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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784022511485
みんなの感想まとめ
オリンピックの開催に伴う熱狂の裏側には、さまざまな不安が潜んでいることが描かれています。特に、国や自治体が景観や環境を犠牲にしてまで施設や交通網を急速に整備しようとする姿勢に対する警戒感が強調されてい...
感想・レビュー・書評
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図書館で予約したが取りにいけなかった。
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まずは私が2013年9月11日付で朝日新聞に投書した没の原稿
私はオリンピックの開催地が東京に決まってからの世間の熱狂振りに一抹の不安を感じた。
まず一つはオリンピックを体裁よく成功させたいと願う国や自治体が、この熱狂に便乗して町の景観や自然環境を蔑ろにしてでも施設や交通網の建設を強引に進めようとする不安である。実際に私達には国の記念碑的価値がある日本橋の頭上に高速道路の高架橋を平然と掛けた経歴がある。恐らく当時も反対意見はあっただろうが、大多数の賛成意見と今回のような世論の勢いに屈したのではなかろうか。そんな二の舞だけは繰り返してはならない。
もう一つは私達がお祭りムードに酔いしれる間に、私達には不利となる様々な法律や政策の改正が密やかに推し進められて行くかもしれない不安である。私はこれほどまでに安倍さんのシナリオ通りに物事が進行している現状が怖くて仕方がない。まるでミヒャエル・エンデの童話の世界に迷い込んだような気分だ。大抵その後は知らぬ間に相手の術中にハマっていくのが物語の流れである。ならばそうならないためにはどうするか。それには相手の動きを注意深く観察し、国の繁栄などと引き換えに私達のもっと大事な何か、例えば良心を決して相手に譲り渡してはならない。それだけはどうか皆さんも忘れないで戴きたい。私は切にそう祈る。
表題の本を読み、その当時は五輪に異を唱えるだけで非国民と罵られるような風潮にあるとは思わなかった。
※その当時は佐渡が終わったばかりでその余韻に浸りきりとなり、世間の空気なんてどうでも良かった。
上の投稿も、文章力云々はさておきそれ以前に論旨で採用されることはなかったのだと思うと何となく安堵した。
しかし、それにしても…
三氏のような意見がなぜもっと一般意思にならないのかが、私はどうしても理解できない…。
それとも、絶対に主流にはなれない(なってはならない)、しかし大変動が起こった時にはレミングの群れとは逆方向に逃げて生き残り、結果的に種の保存に役立つだけの発想なのだろうか… -
読んでいて、古代ローマ帝国が、占領した各地にコロッセオを建てたことを思い出した。
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反対意見を押しつぶして、最後には何が残るんだろう。
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よかった、自分だけじゃない。オリンピック嫌いな人間は。
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スポーツの祭典として、開催できるならオリンピックはいい機会だよねー
出る方も見る方も。
いろんな思惑が入ってくるからなんかまずいことになるんだよね。 -
メモ:62pくらいまで読了
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オリンピック開催に異議をとなえることが憚られるような雰囲気、お国のために一丸となっているのになんで水をさすようなことを言うのかという雰囲気を感じて、よくよく必要性を考えることを自分自身が放棄しないよう気をつけないとと気付かせる本でした。
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「汚染水は完全にコントロールされている」「福島から250キロ離れた東京は安全」等よくも世界を相手にしゃーしゃーと言えるものだと、そして国民の総思考停止状態にあきれ返っていたので、言いにくいことを言う勇気には拍手を送りたいが、このメンバーにしては反対の理由がやや愚痴めいた感じでパンチ不足か。
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まぁいつものメンバーによる鼎談である。もちろん内田樹めあて。
(以下引用)
あと何年かしたら「オリンピックまで間がないが、除染はしきれない。だからここはひとつ区切って囲ってしまって、オフリミットということにしよう」と。そういう話になると思う。(中略)「もう急がないと間に合わないから」というので、常識的な抵抗を切り捨てる。「そうしないと、オリンピックに間に合いません」という言い方をすれば国民は反対しないと思っているんだ。「汚染地を切り捨てる」という政治決断をするためにも、オリンピック招致は追い風になってるんだ。だから官邸はオリンピック招致が決まってあんな喜んでるんだよ。(P.125) -
著者が、このひとたちか!というような豪華(?)メンバー。
東京オリンピックに対するそれぞれが思う愚痴、のようにも読めるけど、やはりこのひとたちの視点は広くて、考えさせられる。
自分自身はというと、オリンピックについて考え始めると考えないといけないことがたくさんあるやろうから触れへんようにしていたけど、なかなかに深刻なことやと思った。
政治家は「福島を捨てた」、そんなイメージが確かにぴったり。七年後の日本はどうなるんでしょう。 -
誰も言わずに済まそうという空気感のなか、あえてモノ申すことの大切さ。
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とにかく,こういうことを言ってくれる人がいると言うことに対して,まずは,感謝したいです。というか,それくらい,時代はアヤシイ雰囲気に包まれているのかも知れません。
今時,東京オリンピックに反対するなんて,非国民とも言われかねません。しかし,最近のオリンピックが果たしてきたスポーツ以外での「活躍」を見ると,危惧するものがたくさんあるのも,また確かです。非国民と言われようと,感情的な全体主義に流されることはごめんです。
純粋にスポーツの祭典を楽しめばよいのだ…という意見もありそうですが,純粋に楽しむには,あまりにも,見にくいものをまとっているのがオリンピックですから。
スポーツやオリンピックが大好きな人にも,ぜひ,手にとって読んでいただきたい鼎談です。 -
2020年の東京オリンピックに反対する人たちの
対談。内田樹氏の本の冒頭の炭鉱のカナリアたるべきと
いう文書はよかった。というより内田氏の文書は
個人的に好きなのだと思いました。
オリンピックについては、もう決まってしまったので
もう文句いってもしょうがないような。
また、個人的には単純にオリンピックは見てみたいと
思います。 -
オリンピック、なんか嫌だよね、という鼎談集。オリンピックが異様な盛り上がりの中で東京ですることに決まった、その異様さについて三者の角度から見つめ直すというもの。全体としてはまとまりがなく雑然としているものの、本書に書かれていたように「反対する意見はあったのだということ、すくなくとも、この頃までは、まだこういう意見を自由に発表できたのだということだけは、記録に残せる」という強力な意義のある本。
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2020年オリンピックの招致活動、その後の東京オリンピック決定のメディア報道は、滝川クリステルの「お・も・て・な・し」のジェスチャーとともに、記憶に新しいところである。
今回の東京オリンピック決定について、疑義を抱いている人はたくさんいるはずなのだが、実際に声を大にして「反対!」と叫ぶ者は、言論界でそう多くない。
そのような状況の中でも、「炭鉱のカナリア」として「反対!」と必要以上に声を張って唱えるのが、内田樹、小田嶋隆、平川克美の三氏である。
第5章「消費税も戦争も」で展開された、「小さな義理と大きな義理の戦い」、それから、エピローグでの「まぼろしの東京オリンピック」は非常に興味深かった。 -
ふーんって感じ。
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オリンピック招致に見た違和感、なぜ「2020年」に「東京」で「オリンピック」が行われる必要があるのか、という疑問。
自分の感じていたことが包括的に語られていて、ああなるほど、と思うばかり。
「街場」というより完全に著者3人衆の語りだが、「五輪反対!」と明確に叫べない雰囲気がある、言い換えれば同じように思っている人はもっといるはずだというのがこの本の見立て。本当にそうだろうか。
少なくとも自分は五輪反対、2020年までに東京から脱出したいと思っているが。 -
今回の東京オリンピック招致をきっかけに、日本社会はどうもきな臭い方向に向かいそうな気がする。新国立競技場のコンペも不透明なまま、強引に押し切られそうな勢いだし、福島の放射能汚染は「東京には関係ない」というロジックで黙殺した。東北の復興もまだ見えないのに祭りの準備で反対意見は言いづらい空気が作られていく。「水を差すな」「野暮をいうな」という言葉で小さな声はかき消されていく。憂慮すべき事態なのにそれを叫ぶ識者はあまりに少ない…。
数少ない「空気を読まない」人たちの言葉をしっかりと受けとめておきたい。
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