の危機は回避され、切り込み隊長としてのヒーローを待ち望んだ歴史は、過去のものとなります。』

    この本を読んで感じたのは、国の問題も、身近な問題(例えば職場の問題、とか)と、解決方法は変わらないんだな、という事。身近なところから取り組んでいくことが大事なんだな、という事。

  • 民主主義はめんどくさい。が、みんなでそのめんどくささを引き受けていこう。という。
    日本社会に蔓延する「反対」。ヒーローを担ぎ出して、白紙委任。それが駄目なら退場させる。その風潮に一石を投じる内容。強いリーダーに身を委ねず、反対ばかりせず、小さなことでも自分のできることを具体的にやっていこう。そう思える良書だ。

  • 民主主義は、他の誰でもない、まず自分から行動すること―「誰かがやってくれるだろう」と待っているのでは遅すぎる。「○○党はダメ」とつぶやいていても何も変わらない。今、自分の進んでいる一歩がやがて大河になることを信じて進むしかないのだ。今年のマイベストブック。

  • 最近「エヴァンゲリヲン新劇場版Q」を観た時、その直前に「巨神兵、東京に現る」という短編が流れた。これが衝撃的だった。本編よりもこちらが遥かに問題作だった!
    神は世界を救わない、むしろ破壊する。(←極めて受動的な世界認識)しかし、自分だけは助かってみせる。(←この利己主義)という作品だった。それは、まるで橋下現象を分析した湯浅誠の「水戸黄門」型民主主義を想起させた。

    このエヴァが大ヒットしている世界で、対話型民主主義を実践する湯浅誠の活動は、それなりに意義のある仕事なのである。

    最新の湯浅誠の「運動論」のパンフレットである。例によって、「話ことばで」しかし「理詰めで」、橋下現象だけでは終わらない水戸黄門型民主主義よりも、対話型民主主義を選ぶ彼の「決意」が語られる。

    引用と要約によって、ざっと内容を概観してみたい。

    最後の最後では、私は楽観している。日本社会の底力を信じているのだろう。しかし短期では、強い危機感を持っている。だから短期と長期の二正面作戦が必要だ。(3p)

    湯浅誠は討論番組で「話し合う言葉が見つからない」経験をしたという。相手が「蛸壺化」「ガラパゴス化」しているのである。

    切り捨てても何も変わらない。その人たちに通じる言葉を見つけ出して行くのが私の仕事。(12p)

    障害者の兄の補助金(「既得権益」)を奪って、「正義」を行った気になっても、現実の収支は母や私、またそれを介した人々の諸活動の収支と深く結びついている。結果、惜しんで削った分の何十倍か何百倍かの活力と富を、社会は失う事になる。(41p)

    民主主義はめんどくさい。最近増えているのは「お上に上申」型民主主義。「私たちは言いたいことを言いたいように言わせてもらう。それをよく聞いて下さい。判断はあなたに任せます。私を裏切らないと信じています」という考え。
    「水戸黄門」型民主主義。選挙で選ばれた、王制・貴族制に近い。それに「待っていられない」という焦りが加わる。「ガラガラポン欲求」

    議会政治はダメだ、政党政治はもうダメと壊していった時に、それよりマシなものが出てきたことがない、というのも歴史的な事実です。(略)「壊す時には、壊す前にその建物がなぜ建てられたか考えてみよ」という格言がヨーロッパにあるそうですが、それを思い出します。(64p)

    問題は、橋下さんという個人ではなく、チョムスキーの言った「土壌」つまり水戸黄門型ヒーローを求める人々の心理にあると私は考えています。そうだとしたら、それが実際には不可能なものを探し求める「ないものねだり」である以上、「ないもの」を探し求める行為は、必ず裏切られます。
    現実には存在しない「青い鳥」を探し続けても、それは見つからない。「いまあるもの」への不信感をテコに「次」を探し求めるサイクルそのものを対象化、相対化しない限り、橋下さんが失脚したとしても、ネクスト橋下が出てくるだけです。橋下さん自身が、ネクスト小泉であり、ネクスト民主党なわけです。
    しかしそれは単純な繰り返しではない。すでに多くの人が指摘しているように、日本には「待ったなし」の課題が山積みしています。にもかかわらず「ないものねだり」の水戸黄門探し、青い鳥探しが続き、こいつがダメ、あいつじゃないか、やっぱりそいつもダメ、という非生産的なサイクルを繰り返していれば、症状はどんどん深刻化していきます。(83p)

    民主主義とは、高尚な理念の問題というよりはむしろ物質的な問題であり、その深まり具合は、時間と空間をそのためにどれくらい確保出来るか、という極めて即物的なことに比例するのではないか。(85p)

    「諦めなければ夢は叶う」「その気になればなんだって出来る」というのは、極めて日本特有の意識

    社会の側に責任を少し多めに見積もるくらいでちょうどいいのではないかと考えています。(103p)

    参加のハードルを下げること、声をあげられない人たちに寄り添って一緒に解決策を探すことか「私たちの仕事」

    民主主義(原則)は求めるが、することは目の前のこと(現場)、というのは、昔からの湯浅誠の変わらないスタンス。

    足場ボランティアとは何か。盥のお湯がツール(手段)、本来の目的は、「大丈夫ですか」と聞いても「大丈夫です」としか答えない信頼関係の不足を、ツールを使って乗り越えることです。(136p)

    これはコミュニティの問題であるのと同時に、民主主義の問題です。人と人を結びつけるスキルやノウハウが乏しいと、仲間内で固まることしかできなくなります。(138p)←左翼に対しても向けられた批判ではないか。

    日本は「コミュニティをつくる」というノウハウの蓄積に乏しい。戦前の濃密な地域コミュニティ(地縁関係)は、高度成長期に企業共同体(社縁)に組み込まれていった。さらには、男は社縁を中心に血縁、地縁が連動している。そして、社縁自体は現実は変化して「人をまるごとの性格、生活者として受け止める」関係から、結果主義で評価する「ドライな存在」になった。しかし、「社縁中心」の価値観は大きく変わっていない。そのギャップに落ち込んだ人たちが一挙に無縁状態に入る。

    日本のソーシャルワークをつくる必要性がある。ソーシャルワークとは、「関係性の調整」である。

    ヒーローを待っていても、世界は変わらない。誰かを悪者に仕立てあげるだけでは、世界はよくならない。ヒーローは私たち。なぜなら私たちが主権者だから。私たちにできることはたくさんあります。それをやりましょう。その積み重ねだけが、社会を豊かにします。
    2012年10月12日読了

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