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Amazon.co.jp ・本 (232ページ) / ISBN・EAN: 9784022510969
みんなの感想まとめ
多様なテーマを織り交ぜながら、著者は静かに言葉を紡ぎ出し、現代社会に対する鋭い視点を提供しています。特に、震災後の日本を背景にしたエッセイは、文学の力を信じ、行動することの重要性を訴えています。池澤夏...
感想・レビュー・書評
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2008年の末に亡くなった加藤周一の「夕陽妄語」に代わり、2009年4月から池澤夏樹の連載が朝日新聞紙上で始まった。 私はその前後に20年近くとっていた新聞購読を中止したので、このエッセイを読んだ記憶がほとんどない。本格的に加藤周一連載の後継に落ち着くことも、実は幾分疑っていた(それまでは暫定的に大江健三郎の連載があった)。あれから10年近く経って、既に二巻目が出ているこの本の第一冊目をやっと読んだ。
池澤夏樹は加藤周一の後継であると思っていたわけでもなく、期待していたわけでもない。それでもやはり新聞後継連載のエッセイを読んでみるのが怖かったのだろうと推察する。
題名の意味が不明だったが、加藤は漢詩から採ったが、池澤は「さりげないものがいいと思って」外国人の詩から採ったことが、今回知れた。いい詩である。2年後に詩の内容が現実(震災)に追いついたのは、偶然である。
読んでみると、池澤夏樹は多くの点で違っていた。文学よりも、旅の話が生き生きと語られる。ともかく池澤夏樹は「行動的」である。被災地に何度も通った。加藤も震災後神戸に訪れているが、その比ではない。もちろんだから優劣をつけるわけでもない。最新のマンガや映画の内容を何度も俎上に載せる。古典を大切にしていた加藤とかなり違う。日本に帰って住んだ土地である沖縄と北海道の話題が多くを占め、「戦後日本文学の1番大事な作家」と評価する石牟礼道子氏の関係か、水俣の話題も多かった。3.11の後からは、少なくとも2年間の2/3は震災関連話題で占める。古今東西の遠くに広がらず、比較的身の回りの話題が多いというのは加藤周一のそれとは違うだろう。
しかし、教養はやはり古今東西に広がっており、社会を批判的に見る目は比較的鋭い。イサム・ノグチが好きだから、政治の話をしないわけではない。むしろ積極的にしている。これらは「夕陽妄語」の伝統に似るだろう。
加藤周一は私にとっては、仰ぎ見る大先生だった。池澤夏樹は大学で演習のお世話になっている先生のような気がする。学ぶべき所は多いが、時々は「それは違うでしょ」と言いたくなるのである。ともかく、読み継いでいきたいと思った。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
この4年の間に朝日新聞に掲載されたコラムです。 折り返しのころに起こった震災・原発事故には動揺しながらも、声高にならず、“良識”を伝えてくれたことに感謝。.
・・・本の感想としては反則なのだけど先週掲載されたばかりの朝日のコラムから引用します。
「終戦記念日」が巡ってくる。
という出だしで始まり、
途中の
昔から自然災害の多い国だったから、ひどい目に遭ってそれを忘れるのには慣れている。国内にいた者は忘れるようにしたし、遠い戦場から帰還した者は何も語らなかった。
そして
福島第一の崩壊は東京電力という会社にとって究極の恥であったはずだ。しかし東電はもちろん、一蓮托生でやってきた財界も自民党も恬然として恥じることを知らない。
と・・・。
そうなんだよね、戦後、一億総懺悔なんて言い出して、戦争責任を国民のみなで背負うことにしたり、 原発を利権絡みで長年推進してきた国の背景を追求しないままで自民党圧勝を導いたり(民主党は民主党で確かにあまりと言えばあまりの稚拙な政治だったけど)、何でも忘れる日本人なんだなぁ、私たちは、と苦い思いにかられ、
また、
野田政権は、電気が足りない、と大飯原発を再稼働させたけど、夏が終わってみれば関西電力は他の電力会社からの融通だけで乗り切れた、とコラムを読むと、
あぁ、そうだった、なんかもうすっかり前のことみたいで忘れてたよ、なんて重ねて恥ずかしく思ってみたり。
リアルタイムで読んでいるコラムを一冊にまとめて数年分を一回で読む、という作業の意義をこんなところで感じても仕方ないのだけど、でも、そうだよね、これが大事なんだと思う。
池澤さんという人の筆致が好きで、だから本来ならば、
キャラを引用しての事故説明の習慣を捨ててみよう。ぼくってこんな人・・・から脱却しよう。
なんていう、“非常事態”ではない時のコラムの話をここでは感想として書きたかったのだけど、
やはりこの一冊の中心はどうしても、震災・津波・原発になってしまう。
最後にまた引用します。
今、気になっているのは、みんなが「考える」より「思う」ことで決めるようになったことだ。五分間の論理的な思考より一秒の好悪の判断。
・・・・目新しい言い方ではないかもしれないけど、
改めて、うん、そうだよね、せめて五分間は考える自分でいたいです。 -
池澤さんの発する言葉は、とても静かだ。何かを攻撃すること、否定すること、破壊することで、自己を主張しようとするような人や言論が脚光をあびるような今の世の中にあって、池澤さんのように丁寧に言葉を紡ぎ出していく人を、私は信用する。「考える」ことと「思う」ことの問題提起にははっとさせられる。「思い」がないと、空疎なものになってしまうと常々考えているので、どきっとしたけれど、「思い」にもいろいろなものがある。池澤さんの危惧する「思い」は感情的な一瞬の反応のことなのだと思う。その時に好きか嫌いかで瞬時に物事を断定してしまう「思い」とは違う「想い」にちかいものは、「考える」ことを続けていく上では欠かせないもののはずだから。池澤さんのように、凝り固まらずしなやかに思考することを心がけたいものだ。
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池澤さんの東日本大震災後のエッセイ。じっくり再読しよう。
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現代にも、ペンで戦おうという気概を持った人はいるのだな。と言うのが読後の率直な感想。
文学が世の中を変えることが出来る、なんて言える作家が、いや、一般市民でも、果たして何人いるのかな。
(自分は数年前、今いる会社の人事部の面接担当に文学部出身と言うと、「何をするの?作品を読んで感想を言い合うの?」とか聞かれて、世間の文学の認識ってそんなものなのだろうかと、キレそうになったことを思い出した。閑話休題。)
2009年から2013年も、全く激動な時期だった。3.11以前と以後、終わりと始まり。
この時期に、このコラムを残してくれた池澤夏樹に感謝。
シンボルスカの詩が、刺さる。
刺さらない方が、この詩の意味を理解できない方が、幸せだとは思うけど。自分以外の人の幸せも、凡人なりに考えなきゃね。 -
3.11をまたいだエッセイ、たとえば伊集院静など、何冊目だろう。連載エッセイの宿命としてテーマ選択の時系列がどうしても見えてしまうのが気の毒だ。たとえば本書では原発については3.11の一年以上前から連載が始まっているにもかかわらず、一度も取り上げられてはいない。震災直後の「なじらない」「あおらない」という自分への戒めの表明は大変共感するものだが、その後一年半以上も続く震災関連一色ともいえる多少なりともヒステリアぶりには思わず身を引いてしまう。穿った見方であって欲しいが沖縄移住も、もしかして逃げたのではと。
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久しぶりに池澤夏樹のエッセイ(というかコラムだとご本人は)を読む。この人の小説は前の世紀のものは殆ど読んだし、エッセイもいくつも読んだ。僕は考え方を同じくする部分が非常に多い作家のひとり。これは朝日の連載を収録したものだそうだが、ちょうどフクシマ前後の日本についてそれぞれ彼の呈示する視点から気づくことは多い。実はその姿勢全てに共感するわけでは無いのだが、多分ちょっと良くも悪くも傍観者的な視点があって、それが共通するものなのかも知れない。読んで気づいたらアクションしないと意味は無いけどね。それと、アメリカ的なものにどっぷりつかってそこから逃れられないのに、アメリカ的なものに対する疑問を抱いている中途半端さも一緒かも(苦笑)。原発のことがあるので、本書に対してネットではアンチな書き込みも見る、それですらひとつひとつ中途半端になるのが結構笑えます。中途半端バンザイ。僕はハードカバーで読んだけど、来月早々に文庫化されるそうです、一読おすすめ。
余談ですが「終わりと始まり」というタイトルは、ポーランドの詩人、ヴィスワヴァ・シンボルスカの同名の詩からだそう。冒頭と巻尾に引用されていますが、非常に印象に残った。 -
コラム。
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2009年4月から2013年3月まで毎月一回ずつ連載されたコラム。途中に東日本大震災が起きる。
時評でもあるが、あと(単行本)で読んでも著者には全くぶれがない。政権への立場、東北や沖縄との自身の距離感。
著者は自分に問い返しながら、読者にも思考を促す。多様性を身につけたひとならではの視点。言葉が強いが、綺麗事にとどまらない。
印象的なことば。
・多神教とアニミズム。他方で、一神教の神は創造神、個人を救済する。(95-)
・ギリシャの幸福 資本主義のありかた、生きる原理の違い。(157-)
・「物語」の喪失 小さい文学 仮想(161)
・社会の多様性 男女共同参画、子供を見守る社会 (165)(203)
・「事態を正確に読んだ上で楽天的にふるまう。それは不運を乗り切る力の一つであるだろう」(194)
・コラムとエッセイの違い
エッセイは「試論」、コラムは基本がジャーナリズム。(227-)
・シンボルスカの詩「終わりと始まり」 -
2009年から2013年まで朝日新聞で連載されたエッセイ集。
震災、原発事故を挟んで大きく変容しつつある日本社会を捉える詩人の言葉は常に憂いを帯びています。
沖縄の米軍基地、中韓との軋轢、東北被災地の現実、原発問題、TPP、そして秘密保護法…。
無力感を感じることばかりの昨今ですが、それでも、「言葉」の中に私たちは希望を見出すことができる。このエッセイを通じて著者のそんな意思を感じます。
いくつか、引用された詩を。
「戦争が終わるたびに
誰かが後片付けをしなければならない。
物事がひとりでに
片づいてくれるわけではないのだから
誰かが瓦礫を道端に
押しやらなければならない
死体をいっぱい積んだ
荷車が通れるように」
ヴィスワヴァ・シンボルスカというポーランドの女性詩人の詩です。もうひとつ。
「またやって来たからといって
春を恨んだりはしない
例年のように自分の義務を
果たしているからといって
春を責めたりはしない
わかっている
わたしがいくら悲しくても
そのせいで緑の萌えるのが
止まったりはしないと」
この国や、この世界を変えるのはつまるところ私たちひとりひとりの心なのだと思います。だから心を動かす「言葉」というものがいっそう大切な時代なのだと考えています。
こんな時代だからこそ、よい言葉、美しい言葉を大切にしたいものですね。 -
作家の池澤夏樹が朝日新聞に寄稿してたコラムをまとめた一冊。
途中、3.11の震災があり、原発や当時の政府についての批判や所感などが多く、印象深い。特に、メディアでは最後にたたかれまくった菅直人元首相を支持し、退陣した後もそのことを否定しない姿勢には考えさせられた。
沖縄やアイヌ、水俣病といったテーマも繰り返し登場し、この人の信念のぶれなさが伝わってくる。
考え方の好き嫌いはあるだろうけれど、最近の世間は「考えずに思うことで動いている」という内容には強く共感というか実感した。
巻末に載せられたシンボルスカの詩が美しい。 -
今、気になっているのは、みんなが「考える」より「思う」でことを決めるようになったことだ。五分間の論理的な思考より一秒の好悪の判断……印象的な一節。
リアルタイムで書き継ぐ新聞連載集だから日付がついている。動いている出来事へのコメントの評価は時を経て定まる。1冊の本にまとまったことで著者が物事に向かう姿勢の真摯さが伝わってくる。 -
久しぶりの池澤さんコラム。
理系分野にも造詣が深く、面白さを教えてくれる方。
(高校時代、理系を諦めてしまったのは今でも悔いが残る…)
自分がいかに考えずに日常を過ごしているか…痛感しました。
まずは「五分間の論理的な思考」から始めてみよう。 -
書かれていることの多くには、そうだよね、と思う方向が多いのだけど、しかしさっぱり読んでも気分が上向くものではない。ひとつは、内容自体が決して明るく前向きなものばかりではないこと。そしてもうひとつは、冒頭に紹介されている、タイトルにもなっている「終わりと始まり」の詩の影響。「戦争が終わるたびに誰かが後片付けをしなければならない 物事がひとりでに片づいてくれるわけではないのだから」誰かが、誰かが、誰かが…著者も自分も誰かも、わかんない…。
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