坂の途中の家

  • 朝日新聞出版 (2016年1月7日発売)
3.77
  • (186)
  • (400)
  • (261)
  • (43)
  • (15)
本棚登録 : 2721
感想 : 378
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784022513458

作品紹介・あらすじ

【文学/日本文学小説】最愛の娘を殺した母親は、私かもしれない。虐待事件の補充裁判員になった里沙子は、子どもを殺した母親をめぐる証言にふれるうち、いつしか彼女の境遇に自らを重ねていく。社会を震撼させた虐待事件と〈家族〉であることの光と闇に迫る心理サスペンス。

みんなの感想まとめ

人間関係や家族の複雑さを深く掘り下げた作品は、育児や夫婦関係のリアルな葛藤を描き出し、読者に強い共感を呼び起こします。登場人物たちの証言を通じて、何が真実で誰が正しいのかを問いかけ、心の奥に潜む孤独や...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 『水穂という見知らぬ女性がそのとき両手で抱いていた赤ん坊の重さ、なまあたたかさ、やわらかさが、里沙子の両手に記憶したもののように広がる。まるで自分が泣き止まない赤ん坊を抱いてそこに立っていたかのように。そうして赤ん坊の重みが、両手からふっと消える。視界には、開いた十本の指』… 浴槽に落ちていく幼児。殺人の現場を生々しく実感する主人公・里沙子。

    我が国で裁判員制度が導入されて10年を超える年月が経ち、裁判員として参加した人の数は約10万人にも達したという現在。このレビューを読んでくださっている方の中にはすでに経験済みという方もいらっしゃるかもしれません。『個人的には、始まると聞いた時から、できればやりたくないと思っていた』という角田さん。『裁判員が経験を話しにくい雰囲気がある。何とかならないかと思う』という角田さんが描いたこの作品。『過度に感情移入することによって、周りにいる人間の言葉も全部意味が変わると思った』という角田さんの言葉通り、裁判員として選ばれた専業主婦が、被告人に深く感情移入し、そこに自らを投影していく、自らを重ね合わせていく、そして自ら深く入り込んでいく姿に迫っていくこの作品。主人公・里沙子の狂おしく身悶えるような内面の葛藤が全編に渡って描かれていきます。

    『図書コーナーにいる文香を見る。このところよく会う萌ちゃんと絵本を開いてくすくす笑っている』という光景を萌ちゃんのお母さんと見る主人公の山咲里沙子。『二時半を過ぎて男の子を連れて二人の母親が帰り』、里沙子も文香を連れて自宅へと帰ります。『結婚したのは、四年前、二十九歳のとき』という里沙子は『二歳年上の山咲陽一郎』と交際一年で結婚しました。『妊娠したら産休をとって、その後また働くのだろうと漠然と思っていた』里沙子ですが『新潟に住む両親と折り合いが悪かった』ということもあり退職を選びます。『寝返りの瞬間。はいはいから立っちができたとき』という初めての事ごとを目にして『やっぱりそばにいてよかった』と喜ぶ里沙子。そんなある日、『ポストに自分の名宛ての手紙を見つけた』里沙子。『裁判所からの郵便物だった』というその手紙には『六週間後に行われる刑事裁判の裁判員候補者に選ばれたので裁判所にくるように』と書かれていました。『裁判がどんなものかも知らない。それに事件になんてかかわりたくない』と思う里沙子。『八月二日から十日間』、その間、『文香はどうするのだ。断ろう。断れないはずがない』と考える里沙子。帰宅した夫・陽一郎に『断ろうと思って電話してみたんだけど』と相談します。『辞退をしたいと伝えたのだが、それは不可能』、『あくまでも今の段階では五十人から百人くらいの「候補者」』にすぎない』といわれたことを話します。『候補がそんなにいるなら、まずだいじょうぶだろう』という陽一郎。そして、八月二日、公判を前に裁判所で説明を聞く里沙子は、『戦慄に近い驚きを覚え』ます。『乳幼児の虐待死事件だった』というその裁判。『私は被告の女性と立場が似ている』、『きっと公正な判断なんてできない』、『この事件に私は選ばれない』、そう考える中、『里沙子は名を呼ばれ、立ち上が』ります。そして、補充裁判員に選ばれた里沙子が十日間の裁判に立ち会っていく中での様々な葛藤が描かれていきます。

    2009年に導入された裁判員裁判の舞台を描いていくこの作品では、『法律なんて何も知らない。裁判がどんなものかも知らない。それに事件になんてかかわりたくない』という里沙子が補充裁判員に選出され、十日間の裁判に関わっていく姿が描かれていきます。この作品が週刊誌で連載されていた2011年頃には、まだこの新しい制度が導入されたばかりであり、人々の関心も今よりもかなり高かった一方で、まだまだ選出された人も少ない時代です。そんな中で『法律に詳しい人も、社会でばりばり働いている人も、知識経験の豊富な人も大勢いる』、自分が選ばれるはずがないと考えていた里沙子。専業主婦として家に閉じこもりがちなこともあってその不安は日に日に増していきました。そんな不安を和らげるように『専門知識ではないんです、社会経験で判断できることなので、心配しないでください』という説明を最初に受ける里沙子。実際に作品で描かれる『評議』の場面でも、専門用語はほとんど登場せず、様々な年齢、様々な立ち位置の人々が、自らの経験を踏まえて自由に意見を述べ合う場面が描かれていきます。そんな中で、性別、年代の共通点、そして育児中でもある里沙子は『私は被告の女性と立場が似ている』ということを強く意識します。『八カ月と二歳十カ月』とどちらも育児の真っ只中で専業主婦であるという共通点を持つ二人。考えれば考えるほどに『きっと公正な判断なんてできないだろう』と思い悩む里沙子。そんな里沙子の不安は現実のものとなっていきます。

    『あの人がまさか、と、何かの事件が起きたとき知り合いはみんな言う』。何か事件が起きると『あんなやさしい人がまさか』というインタビュー映像が必ずといっていいほど流れるものです。この作品の被告である安藤水穂もそれは同じこと。そして、被告人席に座るそんな水穂の心中に隠された育児の苦悩を証言により知っていく里沙子。『うまく寝かしつけられない、あやせない、体重が増えない等、子育ての自信のなさ』というようなものは、子育てにはつきものとも言えるある意味で一般的な悩みです。それもあって、『そんなの、少し待てばすぐ終わったのに。赤ちゃんのころなんて一瞬なのに。あなたのなかにはおかあさんのもとが入っていなかったの?』と一歩引いた立ち位置で捉えていた里沙子。しかし、被告、被告の夫、そして被告の母親などの証言を聞いていく中で里沙子の内面に変化が生まれていきます。それは『どうして忘れていたんだろう?どうして忘れられたんだろう?』という里沙子自身も同じように苦しんだ過去の記憶でした。『数珠つなぎ的に思い出された』というそれらの苦い記憶。『考えまいとするのに、気がつけば、里沙子は文香が八カ月だったころを思い出している』と、水穂にどんどん自らを投影し、重ね合わせて、そしてその思いに入り込んでいく里沙子。そんな里沙子は『忘れていたのではない、忘れていたのではなくて封印したのだ』と過去に自らが犯した過ちを思い出していきます。それによってどんどん自らを追い込み、自らを追い詰めていく里沙子。ついには『そもそも、私は、文香を愛しているのだろうか』と思い詰める里沙子。そんな里沙子は、『私はあの女性を裁いていたのではない、この数日、ずっと自分自身を裁こうとしていたのだ』とその苦しみの理由に思い至ります。

    この作品では、最初から最後まで、里沙子の視点から物語が描かれていきます。そのために読者はもがき苦しむ里沙子の内面をずっと見続け、共有することになります。もっと気楽にやろうよ、もっと肩の力を抜こうよ、そんな風に声をかけてあげたくなる思いに苛まれる読者。でもそれは叶わないことであり、最後まで、そんな里沙子の心の叫びを、耐えられないほどの閉塞感の中で共有し続けることを求められます。そんな角田さんの圧倒的な心理描写を単行本420ページ(文庫500ページ)に渡って体感するこの作品。読者にはそれを受け止めるだけの覚悟が求められる、それがこの作品の一番の魅力であり、逆にある種の近寄り難さだと思いました。

    『乳幼児の虐待死事件』を裁く裁判員の姿を描いたこの作品では、そのそれぞれが抱える問題を、被告に自身を投影してしまう主人公・里沙子の内面を通して見事に描き出していました。それは、育児中の母親の孤独であり、圧倒的な閉塞感であり、そして周囲からの目に見えない圧力でもありました。様々なものに一人で向き合い、一人で耐える日々を送る育児中の母親の孤独を描いたこの作品。『乳幼児の虐待』という問題の微妙さ、そして裁判員制度の重さ含め、様々な問題提起を感じさせてくれた、とても重く、とても印象深い作品でした。

  • いろんな立場の人物の主観からこの事件についての証言があるが、何が本当で誰が正しいのか?
    里沙子と一緒に悩みながら読んだ。
    また、子育てのしんどい部分もリアルに描かれており、私自身の辛かった思い出が蘇ったりもして心揺さぶられっぱなしだった。
    読んでいてしんどいし、読んでない時間も心のどこかがこの物語に引き摺られていて気持ちが沈むのに、先が気になり読むのをやめられなかった。
    裁判員制度についても知ることができたし、読み応えがあって凄い良かったので、角田さんの他の作品も読んでみたい。

  • 2019年15冊目。
    妻に読ませたくない本、だそうです。ぼくはどちらかというと読んでもらった方がいいんじゃないかと思ったくらい。それは夫として父親としての自分に自信があるってことじゃなくて、様々な角度からの見方に気付かせてくれるすごい本だから。
    人間関係とはどうも複雑なようで、一対一の関係だけじゃないから、相手の心理状況・身体状態によって同じ言葉を伝えても捉え方は変わってしまう。逆もまた然り。そんなつもりじゃなかったってのは言い訳にもならないし、責任転嫁したって自分さえも守れない。だけど、だからこそ口酸っぱく伝える必要があるし、伝え方を工夫する必要があるし、伝わり方だって考えなきゃいけない。
    相手に同じことを期待するのは野暮だけど、せめて愛してもらえるように愛せよってことに帰結する。少なからず自分からは傷つけることが少なくなるようにしたいな。それも相手の捉え方次第だけど。

  • 本作では、育児をめぐっての夫との関係、夫の実家との関係が、わかりすぎるほどわかる。
    口に出せば、大したことではなくなってしまう程度の不満。
    わかっているから口には出さないけれど、だからこそそれは孤独に心の奥にしんしんとたまってゆく。
    私にとっては、もう何年も前のことだ。
    今は子どもも大きくなり、また違った悩みがあるが、本書を読んでいる間、私の心は当時に完全にワープして苦しかった。

    『八日目の蝉』以降、角田光代の書くお話は、どうしてこうも心にグサグサと刺さるのだろう。
    自分の体験と重ねあわせ、既視感とともに読み進めるのは、時につらすぎて、何度も手を止めて深呼吸しなくては先に進めない。
    でも、そういうお話を読んで共感している人が山ほどいるとしたら…悩んで、それを乗り越えようともがいているのは、私一人ではないといつも勇気づけられるのだ。
    だからまた、読みながら苦しくなるのがわかっていても、角田光代を読んでしまうのだろうと思う。

  • もうすぐ3歳になる子を持つ里沙子が
    8か月の我が子をお風呂に落として死なせてしまった事件の裁判員制度で選ばれてしまった小説

    正解のない育児に自分はどうだろだっただろうか?
    と考えながら読んだ。
    意固地になる里沙子の気持ちもわかる。子供の年齢が近かったら影響も大きいだろう‥

    意見が食い違うと『きみおかしいよ』と里沙子の夫言う台詞がとても気になった。
    私も言われたなぁー
    私の場合は心の中で
    『環境の違う者同士が一つの家庭を作ろうとするのに普通って何だよ何様だよ!バーカ!』
    と思ってた(-.-;)
    今でも思ってる。

    元気そうな旦那の親に来てもらう選択肢は無かったのかな!?
    そんな状況じゃ無かったから悩み苦しだのだろう‥

  • 主人公の里沙子にすごくイライラさせられる小説だった。被告人の水穂に自分を重ね合わせるのは勝手だけど、ずっと他人に判断軸を任せていることに気づいてなくて終始イライラした。
    仕事を辞めたり、母乳にこだわったり。旦那に言われたからとか義母に言われて…っていう他人きっかけの考え方が多すぎる。旦那のご飯の用意などお世話を甲斐甲斐しくやってるから、旦那が何もしなくなるのに。そこに違和感を感じないなら、全部自分がやりたいことだからって思わないとと思った。

    ただ、私が結婚も子育てもしてないからそう感じるのだろう。立場が違うから共感しなかった。

  • ''23年4月25日、Amazon audibleで、聴き終えました。確か、十数年ぶりの、久々の角田光代さんの作品。

    なかなかに、凄い小説でした。

    アカの他人の事件の補欠裁判員に指名され、裁判を審議していく過程で、いつの間にか被告人に自分自身を重ねていく主人公…自分も、夫と義父義母、娘との間がとても危うい状態である事に気づき…と、苦しい内容でした。
    事件を考察することで、主人公が自分を取り戻していく(?諦めていく?)過程が描かれていました。

    なんという恐ろしい話ಥ⁠_⁠ಥ
    「皆、スレスレなんだよ!」と、首に刃物を当てられたような気がしてます。いや、刺されたのかな?終盤、冷たい汗が出ました。

    角田光代さん、audibleに何冊かあるので…もう少し聴いてみます!

  • この話も感情移入し過ぎてしまった。
    角田光代さんの話はどれも、「ああ、私の気持ちを代弁してくれてる」と感じてしまう。

  • 書評の通りで「主人公は私の気持ちの代弁者か」と思わせるような、主人公の心理描写。フィクションなので誇張はあるものの、女性読者には、多くの共感を得られると思う。
    一方の支配的な言動に、他方のネガティブな被害的認知。家族関係の輪廻。心理的虐待についても、考えさせられた本。

  • 我が子を虐待死させた母親・水穂。
    その裁判の補充裁判員に指名された主人公・里沙子。
    水穂と自分自身をシンクロさせてしまい悩みぬく…。

    あまりの息苦しさに、何度も途中でやめようかと…。
    もちろん子供の問題だけではなく、
    夫婦関係、親子関係のあり方もとてもリアルで…。
    私自身も、母となれていたら、こうなってしまった可能性もあるわけで…。

    ただ、産める喜びと痛み、育てる喜びと苦しみが、表裏一体なんだとしたら、
    母親だけが感じることのできる、至福の瞬間もあるのでは…と思うのです。

    まぁ、それを感じられる余裕すら、失っていたってことなんでしょうけれど…。


    でも、貶め傷つけることで、自分の腕の中から出て行かないようにする。
    それも愛情の一種だなんて、思いたくはないです。

    • 杜のうさこさん
      azu-azumyさん、こんばんは~♪

      優しいメッセージをありがとう~~~。
      とても嬉しいです。

      そうなんです。
      この類のテ...
      azu-azumyさん、こんばんは~♪

      優しいメッセージをありがとう~~~。
      とても嬉しいです。

      そうなんです。
      この類のテーマは、いろんな意味でつらいです…。
      自分もそうなっていたかも…と常に思いながら読んだんですが、
      経験がないから、その苦しみに寄り添ってあげたくても、そうしきれない自分と、
      せっかく母となることができたのに…と、
      心のどこかで責めている不遜な自分もいたりして…。

      角田さんに完全にやられちゃいましたね。
      逃げ出したくても、そうさせない筆力を感じました。
      2016/03/13
    • あいさん
      こんばんは(^-^)/

      重いテーマが続くね。
      私は多分読まないテーマだと思うけど、こうやって杜のうさこさんの感想を読んで一緒に考え...
      こんばんは(^-^)/

      重いテーマが続くね。
      私は多分読まないテーマだと思うけど、こうやって杜のうさこさんの感想を読んで一緒に考えさせてもらって助かっています。
      いつもありがとう(*^^*)♪
      2016/03/14
    • 杜のうさこさん
      けいたんさん、こんばんは~♪

      わぁ、温かいコメント、ありがとう~~。
      嬉しくて、しっぽふりふりしちゃうよ!
      あ、うさちゃんはふれな...
      けいたんさん、こんばんは~♪

      わぁ、温かいコメント、ありがとう~~。
      嬉しくて、しっぽふりふりしちゃうよ!
      あ、うさちゃんはふれないのか(笑)

      東野さんの作品はね、テーマは重かったけど、読後感は良かったの。
      でも、角田さんの方は…。
      修行だったね…。

      でもそう言ってもらえると、読んだかいもあります。
      こちらこそ、いつもありがとう(*^-^*)
      2016/03/15
  • 被告人の水穂に感情移入する里沙子に感情移入してしまう私。育児したことないのにとても共感してしまいました。描写が上手くて本の世界がリアルに思い浮かぶ。角田光代の本を以前に読んだ時もそうだったけど、わからないのに「わかるわかる」って気にさせてきます。

    さて、本書の主人公である里沙子は、裁判員裁判の裁判員に選ばれてしまう。補欠だけど。その刑事事件は母親が娘をお風呂に落として溺死させてしまうというもの。育児ノイローゼによる責任能力の有無や、夫や義母などの関係者の供述を聞く中で、里沙子は被告人の女にどうしても自分を重ねてしまう。

    育児している人にも読んでほしいし、していない人にも読んでほしいです。どうやっても「伝わらないもの」が存在し、それによって追い込まれる人がいることがわかります。

    それにしても「結婚すれば」「子供ができれば」「引っ越せば」相手が変わるだろう、という幻想。この幻想いろんなところで100万回くらい聞いたことある気がするけど、人は環境が変わったくらいで変わらないものですね。

    「きみはおかしい」穏やかに妻を攻撃する夫。嫌いなら離婚すればいいのにそれをしないのはなぜか。そういう愛し方しか知らないから。
    夫は裁判員という役目を通して自分の知らない世界に出ていく妻に、自分の不甲斐なさを改めて感じ不安になる。そしてそんな夫の攻撃に、決めることも考えることも放棄してきたことに気づく里沙子。溜飲が下がるラストでした。

  • Audibleにて。
    毎日の様に起こっている幼児虐待事件。犯人の顔をニュースで見て、酷い、可哀想、そんなことするなら産まなきゃ良かったのに、と思うのは簡単な事だけど、実際その背景に起こってたすべてを知ることは無理だと思った。

    裁判員裁判のことも、実際どういう事をしているのか知れて良かった。

  • 読んでいて段々犯人の事を書いてるのか、主人公の事を書いてるのかわからなくなる。主人公の追い詰められて行く感情が読んでいて苦しいし、フラストレーションを感じた。子育てはここまで母親を追い込んでしまうのかと改めて勉強になった。

  • 苦しくて息がつまりそうでした。子どもを産み育てた経験があれば誰もがそうなるでしょう。
    産まれた瞬間のあの世界中から祝福されているような絶対的な幸福感が、自宅に帰った瞬間から日常の中で薄れていく。理由のわからない泣き声にとまどい、二時間ごとに起こされる夜中の授乳にうんざりし、自分では泣き止まないのに祖母に抱かれるとすぐに泣きやむことに敗北感を感じ、保育雑誌との成長の違いに落ち込む。過ぎてしまえばどれもこれも笑い話にできるのに、あのときのあの絶望の深さたるや。その絶望の淵から抜け出せるかどうかは、そばにいる誰かとの関係による。夫や、実母や、義母。その中のだれかとしっかりと手を取り合って助け合っていられるなら、絶望はいつかまた幸福感へと戻っていくのに。ここにいる不幸な2人の母親。なぜ我が子に手を上げるのか、なぜ虐待は無くならないのか。私はそんなこと絶対しない、なんて絶対言えない。
    夜中に泣きやまない子どもを抱いたまま、マンションの窓から飛び降りそうになったことくらいあるよね、スーパーでだだをこねる子どもの頭を叩きたくなったことあるよね、言う事をきかない子どもに腹を立てて無視したことあるよね、そう、誰もが彼女たちと紙一重なんですよね。
    と書いて来て、ふと思い出しました。この夫たちの許せなさたるや。けど、この夫たちを作ったのはまぎれもない「母親」なんですよね。結局、ぐるぐるとこの連鎖は続いていくということなのでしょうか。

  • 幼児虐待のニュースが頻繁に新聞をにぎわす現代に、タイムリーな題材で、作家角田光代の凄さを如何なく発揮した傑作。
    裁判員になった主人公が、被告人とシンクロしてしまう裁判員裁判が舞台。
    ある書評に、「読むのがつらい小説である。つまらないからではない。むしろ面白い。しばしば逃れたいと思うものの結末が気になる。」と、記されているように、読み手を捉えて離さない、凄まじいまでの磁力がある。
    それは、主人公と同じような立場の女性ばかりでなく、立場を異にする男性にとっても・・・

  • 刑事裁判の補充裁判員になった里沙子は、裁判の証言にふれるうちに、
    いつしか彼女の境遇に、自らを重ねでいくのだったー。

    4年前に2歳年上の陽一郎と結婚し、イヤイヤ期のもうすぐ3歳になる文香と
    幸せに暮らしている33歳で専業主婦の里沙子。
    ある日突然刑事裁判の裁判員候補者に選ばれたという裁判所からの手紙が届く。
    補充裁判員に選ばれてしまった里沙子。
    事件は、三十代の女性が水の溜まった浴槽に八ヵ月になる長女を落とした。
    乳幼児の虐待死事件だった…。

    物語全てが里沙子の視点・主観で進んでいく。
    里沙子の日常生活と裁判の様子が並行して進んでいく。
    被告人の夫・夫の母親・被告人の母親・被告人の親友の女性・被告人本人。
    それぞれの証言が、その人の主観だから皆言ってる事が全く違う…。
    そして、里沙子はその裁判の証言を聞くうちに、被告人の水穂のその境遇に
    自分自身の境遇を重ね、被告人の水穂に感情移入をしていく。

    里沙子の日常を描いてるその様子もとても、とても息苦しい。
    夫にどうして、そんなに思った事を口に出せないの?
    どうして、どう見られるか、思われるか気にするの?
    夫の陽一郎もどうしてそんな言葉を発するのだろう?
    どうして、里沙子の説明を聞く耳を持たずに決めつけるんだろう…?
    どうして、直接里沙子に話さず告げ口をするかの様に、実家の父母に隠れて伝えるんだろう?
    どうして?どうしてが、頭の中で渦巻いた状態で、
    里沙子の終始重苦しい感情表現が続き、息苦しくて息苦しくて読むのが本当に辛かった(´⌒`。)
    蓋をしていたはずの自分のこれまでの出来事を次々と思い出すさまも苦しかった。

    裁判の証言を聞いて、自身の境遇と重ねる内に、
    今迄違和感をただ面倒なだけだと片付けて決める事も考える事も放棄していた事に気付く。
    夫や実母の愛し方をこうだって気付く
    『憎しみではない。愛だ。相手を貶め、傷付け、そうすることで自分の腕から
    出て行かない様にする。愛しているから。』
    表面的には笑顔で穏やかなやり取りの中に皮肉やひそやかな攻撃が込められていたり、
    それが本人以外にはわからないもの…。
    夫婦間以外にも人間関係でそういうのってある!経験した事あるって思った。
    そして、こういう種類の男性って少なからずいるって感じさせられた。
    そう、感じられる現実感がとても怖かった。

    終始重苦しい感情表現が続き、本当に読んでいて辛かった。
    裁判員裁判のお話でもなく、幼児虐待のお話でもなく、
    他からは決してわからない、家庭という密室での支配する者のと支配される者のお話だったのかな。
    この微妙な感情のやり取りや支配をこれ程迄に描く筆力は凄いって感じました。
    夫婦間の対等ってどういう事なのだろう…。
    裁判も一体何が真実で何が嘘なのか、事実を知る事の難しさを凄く感じました。
    非常に重いテーマでしたが、色々と考えさせられる作品でした。

  • 母親による虐待死事件を巡る裁判員裁判。
    被告人の母親と、裁判員(補充)として選ばれた母親の違いなんてほとんどない。
    一歩間違えれば、自分が逆の立場になっていたかもしれない。それは子育てを一身に引き受けている母親の大半がそうじゃないだろうか。
    母乳神話、成長線に沿った成長、離乳食のペース、排泄の処理、予防接種、乳児湿疹、突発性発疹、夜泣きや卒乳、発達障害の不安…医療従事者でもない、助産師でもない、保健師でもない素人の女性達が、子供を産んだ瞬間に「母親」となる。育児書やネットで調べても理想の子育てしか書いていないし、周囲に相談しても現実的に助けになるわけでもない。他の赤ちゃんとの発達の違いに打ちのめされ、小さな小さな赤ちゃんの命の重圧に押し潰されそうになる。夫や両親達は良かれと思って言うが、心無い一言に苛立ち、突き落とされる。
    きっと誰しも少なからず経験していて、その苛立ちが「虐待」まで度を越してしまう事を本当に恐れている。
    泣き止まない赤ちゃんの泣き声に、何も考えられなくなるのに「近所から虐待と思われたらどうしよう」なんて恐怖心がいつもある。

    読んでいて、凄く共感できて、息苦しくなる話だった。
    被告人と環境は違うが、私だっていつだって紙一重だと改めて思わされて、とにかく怖かった。
    貧乏より、多忙より、孤独が1番子育てなんてできない。協力よりも本当は理解を求めているんだから。

  • 正直に言いますと、主人公の心理が丁寧に描かれ、共感するところも多かったのですが、とても読むのがしんどい小説でした

    私自身は、人は法で裁かれるべきであり、心情や感情の介入をまねく裁判員制度には反対です
    その難しさが描かれているのみならず、「地方特有の考え」やコンプレックスから来る「えらいわね」の評価に、子供に追い抜かれることに嫉妬する親の様

    人が気付かない理不尽を悪意の表れと感じて、愛情なのか自身がひねくれているのか判断ができず、六実のように笑って済ませられないために自らが生み出した沼にはまっていく主人公などと、感じさせられる部分は多いです

    冷静に考えれば隠す必要がないことに、変な引け目を感じてしまうことなど身につまされる思いがしました
    単純で面白い小説ではありませんが、多くの人に一度は読んでもらいたいと感じました

  • 内容が重い。
    裁判員裁判に選ばれた幼い子持ち主婦の話。
    その裁判が赤ちゃんをお風呂に沈めて
    しまった同じく主婦の裁判で、主人公は
    自身の身を振り返りながら裁判員として
    裁判を傍聴する。

    なんだろう、子供を育てていると
    思い通りにならないことばかりで
    こっちまでぎゃーってなることがあるけど
    ぎゃーとなる反面、もう本当にかわいいーと
    思う部分や、日常の中のもう駄目無理って
    思いながらなんか笑ってしまう部分があって、
    バランスが取れている。

    この本では負の部分ばかり強調されて
    強調されて、そんな風に人の裏ばかり読んで
    本音もぶつけずに悶々としてたら家庭も
    壊れるわ!って主人公にイライラしてしまって
    まあ角田さんの本あるあるなんだけど、
    あるあるなだけに他の角田さんの本の内容と
    既視感もあって、退屈すぎた。
    子育てって人からの話だけでは絶対にわからない
    やってみないと絶対にわからない、そういう
    この作者の弱点が露わになっている本だなと思った。

  • 読んでいてこれは評価4だな・・・と思っていたけど、後半で失速。
    この小説の主人公は幼い子供をもつ母親で、彼女の目線で全編描かれている。
    それが最初は丁寧に細やかに心理描写されているな・・・と思い、刺激的な事柄で読ませるのでなく、人物の心理描写によって読ませるのはすごい!と思った。
    そのすごい!が後半にはあまりにも同じような事を堂々巡りして考えている主人公にむつこさを感じるし、主人公の頭の狭い世界ですべてストーリーが進んでいくことから閉塞感を感じた。

    この物語は裁判員に選ばれた子供をもつ若い母親の話。
    彼女が裁判員として任された事件は自分と同じような若い母親が我が子を虐待し、風呂に沈めたという事件。
    家族構成が被告人と似た境遇にある主人公はだんだん彼女と自分を重ね、自分自身の生活や人生を見直していくこととなる、と言う内容。

    実際、この話は裁判員に選ばれるまでをざっと書かれていて、その後は裁判員として事件に関わる事となったたった1週間程度の事が書かれている。
    それがすごく濃い。
    同じ小さい子供をもつ母親として、親との関係がうまくいってないこと、夫との関係において、だんだん主人公は被告人と自分を重ねていく。
    それに対して他の裁判員は被告人の気持ちが理解できない、と主人公は感じ疎外感を感じる。
    同じように家庭の中でもある種の疎外感を感じている。
    そして、夫との関係である事に気づいていく。

    まず、これを読んで思ったのは狭い世界にいると自信をなくす事につながるし、パワーを人に奪われるという事にもなるという事。
    もちろん、同じ状況であってもそうでない人はいるけど、それはしっかり自己肯定できる人なのかもしれない。
    また、裁判員制度とはこういうものなのだというのもこの小説を読むと具体的に分かる。
    これを読むと、読む前から想像していた通り、やはり裁判員になるという事はかなりな負担になるのだと分かる。
    こんな事を普通に国民に強いるなんておかしいと私は思う。

    主人公は被告人と自分を重ね、自分の生活を改めて客観的に見直すけれど、同じように私自身も主人公と自分を重ねて自分を見つめたりもした。
    主人公の夫は明るくて優しいとあるけど、私にはえらく冷たい男だと思えた。
    だけど、考えてみればうちも似たようなもん・・・というか、これよりひどいか・・・と思ったし、そんな相手に何も言えなくなる主人公に「もっと言いたい事言えばいいのに」と思ったのもつかの間、自分もこんなもんだ・・・と気づかされた。

    刺激的な事柄はなく、読み手によっては退屈と思える話かもしれないけど、私にとっては読みがいのある本だった。
    色々と考えさせられる本だった。

全339件中 1 - 20件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

角田 光代(かくた・みつよ):1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒。90年「幸福な遊戯」でデビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で直木賞、07年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、11年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、12年『かなたの子』で泉鏡花文学賞また『紙の月』で柴田錬三郎賞を、14年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、21年『源氏物語』の完全新訳で読売文学賞を受賞。その他の著書に『月と雷』『坂の途中の家』『銀の夜』『タラント』、エッセイ集『世界は終わりそうにない』『わたしの容れもの』『月夜の散歩』などがある。

「2025年 『韓国ドラマ沼にハマってみたら』 で使われていた紹介文から引用しています。」

角田光代の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×