ウエストウイング

著者 :
  • 朝日新聞出版
3.61
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本棚登録 : 653
感想 : 107
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  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022510211

作品紹介・あらすじ

職場の雑事に追われる事務職のOL・ネゴロ、単調な毎日を送る平凡な20代サラリーマン・フカボリ、進学塾に通う母子家庭の小学生・ヒロシ。職場、将来、成績と、それぞれに思いわずらう三人が、取り壊しの噂もある椿ビルディング西棟の物置き場で、互いの顔も知らぬまま物々交換を始める。ビルの隙間で一息つく日々のなか、隠し部屋の三人には、次から次へと不思議な災難が降りかかる。そして彼らは、図らずも西棟最大の危機に立ち向かうことに…。

感想・レビュー・書評

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  • 程よいホッと感の一冊。

    この作品も良かったな。

    ネゴロ、ヒロシ、フカボリ。

    ちょっとしたもやもやを抱えている接点のない三人。この三人がどう動きどう交わっていくのか…。

    淡々と紡がれる世界に流れるちょっとした温もりが良い。

    見えない誰かへの物々交換も、書き置きも、ボート郵便も、成り行きとはいえそこに自然と相手を慮る気持ちが見え隠れしている感じが良い。

    消しゴムハンコを押すネゴロのシーンが好き。

    そこに明確な心情が描かれていなくとも、心情が伝わり入り込んでくる気がした。

    熱すぎずぬるすぎず、程よいホッと感に包まれる交流物語。

  • 冒頭───
     誰かいる。ネゴロは思う。今日この場所へやってきてすぐ、自分が持ち込んだチラシなどを置いている灰色のがっしりした事務机の上に、持ってきた記憶のないフリーペーパーが積まれているのを目にした時に確信した。「モノレールニュース」なんて持ち込んだ覚えはない。ネゴロの立ち寄る駅には、「モノレールニュース」は置いていないので、ここにはモノレールが通っている府の北側か、最低でも「モノレールニュース」を置いているネゴロの知らない駅からやってくる誰かが他にいるということになる。ネゴロは南からやってくる。モノレールにのったことはない。
    ───

    四階建て地下一階のビルの四階に、かつてあった個人事務所が引っ越したことで、そこが物置代わりになっている空き部屋がある。
    そこは、そのビルに入っている会社に勤めている主人公ネゴロの格好のサボリ場所になっていた。
    ある日、ネゴロはその場所に自分だけが出入りしているのではないことに気付く。
    少なくとも他に二人、何かしらのためにその場所を使っている人間がいることを知る。
    一人は熟に通ってきている絵の得意なヒロシ。
    もう一人は同じビルの別な会社に勤めているフカボリ。
    それぞれ、互いの正体は分からないまま、三人の間で奇妙なメッセージのやりとりが始まる。

    その他にも、そのビルには得体の知れない人たちがたくさんいた。
    三人には、それまでの平凡な日常が一変して、様々な事件が発生する。
    同じ会社の後輩のトイレでの出産。
    窓から見える向かいのビルに移る幽霊の出現。
    大雨によるビルの孤立。
    物置部屋が菌によって汚染されていたこと。

    いやあ、面白いストーリーでした。
    津村さんの作品にしては珍しく、大きなアクシデントが起こる。
    特に大雨でビルが孤立し、フカボリさんが“渡し”業をやる羽目になってしまうところなどは爆笑でした。

    最終的には三人とも、大きな危機に直面するのですが、そこも何とか乗り越えます。
    そして、その先に待っているのは明るい未来。

    “どん詰まりになっても、何とかなるさ。”

    どんな困難にぶち当たっても、頑張れば、いや頑張らなくても何とか乗り越えられるものだよ。

    そう語りかけてくるように私には思えました。

    一見、ありふれた日常の中で、色々な悩みや葛藤、悶々とした思いを抱く人々を淡々と描きながら、人間が生きていく上で本当に必要なことは何なのだろうと津村さんの作品は問題提起しているのじゃないでしょうか。

    意志が弱いとか、優柔不断とかそういうことではなくて、簡単には決められないことがこの世の中には山ほどたくさんあります。
    それでも、最終的には何らかの決断を迫られ、紆余曲折、不承不承ありながら、選択肢を選び生きていかなければならない。
    理不尽なことにも、先のことを考えればこの場を耐えなければならない。
    でも、それだけじゃ嫌だ。
    なんとか打開したい。
    そこが読者の共感を得る部分なのでしょうか。

    津村さんの作品を読んでいると、灰色の雲から降ってくる霧雨のような茫洋とした情景が頭に浮かんできます。
    折り畳み傘を開こうか、うーんでもそれほどの雨でもないし、といつまでも迷っているような気分に覆われます。
    でも、それがストレスにはならないんですね。
    まあ、ぼちぼちやっていこうか、と軽く突き放すような、関西人特有の根っこにある明るさが作品を支えているように感じます。
    だから、一見じめじめした暗い物語のようでありながら、読後感がそれほど悪くないのでしょう。
    傑作です。
    是非ご一読を。

  • なかなかの力作長編でございました。
    舞台は、取り壊しの噂もあるしょぼくれたテナントビル、椿ビルディング。このビルに職場のある、事務職のOL・ネゴロ、サラリーマン・フカボリ、ビル内の進学塾に通う母子家庭の小学生・ヒロシ…偶然にも彼らが秘密基地のように逃避していた西棟の物置き場で、互いの顔も知らぬまま始まったユルい交流。
    文通みたいな交換日記みたいな感じで物々交換やメッセージのやり取りをするのが、今どきアナログでよい。3人共、性格は違えどどこか共通の律儀さというか人のよさというか、恩に報いようとする姿勢がすごく好感が持てる。
    ユルい交流を縦軸に、ネゴロの職場の同僚のトイレ出産(!)、帰宅困難に陥るほどの豪雨、ビル取り壊し話…等、大小の事件を横軸に繰り広げられる物語は、淡々としている文体とは裏腹に結構ドキドキさせられる。(何気に3人がニアミスしているのも面白い。)職場の上司・先輩、塾に通う生徒等、3人に関わる人物らに加え、キャラの濃いビルテナントの面々。えらくたくさんの人物が出てくるが、不思議ととっ散らからずに読めた。(それほどに個性的。)様々な出来事、様々な人物が波打つように交錯し、クライマックスへ向かっていくのだが、3人を待ち受けていた運命と居心地の良かった物置き場との絡みにギョッ!!最後まで目が離せない展開であったよ!!読み進めていくうちに、いつの間にか自分も椿ビルディングに愛着を感じている。実在したら通いたいわ、安くておいしい喫茶店や通好みの文具店、オシャレなギャラリーカフェ。てか自分、そんな雑多な空間が大好きだもんね。
    津村ファンとしては「とにかくうちに帰ります」「八番筋カウンシル」「まともな家の子はいない」「ワーカーズ・ダイジェスト」を彷彿とさせる展開がツボでした。物置き場繋がりの3人の中でも、大人びた5年生のヒロシが印象的だったかな。塾には馴染めないものの、何とも意外な形で深めていくビルのテナントの大人たちとの交流。独特の距離感に、「こんなんアリか」と思いながらも、ヒロシの立場にちょっと憧れたり。(自分の子と年変わらんのだけどさ!)
    友達ともまた違う、ほどほどの距離での「関わり過ぎず、でもそっと互いを思いやる適度な繋がり」を描くのが津村さんは誰よりも巧いと思っているのだが、この作品ではその繋がりが最高によく描けているよなと感じた。さり気ない思いやりの心地よさが存分に感じられる一冊。

  • やはり面白かった 津村記久子さんらしい、小説でしかありえない小説。長いけど、ダレない。あるいはずっとダレている。ある種、不景気ブンガクなんだけど、いつも通りどこかには強者への怒りが根にあって、それに共振できるかどうかが、楽しめるかどうかの全てなんだと思う。これだけの分量のものでも変わらない魅力で書けたことが大きいと思う。なんだかんだ短所も指摘できるだろうけど、編集者やプロデューサーがマーケットを意識して後ろで導いたり操作したりした感じが完膚なきまでにしない。そんな作家性溢れる(それしかない)小説が読めるのは、僕は好き。かつ、実は超・希少。かつ、それでいて、なんとなくこの作家は謙虚だなあ、と思う。ここのところ、実は感じていることの説明が難しい。まあ、そこは省いて(笑)、だから、関西弁が押し付けがましくなく心地良い。テーマでもキャラクターでも物語でもない、文章と言うか、書き手の感じ方といか、が、魅力の全てである小説。だと思う。

    • akikobbさん
      ははあ、なるほどねえ!
      ははあ、なるほどねえ!
      2013/01/16
  • 古い雑居ビルで過ごすOLネゴロ、塾生ヒロシ、会社員フカボリ。
    3人の共通の憩いの場が、ビル内に廃れおかれた物置場だった。

    大好きな津村さん、面白かったです。
    今回のストーリーでは、淡々とした流れは変わらないものの、大きな出来事が起こりましたね。

    3人がニヤミスしつつ、なかなか近づかない感じがいいんです。
    それぞれの目線で見る椿ビルディングのさまが、さらに実感が持てるものとなり、身近な場所にあるもののようでした。

    最後のシーン、3人それぞれが一歩進んだようで、なんだかグッと来ました。

  • 古いビルにひしめく色んなテナント。塾、占い師、エステ、喫茶店、文房具屋…。
    その中の事務系の会社につとめる女性ネゴロと、塾に通う小学生ヒロシは、互いに顔はあわさないものの、物置がわりの空きテナントスペースに寄り、思い思いの時間を過ごすことが好き。
    そんなある日、インクカートリッジを物置から拝借したネゴロさんは、置き手紙を残し、そこから文通的なやりとりが始まる。
    と、これだけでなんだか面白いんだけど、実は物置に出入りしている人間はもう一人。フカボリくんもいたという展開。
    半ばくらいに、豪雨でトンネルが浸水してビルから出られなくなった彼ら三人のそれぞれの過ごした時間がまたどれも楽しい。
    テナントにいるその他の人たちも、三人とつかずはなれずに関わりがあってこれがまた良い。
    最後のシーンの、あっけないとすら感じるすすみかたも爽やか。
    津村さん作品はまだまだ全然未読が多いけど、今のところはこれが一番好きだなあ。

  • +++
    職場の雑事に追われる事務職のOL・ネゴロ、単調な毎日を送る平凡な20代サラリーマン・フカボリ、進学塾に通う母子家庭の小学生・ヒロシ。職場、将来、成績と、それぞれに思いわずらう三人が、取り壊しの噂もある椿ビルディング西棟の物置き場で、互いの顔も知らぬまま物々交換を始める。ビルの隙間で一息つく日々のなか、隠し部屋の三人には、次から次へと不思議な災難が降りかかる。そして彼らは、図らずも西棟最大の危機に立ち向かうことに…。
    +++

    想像していたのとは全く違う物語だった。ゆるく生ぬるく始まったネゴロ、フカボリ、ヒロシの、なんの接点もない椿ビルディングでの日々の物語は、それぞれが別の目的で逃避場にしていたビルの隅の物置場を介して、ある日を境に、じわじわと少しずつ緊張感をはらんだものになっていくのだった。自分以外に――姿が見えない――誰かがいるかもしれないということが、張り合いとか期待とか名づけられるほどではないが、微かな心持ちの変化を生むのだった。それは読者にとっても同じで、いつどんな風にそれぞれに素性が明らかになり、交流が始まる――あるいは途切れる――のだろうか、と興味を惹かれながら読むことになる。物置場での見えない交流とは別に、ゆるくて生ぬるいと見えた日常は、実は椿ビルディングを生活の場にしている万人に降りかかる危機の序章だったのだ。ひとつを乗り越えると、そこにはまた新たな危機が立ちはだかり、途方にくれながらもなんとか解決策を手探りするのだが、彼らになんとなく緊迫感がないような気がするのは、椿ビルディングという建物の属性によるものだろうか。どうなることかといちばん気を揉んでいるのは読者かもしれない、とふと思う。ラストまでゆるいが、屋上のユンボが動かなくてよかったと、ほっと胸をなでおろした一冊である。

  • 連載であることもあるからか、けっこう読み口が、前半、中盤、後半で変化していく。ヒロシの成長ともリンクするかもしれない。前半に入るヒロシの幻想的な物語には妙な迫力がある。著者はどこまでも凝った描写ができるのだろうけど、敢えてしてないんだなあ、と感じさせる。妙な迫力は現実感の無さであって、全体の淡白な閉塞感は現実感かもしれない。何の話なの、と読み進め、最後まで読めばすべてが繋がっているのが不思議。みんなひどくひとりぼっちであり、べたべたした連帯を忌避していながらも、それとは異なったところで、社会的な関わりを得ていて、でもそういうのが孤独を癒すことはない。日の差すなかに佇む重機と、伸びる三人の影は、関係性に餓える絆根性とは一線を画している。狭いとか広いとかではなく、そうであるということ、現状肯定でもない。あくまで若者の話であり、それ以上ではないとも思う。青春小説、というか、ポスト青春小説。著者は等身大の風景を描き、安っぽい偶像は提示しない。そこをどう考えるかが津村記久子さんの評価の分かれ目かもしれない。つまり、おとなとこどもをいったり来たり、しかし、それよりさらに上のおとなは出てこない。60とかになったときの津村さんの話がどうなるかすごく気になる。そんな一作。

  • またこれもすばらしかった。嫌いなところがひとつもなかった。やっぱり津村さん大好きだ。

    イヤな上司や厄介な同僚なんかに悩みながら忙しく働くOLとか、仕事がヒマなサラリーマンとか、勉強できないけど塾行かされてる小学生とか、さえない日々で、うんざりすることばっかあって、楽しいことなんてなくて、って人たちの話なんだけど、読んでてなにか心なごみ、すごく励まされる。みんな、前向きでもなく、日々に流されてるかもしれないけど、考え方がまっとうで、いい人で。すごく共感する。ほんのちょっとしたことを楽しみにしたり、励みにしたりするところがすごく好きで。いろんな場面でぐっとくる。こんなふうに生きていこうとか思えたりする。どんな人生もいいものだとか思ったりする。

    小学生のヒロシくんみたいになりたい。小学生だけど精神的に大人。ああいう人になりたい。

    「人間は血筋の頭数が減ったり、体が衰える恐怖を感じると、自動的に増殖したいと思うようにできているのだろうか」
    登場人物が、両親の両親が全員他界したとき、むしょうに結婚したくなったって、思い出して考えたことなんだけど、すごく共感した。表現のしかたもすごく好き。

    まあとにかく好きだ。近いうちに再読したい。

  • なんと表現をすれば良いのかわからない。少ししめやかで温かい大阪的なものと、普遍的というと大げさだけどずっと大切にしたいと密やかに思うことの両方が詰め込まれている気がする。

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著者プロフィール

1978年大阪市生まれ。2005年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で第21回太宰治賞。2009年「ポトスライムの舟」で第140回芥川賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2019年『ディス・イズ・ザ・デイ』でサッカー本大賞など。他著作に『ミュージック・ブレス・ユー!!』『ワーカーズ・ダイジェスト』『サキの忘れ物』『つまらない住宅地のすべての家』『現代生活独習ノート』『やりなおし世界文学』『水車小屋のネネ』などがある。

「2023年 『うどん陣営の受難』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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